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2. すぐ後の話

「ユ、ユリアーナ。ごめんね。コンラッドが迷惑かけたみたいで」


 ユリアーナがノックの音に応えを返すと、顔を覗かせた男が、オドオドと扉の陰から告げた。


「国王陛下」


 ユリアーナはこの竜人国を統べる国王、ウィルバートを驚きとともに見つめた。金色の髪に琥珀の瞳を持つ美丈夫が、困ったように眉を下げている。

 ユリアーナはウィルバートを手招く。

 おずおずと入ってきたウィルバートは肩を落として、ユリアーナの前にたたずんだ。まるで叱られた子どものようだ。

 ユリアーナから苦笑がこぼれた。


「陛下のせいではございませんでしょう。我が国の王族は、王太子も含めすべて立候補制です」

「でも、認めたのは僕だし」


 竜人国の王族は、自己申告制だ。わずかでも血が流れていれば、王族として名乗りをあげることができる。王太子を指名するのは、現王の権限ではあるが、まずは本人のやる気が尊重される。成り手が少ないからだ。

 コンラッドはみずから王太子を志願し、現王のウィルバートがそれを認めた。


「立候補しておいて、まさか、王族の義務を理解していないものがいるとは思いませんでした。王族罷免の条件も明文化する必要がありますね」


 ウィルバートは苦笑をもらす。


「なかなか宿題が終わらないな」

「宿題、ですか?」


 ユリアーナは首をかしげた。


「オフィーリアの宿題なんだ」


 オフィーリア。現王ウィルバートの唯一の妃。すでに百年以上も前に亡くなっている。

 (つがい)と称しては、他国からもひとをさらっていく竜人に業を煮やした各国からの圧力によって嫁いできた人間だった。

 いまの竜人国の仕組みを作りあげた女傑。独立不羈の竜人たちを国としてまとめあげ、国としての体裁を整えるのに、奔走したという。


 竜人が本人の意志すら無視して、他国人をさらってきたときは、その他国人を保護し、さらった本人を物理的におさえこみ、もとの国や家族と交渉を行うことを、王族のもっとも大きな務めとした。

 いわば、恋愛脳のかたまりである竜人どものお世話係だ。

 また、その王族自身が番に溺れることは許されないと、番封じの耳飾りを王族の義務としたのも、彼女だと聞いている。

 その耳飾りによって番を得られないがゆえに、独立不羈、恋愛脳の竜人たちから、尊敬を獲得したのは、皮肉としか言いようがない。

 それまでの王位は、血を血で洗うような殺し合いのひどい有様だったと聞いた。


「竜人が番のことで問題を起こさないよう、悲劇を繰り返さずにすむよう、国を整えろ、というのが、オフィーリアの遺言だったんだ」


 オフィーリアが国の制度を整えようとしていた当時、自分勝手に番をさらってくるのが許されなくなった竜人たちの反発が大きかったことは、想像に難くない。

 なぜ、さらってくるのは許されないのか、今は全竜人に対し行われる基礎教育で、しつこくしつこくこれでもかと教えこまれるけれど、その教育も行き届かないうち、叛逆を企てた竜人に襲われたウィルバートをかばって、オフィーリアは命を落とした。

 それ以来、ウィルバートは新しい妃を娶ろうとはしない。


「オフィーリア様は、本当に国のことを考えていらっしゃったのですね」


 ユリアーナの言葉に、ウィルバートは唇の端を歪めただけで、それについては何も言わなかった。口にしたのは、別のことだ。


「ところで、コンラッドを城外に追い出したと聞いたんだけど」


「もう王族ではありませんから。拾ってこられるなら、まだその辺にいると思いますわ」

「いや、それは別にいいよ。妹がどうにかするだろう」


 コンラッドは、ウィルバートの末の妹の息子、つまり甥だ。ユリアーナにとっては、従兄弟にあたる。

 王族ではなくなったのだから、確かに実家に帰ればいいのだろうが、とっくに成人した男が親の脛をかじるなど、ユリアーナとしては軽蔑の対象でしかない。

 彼女が婚約者になっていたのも、コンラッドの力が弱く、物理的に竜人を抑え込めないことを危惧されてのことだ。

 番を見つけた竜人から、番を取り上げるのは並大抵のことではない。いわば命がけだ。令嬢方も王族になるのを辞退するというものだろう。


「それで、あの、王太子がいなくなったんだよね……?」


 またユリアーナをうかがうように、ウィルバートは言葉を継ぐ。


「いなくなりましたわね」

「あの、ユリアーナ?」


 ユリアーナは再び内心で大きく息をつく。

これ以上、引き伸ばしても意味はない。コンラッドを追い出すときに、覚悟は決めたのだ。


「わたくしが王太女として立ちますわ。それで、よろしくて?」

「もちろん!」


 ウィルバートが喜色満面で応える。事務官のアルヴィンが差し出した、ユリアーナを王太女に任命する書簡に、嬉々として署名する。


「いやあ、これで竜人国も安泰だね!」

「まだ、退位はさせませんわよ?」

「うん、うん。宿題が終わるまではいるよ」


 オフィーリアは、人間だった。ただの人間。ウィルバートがオフィーリアと一緒にいられたのは、わずか五年にも満たない間。

 彼女が死ぬときに、絶対に死ぬな、と言ったから。

 この国を立て直せ、と言ったから。

 この人は、いまだ国王をやっているのだ。

 五年で、五十年以上、損な役割しかない王位にしばりつける存在。


「番とはそんなにいいものですか?」


 ユリアーナは、耳飾りに触れながら尋ねた。番に狂う竜人を何度も見た。まともな理性すらなくすあれが、そんなにいいものだとはどうしても思えない。


「どうなんだろうね。僕にはわからないな」

「は?」

「ん? なに?」

「オフィーリア様は、番では?」


 ウィルバートが一瞬片眉をあげる。


「オフィーリアは、自分で決めた決まり事を守らないような、愚かな人ではなかったよ」


 オフィーリアが亡くなったあとの国王は苛烈だったと聞いている。オフィーリアを殺した竜人たちを殲滅し、あたりを血の海に染め上げた。

 ウィルバートは血を血で洗う王位争いで生き残り、玉座についた王だ。当時の最強の竜人といえる。その強権を背景に、オフィーリアが決めた国の理を強行に推し進めた。

 オフィーリアの弟の話を始めとした番の悲劇が、徹底的に教育され、竜人に浸透してからは、悲惨な例はごく数例におさまっている。


「伯父様」

「なんだい?」

「そろそろ、この国、潰してもいい気がしませんか?」


「だ、ダメだよ! 気持ちはほんとうに、ほんとうにわかるけど! せっかくはめた枷をなくすなんて! オフィーリアが怒り狂うよ!」


 ユリアーナは、そっと痛むこめかみを押さえる。

 オフィーリアは番ではないと言うけれど。愛した相手のことしか考えない竜人が、ここにいる。理性的なウィルバートですら、こうなのだ。


(まるで、何かの呪いのようだわ)


 オフィーリアがもたらした、番封じの耳飾りを揺らしながら、ユリアーナは心の中で大きく息をついた。


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