第15話 戦いの後
朦朧とする意識の中、ファインはグレースが魔王を切り伏せる音を聞いていた。
ぼんやりとした視界に映るのは、いつもの白いふんどしに食い込む隆々とした大臀筋。
ナイフサイズなはずのアロンは青白いオーラを纏った長剣に変化しており、インリアリティはほどなくして崩れ落ちていった。
グレースの衣服はこの激闘で破け飛んだのだろう。ただ、なんでだろう、あのふんどしだけは破れないのね……いえ、あれまでなくなってしまったら真の変態になってしまうからいいのだけど。
私はこんな時に何を考えているんだろう。グレースとアロンは魔王を倒した。良かった、本当に良かった。
でもやっぱり、ふんどし一丁が気になるの……。
ファインの意識は喜びと戸惑いの中、薄れていった。
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「……インっ! ファイン!」
薄く目を開けたファインの視界いっぱいに広がるグレースの顔。いくつもの細かい傷が残っているが、すでに治療は終わっている様子だ。
ああ、私もグレースも生きている。でもここはどこ? 街の広場で戦っていたはずなのに、天井が見える。私はどこかで横になっているみたいだ。
「俺の声が聞こえるか、ファイン!?」
「ええ……聞こえる。私たち、助かったのね」
「ああ良かった! なかなか意識が戻らないから……心配したよ」
どうやらベッドに寝かされているようで、グレースは枕元から覗き込むようにして話しかけていた。
「ここは? 街はどうなったの?」
「仮設病院だ、もう安心していい。君は一日ちょっと寝ていたんだ。今は周囲の街や村からも手を借りて怪我人の救助を進めている」
意識がはっきりしてきたファインは、周囲にも怪我人を乗せたベッドが多数置かれ、医者や回復系魔法を使える者たちが忙しそうに走り回っていることに気付く。
「グレース、あなたが魔王を倒したのね。みんなを救ったのね」
「いや、俺だけの力じゃない。アロンや君、プルがいなければ到底勝ち目はなかった」
「!? プルちゃんは、彼女は大丈夫なの!?」
自分を守り破壊されたガントレットが頭をよぎる。
「それが……」
グレースは近くのテーブルに丁重に置かれたガントレットに目線を送る。真っ二つに割れ、輝きを失ったガントレットは見る影もない。
「いやっ……プルちゃんっ……! こんな……」
嗚咽混じりの声を上げるファイン。グレースもかける言葉がない。するとグレースの腰からアロンの声がする。
「そうじゃないだろ、ファイン。プルに必要なのは悲しみでも嘆きでもない。今、あいつが求めてるのは何なのか、相棒なら分かるだろ?」
プルちゃんに必要なもの……そんなの一つしかない。
「プルちゃんっ! 私はこれからも戦う! グレースとアロンと戦うわっ! あなたも一緒に戦ってぇ!!」
ファインの体をオレンジ色のオーラが包む。それに呼応するように、ガントレットの輝きが戻ってくる。
「貴方が戦う意志をなくさない限り、わたくしは砕けないっ!」
プルから放たれた光があまりにも眩しく、グレースとファインは目を瞑る。そして次に目を開けた時には、割れたガントレットは一つに繋がり色とりどりの宝石の輝きも寸分違わず戻ってきていた。
「プルちゃん!!」
「お礼を言うわ、ファイン。貴女の闘志、非常に甘美だったわ」
「食べてるの!?」
「ものの例えよ、まったくこの子は……」
一行は笑顔に包まれるが、ここが病院であることに配慮し慎ましく盛り上がる。
「グレース、お話し中悪いが、来てくれるか」
ファインのベッドへとやってきたのは、グレースたちが着く前にインリアリティと対峙していたギルド・アジャースカイのメンバーの一人だった。
「アレクス、体はもう大丈夫なのか?」
あの時、アレクスはギルドマスターであるエルザと魔導士ニーナと共に魔王と戦い、大ダメージを受けていた。体中に巻かれた包帯に松葉杖を付いた姿は痛々しい。
「俺は丈夫さだけが取り柄だからな、お前も知ってるだろう。それより、エルザとニーナが目を覚ました」
「本当か!? 良かった……」
戦いの後、アレクスはその頑丈さから早々に意識を取り戻していたが、女性二人はファインと同じくなかなかな目覚めていなかった。
「今回はお前に助けられたからな。エルザに声をかけてやってくれないか」
グレースが初めてアロンを手にした時、ドラゴンとの戦闘で逃げてしまったため、エルザを始めアジャースカイのメンバーに大きな被害が出たことにアレクスは憤慨していた。
今なお、真っすぐに目を見ないことからも、今もグレースのことを良くは思っていないのだろう。
「ありがとう、アレクス。案内してもらえるか?」
「そのために来た。そうだ、そちらのお嬢さんにもお礼を言わなきゃな。あんたも魔王に立ち向かったそうじゃないか」
急に話を振られ、あたふたするファイン。
「い、いえ、ただただ夢中で。彼を助けなきゃと思って」
「そうか、いい仲間を持ったな、グレース」
「ああ、素晴らしい仲間たちだよ」
アレクスは『仲間たち』という言葉に少し違和感を抱いたようではあったが、ファインに頭を下げ歩き出す。
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「エルザはこの個室にいる。ニーナは大部屋にいるが、そちらには俺が付いているから安心しろ。彼女からも、お前たちに礼を言うよう、言付かっている」
今はまだ直接顔を合わせるのは憚られるということなのだろう。
「ありがとう。ニーナの回復を願っていると伝えてくれ」
「分かった。それじゃ、またな」
アレクスは足を引きずりながら去っていく。グレースは彼の背に向けて頭を下げてから、ドアをノックする。
「どうぞ」
「入るぞ、エルザ」
まだ目覚めて間もないからだろう、エルザの赤いショートヘアはやや乱れ、血色の悪い顔をしている。
「グレース!? 来るなら事前に知らせてよっ……!」
「すまない、アレクスから聞いているのもとばかり……」
シーツを手繰り寄せて顔を隠すエルザの反応にグレースは慌てる。
「もう、アレクスったら、勝手なことをして。ちょ、ちょっと一度部屋を出て、待っててくれる?」
「あ、ああ、構わない」
部屋から追い出されてしまったものの、思った以上にエルザが元気そうで安心するグレース。
「いいわよ、入って」