今、イケメンで性格の良い完璧王太子に求婚されている・・・のだが
異世界で聖女となった「あかり」に、彼女を支え続けた王太子がプロポーズします。イケメンで誠実な完璧王太子ですが、あかりには素直にyesと言えないワケがあるようです。 アルファポリス様など、他のサイトにも投稿させていただいております。
建国祭が行われたこの日の夕方、私は王太子殿下と王宮近くの見晴らしのよい丘へ来ていた。
「朝から行事づくめで疲れたろう。ちょっと抜け出して夕日を見に行かないか?」
聖女として早朝から分刻みのスケジュールをこなしていた私を気づかい、王太子殿下が連れ出してくれたのだ。殿下だって王太子として忙しい一日だったろうに、本当に思いやりのある優しい人だなと思う。イケメンで頭脳明晰、そのうえ誠実で思いやりあふれるお人柄。全国民が「完璧な王太子」と誇りに思うのも素直にうなずける。
1年と少し前まで、私は日本に住む平凡な高校生だった。しかしあるとき、この異世界のウンピロン王国に聖女として召喚されてしまう。
この国は100年に一度くらいの割合で異世界から聖女を召喚し、土地の浄化と豊作を祈願する儀式をおこなってきたらしい。ウンピロン王国は大陸一の農業大国で、周辺国に農産物を輸出することで栄えてきた。だけど定期的に聖女による土地の浄化をおこなわないと、作物が育たなくなってしまうのだそう。私は1年がかりで各地を回り、浄化と豊作の祈りをささげてきた。そして数日前、ようやく全土をまわり終え、聖女としての役目をすべて果たしたのだ。
そういうわけで今、私たちは丘の上のベンチに並んで座り、ゆっくり夕日色に染まっていく海を眺めている。殿下は王太子の真っ白な正装を身につけていて、その姿はいつにも増して凛々しい。
「あかり」
呼びかけに顔を向けると、殿下と目があった。モデルのように整った顔に間近で見つめられて、私は顔を赤らめてしまう。あたたかみのある琥珀色の瞳がいつもより熱を帯びて見えるのは、夕陽があたっているせいだろうか。
「この機会にあらためて礼を言いたい。我が国のために働いてくれてありがとう」
「いいえ、お礼を言うのは私のほうです。無事にお役目を果たせたのも、王太子殿下がそばで支えてくださったおかげです」
この世界に召喚された直後、元の世界にはもう戻れないと知らされて私は泣いた。だって、もう二度とお母さんやお父さんに会えないなんて、学校にも行けないし友達とも会えないなんて、ひどすぎる。
「家に帰りたい!帰してよぉおおお!!」
そう泣いて訴える私に、王太子殿下は膝をついて誠心誠意謝罪をし、根気よくなぐさめ続けてくれた。そして私がようやく泣きやむと、優しく抱きしめてくれたのだ。
「あかりは私が必ずお守りする。ずっとそばにいるから」
そのときの殿下はとてもいい香りがしたのを覚えている。絵に描いたような姿の王子さまに抱きしめられて心臓が破裂しそうだったけど、その香りとぬくもりは不思議と私を安心させてくれた。そして誓いの言葉どおり、殿下は私をずっと守ってくれたのだ。
悪役令嬢にそそのかされて、私を「偽聖女」と断罪することもないし、お胸の豊かな男爵令嬢を抱き寄せながら「国外追放だ!」と叫ぶこともない。イケメンなうえに賢くて誠実。まさに非の打ち所がない、すばらしい王太子殿下。
「王太子殿下か・・・なかなか名前で呼んでもらえないようだな」
殿下が少し寂しそうな顔をする。もうだいぶ前から名前で呼んで欲しいと言われているのだが、これがなかなか難しいのだ・・・難しいのだ。
「もう聖女の役目も終わったことだし、これからは気楽に名前で呼んで欲しいのだが」
正装した国宝級イケメンが王子さまスマイルを向けてくる。眩しい。もう名前で呼ばないわけにはいかないだろう、あんまり気は進まないけれど。
「で、では、そうさせていただきます」
私は意を決し、深呼吸するように空気を肺いっぱいに吸い込む。緊張で頬がこわばるのを感じるが、頑張ってその名を口にした。
「ヨレットルヤナイカイ・チャロローン・ビロペヌンヌンさま!」
・・・言えた。
殿下がさも嬉しそうに笑いかけてくるけど、私は「噛まずに言えた」ことに全力で安堵している。ちなみに姓は国名と同じウンピロンなので、彼の名をフルネームできっちり呼ぶと「ヨレットルヤナイカイ・チャロローン・ビロペヌンヌン・ウンピロン」となる。長い。
なんでこんなに長い名前なのかというと、この国では高貴な身分の人ほど長い名前をつける慣習があるからだ。
ちなみに高貴な方々の名前は古代語を使うらしく、王太子殿下の名前には「賢くたくましい獅子のごとき男」という意味があるそうだ。王族にふさわしい立派な名前だけど、この古代語の響きが日本人的にアレな感じに聞こえてしまうのが残念でならない。
ちなみに、殿下の父君、現国王陛下の名前は「ヒカットルワン・ズンドコビョロローン・ムキムキヌン」だ。そして殿下のお爺さまの名は「ヨレットルワケヤナイデ・ノリノリデ・ヤッテルーンヤ」。
王家の歴史を学ぶ授業で初めてこれらの名前を聞いたとき、一度もふき出さなかった私をどうかほめて欲しい。いや、王族でなくても人の名前を笑ったら失礼だっていうのは分かっているんだけど。
「あかり」
そんなことを考えていると、ふいに殿下が私のまえでひざまずいた。「あっ、これはもしや」と、私の体は緊張でこわばる。
「どうか私の妃になって欲しい!!」
やっぱり・・・この丘に誘われたときからそんな予感はしていた。殿下が私のことを好いてくれているらしいのは前から感じていたけど、「なんで私?」と疑問にも思っていたのだ。もちろん、聖女を国外に出したくないっていう政治的な思惑はあるんだろうけど。
「ええっと・・・」
優しくてイケメンの王子さまとずっと一緒にいて、私だって胸のトキメキを感じないワケじゃなかった。だけど、見た目も脳みそも平凡な私と殿下じゃ釣り合わなすぎだし、王太子妃だなんて荷が重すぎる。どう返事したものかとモジモジグズグズしていたら、殿下がこんなことを言い出す。
「実はもう、あかりの妃としての名前も考えてあるんだ」
もう名前も考えてあるのか。もしかしてアレか、好きな人の名字の下に自分の名前書いてみる的な。そう言えば、殿下の頬がちょっぴり赤いような気がする。
「『あかり』だけだと王族としては少し不足だからな」
「この国の常識ではそうですよね」
文化の違いだと分かっているけど、ちょっと悲しい。両親が「世の中を照らす灯になるように」ってつけてくれた名前なのに。
「いや、もちろん、あかりのご両親の心のこもった名前なのは承知している」
気持ちが表情に出てしまったらしく、殿下はあわてて言い添えた。
「だからちゃんと『あかり』の名も残しているよ」
「・・・どんな名前なのですか?」
プロポーズを受けるかどうかはともかく、これは聞いておきたい。
「知りたいかい?それはね・・・」
殿下は嬉しさをおさえきれないという表情でその名を口にした。
「オオッフー!・アカリツケッテーナ・ニョロボキーヌだよ」
・・・・・・?
「ニョロボキーヌ」も気になるけど、なんか最初のほう、感嘆符が入ってるぽくなかった?だけど名前に「!」なんて入ることある?
「あの・・・その、『オオッフー!』っていうのは・・・?」
「ああ、『オオッフー!』は、『ああ美しい!』って意味だよ。全体では『ああ美しい!輝く黒髪の神聖なる乙女』となるな」
いやぁああああああああ!!
私は口に手をあて、飛び出しそうな悲鳴をなんとか抑えた。顔に血がのぼり、頬が熱くなる。きっと夕日みたいに真っ赤になっているに違いない。
ムリ!そんなの恥ずかしすぎてムリ!平々凡々な顔立ちなのに「ああ美しい!」とか、感嘆符つきの名前とかムリすぎる。
「あかり?」
赤い顔で黙り込む私に、殿下がやさしく問いかけた。指先が私の頬にそっと触れる。もしかしたら感激していると勘違いされているのかもしれない。これはもう、ちゃんとお答えしないとダメだわ。
「ありがとうございます。でも、私は未来の王妃にふさわしい女じゃありません」
「そんなことはない。あかりは聖女としての務めを立派に果たした。国民もあなたに感謝している」
殿下は私を説得できると思っているんだろう、その表情には余裕がみられる。まあそうだよね、王太子でイケメンで性格も良いんだもん。これまでだってモテモテだったろうし、私だって惹かれているのは確かだ。私の目をのぞき込むようにして、殿下は続ける。
「私の妃はあかり以外に考えられないんだ」
私は殿下の視線から逃れるように視線を伏せた。ありがたいことだと思う。でも・・・。
「私は庶民の出ですし、王室のしきたりや文化にはやっぱり馴染めないと思うんです」
聖女の役目は果たしたので、今後は私の望みどおりにしていいと国王陛下からは言われている。王宮に残ってもいいし、街で一般人として暮らしてもいいと。一生困らないくらいの報酬がもらえるそうなので、私は庶民として気楽に生きたいと考えていた。しかし、目の前のイケメンはそうさせたくないらしい。
「何ごとにも一生懸命に取り組むあかりなら大丈夫だよ。もちろん、これまで通り私が全力で支える」
う~ん。
たしかに、この世界で聖女をやってきた経験もあるし、礼儀作法なんかは努力すれば身につけることができると思っている。
でも、ウンピロン王家にはもっと高いハードルがあるのだ。
それは、王族の長い名前は神聖なものであるため、どんなに長くても略して呼ぶのは不敬であり、家族間でも愛称をつかわないという謎のしきたり。家臣は陛下だの殿下だのと呼ぶなら名前を言わなくてもいいが、王族の方々は日常的にあの長い名前を呼び合っている。
例えば、王太子殿下はよく「弟のズンベロン・パロッピーチョ・ヌナヌンネンが風邪をひいたんだ」とか話してるし、国王陛下も王妃様に、「ペソペソ・ニョロリン・パパーンデーナ、お茶にしよう」などと声をかけている。私たちも夫婦になったら当然名前で呼び合うことになるのだろう。こんな風に・・・。
「ヨレットルヤナイカイ・チャロローン・ビロペヌンヌンさま、おはようございます!」
「おはよう、私のオオッフー!・アカリツケッテーナ・ニョロボキーヌ。今日もきれいだね」
「まあイヤだ、ヨレットルヤナイカイ・チャロローン・ビロペヌンヌンさまったら!」
「本当のことを言っただけだよ。赤くなっちゃって、オオッフー!・アカリツケッテーナ・ニョロボキーヌは可愛いね」
・・・きっとこんな会話が続くに違いない。ムリすぎる。
私たちに子どもができたら、さらに会話は大変になる。
「今日はミョンミョンムン・スケドコーナ・イヌナンとチャリンコリン・ドリン・セントピナーヤがおもちゃを取りあって大変でしたの。ヨレットルヤナイカイ・チャロローン・ビロペヌンヌンさまからも仲良くするように言ってやって欲しいです」
なんて、子どもがたくさん生まれたらもっと大変だろう。間違えないで言える気がしない。
それに子どもと言えば、ちょっと下世話だけど・・・これをベッドのなかでもするんだろうか?
「ああっ!ヨレットルヤナイカイ・チャロローン・ビロペヌンヌンさまっ!愛してます!!」とか言うの?噛んだらいっきに萎えそうなんだけど。
いろいろな妄想が頭を駆けめぐり、気づけば私はベンチから立ち上がると、こう叫んでいた。
「イヤ!!ムリです!!!」
ここまで余裕でいた殿下の顔が一気にこわばる。
「いえ、すみません。ヨレットルヤナイカイ・チャロローン・ビロペヌンヌンさまがイヤということではなくて」
そこで私は深々と頭をさげた。
「申し訳ありません。私はやっぱり王家のしきたりに馴染めそうにありませんので、お受けできません」
そう伝えると、逃げるように丘を駆け降りる。
途中で一度振り返ると、膝をついたまま呆然とかたまるヨレットルヤナイカイ・チャロローン・ビロペヌンヌンさまの後ろで、夕日が海へと沈んでいくのが見えた。
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丘の上のプロポーズからひと月後。私は王宮を出ることになった。もともとそう希望していたし、さすがに王宮で暮らし続けるのは心苦しい。
王太子殿下も国王夫妻も私の意志を尊重してくださり、私は小さいけど快適に暮らせる家と、かなりの額のお金をいただいた。身の回りの世話をする使用人までつけてくれて、至れり尽くせりだ。こんなにしていただいていいのかと迷ったが、聖女として働いた報酬と異世界に呼び出した慰謝料だということなので、ありがたくちょうだいする。
「では元気でな。困ったことがあったら遠慮せずに連絡するがよい」
「いつでも遊びに来てちょうだいね」
王宮を去る日、ヒカットルワン・ズンドコビョロローン・ムキムキヌン国王陛下とペソペソ・ニョロリン・パパーンデーナ王妃陛下が私を見送ってくれた。息子の求婚を蹴って出て行く女に、おふたりともずいぶんと優しい。親が人格者だから息子も立派なんだなと、あらためて納得する。王太子殿下の姿が見えないのが残念だけど、これはもう仕方ないだろう。
「お世話になりました。王国の繁栄と皆さまのご健康をお祈りいたしております」
最後のあいさつを終え、用意された馬車へと乗り込む。手を貸すために近づいてきた御者を見て、私は驚いた。
「へ?王太子殿下!?」
「いや、違う。王太子は弟のズンベロン・パロッピーチョ・ヌナヌンネンに譲った。私はあかりについていくことにしたからな」
「じょ、冗談でしょ!?」
私が思わず国王陛下のほうを見ると、陛下は困ったように眉をさげていた。
「どうしてもあかりと一緒にいたいと、ヨレットルヤナイカイ・チャロローン・ビロペヌンヌンがきかなくてな。まあ第二王子のズンベロン・パロッピーチョ・ヌナヌンネンも優秀だから、国としては問題ない」
問題ないって・・・いいのか?本当にそれで。
「私はあかりをそばで守ると誓ったろう。それにどんなに考えても、やっぱり妻にしたい女性はあかりしかいないんだ」
「ヨレットルヤナイカイ・チャロローン・ビロペヌンヌンさま・・・」
なんでだろう、目頭が熱くなって、目の前の端正な顔がゆがんで見える。
「泣くことないだろう。それにもう王族じゃないから、その長い名前はやめだ」
私の頬をつたう涙を指ですくいながら、彼はこう続けた。
「これからはヨレットルヤナイカイ・チャロローン・ビロペヌンヌンを縮めて・・・」
「縮めて・・・?」
「『ヨレチャビロ』と名乗ることにした!」
この3ヶ月後。王都の片隅にある小さな教会で、元聖女のあかりと元王太子のヨレチャビロは、ささやかな結婚式を挙げた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。