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「うーん。眠れない」


 その日の夜、この町で無事に宿をとることが出来た。遅めの時間だから宿の空きがあるのか心配だったが、あっさりと承諾された。どうにもこの町は他所から泊まりにくる人は少ないらしい。昼間の食事処兼酒屋のお店といい、なんというか少し寂しい雰囲気がある町なのかもしれない。自給自足が出来ているのならいいけれど、ちゃんとお店として成り立っているのかどうか少し不安に思ってしまう。

 まぁでもそのおかげで宿の確保は出来たからありがたいのだけれど。


 小さな宿で二階に宛てがわられた宿泊部屋で疲れた体を休めようと早めにベッドに向かったのだがどうにも目が冴えてしまっている。

 目を閉じて時間は随分と経っているのに眠気は一向にやってこない。

昼間にあったことが気になって眠ることが出来ずにいた。

 昨日から色々あって碌な休息だって取れていないはずなのに、どうしてもあの子の事が気になって仕方がなかった。

 はぁーあ、とゴロゴロと無駄に寝返りをうっていると外から聞こえるざわめきが段々と大きくなっていることに気が付いて目を開く。


「なんの騒ぎ?」


 治安は良い筈だし、昼間に散策したときも今日はお祭りって雰囲気でもなかったのにこの騒々しさ。どうせ眠れなかったし丁度いいと、外の喧騒が気になったあたしは様子を見に行くことにした。


(誰もいない?)


 一階に下りたってロビーに来ても誰も見当たらない。こんなに煩いのに誰も様子を覗きにきてないのかしら。

 それともやっぱり今日はどこかで何か町の集まりでもあったのだろうか。

 静まりかえった宿の扉をそっと押し開き外を覗き見る。


「な、にこれ……」


 見えた光景に思わず力が入って扉から手がゆっくりと離れて勝手に開いていく。

 宿の灯りが扉から漏れ出てこの辺りだけを明るく照らすと、夜でも近くのものならはっきりと見えるようになった。


 ナイフや角材といった危なそうなものから食卓のテーブル上にあったものをまるでそのままひっくり返したようなものまでそこら中に色々な物が散らばり、雑魚寝をしているように人が地面に錯乱していた。


「お、まえ!  お前だろッ!  あいつに何を言ったんだッ!」


 状況を呑み込めないままで扉の前に突っ立っているあたしに息も絶え絶えな一人が詰め寄ってきた。


「やっぱり行かせるんじゃなかった! あの時、お前を止めてればこんなことにはならなかった!」


 そこに居たのは昼間にお世話になった店主だった。だが昼間とは違い擦り傷や服に汚れが付いている。


「言っただろう! 人と同じだと思うなと! 冗談だと謝っても取り返しのつかないことだってあると!」

「ぁッ!」


 襟を掴まれ首が締まる。


「ま、って。一体、これ、どういうことなのっ」


 首が詰まって上手く喋れないあたしに店主の怒号が飛んでくる。


「どういうこともなにもねぇ! お前ガッ、ァ――」

「……え?」


 あたしを掴んでいた店主の体が何かに当たって吹っ飛んでいった。あれは……、


「逃げないで」


 飛んできたものに驚いていると町の喧騒に似合わない静かな可愛い声が聞こえた。その声が嫌に耳に残る。

 ズリズリと何かを引きずりながら近づいてくる音があたしの息を荒立てる。

 暗闇の中から灯りに包まれて少女の姿がゆっくりと現れる。そして音の正体を知った。


「な、にしてるの。それは、何……?」

「? ゴミを捨ててるの」


 近づいてくると分かるそれ。

 軽々と運んでいるそれらはあんなに簡単に運べたりはしないし、運んでいいものじゃない。


「ご、ゴミって……! 貴方が掴んでいるそれは!その人達は! ものじゃなくて人間でしょうッ!」


 少女がズリズリと引きずりながら運ぶのは動かなくなった人たち。

 動けないのか動かなくなったのかは定かではないが、誰かの「ぅ……」という呻き声に生きている人がいることを悟る。


 せっかく直した腕を使って、なんでこんなことをしているのか。

 周りに倒れている人たちもこの少女が全てやったというのだろうか。あんなにちゃんと会話が出来ていたのにどうして……、


「どうしてこんなことをしたのッ!」


 あちこちで倒れている人はどう見てもゴミではない。捨てていいはずがないのに道路にポイ捨てされているゴミのように転がっている。


「あなたが教えてくれたんだよ」

「こんなことあたしは教えてないわよ!」


 あたしがいつ人はゴミなんだと教えたのだろうか。


「? 感情は必要って教えてくれたでしょう?」

「それがどうしてこうなるの! 」

「感情が生きてる上で大切って言うから、私も真似してみようと思って。だから疑問に思ったことをまずは聞いてみたの。どうして私はこの人たちを処分するのって。そしたらね、こいつらは町にとってのゴミなんだって。だからゴミはゴミ箱に捨ててあげるらしいの」


 淡々と語る少女にあたしは息を呑む。


「でもね、私の認識だとここの人たちは人間をゴミに分類していなかったはずなのにいつの間にか変わったのかな? なんでかな? って思ってまた聞いたの。ゴミの基準ってなに? って。基準が分かればゴミとゴミじゃないものの違いが分かると思ったから。そうしたらね、邪魔だと思うものがそうなんだって。そこであれ? って気づいたの」


 少女がに持っていたものを離す。ドサッと音がなってまた地面に倒れる人が増えた。


「そういえば私と会う人はいつも『お前がいなければ』『邪魔しやがって』って言われてたなって。じゃあ私ってゴミだったのかなって思って」


 それはこの町の人たちがそういう役目を貴方にさせてたから。この町には邪魔だと排除させられる人たちからしたら、その役割を担う貴方を邪魔だと言ってしまうだろう。

 そう少女に声を掛けたいのに言えなかった。だって今ここで言ってしまえば、そうじゃない人たちは貴方をいないものとして扱っているという事実を突き詰めてしまうような気がして。それは結局、この少女が邪魔者なんだと言っているようなものだったから。


「いっぱい考えたの。私、今まで何をしてきたっけって考えてた。そしたらね。私、誰かを傷つける事しかしてないなって」


 嫌な汗が全身を伝う。


「そっか。傷つけることって邪魔なやつのことを言うんだ。邪魔ってゴミなんだって思って。だからみんなも処分することにしたの」

「……どうして」

「だって人間はいらなくなった人形を捨てるでしょう? 私も捨てたくなったの。こんなのいらないって。だって人形を傷つけてる人間は許されて、人間を傷つける人形は許されないのっておかしいことじゃないの? だからここにいるみんながゴミなんじゃ、」


 こつん、と少女の頭に石がぶつかった。

 少女の顔が横を向く。


「……ふざ、けるなッ! お前は人形なんてもんじゃない! 兵器だ! 人間を傷つけるのとは訳が違う!」


 吹っ飛ばされて地面に転がっていた店主が蹲ったまま少女に叫んでいた。

 そして血走った目をあたしに向ける。


「…………お前のせいだ。お前が変な知識をあいつに与えるから! 全部全部お前のせいだァッ!」

「違う、あたしは!」


 店主は近くに落ちていたナイフを拾うと慟哭を上げながら走る。少女には目もくれず、中腰の姿勢であたしに向かって一直線に矛先を向けてくる。

 静止の声も聞いてくない。

 あ、やばい。

 意味もないのに目を瞑って顔だけを逸らした。


「ッ!」

「だめ」


 動かなかった体に刺されると思った直前に風が吹いて思わず目を開けた。

 その瞬間、あたしを庇う様に横入りした少女の胸を貫いた。

 そしてなんでもなかったように自身に刺さったナイフを引っこ抜きそのナイフで男をお返しと言わんばかりに刺した。


 お腹に刺されたナイフが刺さったまま倒れていくのがゆっくりと見えた。

 地面に倒れこんだドサっという音を最後に血が服を染めていく。

 そんな様子を見てナイフの形に空洞が出来た少女はポツリと呟く。


「私もみんなもガラクタになっちゃった」


 そして少女はゆっくりと視線をあたしに向けてくる。

 悔しさと怖さと悲しさで視界が滲む。


「……どうしてあたしを庇ったの」

「? だってゴミじゃないでしょう?」


 なんで。どうして。 そうやって誰かを庇うような優しさがあるのにと、疑問が生まれては今更思ったところで意味がないと消えていく。疑問に思ったところで起きた事実は変えられない。少女が()()()()()()()を傷つけた現実は変わらない。


 そんなあたしに少女はなんの感情も感じさせない表情でコテンと首を傾げる。


「もしかして私、間違ってた?」

「間違ってる、こんなの間違ってる!」


 こんなことをして欲しくてあんなことを言ったわけじゃない。ただあたしはこの少女ならきっともっといい関係性を作ることが出来ると思った。だからアドバイスをしたかっただけなのに、あたしのせい(余計なお節介)でこの町もこの少女も傷つけてしまった。


「そうなの? どうしよう。壊しちゃった」


 その判断が出来るのに……それがわかるのにどうして最初から間違いだって気づいてくれなかったのだろう。

 感情がなくてもこの子は考える力がある。例え兵器だと呼ばれていても考えることが出来ているというのは生きているのと同義なはずなのに。


「私、壊し方しか知らない。直し方なんて必要なかったから」


 あぁ。そうか。

 表情も何もあったもんじゃないのに、目の前にいるこの少女が本当の子供のように見えてしまった。教え方を間違えられて、なんで、どうしての言葉も言えなかったただの善悪も分からないただの子供。自分の都合がいいように作られて育てられた子供。あたしと何も変わらない。


 倒れている人たちを見て、あたしは決めた。


「あたしが治してあげる」

「壊れちゃったのに?」

「まだ生きてる人もいるはずよ」

「私みたいにみんな直せる?」

「あたしに出来ることはやるわ。あたしこれでも医者になるための勉強してたのよ」


 勉強はしていても実際に患者と向き合うのはこれが初めてだけれど、一刻を争う事態にそんなことなんて関係ない。

 どうせ放っておいても死ぬのならその命あたしが請け負ってやる。

 この子だけに全ての責任を与えてあげない。


「私は傷つける力なのに、あなたは直す力なんだね」

「バカね! あたしが貴方を誰かを傷つけるためだけの道具になんてしてやるもんですか!」

「そうなの?」

「そうなの!」

「そうなの」


 この子が傷つけるだけの道具だというのなら、あたしが今からすることも誰かを傷つけるだけの道具と同じだ。

 そこに救う気持ちがあるかどうか、たったそれだけの違いしかない。


「ほら、貴方も元気なら手伝って!」


 まずはトリアージ。それから重症度が高い人から治療をする。段取りを頭で思い浮かべながら、この町にもあるだろう病院までの案内を少女に任せて駆けまわらなければ。


「そんで治したら後でお説教!」

「おせっきょう?」


 こんな状況なのに相変わらず表情がない少女にあたしは泣きそうになるのを我慢して声を出して笑って誤魔化した。

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