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「見つけた!」


 公園のベンチに座って紙を見つめている少女を見つけたあたしは駆け寄った。

 だけど少女はあたしの声を無視して紙を仕舞い、ベンチから立ち上がってあたしとは反対方向に歩き出す。

 遠目で見ても分かる歪な少女の腕がゆらゆらと前後に揺れている。


「待って!」


 背中を向ける少女に声をかけるが反応はない。


「ねぇ。待ってってば」


 小走りで駆け寄ったあたしはすぐに歩いている少女に追いついた。

 声が聞こえてないとは考えづらいけど、もしかしてこれって意図的に無視されてるのかしら。

 あまりにも反応がないと気付いていない可能性もあるけれど、さっきのがちょっとしたトラウマになっているみたいで、もし肩を叩いて肩が外れてしまったり、腕を掴んで取れたりしたらどうしようという気持ちで声をかけるだけしかできない。


「ねぇってば!」


 だが何回も声をかけているのに反応しない姿にあたしは段々と苛立ってくる。


「待たんかい!」


 えぇい! と少女の進行方向に仁王立ちをして無理やり少女の視界に入った。


「……わたし?」


 そこでようやく気が付いた少女はきょとんと首を傾げてあたしを見つめてくる。

 この反応を見るにあたしの声に気づいていなかったんじゃなくて、どちらかといえば自分に声を掛けられていると思わなかったのだろうか。


「そう、貴方よ。不審者みたいだけど不審者じゃないから話だけでも聞いてくれないかしら」

「? さっきの人だ。マスターのお使い?」


 身長差で少女の首が痛くならないようにしゃがみこむと少しだけ視線の高さが逆転した。


「マスターってさっきの店主のこと?」

「うん」

「貴方はあの人の所で住んでるの?」

「? 私に家はないよ」

「じゃあ貴方はどこで休んでるの?」

「休まない。私、へーきだから。それより、おに、おねー、いやおにーさ? でもおねー? ………………えっと」


 むぅ、と悩む少女にあたしは思わず笑ってしまう。


「ふ、ふふっ」 

「? 今面白いところあった?」

「貴方、優しいのね」

「? 今優しいところあった?」

「だってあたしのことをお兄さんと呼ぶべきなのかお姉さんと呼ぶべきなのかを迷ったんでしょう?」

「そうなの?」

「そうなんじゃないの?」

「骨格からして生物学上はおにーさんだけど、言葉使いはおねーさんの場合、どう呼べばいいのかプログラムされてないから困ってた」

「それを悩むっていうのよ」

「そうなの?」

「そうなの」

「そうなの」


 オウム返しをする少女にまたふふっと笑いが零れてしまう。

 この少女と話せば話すほど、脅されて生まれた怖さなんて失っていく。何をここの人たちは恐れているのだろう。話せばちゃんと返事が返って来る。話せばちゃんと会話になっている。それが出来るだけで十分話が通じる相手のはずなのになんで邪険にしてしまうのだろう。

 人と違うせいだと言われてしまえばその通りだけれど、知らないままで対処するよりも知っているままで対処した方がきっとお互いが楽に過ごせるのに。


「ねぇ。あたしのせいで腕が取れたでしょう。見せてくれない?」

「どうして?」

「直せないかなって思って」

「私、へーきだよ?」

「あたしが平気じゃないの」

「どうして?」

「どうしてって片腕が木の枝になってるのに何も思わないの?」

「うん」

「……そう。でも枝より貴方に合った腕の方がいいでしょう?」

「そうなの?」

「そうなのって貴方……ううん。いや、いいわ。そうなの。だからあたしに見せてね」


 少女が持っている片腕をあたしはそっと抜き取る。

 こんなに近くで見てもただの人形にしかみえないのに、まるで人間みたいに動く。一体どういう仕組みなのだろう。

 取れた断面を見ながらあたしは少女に声を掛ける。


「貴方ってこうやって普通に会話が出来るのに感情はないの?」

「感情があるとダメになるって言ってた」

「誰が?」

「誰? 誰だろう? 私を作った人かな」

「でも貴方、結構感情豊かじゃない?」

「? 表情動いてた?」

「表情は基本、真顔ね。今してるきょとんって顔以外は」

「きょとん。……もしかして私、感情あるの?」

「ててーんとか効果音を口で言っておいて、無感情とは言わせないわよ」

「でもいつも感情がないからこんなこと出来るって言われてた。機械だから感情なんてないって」

「貴方はそれをやりたくてやってるの?」

「そうプログラムされてるから」

「そういうことじゃなくて。貴方の意思はそこにあるの?」

「意思?」

「これだけ感情があるのなら、今の状況に思うところなにもないの?」


 やめてくれって言われてもそうするのが私の役目で、助けてくれって言われても見逃さないのが私の役割。人がやりたくないお仕事を私がしてるだけ。お仕事ってそういう人たちのがんばりで出来てるんでしょう? 私はそれをプログラムされてるだけなのに。


「感情って必要なの? 感情があるから人ってダメになるんでしょう?」

「そうね。でも悪い事ばかりじゃないはずよ。生きてる上でとても大切なことだもの」

「そうなの?」

「そうなの」

「そうなんだ」


 うーん。

 腕が引きちぎれたのなら断面がボロボロになっているのかと心配していたが、どうやら取れた腕の方はそこまで問題はなさそうだった。あとは枝が刺さった腕の方ね。


「……この枝取っても大丈夫?」

「うん」

「…………腕支えるけれど肩外れたりしない?」

「うん」

「………………また違うところがとれたりとかしない!?」

「私がとる?」


 枝に手を掛ける少女を慌てて止める。


「待って! あたしがやる!」 

 

 あたしがやるのも不安だけれど、一連の流れを見ていた身としてはこの少女にやらせるのはもっと不安だった。

 とはいえ、トラウマは簡単に消えはしない。


「やらないの?」


 ぶんぶんと上下に振ると枝が風を切ってびゅんびゅんと音が鳴る。


「あぁぁぁあああ! 待って、待ってね!」

「もし取れてもへーきなのに」

「貴方に傷がついたら、あたしが平気じゃないの! あー! もうっ! 違和感出たら教えてね!」


 覚悟を決めたあたしは慎重に慎重にとさっきよりも力を入れ過ぎないようにと注意して、ぷるぷると震えながら無造作につけられた枝をゆっくりと引っこ抜いていたせいで、少女が小さくつぶやいたどうして? という声は集中していたあたしは聞き逃してしまった。


 乱暴に刺していたせいでどこかに折れた枝が詰まったりしていないかと思ったが、多少の傷はあれど致命的な程欠けてしまったりといった部分は見当たらず特に問題なさそうだった。


「はぁああああー。……うん。これなら大丈夫そう」


 少しだけ基盤となる部分が曲がってしまっているようだったが、道具が必要な程曲がってもいない。

 汚れがところどころついている腕をあたしの服で拭って綺麗にして、間接を丁寧に付ける。


「……どう?」


 少女は嵌った腕を動かして、目がぱちぱちと瞬いた。


「さっき入らなかったのに」

「嵌め方の問題ね。乱暴に扱うからよ。貴方せっかく可愛いんだから自分を大切にしなさいよ」

「私、へーきなのに?」

「平気でも自分を大切にするってことが大事なのよ。……話してみて思ったのだけれど、やっぱりあたしは貴方を危ないやつだとは思えない。でも部外者のあたしは何も貴方にしてあげられない。だけど当事者の貴方が動けばきっと皆にも伝わるわ。もしそれでもダメなときはあたしが貴方の話を聞くから」


 少し陽が傾いてきている。完全に暗くなる前に今日の寝泊りする場所を確保しなきゃ。

 少女の頭をそっと撫でてあたしは今日の宿を探しに行く。


「だから少し考えてみて」


 少女にとって今のままでも幸せならそれでもいい。ただ、知らないだけなら方法を一緒に見つけてあげたい。

 誰にも手を取ってもらえない辛さを一生知らないままなんて寂しいもの。


「…………私、へーきなはずなのに」


 ――残された少女は頭に手を当てて去って行った人物が見えなくなるまで見つめていた。

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