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 ――それは昔、勃発していた戦争での話だった。

 いつまでも交わろうとしない平行線の戦い。どちらも引くことをしないまま苛烈さだけが増していった戦いは、戦員の数も戦う気力も段々と失っていった。こんなのはおかしいと思っていても終わりの合図がない限り止める事もやめることも出来ない。

 誰かは逃げて見て、誰かは報せを見て、誰かは目の前で見て、誰かは上から見て、誰かの閉じられることのない瞳が見つめている。

 現場を知るものが人を切り捨て、現場を知らないものがそんな人たちを切り捨てる。そしてここにいないものたちがゴシップとして一連を取り上げては娯楽扱いして消費する。

 人と人の奪い合いだった。

 この状況を止めることが出来るのは誰かが傷つくことに痛む心がある人間だけ。

 だけど誰かの命を考えられる人間がいても、自分の思想を実現させる胆力があるものしか上には立てない。傷つける人はそこまでいく前に挫折するか腐ってしまう。

 だから国は民を苦しめた。良くなるために今は耐えろと綺麗事を投げ捨てて、ヒエラルキーの一番下から順に削られていく。

 沢山いたはずの駒も消費されれば底を尽きる。徐々に下がいなくなって次は自分たちの番だと自分が駆り出される想像が生まれるようになって上も焦り出す。


『次はどうする』


『他に戦えるやつはいないのか』


『もうあいつらは使えない』


 問題に直面して頭を抱えて戦い方を回避する方法を探す。だけど戦いは終われない。そんな状況に追い込まれた人たちがいた。その人たちの国は数が減る戦略しか立てられないほどの状況に墜ちこまれ、ついには壊滅しそうになっていた。

 そんな状況で誰かがこう言った。


 ”ならば人ではない兵器を導入すればいいのでは――”と。


 機械が人間の代わりとして戦うことが出来れば、これ以上この国から人が減ることもなく安全のまま戦うことが出来る。それに機械なら壊れてしまっても無機物に悲しむ人なんていない。


『この国にそんな余裕なんてない』


『資源はどこから手に入れるつもりだ』


『そんなものどうやって生み出すんだ』


 ”そんなの簡単じゃないか――”


 どこからか盗めばいい。

 戦いに出られない人でも、戦いに出られなくなった人でも使えるものは使え。そうすれば自分たちは今までと同じでいられる。

 この国に資源はなくとも、あいつらに逃げる余地はない。子供がいれば子供を盾に、家族がいれば家族を盾に、人の心があるやつは情を盾に。そうすればあいつらは必ず遂行させる。心がないやつは戦前に捨て置いて駒にすればいい。

 戦いに敗れて死を待つより、きっと簡単なこと。何より機械は壊れても直せる。人には備わってない機能さ。

 誰かのそんな囁きから生まれた案は計画から開発まで密かに動きだし一気に進んでいった。

 こんなことばかりが段階を飛ばして実現していく事に誰も疑問を抱いたりはしない。


 力が必要な体と力が不必要な体。

 壊れたら治らない人間と壊れても直せる機械。

 余計な思考を持つ兵器とプログラム通りの兵器。


 目先の欲が正しいと、メリットばかりを考えてデメリットを度外視して完成したのが、“人形兵器”と呼ばれる物だった。

 人形兵器を投入し、壊れては直し、駄目だった所を改善して作り直す。

 次第にそれはどうすればより相手へダメージを負わせることが出来るようになるかと人々の思考が逸れていく。余裕が娯楽を求めて人を狂わせていった。


 そんな状況で、また誰かがこう言った。


 “姿形を人間に似せよう。特に女、子供は油断されやすい。戦場に紛れさせればきっと混乱が起きるだろう――”と。


 それから鉄の塊としか思えないような機械的だった兵器が段々と人と変わらない姿を象っていった。声、思考、骨格、質感。全てが劇的に変化をした。

 そうして最終的に完成したのが、少女の姿をした人形兵器だった。

 本物の少女と見紛う程の完成品。裏切ることも壊れることもない完璧な人の代替品。

 この人形が動き出したとき、世界が変わった。

 機械としての役割は変わっていないのに姿形が違うだけで驚くほどの効果が出てしまったのだ。

 迷子のふりをさせて敵の基地へ送りこみ、油断して囲ってくれるようであれば情報を奪い取り、駄目だった場合は兵器に仕込んだ自爆スイッチを起動させるようにプログラムをし、時には何も知らないふりをして重鎮だけを狙って内部から破壊させる。

 正体がバレたときはバレたときだ。どうせ特攻させても有効なのは不意を突ける最初だけ。そうなったときは、作戦を変更して直接こいつらに戦ってもらえばいい。意表をついて中枢を壊してしまうことが出来れば、あとは簡単に瓦解出来るだろう。

 見た目は人でもこいつらの中身は機械。身体能力だって戦闘技術をプログラムしてしまえば、ちょっとやそっとの力じゃ壊されることもない。寧ろ壊れようが返り討ちに出来ればそれでいい。


 心がない機械と違い、所詮は人。守るべきものがあり、引くことの出来ない理由がある人間程、この兵器は甚大な影響を与えた。

 人が人を疑い出し勝手に自滅する。そのことに味を占めた兵器人形の親たちは、壊すために人形を着飾り育てた。

 劣勢だった国が見る見るうちに優勢になった。

 人は効果的なものを見つけ出すと技術は凄まじいほど進化させていく証だった。


 ――それは皮肉にも終戦への道が見えた瞬間だった。



▽▽▽


「……それがこの子っていうの? どう見てもただの子供じゃない」

「見た目に騙されるなってことさ」


 店主はカウンターの下から封筒を取り出して少女に差し出す。


「おい。これが次の回収リストだ。確認したらさっさと出て行ってくれ」

「うん」


 あたしと会話をしてくれていたときと違い、少女に対する店主の態度は随分と冷え切っていた。

 あからさまに違う店主の態度を見ても少女は悲しんだり怯んだり怒ったりすることもなくただ言われたことに淡々と頷く。

 そして受け取った封筒を器用に脇で挟み、地面に落としたままだった自分の腕を今度はよろけることなく拾って店から出ていった。


「……ねぇ、回収リストって何?」

「あぁ? そのままの意味さ。この町で悪さをしたやつや、この悪さをしそうなやつ。そんな奴らをピックアップしてあいつに渡してんだよ」

「そんなものをあの子に渡してどうするの?」

「決まってるだろ。あいつに目をつけてもらって、悪さをすればこの町から出て行ってもらうんだよ」

「そんなことをあんな子供にやらせてるの?」

「何も最初から乱暴にしてるわけじゃない。お話合いで穏便にやってるさ」


 穏便にとは言っているが、この町を散策したときに感じた治安の良さ。今思えば違和感しかない。いくら治安が良くてもどこかしらは空気が悪い所はあるはずなのにそれがどこにもない。この町に来て柄が悪い人なんて……あっ。


「じゃあ貴方もお話合いしたのね」

「してねぇよ! 何さらっと俺を悪ぃ奴扱いしてんだよ!」

「ごめんなさいね。冗談よ。なんだか若い頃にヤンチャしてそうだなとは思ったのは本当だけれど」

「……まぁ強ち間違いじゃないけどよ。冗談を謝って片づけようとするといつか痛い目見るぞ」

「経験談?」

「いいや。実体験さ」


 いつまで床に座ってんだと言われて立ち上がる。いつの間にかお尻の痛みも消えていた。カウンター前の椅子に座りなおしてお水を貰う。

 一口飲んでため息を吐く。お酒の飲み過ぎでお腹がたぽたぽしている。喉が渇いているのにお水が喉を通らない。水面に揺れる自分が映る。


「……貴方なら他の方法をあの子に与えてあげられるんじゃないの? せめてこのお店の用心棒になってもらうだとか」

「そんなもん大差ねぇだろ。第一、それ以外の方法でこの町に居場所は出来ねぇよ。人間の役に立つ。それであいつはこの町で生きていけるんだ」

「そんなことしなくたって、それ以外の役割だってきっとあるでしょう」

「知らねぇな。この町で過ごすのなら、それがこの町での生き方さ」


 綺麗に洗ったジョッキを店主は綺麗に拭いていく。


「大体、あいつはこの仕事をすることを疑問に思っていない」

「でもあの子がそれを望んでいるの?」

「……あのなぁ。さっきも言ったが、あれは人間じゃない。望む望まないの話じゃないんだよ。機械としての生き方をしてるだけだ。線路をずっと走る機関車を見て休ませてあげてって思うか? 海に沈んだ船を見て溺れてるって思うか? 墜落して燃えた飛行船を見て火傷してるって思うか? あいつはそれと同じだ。ただ見た目を人間の女の子とそっくりにして、人間と同じ動きが出来るようにプログラミングされてるだけの機械。人間が人工的に人を豊かにするために生み出した強欲の塊さ」

「でもそんなのって、」

「いいか?」


 店主が言葉を被せて言う。

 見つめられる視線はさっきまでの表情じゃなくなっていた。


「あいつの何が起爆スイッチなのか誰にも分からねぇ。止め方が分からねぇ動く不発弾だ」

「…………、」

「あいつは人間じゃない。だからこの町の人間はあいつをいないものとして扱ってる。あいつと関わってこの町を壊してしまったらどうする? 死んで詫びるも何もその前に俺たちが死んじまう」


 ――冗談を謝って片付けることも出来ないんだぜ?

 コトッとジョッキを棚に戻す音が店に響いた。


「……でも貴方はさっき話をしてたでしょう」

「誰かはあいつに指示を出す人間が必要だろ」

「話すことが出来るなら尚更、あの子のことを知ることだって出来る筈でしょう。貴方たちはあの子と話をちゃんとしたことがあるの?」

「……はぁ。俺たちはこの町の治安を、あいつはこの町での生活を保障している。今のままで何も不自由はないし、お互いが必要としている。これになんの不満があるんだ? この町にはこの町の築き上げてきたものがある。それをどうするかを決めるのはこの町に住んでいる当事者たちだけだ。それともあんたが住んでいた所はよそ者が町を決めていたのか?」

「…………それは」

「悪いことは言わねぇ。関わらない方がいい。――見た目で判断すると痛い目見るぞ」


 あの家に居た頃に本でいくつかの話を読んだことがある。


『優しさを持っているものばかりがその罠に嵌っていった馬鹿なやつと罵った伝記』

『話し合いを設けようとした愚かなやつと罵った手記』

『罠だと気付いても自分では手に掛ける事が出来ないものが最後に残した自伝』

 

 それが真実かどうかは見たこともないあたしには眉唾物としか思えなかったもの。


「悪いことは言わねぇ。間違ってもあれを人間と同じだと思う事はやめな。これはあんたを思っていってんだ」


 きっと店主が言っていることは正しいのだろう。

 いくら本物に似せようと機械は機械。怪我をしても血は出ないし、痛みだってない。人と同じ時を刻むことだって難しい。


 なのにどうしてもあの普通の子供にしか見えない少女が心配になってしまう。

 この目で人じゃないんだと見たはずなのに。


 本当は分かっている。どうして心配になってしまうのか。

 きっと自分自身を見てほしいとずっと願った過去がある、今のあたしがいるせいだった。

 あの頃の自分という存在からあたしという存在になった今だからこそ、店主の言葉が喉に刺さって違和感を感じて呑み込むことが出来ない。

 だって話も出来ずに決めつけられる辛さを知っている。

 それをあの少女に重ねて見てしまうことは良くないとも思っている。


 所詮は機械だろ放っておけと余計なことに巻き込まれないよう諫める自分がいるのも否定は出来ないけれど、だけどあの少女を追いかけないととも思ってしまう。


「う、うぅ……」


 顔を手で覆うと店主が揶揄う。


「おいおい。今度は泣き上戸にでもなるつもりか?」

「…………考えすぎて色々ぶちまけそう」

「ここにぶちまけんなよ!?」

「大丈夫。外でぶちまけてくるわ」


 お金をテーブルに置いて、席を立つ。

 その後ろ姿に店主が待ったをかける。


「なぁに?」

「あんた、随分と酔ってんな? 正義感なんて酔いに酔いが回るだけだぞ。正気に戻りてぇなら知らないふりする方がずっと覚めやすい」

「……別に自分に酔ってるんじゃないわよ」

「正気か?」

「ごめんなさい。酒に酔ってても好きな物は変わらないのよ」

「あぁ?」

「あら、忘れたの? 言ったでしょう。あたし、人形が好きなのよ」


 あたしは確かに部外者。だからこの町に住んでいる当事者に話を聞きたいだけ。

 見た目だけで判断しないためにもね。

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