【VR 菊池】を開始します。
コロン様主催『菊池祭り』参加作品
俺は友人の幕田に呼び出された。
幕田はゲーム開発をしていて、よくテストプレイを俺に依頼してくる。
最近の流行りは、フルダイブと呼ばれるタイプのゲームで、カプセルホテルみたいなベッドに入って、夢を見ているような状態で、ゲームの世界に入り込むらしい。
幕田が詳しく説明をしてくれたが、俺にはよくわからない。
「菊池ー、ありがとな! 今回も引き受けてくれて!」
「普通にバイトを雇えよって、毎回言ってるだろ……」
「あー、ダメダメ。バイトだと金をもらうからって思うのか、厳しめの意見少なくてさ……。ヨイショはいらないんだよ。でも、その点、菊池ならイイところ・悪いところ遠慮なく言ってくれるからさ!」
とはいえ、辛辣な意見を言う俺に、幕田はちゃんとテストプレイの仕事料を払ってくれる。
「それじゃ、おねがいするよ!」
そう言って幕田は、カプセルホテルの一室が置いてあるような部屋に俺を案内する。
俺はそのカプセルに入って、横になる。
こめかみに、心電図検査の時にくっつけられるような吸盤をつけられた。この吸盤は有線式で、ベッドの脇に繋がっていて、ゲームコントローラーの役割をするらしい。
「じゃ、蓋を閉めるね。いってらっしゃーい」
幕田に見送られてベッドの蓋が閉まり、辺りは暗くなる。
しかし、きちんと空気は流れているので、息苦しいとかはない。
ベッドに横になっている俺は、目を閉じて、眠るような感覚になる。
再び開けると、そこはすでにゲームの世界。
真っ白な空間にぽつんと俺だけ。
そして、出てくるゲームウインドウ。
◇――――――――――――――――
ようこそ。
あなたの名前を教えてください。
――――――――――――――――◇
俺は頭の中で菊池と浮かべると、ウインドウに文字が出力された。
◇――――――――――――――――
ようこそ。
あなたの名前を教えてください。
菊池
――――――――――――――――◇
ウインドウの文字が流れて、次の文字が出てきた。
◇――――――――――――――――
致命的なエラーが検出されました。
ゲームを開始します。
――――――――――――――――◇
待て待て待て待てぇえぇ!!
開始するなぁああぁ!!!
エラーが起きたなら、ログアウトさせろおぉお!!
視界がさらに真っ白になり、ゲームが開始されたのか、街の噴水広場のような場所になる。
「……エラーって出てたけど、ゲームが始まった?! 幕田は把握してるはずだし、とりあえず何かあったら、幕田の方で、強制ログアウトの処理をしてくれるはずだから、進めるか」
たぶん、いちばん初めの街は、チュートリアルだろうから、決められたプログラムで、ゲームの進行を案内する、NPC――ノンプレイヤーキャラクターがいるはずだ。
辺りを見回して、それっぽい人に声を掛ける。
お、今回のキャラクターグラフィックは、可愛い系な感じか。
「あの……」
三つ編みおさげの、町娘みたいな感じの子に声を掛ける。
「ようこそ、菊池さん!」
お、さすがゲーム。すでに名前を呼ばれる。
「ここは始まりの街、菊池です! 街でいちばん大きな菊池に向かうと、いろんな菊池になるための、菊池選択所があります! 菊池になるもよし! そんなものより、菊池の方が魅力的と言う方には、スローライフ菊池もあります!
どうぞ素敵な菊池ライフをお送りください!」
ド派手なバグじゃねぇか!!!
なんで、ありとあらゆるものが菊池になってるんだよ!!
いろんな菊池になるための菊池選択所って、何のことだ!!
「おーい、幕田ーー!! これ、バグすぎてチュートリアルすら進めないぞーー!!」
空に向かって叫ぶ。
「ようこそ、菊池さん! ここは始まりの街、菊池です! 街でいちばん大きな菊池に」
お前じゃねぇ!!
声を掛けられたと思ったNPCが菊池連呼を繰り返してきたので、俺は慌てて離れる。
一定距離離れると、NPCは会話をやめてしまうからだ。
そして、少し待っていたら、空にウインドウが現れた。
◇――――――――――――――――
菊池、ごめん!
今、菊池的な菊池を菊池している!
菊池的な菊池も出来ないから、もうちょっと待ってて!
ダメだったら、菊池を呼んで、菊池を壊して菊池するから!
――――――――――――――――◇
あぁぁあぁ!! 幕田からのメッセージまで菊池になってるうぅぅ!!
初めの菊池以外は、別の言葉だろうけど、よくわかんねぇ!!
菊池を壊すって怖ぇよ!!
とりあえず、事前に聞いていたゲームのあらすじを思い出す。
たしか、冒険者として魔物と戦うとか、農夫として作物を作るとか。
職業ギルドに行って、職業を選ぶと、転職クエストが発行されて、クエスト達成後、晴れてその職になり、この世界での冒険なり生活なりをスタートさせるはずだよな。
よし、バグが起きてない事を祈って、職業ギルドを目指そう!! いや、すでにバグしか起きてねぇが。
街には看板のオブジェクトがあって、街案内もあるだろう。
お、噴水広場の先に、矢印っぽい看板見えるぞ!
俺は急いでその看板に向かって走り、文字を読んだ。
◇――――――――――――――――
↑菊池 ↑↑菊池
←菊池 菊池→
↙︎菊池
――――――――――――――――◇
看板の描かれているグラフィックは、このゲーム世界の文字だけど、調べるとゲームウインドウに、その文字が日本語で出てくる。が、菊池だ。全部菊池!!
くそう、職業ギルドったら、なんか立派でデカそうな建物か、神殿っぽい感じだろう!
街を歩いて探すか……。
歩いていると、パン屋の看板が見えてくる。
クリームパンみたいな絵の上に文字が書いてあり、視界に入るとウインドウ出現だ。
◇――――――――――――――――
焼きたて菊池の店
――――――――――――――――◇
やめてぇえぇ!!!
店の前で売り子が声を出している。
「ただいま、菊池焼きたてでーす! アッツアツの菊池いかがですかー?」
「焼きたて菊池だって! 食べたくなっちゃう!」
「今日の菊池にあわせちゃおうかしら」
街で生活をするNPCの声がザワザワ入ってくるが、漏れなく菊池だ。やめて……。
そんなこんなで耳に菊池を入れながら、大きな建物の前に来た。
ごつい装備の人や、魔法使いみたいな帽子を被った人も出入りしている。
きっとここが職業ギルド!
「いらっしゃいませー! おや、初めて見る菊池だね。菊池になりに来たのかい?」
建物に入ると、ショッピングセンターの案内カウンターみたいなところにいる、おねーさんなNPCが声を掛けてくるも、やはり菊池。
どうせ会話をしても菊池しか言われないんだし、幕田のエラー修正待ちだ。
ゲームのグラフィック、作り込み具合を見る事にする。
大きな掲示板には、紙がたくさん貼ってある。
◇――――――――――――――――
菊池を探してくれる菊池募集!
おうちの菊池が逃げちゃった!
白くてふさふさした菊池です
捕まえたら、菊池通りの赤い菊池まで!
依頼人 菊池
――――――――――――――――◇
ダメだ、壁にあるクエスト依頼文にも、菊池が沁み込んでいる……。
ギルドの受付カウンターで職業一覧を訊いても、全部菊池だったから、クエスト受けるのは菊池だ……じゃなくて危険だ。
見回っても菊池しかないなら、他のシステムを確認しよう。
「ステータス」
ゲームではお馴染みの、自分を数値化したものだ。
◇――――――――――――――――
菊池 Lv1
HP:32
MP: 8
職業:ありのままの菊池
装備:菊池の服
菊池の靴
菊池のぱんつ
――――――――――――――――◇
合ってるけど、バグなのか正解なのかわかんねぇ!!
なんで、服とぱんつは別物なんだよ!
このゲームは、ぱんつ別売りなの?!
あ、ステータスが出てきたなら……
「メニューウインドウ」
◇――――――――――――――――
ステータス クエスト ファストトラベル
インベントリ ガチャ システム
――――――――――――――――◇
出てきた! このシステムから、ログアウトすればいいんだ!
ってか、これは菊池じゃないのか……。ちょっとだけ菊池表示を期待し始めている。
よし、システムボタンを押すぞ!
◇システム――――――――――――
音量設定:■■■■■■■■□□
SE :■■■■■■■□□□
画質 :高画質
特殊演出:クリティカル時エフェクト ON
敵ダメージ表示 ON
調合大成功時エフェクト ON
特殊イベントフラグ発生時 OFF
犬に噛まれた時 ON
――――――――――――――――◇
ログアウトくれよぉおおぉ!!!
犬に噛まれるって何だよ!!
自分のステータスやウインドウは、多分菊池に侵食されていないようだ。
システム内にログアウトがないなら、口に出せばイイんじゃね? ステータスとかメニューウインドウみたいに! 俺ってば冴えてる!!
「ログアウト!」
「ログアウト!!」
ウインドウすら出ないんですけどーー!!
とりあえず、幕田を待つかぁ……なんかあったら、強制ログアウトがくるだろう……。
とりあえず、テストプレイは中止になるかもしれないけど、ってか、中止だろうな。
とりあえずは、ユーザー側から見た、ゲーム画面のスクリーンショット撮っておくか。
街の中を片っ端から調べて、ログアウトできるオブジェクトが無いかも探してみる。
そして、とうとう街の外に出てみた。
「武器が無い……」
とりあえず落ちてた木の枝を拾う。
◇――――――――――――――――
菊池の菊池を拾った(菊池)
――――――――――――――――◇
木の枝か木の棒だよね?!
カッコ内の菊池は、本来なんだ??
街の外でも、ログアウトを試してみるもダメだった。
街から10メートルくらい離れたところを、フラフラ彷徨う程度だ。
モンスターにやられてHPゼロになれば、多分スタート地点に戻るよな。
ガッ -3
◇――――――――――――――――
菊池から攻撃を受けました。
――――――――――――――――◇
くそっ、どこの菊池だよ、いてぇな! 派手な痛みはないけど。
頭に軽い静電気程度の衝撃が走り、数値が出た。
石がコロコロ落ちている。
魔物が現れた。
見た目は、二足歩行のうさぎだ。しかし、なんかエグい牙がついている。
「ギグヂィ……ギグ……ギグ……!」
鳴き声菊池ベースこわっ!!!
「ギグヂィイィ!!!」
「うわぁあぁ!!」
魔物とエンカウントしちまった!
どたどた走って迫ってきた。
しかし、ゲームオーバーの挙動確認も、テストプレイには必要だ。ここはやられるとするか。でもこえぇぇ!!
◇――――――――――――――――
菊池から攻撃を受けました。
菊池は恐怖状態が付与されました。
――――――――――――――――◇
ぺちっ 0
ぺちっ 0
べちっ 0
短い前足みたいな手で叩いてくる菊池(魔物)
耳に効果音が入ってくるが、ギャグシーンで叩かれる時のような、ふざけ気味の音だ。
効果音まで菊池化してなくてよかった……。
◇――――――――――――――――
菊池は恐怖状態が解除されました。
――――――――――――――――◇
でしょうね、ダメージゼロじゃ衝撃もないし、怖くねぇもん。
魔物の名前も菊池だよ……紛らわしすぎる。
「な、なんて菊池だ この菊池が全然敵わないなんて!! お前はもしや菊池か?!」
菊池(魔物)が喋ったけど、手抜きAI音声にするなぁあぁ!! めちゃくちゃ棒読み状態じゃねえか!!
俺は菊池だけど、多分その菊池のことを指しているわけじゃねぇ!
◇――――――――――――――――
菊池はあなたを見ています。
――――――――――――――――◇
お? なにかイベントフラグでも立ったか?
「あなたを屈強な菊池と見込んで、ぜひお願いしたいことがある! 菊池のぶぉれふはぬへ」
視界が暗転した。強制ログアウトきた!!
なんかログアウト時に音声途切れそうな時の音、気持ち悪いな……これも報告にあげよう……。
そして、視界が明るくなると、ライトの光が降り注ぐ無機質な部屋になっていた。
ログアウトして、意識を現実世界に戻されたらしい。
「ごめん、菊池!!」
幕田が手を合わせてペコペコ謝ってくる。
「いや、無事ログアウト出来たから大丈夫だ」
「菊池から送られてくるデータで、事態は把握したけど、強制ログアウトで時間掛かっちゃった」
スクリーンショットは、本来ならユーザーのVR機器に保存されるが、今回はテストプレイなので、管理者側サーバーに転送される。
俺が見てスクリーンショットを撮ったものや、映像データを解析して、バグを一部修正してログアウト処理をしてくれたらしい。
「何で初っ端からあんな事に?」
訊いても理解できない気がするけど、念のため聞いてみたら、ユーザー名の全角文字対応を忘れていたという、初歩的なミスをしたそうだが、それならログインできずユーザー作成されないはずだが、何故かプレイ開始されてしまったらしい。
そこがバグで、何でそうなるのかは、これから解析するそうだ。
うん、よくわからん。
――ぐぅぅ……
腹の虫が鳴く。
すっかり日も落ちて、夜なのだとか。
そりゃ腹も減るわ。
「ホントごめんな! メシ奢るから、行こう!」
幕田は何度も謝るが、俺はイイんだよ。これから大変なのは幕田なのにな。
そして、幕田の会社から少し離れた飯屋にやってきた。
定食処 菊池
――うわぁぁぁ!! 名前がわかんねぇ!!
しまった、菊池だよ、それは!
菊池の文字の下には、何かが隠れてる思考になっちまってる!!
俺は特上鰻重で手を打つ事にした。菊池の呪いケア代金だ!!
幕田はお小遣いがかなり飛んだと嘆いていたが、菊池の呪い、けっこうこびりつくんだからな!
友情出演:幕田卓馬さま
https://mypage.syosetu.com/1131504/
ご本人に、お名前使用許可を頂いております(๑•̀ㅁ•́๑)✧