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#81

「……首が落ちただけ(・・・・・・・)だった私は、再構成に元の身体がそのまま使われた」


 誰に語りかけているのか、絶苦は独り言のように口を開いた。

 センジュも、おそらく対峙するビーチやY氏も、話を理解できる者はいない。


「その後に不要な記憶を消去する“調整”が施された。(から)の肉体に基本の人格を植えつけ直す通常の再構成と違い、つまり真逆に近い対応が取られたのだ」


 絶苦は“それこそがイレヴン(I1)の誤算だった”と結んだ。


 ここでセンジュの肩がちょんと突っつかれる。振り向くと、マリが眉間にしわを寄せながら声をひそめる。


「さっきからなに言ってるの? あいつ」

「し。あたしもよくわかんねえけど、ちょっと考えるから黙ってろ」


 今のところわかるのは、絶苦は猟幽會が復活するプロセスについて語っているのだろうということ。そして――。


「そこをどきなよ、Z9。弟子みたいなものだからって、フルード・ロアに情でも移ったのかな」

「はて。私共に情など、あり得ない話」


 言葉とは裏腹に、この場において絶苦はあきらかにセンジュ達の側に立っている。


「私達は常に“使命感”に衝き動かされている。それ以外の感情や記憶は育まれても、やがて刈り取られてしまう」


 猟幽會は自らの正体も知らず。疑問にも思わず。異形を滅する使命のみを秘め、地球の幽世を蹂躙してきた。

 迷いなき者は強い。その調整を担っているのがイレヴンなのだ。


「……めずらしい銃器を熱心にコレクションしていたY氏(Y4)や、人心に興味を持ち執着していたビーチ(B1)は、もういないのだな」


 言いながら、絶苦がY氏やビーチへ向ける瞳は、感情が抑制された者のそれではなかった。

 憐憫。あるいは馬鹿にされたと感じたのかもしれない。Y氏とビーチもまた、仲間のはずの絶苦へと殺気を放つ。


「へ。銃なんて、撃てりゃなんでもいいんだよぉ!」


 Y氏の機関銃掃射を、その場に留まり続けながら絶苦は手甲で弾く。白手袋の中に鉄板でも仕込んでいるのだろうが、恐るべき反射神経だ。

 銃撃に乗じてビーチも絶苦へ飛びかかる。


「狼戻館に媚を売って住み着くつもりかい? そこのフルード・ロアのようにさ!」


 アロハシャツなどを着た、線の細いチャラ男には見合わない暴力的な殴打。ノーモーションで荒々しく繰り出されるビーチの大振りを、絶苦は銃弾を防ぐかたわらに上体を反らして回避する。


「……対処が他とは違うからとはいえ、なぜ私がイレヴンの調整を逃れられたか。聞きたいといった風情だな」


 防御に徹する絶苦が、振り向きもせずに自分へ話しかけているのだとセンジュは気づいた。

 言われてみればたしかに疑問点だったが、別に聞きたかったわけではない。というか言われるまで気にもとめていなかったわけで、センジュは思いがけず答えに窮してしまう。


 しかし隣に目をやると、マリがまさしく“言われてみればそうだ”と顎に手をあてうんうん頷いており、同レベルに成り下がりたくないセンジュは精いっぱい強がる。


「ちょうど聞こうと思ってた。あんたは、どうやって記憶を奪われずに済んだんだよ?」

「――“時流し”を自らに使用したのだ」


 絶苦はあっさりと種を明かした。

 時流しとは、かつて狼戻館に対して用いられた絶苦の秘技である。使用者を中心に時の流れを大幅に加速させ、数秒を数十年にも増幅させる。使用者から離れるほど効果は絶大となり、現世のあらゆる生物に老衰による死をもたらす。


 時流しの印を逆に結び、己を加速状態として絶苦は調整に対抗した。絶苦も初めて行う使用方法だった。

 おそらく想定外の技の行使はイレヴンによって“抑制”されていたのだろう。だが想像を易々と超えていく相手と対峙した経験が、絶苦に絡みつく鎖を引き千切るきっかけとなったのだ。


 そう。エイイチという男と相対した経験が。


「記憶は連想。イレヴンに消去されるたび、関連付けられた記憶の穴を探した。時間はたっぷりある。私はそうして難を逃れた」


 脳内の欠けた記憶のピースを見つけるまで時を流し続け、都度復元していたと絶苦は述べたのだ。簡単に言うが、一つの記憶を埋めるために場合によっては数ヶ月――数年。現在のエイイチやアイナのように吊るされながら調整に耐え抜くことは、筆舌に尽くしがたい苦痛だったはずだ。


 援護射撃の隙間を縫って絶苦はビーチに蹴りを叩き込み、白手袋に仕込んだ鉄板を投げてY氏の銃を弾き飛ばす。

 やはり徹底してセンジュを庇う姿勢の絶苦へ、本当に聞きたかったことをたずねる。


「なんで、そこまでして。あたしは猟幽會を裏切ったんだぞ」


 絶苦は決して振り返らない。しばらく沈黙したのち、言葉を選ぶように語る。


「お前は、この星に適応した私達の始祖のような存在だ」

「始祖……?」

「調整をやり過ごした私は以降、イレヴンの目を盗みながら秘匿されていた真実を少しずつ集めていった」


 秘匿といっても厳重に隠されていたわけではなかった。戦闘以外の過度な目的意識や知識欲を持つことがないよう、イレヴンは定期に調整を繰り返していたのだから。


「アポロ11号。かつて月に降り立った船。かの船がわずかに纏う土や気体、熱。そして霊気。それら分析した情報を元に、遠いこの星の構成を推測した。“地球”に馴染む外見やアルファベットの名、嗜好を与えられ私達は誕生した」


 以前に明かした通り、月の住人は地球で言うところの幽世に住まう生命体。現世に身を置くアポロ11号の乗組員と、幽世の住人たる月の生命体は相互に認識できなかった。


 では、物質はどうか。

 基本的に現世の物質は現世のものだが、幽世にも多くの人工物が存在する。人は死ねばその魂が幽世へ向かう。物質はその死に引きずられて幽世へ顕在化する。


 すなわち人が生前身に着けていた衣類や身近な道具、これらは死後も幽世にて可視化され、触れることも可能となる。多くの建造物においても、関わる人の数からして“死”に縁のない現場を探す方が難しい。

 事故や病、身内の不幸など数多の事象によって、物質や人は幽世に片足を突っ込むことになるのだ。


 当然、膨大な人員が関与したアポロ11号もこれに当てはまる。


「センジュよ、お前がプロトタイプだったのだ。アポロ11号を通じて得た、地球の環境を勘案した人格と肉体。お前の思考や行動記録を参照して、司令塔となるイレヴンが配置された。以後私達はより厳しく調整が施され、管理された」

「……あたしが、最初の……」


 特別を喜ぶべきなのか、忌まわしいと拒絶するべきなのか。わからないまま呟くセンジュへ、絶苦は初めて目を向ける。


「この星に降り立った日を思い返すことはもう叶わないが……今も、どこか懐かしい気持ちはないか? 地球に適応したがゆえに思うだけなのか、身に根付く地球由来の物質がそう感じさせるのか。月に生きた記憶も失われた私達にとって、故郷とはどこを指すのだろうな」


 センジュは満足に返答できなかった。ただ呆然と絶苦の背中を見つめていた。


「今なら理解できるのだ。アイナやエイイチ、お前が名にこだわる理由がな。私にも選択する未来があるのかもしれないと、そう思わせられる」

「そうか。だからあんた、ずっと名前で……」


 ここで再び、センジュの肩が先ほどより強めに指先で叩かれる。


「ねぇ。もう行かない?」


 マリの眉間のしわはいっそう深く、話を理解することを放棄した者の表情をしていた。

 水を差されたセンジュの胸中を、とても言葉では言い尽くせない残念な気分が満たしていく。


「そうだ。行け、センジュよ。私は選んだのだ。お前も自らの意思で選択したのなら、エイイチの元へ」


 ビーチとY氏、そして絶苦の激闘が再開した。

 ここまでお膳立てされて、もはやセンジュに迷いはない。迷いはないが、過去には師のごとく接してくれた絶苦へ、せめてもと思いを投げる。


「ありがとう。死ぬなよ――パパ!」


 猛攻に曝されながらも、ハッと振り向くほど衝撃を受けたらしい絶苦だったが、マリと共にセンジュの姿もそこにはなかった。




 日が落ちた暗い森を、競うようにマリとセンジュは疾走する。夜の闇こそ異形の本懐。夜目が利くので問題はない。


 しかしマリは駆けつつ、別の意味で怪訝な目をセンジュへ向ける。


「あのさ。さっきのって――」

「ち、違っげぇんだって! 昔は師匠みたいに色々教えてくれたし、あたしにとって親代わり? みたいな感じだったんだよ! だから別に深い意味とかなくて! 自然とああ言っちゃったっていうか! わかるだろ!? なあ!?」


 だからといって、いきなりパパだなどと呼ぶだろうか。マリにはわからない。二重人格の小悪魔ぶって、エイイチを誑かしていた弊害かもしれない。

 いずれにしても、狼戻館唯一の常識人を騙るにはセンジュも道を外れ過ぎている。


「まあ、いいよ。ところであんたって、月から来たの?」

「さあな。覚えてねーけど、どうやらそうらしい」

「ふぅん……」


 マリが見上げると、木々の切れ間から夜空が瞬いている。

 目指す船は大きな月と重なり、まるで光輪を放つように輝いて見えた。

 掴む仕草で、マリは指先を伸ばす。


「いいなぁ。あんなところまで飛べたら、気持ちいいだろうなぁ」


 呑気な台詞に呆れたセンジュは横顔を盗み見て、一瞬だが硬直する。

 マリは嗤っていた。月光に照らされ亀裂を走らせる口もとは、これまで出会ったどの異形よりもそれらしいものだった。



◇◇◇



 一方。マリ達が目標とする飛行物体の船内で、エイイチの調整は完了(・・)していた。


「――さて。どんな気分だA1。不安か、怯えか。ここがどこかも、自分が誰なのかさえわからぬだろう」


 感情の希薄なイレヴンにしてはめずらしく、嗜虐的にエイイチの反応を楽しんでいるかのようだ。

 エイイチの状況は何も変わっていない。未だ宙に吊るされたまま、頭には触手が覆い被さっている。変化としてはイレヴンの言う通り、すべての記憶を失くしたことくらいだろう。


 同じように吊られながら見守っていたアイナは、イレヴンが顔を向けるとあからさまに震えた。次は、いよいよ自分の番が来るのだと。


「……別に。なんてことないけど」


 つまらなそうに答えたエイイチへ、アイナから視線を外してイレヴンが向き直る。


「強がるな。我に教えを請え。そうすれば何もわからぬ貴様に、道を示してやる。感謝せよA1。本来なら廃棄にしても構わぬ権限が我にはあるのだ」

「はぁ。ぺちゃくちゃぺちゃくちゃと、うるせえなぁ。なんだあんた、寂しいのか?」

「……記憶が無くとも、横柄な態度はそのままか。よかろう、貴様に言葉は不要。埋め込む人格はマシンのように寡黙なものとする」

「違うなぁ。怯えてる……? ああ……そうか。俺が、怖いのか。あんた」


 イレヴンの顔色が変化した。繋がれたエイイチへとつかつか近づき、わざわざ耳もとまで口を寄せる。


「せいぜいその調子を貫くがいい。どうせ貴様はもう二度と安寧な日常になど戻れんのだ。娯楽だ色恋だなどとは無縁の、血みどろの戦場へ送り込んでやる」


 イレヴンは笑ったが、エイイチもまた口を歪めて嗤っていた。

 ほぼ同じ頃に、センジュがマリに見たものと同種だった。


「……何を……見ている」


 呟きながら、イレヴンが後退する。

 そもそもエイイチの顔半分には触手が被さっている。口以外に、特に瞳など確認しようがない。

 だがエイイチを睨みつけるイレヴンは激昂する。


「貴様何を見ているのだエーイチィィィッ!!」


 思わぬ怒声にアイナが「ひ」と悲鳴をもらした。また内股になっているが、出すべきものは残っていないようだ。


「一人で(たかぶ)りやがって。そんなに刺激的だったかよ、俺の記憶は。おっ立ててんじゃねえぞ」


 歯を噛みしめたイレヴンが腕を後ろへ、エイイチの頭から触手を引き剥がす。口こそ笑ってはいたが、イレヴンの心象と異なりエイイチの目は虚ろだった。


 焦点の定まらぬ瞳でエイイチは、アイナへと。もしくはイレヴン、あるいはその両者に。

 たしかにこう告げる。


「……怖がらなくていい。もうすぐ来るよ、ここに。――天使が」


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