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「お姉様が、私を男爵家に送るように言ったの?」
ええ、と小さく頷く。
もしかすると恨み言を言われるかもしれない。ラウラの意見も行かずに勝手にこちらがいいと判断したため、恨み言も私に対する不満も、全部聞こうと心に決めていた。
「…………ほんと、お姉様ってお人好しよね。私が今までお姉様にどんな事をしてきたか覚えている? それに私が直接計画してなかったとは言え、今回のことも女からしてみれば一生恨んでも仕方のないようなことを私はしたのよ」
軽く笑うように私を見つめている。
「ええ、そうね。私も昨日はとてもとても怖くて、ユーリの助けがなかったらと思うと今でもゾッとするわ。カレロ家にいた時にされたことも、、完全に許そうとは思っていないもの」
「だったらどうして」
「ラウラが私と被ってしまったから。愛を知らずに、誰からも手を差し伸べてくれなくて、このまま死のうとまで考えてた時期が私にもあったの」
はっとラウラが息をのむ。
「でも私は助けてもらった。ユーリに、アニタに、リベルタード家や私を教えてくださった方々に。その嬉しさが、その温かさが私に生きる希望を与えてくれたの。だからラウラにも、、」
「そんなのただの綺麗事じゃない」
「そうね。あなたからしてみれば余計なお世話だと思うわ。でもこれは私の自己満足。それにラウラは私から同情をかけられるなんて世界で一番嫌っていたと思うから、、これは私からのあなたへの罰」
ラウラの瞳からぼろぼろと大粒の涙があふれる。
「お人好しって、、言われるかもしれないけど」
ラウラが私にした行動はとても褒められることではない。でももうきっと、ラウラは罰を受けた。"愛されていない自分"というのに気付かされるのはとても、とても辛いことだ。
カレロ家の経営も上手く行っていないため、きっと生活も困窮していたに違いない。今回着ていた美しいドレスも、あれはきっとお義母様が着る前に飽きて着なくなったやつだ。あんなにもドレスやアクセサリーに興味があったラウラが、大事な夜会で着ていないため新品同然かもしれないが、オーダーメイドの物を着ないなんてよほどのことがない限りありはしない。10年間も一緒にいたのだ。分からないはずがない。
ごめんなさい、とつい謝罪を口にするとぽこっと威力のない拳で殴られた。
「なんで、なんでお姉様が謝るのよ!! 全部悪いのは私じゃない!! これまでに沢山嫌な思いとか辛い思いをしてきたのはお姉様じゃない!」
ぽこぽこと私を叩く。
「私は、ただただお姉様が羨ましかった。ずっと、ずっと私が持っていないようなものを沢山持ってて、最後の最後もあんなに有名なユーリウス様からの縁談が来て。それからはお姉様が幸せになっていくにつれて、かわりに私がどんどん不幸になっていった。本気でお姉様に殺意を抱いたときだってあったわ」
ただ、聞くことしか出来ない。
ラウラが震える小さな子供のように見えて、思わず抱きしめる。その途端に先程よりもまた大きな声で泣き始めた。
これであっているのかは分からないけれど、今私が出来る精一杯のことはラウラを抱きしめることだけだった。
「でもお姉様は関係ないんだっていうのは自分でもわかっていたの。でも、でもどうしようもなくて、、またお姉様を傷つけるようなことをして、、」
「……目が覚めたときに、ああ、またお姉様が私のために何かやってくれたんだって思ったら私自身がとても愚かに見えて」
「ラウラはそんな考えが持てるくらい成長したのよ。それだけでも素晴らしいことだわ」
「お姉様には敵わないわ」
ふふっと何故かお互いの顔を見合わせて小さな笑みがこぼれた。
「今まで、本当にごめんなさい。謝って許されることではないし、許してもらえなくてもそれが当たり前だと思っているから。でも、この謝罪は本心。その場しのぎの謝罪じゃないってこと、分かって欲しい」
「ええ、ちゃんと伝わってるわ」
「返事は、、いらないから、その、もう一度抱きしめてくれないかしら」
驚いてラウラの方を見る。
もちろんよ、と返し今度はもっとちゃんと抱きしめた。
「お母様よりも比べ物にならないくらい温かいわ。きっとお姉様の子供は幸せね。…………私、頑張ろうと思うの。生ぬるい環境でしか育ってない女が何言ってるんだって思うかもしれないけど、、男爵家でちゃんとやり直す。我が儘も言わないし、仕事も人一倍頑張るから。そうしたら私にもちょっとした幸せでもいいからやってくるのかしら」
「勿論よ。まだあなたは若いもの。世間にもまれ、もっと広い世界を知って、あなたを本当に愛してくれる人も現れるかもしれない。あなたの未来は始まったばっかりなんだから」
コンコンとノックをする音が部屋に響く。
そろそろ30分になるのか。
「もう、私は行くわ。今まで本当にありがとう。最後まで、、お姉様には救われてばかりね」
「また落ち着いて、もし余裕がありそうならば顔を見せて頂戴。公には合うことができないけれど、少し話すくらいならプライベートは問題ないわ」
約束をしたと同時にユーリが入ってくる。
私達の様子を見て何か察したのだろう。先程よりも表情を緩め、私達に近寄ってくる。
「話は、出来たみたいだね。準備も出来ているみたいだし、もう迎えは来ている」
どうやら私達が話している間に到着していたらしい。
今のラウラは先程のようなどんよりと濁ったような瞳は見られない。きっと、今のラウラならいい未来に繋がるはずだ。
そう確信しながらラウラの乗った馬車を見送る。
それから6年後、ラウラが小さな男の子を連れてこっそりとリベルタード家にやってきたのはまだ先の話。
私はとても好きです、ラウラ。(念押し)