拝啓お父様。妹に全てを奪われ不出来の娘と家を追い出されましたが、私は元気に楽しくやっています。今、私はとっても幸せです――
『拝啓 お母様
霜の降りて凍えるようだった朝も次第に和らいで参りました。お母様はいかがお過ごしでしょう?
天国は常春で過ごしやすい楽園なのだと教会では教えられました。ですが、春以外の季節を感じられなくなってしまうのは寂しいですよね?
四季を愉しまれていたお母様には、逆にお辛い思いをされているかもしれません。
さて、天国のお母様へこうしてお手紙を書いているのは、私の身辺について三つご報告があるからなのです。
最初のご報告ですが、私はカーマイン家を追い出されてしまいました。
突然、この様に申しましても意味が分からないでしょうから、かい摘んでご説明させていただきます。
お母様がお亡くなりになった後、お父様はすっかり仕事が手につかなくなってしまわれました。
そして、喪失感を埋める為かお父様は妹のミーシャを溺愛するようになったのです。
え?
それは前から同じじゃないかですって?
溺愛の度合いがお母様の生前の頃とは比べものにならないのです。
お父様はミーシャの欲しがる物は何でも買い与えるので、あの子の我が儘がどんどんエスカレートしていったのです。
最初はぬいぐるみやお菓子くらいでしたが、ドレスや宝石を際限なく要求し始めました。
どこぞで聞いたらしい入手困難な隣国の珍しい食材(信じられますか? ダイヤを購入する以上の金額がかかったのですよ)、観劇の為に王都へ行きたい、盛大なパーティーを開いてetc…
あの子の我が儘を叶える贅沢のせいで、僅か数年でカーマイン家の財政は逼迫したのです。
お母様には裕福な伯爵家である我が家がその程度で傾くなど不思議でしょう。
お父様がまったく執務に従事してくださらないのも原因の一つですが、それだけでしたら家令のバートと私で何とか出来ました。
実は、ここ数年は領地の不作や災害などの被害でカーマイン家は以前のように裕福ではなくなっていたのです。
これでもお父様には何度もカーマイン家の財状について訴えたのですよ。
ですが、お父様はその惨状に目を向けず、ひたすらミーシャを甘やかしました。
カーマイン家はそのような状況です。
お陰で使用人達への給金もままならず、一人、また一人と彼らは我が家を去って行きました。
庭師のデンガーさんも料理人のミールさんも……そして、ずっと私を支えてくれた侍女のメイナも、みんな、みんなカーマイン家を離れていったのです。
見知った顔がいなくなっていくのは寂しいですが、彼らも生活があるのですから致し方ありません。
ふふふ……そうだ、これをお話ししたら、きっとお母様はびっくりなさると思います。
実は使用人の大半がいなくなり、仕方がないので貴族令嬢である私が家事一切も行うようになりました。
私が裁縫だけではなく、掃除、洗濯、更に料理までもお手のものだなんてお母様は信じられないでしょうね。
領主の仕事や家事と私は本当に色々な事が出来るようになりました。これは私の誇るべき財産です。
さて、ここまでの話は私が家を追放される理由の前振りに過ぎません。
その追放の仔細をお話しする前に二つ目の報告をさせてください。
話が前後してしまいますが、その事が私の追放劇に関わるのです。
お母様は私の婚約者を覚えておいででしょうか?
そう、べラントール侯爵の次男ジルベルト様です。
私との結婚でカーマイン家に婿養子となる予定だった方です。
見目も良くお優しいジルベルト様はまさに貴公子で、私にはもったいない素敵な婚約者でした。
もっとも、お母様はジルベルト様に良い印象がなかったようで、私が惚気ると「あれは優しいのではなく優柔不断で自分がないだけよ」とよく仰っていましたね。
報告というのは、そのジルベルト様のことです。
実は、ジルベルト様は私との婚約を破棄なさり、妹のミーシャと婚約しました。
理由は私が妹を虐げる性悪な姉だからだそうです。
でも、勘違いなさらないでくださいね。私はミーシャを虐めてなどおりません。
ただ、社交界では私が既に悪者となっていたのです。
その発生源はミーシャ自身で、彼女にとって浪費を抑えようと我が儘を叱る私は虐める悪い姉だったようです。
ジルベルト様はミーシャの話を鵜呑みにされてしまわれました。
この問題は婚約破棄だけで終わらず、お父様が私を「妹を愛さず嫉妬ばかりの酷い姉だ」と詰ってきたのです。
更に、カーマイン家の資産が無いのは私が使い込みをしているのだと言い掛かりまでつけられました。
家令のバートも一緒に弁明をしてくれましたが、お父様は聞く耳を持ってはくれませんでした。
それどころか、使用人達が辞めていくのは私が彼らをいびり出しているからで、彼らの給与を横領していたのを隠す為なのだろうと言い出す始末。
こうして私は屋敷を追われたのです。
さて、嫌な話ばかりになりましたが、嬉しいお知らせもあるんですよ。
今、私はお付き合いをしている男性がおります。
ショーン・ニダイという私の二つ上の方です。
追い出された私は隣の領へ移り住んだのですが、そこで彼と出会い意気投合しました。
最初はただ商売上の付き合いでしたが、最近ではお互い意識していると思うんです。
きっと勘違いではありませんよ?
そう言う次第で追放されましたが私は今とても幸せなのです。
仔細は私がお母様の元へお伺いした時にでもお話ししますので楽しみにしておいてください。
もっとも、私がお母様とお会いできるのはお父様やミーシャよりもずっと後になるでしょうけれど。
それでは、いつか再会できるその日までお母様もご壮健であられますよう。
敬具
あなたの愛する娘セレシア・カーマインより、天国のお母様へ愛を込めて。』
「こんなものかしら」
私は筆を置くともう一度その手紙をざっと確認してから封筒へ入れて封をしました。
「この手紙を読んだら、お母様は怒るかしら、呆れるかしら……それとも笑われるのかしら」
春の陽だまりのように胸をぽかぽかと温かくしてくれる……お母様のそんな笑顔を想い出すとほんの少しだけ寂しさが湧いてきました。
「お嬢様ぁ、ショーンさんがお見えですよぉ!」
「は〜い」
階下から大声で呼ぶメイナの声に応えると、私は鏡の前でさっと手櫛で髪を整えくるりと回る。
よし、おかしくないわね。
身なりを確認するとトタトタと階段を急いで降りる。
「お嬢様、ショーンさんがソワソワと待っておいでですよ」
「メイナ、私はもうお嬢様じゃないわ」
「ふふふ、長年の癖はなかなか抜けないもので」
家を追い出された私を迎え入れてくれたのは、カーマイン家に仕えてくれていた元侍女のメイナでした。
去って行ったカーマイン家の使用人達には、紹介状を持たせて隣の領へ就職を斡旋していたので、この街には見知った顔が幾人かおります。
庭師のデンガーさんは領主に雇われていますし、料理人のミールさんは自分の料理店を持つ一国一城の主です。
私はメイナと一緒に小物を扱う可愛いお店を開いてそれなりに暮らしています。
その商売が縁で商人である恋人のショーンと出会いました。
店へ顔を出せばショーンが手を挙げ優しく微笑んでくれました。
「お待たせ」
「早く来すぎたみたいだね」
でも、君に1秒でも早く会いたかったんだと言われ、私は思わず熱くなった頬を両手で押さえました。
「ふふ、セレシアは本当に可愛いなぁ」
「もう! そんなお世辞ばっかり言って」
私は気恥ずかしくなって誤魔化すようにプイッとそっぽを向いて拗ねて見せる。
「お世辞なもんか。セレシアを振った男には感謝しているんだ」
「え?」
「おかげで君と出会えたんだから」
「ショーン」
「セレシア」
どちらからともなく手を取り合い見つめ合う。
「イチャイチャは他所でやってくれます?」
「「メイナ!?」」
私達はバッと手を離し真っ赤になってあわあわしました。
そんな様子をメイナやお客さん達がニヤニヤと……うううっ、ここが店内だと失念していました。
恥ずかしいです。
「い、行こうかセレシア」
「そ、そうね」
誤魔化すようにそそくさと店を出ると目的の店へと向かいました。
今日はショーンとデートなんです。
それも、ただのデートじゃないと思う。
きっと彼は今日……
それから、私達は食事をして、露店を回って、笑いながら時間を過ごしていきました。
そして、日も傾き街の中央広場の噴水前で、ショーンが私の手を取ったのです。
「セレシアは元貴族令嬢で、とても綺麗で上品で……それに頭も性格も良くて……」
「ショーン?」
「それに比べて僕はしがない商人だ」
そんなに自分を卑下する必要ないのに。
ショーンには立派な商才があのだから。
「それでも……そんな僕でも……」
「うん……」
そこでショーンは言葉を切ると大きく深呼吸しました。
ふふふ、すっごく緊張してる。
だけで、それは私も同じ。
ショーンの次の言葉に期待と緊張で心臓が破裂しそうなくらいドキドキするの。
「そんな僕でも結婚してくれるかい?」
「ええ……ええ……もちろん!」
ああ、ショーン好きよ……大好き……愛しています。
その瞬間、周囲で私達を見守っていた人達から拍手が沸き、噴水が噴き上がる音と共に私達を祝福してくれたのでした……
『拝啓 お父様
葉も落ち朝夕に吹く寒風が身に沁み始めて参りました。お父様はいかがお過ごしでしょうか。
早いもので、私が屋敷を離れて十年が経ちました。
カーマイン領の惨憺たる現状は聞き及んでおります。
収税の回復は見込めず、領内の治安は悪化の一途。領民達の夜逃げも横行し、カーマイン領の立て直しは絶望的でしょう。
それでも領の運営をなんとか維持していらっしゃるご様子で、安堵すると同時に正直に申しまして驚嘆を禁じ得ません。
私が追い出された時に数年は持たないだろうとバートと話していたからです。
きっと、お母様が亡くなられる以前の様に、お父様は今を見て懸命に戦っていらっしゃるのでしょう。
そうであるならば、お父様には真実が……妹のミーシャの我が儘がカーマイン領に凋落をもたらしたのだと理解できている事でしょう。
勘違いしないでいただきたいのですが、私はお父様にもミーシャにも恨み言を申し上げたいわけではありません。
罰なら二人とも受けている最中でしょうから。
没落する中で贅沢な暮らしに慣れたミーシャが塗炭の苦しみに堪えられるはずもなく、その我が儘にお父様が今なお苦しめられているのは想像に難くありません。
それに、お父様もミーシャもある意味では被害者なのだと今の私には分かるのです。
ミーシャは幼き日に母を亡くし、甘え方を学べませんでした。お父様はミーシャを甘やかす事でお母様を失った喪失感を埋めておられました。
ミーシャは喪失感を我が儘で埋めようとし、お父様は現実から目を背けてミーシャを溺愛する行為で慰めようとなさいました。
その方法は間違っていたのですが、私はそのお気持ちを理解できるだけに二人を責める気にはなれないのです。
お母様が亡くなり私も喪失感を抱いていたというのもありますが、それ以上に今の私には失いたくない大切な者がいるからです。
お父様、私は結婚しました。
既に可愛い娘達もおります。
愛する夫と娘達を失えば、私はお父様と同じ道を歩んでしまうのではないかと感じているのです。
大切な人ができてお父様の喪失感が理解できました。
ですがお父様、それでも物や依存では喪失感は埋まらないのです。愛を失った悲しみは、やはり愛で埋めるしかないのです。
今のお父様は数々の苦しい選択を迫られていらっしゃるでしょう。
何を捨て、何を拾うか。
間違えれば奈落の底へ落ちてしまう。
そんな不安と焦燥に夜も眠れないのではありませんか?
ですが、答えは意外と目の前にあって、単純で簡単に出るものかもしれません。
お父様、忘れないでください。
本当に大切なものは何かを……
敬具
あなたを案じる娘セレシア・ニダイより、お父様へ愛を込めて。
追伸
妹に全てを奪われ不出来の娘と家を追い出されましたが、私は元気に楽しくやっています。今、私はとっても幸せです――』