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聖なる月夜の嘘つき占い師

作者: ミミ公

 クリスマスの夜。


 一人の占い師があてどなく商店街を徘徊していた。

 彼の目は虚ろで、しかし、その瞳の奥には何かを追い求める光があった。


 占い師は道行く人に声をかけては、その人たちの未来を占っていた。

 彼は人々の素晴らしい未来を予言し、人々は心から嬉しそうに去っていった。

 実のところ、人々を占う度に彼は落胆していた。だが、彼はその事をいっさい顔に出さなかった。

 落胆がつのるたび、彼の瞳の奥の光は少しずつ消えていくのだった。


 彼の気持ちとは裏腹に、商店街にはクリスマスソングが流れ、鮮やかなイルミネーションが通りの木々や街頭を彩っていた。

 クリスマスにもかかわらず、商店街に人通りはまばらで店は半分以上がシャッターを下ろしていた。

 みな、今宵、特別な夜を大切な人と過ごすことを選んだのだろう。


 かつて占い師には本当に未来が見えた。


 だが、彼は一年前からスランプだった。

 彼が人を占うことは叶わなくなってしまっていた。

 だから、彼は、ここ一年の間ずっと、誰かを占う度に嘘をついていた。


 占い師は今日も日の高いうちからこの商店街にたたずみ、行き交う人々に頼み込んで占いをさせて貰っていた。


 彼は探していた。

 しかし、彼の占いは彼の求める結果を示してはくれなかった。


 仕方なく、彼はデタラメな結果を人々に伝えていた。


 商店街のクリスマスソングは聖なる夜を祝い続けている。

 夜は更けていき、人通りは更に少なくなった。


 占い師は小さくため息をついた。

 小さな白い息が虚空に消えた。

 大きな月がそんな彼の事を空からじっと見下ろしていた。


 いよいよ寂しくなってきた商店街を、小学生くらいの男の子を連れた夫婦が通りかかった。

 子供は網に入れたサッカーボールを大事に抱えていた。

「すみません。もしよろしければ、あなた達の未来を占わせていただけませんか? お代は要りません。」占い師は通り過ぎようとする家族に声をかけた。

「えっ!?」父親は突然の見知らぬ人からの申し出に一瞬戸惑った様子を見せたが、考え直したように続けた。「でしたら、この子の未来を占っていただけませんか?」

「ありがとうございます。では、占わせていただきます。」

 そう言って、占い師は目を閉じて怪しげに手を動かした。

 実際のところ彼はそんな動作をしなくても占うことはできるのだが、占っていることをアピールしないと占われている側が安心しない。

 占い師はその占いの結果にガッカリとした。

 彼は心の内の落胆を表に出すことなく平然と嘘をついた。

「近い将来、彼が立派なサッカー選手になって大活躍しているのが見えます。」

「ああ。ありがとう。なんて素敵な占いなんだろう!」父親が声を上げた。

「素敵な占いをありがとう。こんな夜にこんなにも素敵な言葉を聞けるなんて思いませんでした。」母親も喜んでいる。

「よかったな。」父親が愛おしそうに子供の頭を撫でた。

 子供は少し照れた様子で、父親の手から頭をそらすと、占い師に訊ねた。

「僕、凄いサッカー選手になれるの?」

「なれるよ。おじさんはサッカー詳しくないからよくは分からないけど、君はすごい強い相手に凄いシュートを決めるんだ!」

 占い師は再び子供の喜びそうな嘘をついた。

 今宵はそれが許される夜だ。

「ほんと!?」子供は喜んでピョンピョンと跳ねる。

「本当だよ。ロスタイムのスーパーシュートだ。」

 占い師は子供に向けてしゃがみ込むと、彼にニッコリと微笑みながら平然と嘘をついた。

「今日もこれからサッカーしに行くんだよな。」父親は子供に声をかけた。

「今からサッカーをしに行くんですか?」占い師はこんな夜更けにいったいどこにサッカーをしに行くのかと驚いて父親に訊ねた。

「せっかく今日は休日になりましたんで、せめて子供の好きなことに付き合おうかと思いまして。」父親が答えた。「今まで仕事でちっとも一緒にいてやれませんでしたものですから。」

「小学校の校庭に行こうと思っているんですのよ。」母親が父親の説明に付け加えた。

「ああ、なるほど。お気をつけて。良い夜が過ごせると良いですね。」

「ええ。占い師さんこそ。ありがとうございました。」

 父親はそう言って頭を下げ、母親も合わせるように占い師に頭を下げた。

「いえ、こちらこそ、占わせて頂いてありがとうございました。」

 占い師は頭を下げ、家族が去っていくのを見送った。

 子供が最後に占い師を振り返って大きく手を振った。


 次に占い師の前を通りかかったのは老夫婦だった。

 足の悪いお爺さんの車椅子を小綺麗なお婆さんが押している。

 占い師が話しかけに行く前に、お爺さんの不機嫌な怒鳴り声が聞こえてきた。

「段差を避けろと言っとるじゃろうが!」

「はいはい。申し訳ありませんでしたね。」お婆さんは慣れた様子で答えた。

「なんじゃい、その返事は!」お爺さんはお婆さんを振り返って怒鳴りつけた。

 占い師は思わず二人の会話に割って入った。

「こんな夜くらい、奥さんにお優しくして上げたらどうですか?」

「なんじゃい。小僧。」

 車椅子のお爺さんは占い師を睨み上げた。

「いくらなんでも、少し言い過ぎではないですか。あなたは車椅子を押してもらっているんですよ?」

「夫婦には色んな形があるんじゃ。若輩は黙っとれ。」

「形?」

「ワシゃ、こう見えて後ろのバアサンより結構な年上なんじゃ。」

「そう見えますよ?」占い師は本音で返事を返す。

「ワシのほうが先に死ぬからな。ワシが死んだ時にコイツが清々したと思えるように今のうちに散々迷惑をかけてやるのよ。」お爺さんは勝ち誇ったように占い師に言った。

「そんなことしたって、あなたがいなくなったら私は泣きますよ。とても寂しいんですからそんな事言わないでください。」お婆さんはすました顔でお爺さんに告げた。

 占い師はこっそりお爺さんを占うと、彼に嘘を告げた。

「おじいさん。あなたは簡単には死にませんよ。この世界のどのご老人がたよりも長生きして、奥様をきっちり看取られます。」

「あらまあ、やっぱりそうですか。心配ないんですってよ、あなた。」お婆さんが車椅子の後ろからお爺さんに顔を寄せて囁いた。とてもうれしそうな笑顔だった。

 一瞬、驚いて口をあんぐりと開けて固まったお爺さんだったが、すぐに気を取り直して文句を口にした。

「おまえ、大噓つきだな。」

「いいえ、私は占い師です。」

 占い師はお爺さんの言葉に一瞬顔をこわばらせたが、平然を装って答えた。

「占いなんかで未来が変わるもんかい。」お爺さんは占い師を挑発するように言った。

「占いなんかで未来は変わりません。未来を変えるのは占いを聞いたあなたです。」占い師は平然と言い返した。

「・・・・。」

 お爺さんは押し黙って占い師の事をにらみつけた。

「占い師さん、よろしかったらこの人のことをもっと占ってもらえませんかね。」お婆さんが優しい声で二人のにらみ合いに割って入ってきた。「きっとあなたはこの人の未来を変えるきっかけになってくれると思いますわ。」

 お爺さんがゆっくりと振り返ってお婆さんを見ると、お婆さんはとても優しくほほえみ返した。

「こう見えて優しい人なんですのよ。」お婆さんが占い師を見た。

「解りました。」

 占い師はお婆さんにウインクすると、お爺さんに向けて怪しげに手を動かした。

「見えました。」占い師は手の動きを止めると仰々しく言った。「遠くない未来、ご主人は足もすっかり良くなって、大好きな忌野清志郎を聴きながら、ツイストを刻んでいます。」

「い、忌野清志郎!?」お爺さんが驚きのあまり車椅子から立ち上がりかけた。

「あらまぁ。」お婆さんも驚いたように口元を抑えた。

 お爺さんはしばらく占い師の事を睨んでいたが、意を決したかのように口を開いた。

「・・・なんで、ワシが忌野清志郎を好きなのを知っている? ウチのバアサンもワシがそんな不良な曲を聴くなんて知っとらんぞ。」

「私は占い師ですから。いろいろ見えるんですよ。」占い師はいけしゃあしゃあと答えた。

「・・・信じるぞ。」

「ええ。だから、あなたは奥さんを最後まで大切にしてあげていいんですよ。」

「そうか。」

 お爺さんは一言そう呟いた。

「ありがとう。」

 お婆さんがくすくすと笑いながら占い師に礼を言った。

 お爺さんは恥ずかしそうに占い師からもお婆さんからも顔をそらした。

「お二人はこんな夜更けにどちらまで?」占い師はお婆さんに訊ねた。

「河原にでもいこうかと。河原からなら、きっとお月様がとても綺麗に見えると思うんですよ。」

「ああ、なるほど。」占い師は納得した様子で二人を見た。「お気をつけて。良いクリスマスを。」

「どうもありがとう。」お婆さんが占い師に礼を言った。

「占い師。これをやる。」

 と、お爺さんがぶっきらぼうに言って、車椅子の脇にかかっていた袋の中からワインの瓶を取り出して占い師に見せた。

「え? お二人で飲むつもりだったんじゃないんですか?」

「二人共、もう酒は共飲めんのじゃよ。体が美味いと思ってくれんのだ。それに寒うて良う飲まれん。ただの雰囲気づくりの代物じゃ。グラスもあるから一緒に持っていくといい。構わんよな?おまえ。」お爺さんがお婆さんを振り向いて訊ねた。

「ええ。ワインも飾られるだけより、飲んでもらったほうがきっと幸せですよ。」

「でも、これ、高いんじゃないですか?」占い師はワインのラベルを覗き込みながら訊ねた。

「そうじゃよ。だからこそ、お前さんが飲んでやってくれ。」

「ええと私は・・・。」

 占い師は酒を飲めなかったので断ろうかと一瞬考えたが、いまさら本当の事なんて言っても仕方がないと嘘を上塗りすることにした。

「ありがとうございます。私、ワイン、大好きなんですよ。」


 老夫婦が行ってしまうと、今度は若い恋人が占い師の前を通りかかった。

 とても幸せそうで、今宵のクリスマスに相応しい二人だった。

「よろしかったら、お二人を占わせて貰えないでしょうか? お代はいただきません。」

「えっ? どうする?」女は期待するように恋人を見た。

「せっかくだし、占ってもらおうよ。」男は恋人にニッコリ笑いかけると占い師を見た。「私達の未来を占っていただけますか?」

「ありがとうございます。ぜひ、占わせてください。」

 占い師はそう言ってまた、怪しげに手を動かした。

 しかし、占いの結果はまたしても占い師の求めているものではなかった。

 だから、占い師は再び当たり障りのない嘘をついた。

「差し出がましい事を申し上げるようですが、お二人はすぐにでもご結婚なさるのがよいでしょう。お二人がお幸せに過ごしている姿が見えます。不満もなく幸せに満ち足りた結婚生活を送ることができるはずですよ。あなた方は互いに最高のパートナーです。」

「うれしい!」女は飛び上がりそうになりながら手を叩いた。

「ありがとう。占い師さん! 実は私達は今まさに結婚するために式場に向かっているところだったのですよ!」

「おや、そうでしたか。」

「さすがにこんな夜の結婚式には誰も呼ぶわけにはいきませんけどね。」男はおどけてみせた。

「せめてもの記念ですわ。」女が照れたように笑った。

「今夜だといろいろ大変でしょう。」

「ええ。やはりこんな夜だと、神父様も都合がつかなくて。教会だけお借りして私達だけで行う予定です。」

「神父さんもご家族がありますでしょうしね。」

「ええ、仕方ありません。でも、今日、式をあげることにしてしまいました。」

「こんな事でもなかったらズルズルと伸び伸びにしていたかもしれませんものね。」男の台詞をフォローするかのように女が言った。

 占い師の占いを受けてか、二人恋人の隙間はなくなり、いまや互いの腕はピッタリとくっついていた。

「そうだ! よろしかったら、こちらをお持ちなさい。」

 占い師はそう言って、先程老夫婦に貰ったワインと2つのグラスの入った紙袋を足元から拾い上げて、若い二人に差し出した。

「これは?」

「ワインです。結構、良いものらしいですよ。グラスも入っています。」

「ええっ? いいんですか?」女が紙袋の中を覗き込みながら戸惑ったように声を上げた。

「僭越ながら、幸せな未来のご夫婦へのささやかなお祝いです。」

「占って貰った上に、ワインまで貰ってはさすがに・・・。」男が躊躇して言った。

「いいえ、私は飲めませんので、あなた方の幸せな結婚式のせめてもの彩りになれば。」

「ああ、ありがとうございます。」二人は占い師に頭を下げた。

「いえいえ、素敵な式になるといいですね。」

「ええ。最高の式にしてみせます。」

 男は占い師にニッコリと笑い、女はそんな男を幸せそうに見つめた。


 それからしばらくの間、占い師の前を誰も通りかかることはなかった。

 そのうち商店街のシャッターが降りる音がそこかしこで聞こえ始めた。


 占い師がそろそろ諦めようかと考え始めたころ、一人の小説家が片手の缶ビールを開けながら通りかかった。

 反対の手にはビール缶が何本か入ったビニール袋を下げている。

「やあ、こんばんわ。」占い師が話しかける前に小説家が占い師に話しかけてきた。「コンビニが閉まっているのに酒屋が開いてました。不思議な夜ですね。」

「そうですね。コンビニのバイトはお店には思い入れとかは無いでしょうしね。」

「普通はそうですよね!」ほろ酔いの小説家は嬉しそうに占い師に言った。「でも、今も電気は来ているし、ネットだってつながる。今日この夜の遅くまで、このクリスマスのために店を開けてくれた人がたくさん居る。」

「本当に。よくよく考えれば、とてもありがたいことですね。」占い師は頷いた。

「世界はアガペーに溢れているんですよ。」小説家は酒を持った両手を広げて嬉しそうに叫んだ。

「随分とご機嫌ですね。」

「実は私は小説を書いておりまして、今日が締切で、さっき原稿をメールで送付したところだったんです。」

「今日が締切なんですか!?」占い師は驚きの声を上げた。

「締切と言っても短編小説の公募の締切ですけどね。発表は今日の夜。なんとも粋じゃありませんか?」小説家は嬉しそうに笑った。

「また、凄い時に公募なんてするんですね。」

「募集する方々も小説を愛しているのですよ。おかげで、私は今日、今の今まで小説と向き合い続けることができました。ありがたいことです。」

「しかし、こんなギリギリで出版まで間に合うのですか?」

「出版どころか! 私の作品を送ったのはさっきですからね。もしかしたら駆け込みの私の作品なんか読まれずに終わる可能性すらあります。」

 そう言いつつも小説家は満ち足りた表情だった。

「それでも私のベストは尽くしました。今は満足です。」

「そうですか。それはよかった。」占い師は頷いた。

 ここまで幸せな人に向けて、わざわざ占わせてくれと言うのも無粋だと思い、占い師は小説家を占うのは止めておくことにした。

「ところで、あなたはこんな夜にいったい何を?」小説家は占い師に訊ねた。

「私は占い師なのです。」

「占い師さんがこんな人通りもまばらな夜中に通りで一体何をなさっているのです?」小説家はもう一度訊ねた。

「今日は一日中通りすがりの方を占っていました。」

「それはまた滑稽な。今日みたいな日になんでそんな事を。」

「大したことではありませんよ。」占い師は悲しそうに笑った。

 占い師の悲しそうな顔を見て、小説家は占い師と話してみることに決めた。

 小説家は今宵だけでもみんなに笑っていてほしかった。

「もし、よろしかったら話を聞かせて貰えませんか? 世界はアガペーに満ちています。そのおかげで私は酒を買えました。今度は私があなたにアガペーを与える番だと思うのです。」

 占い師は少し躊躇したが、小説家が真面目に自分と向き合ってくれていることを感じて素直に告白することにした。

「実は、私、自分で言うのもなんですが、本当に未来が見えるのです。ただし不幸しか見えません。」

「おや、まあ。」

「占いにいらっしゃるお客様は幸せになることを期待して占いをしにいらっしゃいます。ですので、占いの結果を良いように解釈して伝えるようにしていました。例えば、離婚する光景が見えたら、結婚できる事を伝えるとか。」

「なるほど。占い師ってのも大変なのですね。」

「ところが去年ぐらいから、誰を占っても、良いように解釈するのが不可能な未来しか見えなくなってしまいました。なので、最近は結果の歪曲どころか真っ赤な嘘しかついていません。」

「ああ、なるほど。だから、いろんな人を占っていたのですね。」小説家は納得がいった様子で頷いた。「あなたは『未来』を探していたんだ。」

「そうなのかもしれません。でも、結局、今日も一日嘘しかついていません。」

 占い師はちょっとした懺悔のつもりで今日の占いの様子をかいつまんで小説家に話した。

 家族のこと。

 老夫婦のこと。

 若いカップルのこと。

「みんな、私の真っ赤な嘘につきあって幸せなふりをしてくださったに違いありません。」占い師は言った。

「それは素晴らしい。」占い師の話を黙って聞いていた小説家は微笑んで答えた。「あなたのなさったことは素敵なことだったんだと思いますよ。」

「皆様、どんなお気持ちで私の嘘を受け入れてくださったのか・・・。」占い師は心から申し訳なさそうに呟いて小さくなった。

「忌野清志郎なんて言われておじいさんも困ったでしょうね。」小説家はクスクスと笑った。

「本当に、みなさん良い方々でした。」

 占い師は悲しそうに夜空の月を見上げた。

「あなたもですよ。」

 小説家は占い師をそう言って慰めると、意を決して占い師に言った。

「よろしければ、私の事を占ってみませんか? そして、あなたの占いで見えた真実を伝えてください。あなただけが嘘を付き続けるのは可哀そうだ。」

「良いのですか?」

「もちろん。ドンと来てください。」小説家はビール缶を握った手で胸を叩いた。

 占い師は怪しげな身振りを行うこともなく、小説家に告げた。


「あなたは今夜、死にます。」


「そうですか・・・。」小説家は一瞬ショックを受けて押し黙ったが、とても悲しそうに笑うと、占い師に向けて深く頭を下げた。「私があなたの探していた人でなくて申し訳ない。」

「いいえ。あなたは私に真実と向き合う覚悟をくれました。私は占い師なんです。未来を見ることができるだけで、結果を望む立場にはなかったんです。」占い師はすまなそうに下を向いた。

「大変なご苦労をされましたね。」小説家は不幸だけが見える占い師のことを思んぱかって優しく慰めた。

「みなさんが幸せそうにしているだけに本当に辛かった。」占い師は正直に答えた。

「それでも、きっと、あなたの嘘はみんなを少しだけ幸せにしたんだと思いますよ。」

「結果的にはそうかもしれませんが、私は占い師でホラ吹きではないのです。」

「そうだ! もしまだ消化不良なのでしたら、私の小説の公募についても占ってみてくれませんか? 嘘はつかず、あなたの本当の言葉を聞きたいのです。」

「知りたいのですか? ガッカリするかもしれませんよ?」

「もしかしたら読まれることの無い小説にしろ、私の最後の時間を賭けた小説が世界にとってどのようなものだったのか知りたいのです。私は今晩死んでしまうわけですから、結果を知ることができないかもしれない。それだけが無念なのです。ですので、あなたは占い師として私に嘘偽りなく真実を伝えてくれてかまいません。」

「大丈夫、きっと、通ります。」占い師は小説家に言った。

「それは占いの結果ですか?」

「いいえ。私の占いでは見えませんでした。」占い師は笑った。「だから、きっと大丈夫です。」

「そうか、なるほど。」小説家も笑った。「ありがとう。あなたのおかげで最期の瞬間を満足を持って迎えることができそうだ。」

「私もここまでにします。最期に正直な占いができてよかった。」

 二人は空を見上げた。

 巨大な月が小さな彼らを静かに見下ろしていた。


 3ヶ月前、政府が地球に巨大な天体が衝突することを発表した時、空にはすでに2つの月が見えていた。

 巨大な天体の襲来は人類の文明ごときでは太刀打ちできない絶望であることが、その時にはすでに確認づけられていた。

 人々は悲嘆に暮れ、やがて諦めた。

 それでも人々はいつものように生活を続けた。

 きっと、この世界の当たり前の何かを惜しんだのだろう。

 そして、今宵、人々はそれぞれにとって特別な最後のクリスマスを迎えることに決めた。



   月は日に日に大きくなり、クリスマスの今夜、墜ちる。



 人々は、それぞれに素晴らしい人生を過ごした。

 素晴らしい最期であろうと努力した。

 特別なことをするわけではなかった。

 ただ、当たり前を、当たり前の幸せを、少しだけ一生懸命に過ごした。

 皆、なにか大切なもののために生きた。

 それは、人であり、世界であり、夢であり、未来であり。

 そうやって人々はその時を待った。


 予告されていた世界の最後の時は過ぎた。

 月は少しだけ遅刻をしたようだ。

 ほんの数分という、人類へのクリスマスプレゼント。

 ただ、突然吹き荒れ始めた旋風は世界の終わりが間違いなく到来することを予告していた。


 小説家は公募の結果を知るために家へと戻り、占い師だけが商店街に残っていた。

 もはや通りには占い師以外の人影はない。

 どこの店も閉まってしまった。クリスマスソングはもう聞こえてこない。

 皆、最後の時を迎え入れる準備に入ってしまっているのだろう。

 最後のクリスマスを祝うイルミネーションを見上げているのはもはや占い師一人だけだった。


 占い師は今日の事を思い出していた。

 今日一日、いや、この一年間、誰の占いをしても『死』しか見え無くなってからずっと、彼は嘘を付き続けてきた。

 でも、嘘をついてまで占いを続けてきて良かったと思った。

 ついに希望は見つけられなかったけれども、世界はその最後の日までこんなにも愛に満ちていたのだから。

 彼が会った人々は皆、この一日を大事に、優しく、大切に生きていた。

 人はきっと当たり前に生きて、それを世界に謳いたかったのだ。

 なんて素敵な夜なのだろう。

 今宵みんなが幸せでありますように。

 彼は月を見上げてそう願った。


 老夫婦は旋風が渦巻く河原の散歩道で肩を寄せ合いながら踊っていた。

 お婆さんが足の悪いお爺さんをしっかりと支え、彼らが出会った時のように優雅に、ただし、年輪を重ねた夫婦の落ち着きを見せるかのごとく、ゆっくりと踊っていた。

 ツイストでこそなかったが、お爺さんはさっきまで車椅子に乗っていたとは思えない足運びでお婆さんをリードしていた。もちろん、お爺さんは無理をしている。だけど、強がって平気なふりをするのだ。

 お婆さんは足の悪いお爺さんが倒れないよう時々体重を受け止めながら、お爺さんのリードに見事に合わせてみせた。

 車椅子は風で倒れてしまっていたが、もう関係ない。

 二人は互いに寄り添いながら、世界が終わるまで踊り続けるのだ。


 自宅に戻った小説家はタブレットで公募のページを確認していた。

 小説家は世界の終わりと同時の結果発表にヤキモキとしながら、タブレットをつつき回していた。

 このまま世界が終わってしまっても小説家は幸せだったかも知れない。

 しかし、小説家は月の気まぐれな遅刻のおかげで自らの小説の選考を知ることができた。

 それは小説を愛する誰かがその最期の時間を費やしてまでも彼の小説を読んでくれた証であり、その期待に彼が応えることができたという証でもあった。

 眩しいほどの月明かりの差し込む部屋の中で彼は歓声を上げて大きくガッツポーズをした。

 彼の作品は世に出ることはないが、それでも彼は最高に幸せだった。

 彼の人生は彼の作品のようにハッピーエンドだった。


 若いカップルは教会で自らの手で婚姻を済ませた。

 白い小さな教会には誰もおらず、彼らを祝うものは無い。

 ただ、教会を貸してくれた神父が二人のために残していってくれたのか、小さな白いバラの花束が説教台の上に置かれていた。

 寂しい結婚式だったが、それでも二人は幸せだった。

 彼らはこの世界の最後の花嫁と花婿だった。

 涙を流しながら交わした誓いのキスが終わっても、世界は終わっていなかった。

 二人は涙を流して抱き合った。

 結末がたとえ一緒であったとしても、夫婦としてのかけがえのない数分をこの世界に刻むことができる。

 窓から差し込むまばゆいほどの月の光で真っ白に輝く教会の中、神父のいない説教台の上で二人は通りすがりの優しい占い師から貰った赤ワインを開けた。

 彼らは参列者席の冷たい長椅子に腰掛けると、互いのぬくもりを片側に感じながらワイングラスを鳴らした。

 二人は身を寄せ合って、世界からのお祝いの数分を幸せな夫婦として過ごした。


 未来ある少年だった彼は父と母と一緒に他には誰もいない学校の校庭にやってきていた。

 父は少年に付き合って慣れない足取りでサッカーボールを少年に蹴り返している。

 母は少し離れたところにシートを敷いて座り、目に涙を浮かべながら、動きのぎこちない父親と生意気にも父親を叱り飛ばす少年を微笑ましく見ていた。

 仕事の忙しい父がクリスマスを家族と一緒に過ごすのは久しぶりだった。

 少年は大好きな家族に自分の得意なサッカーが披露できて嬉しかった。

 今日は少年にとって最高のクリスマスだった。

 場所は学校の校庭だったけれども、それでも彼には充分だった。

 笑顔の少年ははしゃぎながら父親にボールを要求した。

 父親は不器用な足さばきで少年に的外れのパスを蹴り出した。

 少年はボールの跳ねた先に走り込むと、父親からの最後のパスを一流選手がごとき見事なトラップで受け取った。


 そして、世界のロスタイムの終わり、少年は空の半分を埋めた輝く月に向かって会心のシュートを放った。


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