第9話 討伐依頼-後-
「いやぁスッキリした」
ホブゴブリンを含めたゴブリンの討伐を終えた俊也は笑顔になっていた。
「普段はここまで力を出して戦うこともないからな。周りを気にせず力を出したのは本当に久しぶりだよ」
「気にしない?」
「ああ。うっかり力を出し過ぎて周囲を吹き飛ばしちゃうこともあるからな。その辺は気を付けてバイトを請け負っていたからな」
俊也の異能は、異世界へ来る前は今ほどの自由がなかった。それが異世界へ来たことで自由に抑えられるようになった。以前は気を付けていなければ出し過ぎた力によって、今いる洞窟を崩落させていた危険性もあった。
だが、異世界へ来たことで単純に強くなることができるようになった。
「バイト?」
それよりも叶多は『バイト』という言葉の方が気になった。
そこまでの被害を出してしまうことを想定しなければならないバイトとは、いったい何なのか?
「あれ、知らない?」
逆に知らないことに対して俊也の方が戸惑った。
「自分の方が特殊な立場だっていうことを知りなさい」
「どういうことです?」
「先生の口から彼らがやっているバイトについて説明します」
そもそも斡旋されたバイトの説明をしているのは智佳だ。
表向き地球にはゴブリンのような魔物はいないことになっているが、実際には妖怪のような化け物が姿を現してしまうことが時折ある。そういった化け物には銃火器による攻撃が通用しにくいため国は俊也や煉みたいに戦える異能者を監視対象にしながらも重宝している。
放課後になると智佳から退治してほしい妖の情報を得て、現地へと飛ぶ。向かう先は日本国内ならどこへでも行く。移動手段は、移動に特化した能力者がいたため北海道と沖縄を行き来することになったとしても日帰りすることができていた。
「そんなことをしていたんですか?」
叶多は異能者にそんなバイトの話があったなど知らなかった。
とはいえ、戦闘向きな能力ではない彼女に妖怪退治の依頼がいくはずもなかったので当然と言えば当然だ。
もっとも彼女には彼女で別の依頼がされていた。
「バイト代は1回の仕事で10万だから、命懸けの仕事にしては少ないけどな」
「先生。もうちょっとどうにかならないか交渉できませんか?」
煉と俊也はバイトをすることそのものには納得していても、金額の少なさには納得できていなかった。
本来なら拘束され、厳重な監視下に置かれていてもおかしくない。そう思えるほど異様な力を身に付けてしまっているのに最低限の監視だけで自由にさせてくれている。その事を思えば命懸けのバイトぐらいはしてもよかった。
「金額はどうにもならないですね。国から機関に支給される予算にも限度があります」
「一応、妖怪退治は国の危機を救っていることになりますよ」
「一般には妖怪がいることすら伏せられていますから予算の獲得が難しいの」
だから機関としても異能者に色々と便宜を図っていた。
「ま、それほど不満に思っているわけではないですからいいですよ」
そのようなバイトをしていたから俊也は戦い慣れていた。
「一つ不満があるとすればゴブリンが弱かったことと小さかったことかな」
弱くて異世界に得た力を試すには適していなかった。
どちらかと言えば簡単に倒してしまったホブゴブリンの方が適していた。
「それで、倒したらどうすればいいんだっけ?」
倒したら終わり、とはいかない。
きちんと冒険者ギルドに討伐したことを証明することで依頼は達成されたことになる。そのためには討伐したことを証明する必要がある。
ゴブリンの討伐を証明するには耳を千切って持ち帰る必要がある。
智佳が切断する為のナイフを取り出す。
「ああ、いいですよ。回収まで俺の方でやります」
倒れたホブゴブリンの耳と頭を掴むと引き千切る。血が舞うことになるが、構わずに倒れたゴブリンの耳を次々と引き千切って行く。
「……随分と強引な方法でやるんですね」
「この方が手っ取り早いでしょう」
手段を選ばなかったおかげで討伐部位は早々に集まった。
☆ ☆ ☆
洞窟の出口へ近付くと光が溢れてくる。
暗い場所から明るい場所へ出てしまうと思わず眩しさに目を細めてしまう。
だからだろう……目の前に迫る脅威に気付くのが遅れてしまった。
「オーク!」
最初に気付いたのは詩奈だった。
「セーブ!」
次いで聞こえてきたのは彼女が異能を使用する為に用いている合図だった。こうして言葉にすることで異能の使用を明確にすることができる。
これでやり直すことができる。
ただし、困った事態は今も続いており、目の前にいる豚の顔をした体長3メートルを超す人型の魔物が丸太を振り下ろし、左右にいる2体が切断しようと斧を振り下ろそうとしていた。
洞窟を出たところを狙って攻撃してきた3体のオーク。
今日受けた討伐依頼の、もう一つの目標だった。
「凄まじい力だ」
上から迫る丸太と斧を見ながら煉が呟きながら、両手を広げて掲げる。
次の瞬間、振り下ろされていた丸太と斧がピタッと止まる。オークの意思でないことは3体と手に力を込めて顔が歪んでいることから明らかだ。
「こいつらが依頼に必要な次の獲物だな」
「ええ……」
手を触れてもいないのに武器を止めている。
異様な光景に女性陣3人が言葉を失う。
「で、どうして先生は気付かなかったんですか?」
能力の関係から智佳が索敵を担当することになっていた。
獲物の位置を遠くからでも察知することができる。
「ごめんなさい。先生も監視以外での使い方は初めてから調べるのを忘れていたわ」
「時舘!」
「時間を戻してもいいけど、オークが出て来た直後か異世界の出来事を最初からやり直すことになるよ」
「……」
襲撃が事前に分かっていなければ意味がない。それに最初からやり直すなど自分は覚えていなくても、これからすることを思うだけで面倒になる。
「こいつらが獲物でいいんだよな」
「はい、間違いありません」
依頼書を見ていた叶多が肯定する。
叶多の異能は、交わされた契約の強制的な履行。どちらかが条件を満たした場合には、相手にも必ず交わされた条件を履行させることができる――絶対に不履行を認めさせない能力。
その能力のおまけとして、履行に必要な条件を感知することができる。
今回の依頼で言えば、目の前にいるオーク3体を倒すことで依頼を達成することができる。
「どうする?」
洞窟の中で俊也が尋ねられたように、今度は煉へ尋ねる。
――手伝うべきか?
煉の返事は素っ気ないものだった。
「必要ない」
足に力を込めて蹴るように跳び上がる。
体長3メートルあるオークの頭上まで跳び上がると、上からオークの背中に向けて手を掲げる。
直後、オークの背中が鋭い刃によって斬られたように裂ける。
「いらないだろ」
背中を斬られたことで丸太を持っていたオークが血を流しながら倒れる。
オークを倒した煉の顔は笑っていた。
「今のは森でも見せた風……か?」
背中にある傷は3本。普通に剣で斬っただけではつかない傷だ。
その斬撃の正体が鋭利になるほど圧縮された風だと俊也は判断した。オークの体は厚い肉に覆われている。分厚い体を斬り裂けるほどとなれば突風では済まされないほどの風が圧縮されていることになる。
「残りはどうするかな?」
すぐさま両隣に立っていた2体のオークが斧を振り下ろす。人間が持つには大きい斧でもオークが持てば小さく見えてしまう。
人間の体なら一撃で両断できてしまえる斧が迫っていても煉は微動だにしない。
斧を振り下ろしたオークは「斬れた……!」と思った。しかし、振り下ろした斧から返って来た感触は人間を斬った時のものではなかった。もっと大きな物を叩き切った時の感触だった。
「「グゥ……!?」」
斧の刃が突き刺さっていたのは倒れたオークの背中。風の刃によって縦に斬り裂かれたところに刃が突き刺さっていた。
慌てて煉の姿を探す。オークたちに煉が強いことは理解できていた。それでも自分をコケにされ、仲間をこんな風にさせられてしまったことに憤っていた。後ろにいる弱そうな女性陣を狙う気などなかった。
――いた!
いつの間にかオークの1体の後ろへ回り込んでいたことにもう1体のオークが気付いた。
そして、その瞬間には手遅れだった。
「振脚」
煉が巨躯のオークに向かって足を振り上げる。
「……!」
振り上げられる足を女性陣は見ることができなかった。だが、俊也だけは凄まじい速度で放たれた蹴りを捉えることができた。
速度のある蹴りはそれだけで強大な力を発揮し、オークの肉を抉る。そうして、それだけで終わらずに蹴られた場所を中心に肉が波打ち、右半身が吹き飛んでしまう。
体の半分が消失したオーク。
仲間のそんな姿を見せられては、残ったオークから戦意は喪失してしまう。
恥もなく背を向けて逃げ出す。
「……逃がすわけがないだろ」
背後から聞こえてきた声に恐怖を覚えて振り返ろうとする。
しかし、後頭部に感じる手の感触によって振り返ろうとした頭が止まり、直後には地面に頭が叩き付けられていた。厚い肉に覆われているオークと言えど、頭部は胴体などに比べて脆い。オーク以上の力によって叩き付けられれば無事では済まない。
「これでいいんだよな」
「はい」
叶多が依頼票で確認する。
彼女には契約が履行可能であることがわかっていた。もっとも本当に完遂させる為にはギルドへ報告する必要がある。今回の依頼はオークの討伐。討伐できたことを報告する為にも討伐証明が必要となる。
持ち帰る必要があるのはゴブリンと同様に耳。
普通はナイフを用いて切り取るところだが、煉はゴブリンに対して俊也がやったように手を添える。
ブチッ。
それだけで簡単に耳が切り取れてしまった。
「さっきの風の応用か」
「あまり威力を抑えるのは得意じゃないんですけどね」
切断する時には便利であるため利用していた。
ただし、元々は強烈な竜巻を生み出す為の力。手加減ができるような能力ではないのを煉の精神力で押さえ付けていた。
「風……念動力……瞬間移動……」
「うん?」
「いや、どういった異能を持っているんだろうって考えていたんだ」
異能は一人につき一つ。
様々な事ができるとしても根本的な能力は一つであり、俊也のように様々なことができる一つの能力を持っているか、様々な出来事をまとめられた伝承に纏わる能力を保有しているか。
煉の場合は後者に該当すると判断した。
これまでに行った様々な事象に対して共通点を見出すことができない。
「そういう先輩だって色々なことをやりすぎですよ」
「俺は色々とやっているように見えるけど、結局のところは一つのことしかやっていないんだ」
「それを教える気は?」
「ないな」
人前で異能を晒すこと自体が俊也にとっては珍しいことだった。
どのような能力を持っているのか、それぐらいは自分で推察してもらわないと困る。
「それにしても、けっこうな量になったな」
ゴブリンが約30体。オークが3体。
オークの体が大きいこともあって耳だけを切り取っても詰め込んだ袋がかなりの大きさに膨れていた。
「さすがにギルドへ出す時は事前に出しておかないとならないけど、途中までだったら異能で持って行くか」
袋を受け取ると地面に置く煉。
その場から少し離れると袋の周囲の景色がグニャリと歪んでいるように見えた。
「これは……」
やがて、目の前にあった袋が綺麗になくなってしまった。
「収納能力まで持っているのか」
俊也の問いには答えず曖昧にしておく。
それだけ答えたくない、ということだった。
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