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第8話 討伐依頼-前-

 森を抜けた先にある荒涼とした場所。大地からは植物が少なくなり、山の岩肌が目の前に立ちはだかる。

 今、俊也たちがいるのは山の麓にある大穴の前。


「アレがゴブリンの巣だな」


 大人が通れるほどの穴。人間にとってはギリギリな大きさだが、子供程度の大きさしかないゴブリンにとっては戦闘もできるちょうどいい大きさの洞窟だった。


「この場所で間違いないんだよな」


 目撃証言は巣だと思われる方向へ逃げた、というものだった。

 巣の場所までは判明していなかったが、智佳の【点呼】によって確認ができている。巣の中にゴブリンがいるのは間違いない。


「ゴブリンは全部で30体。けっこうな数みたいだけど、本当に大丈夫なの?」

「任せてください、としか言えないですよ」


 洞窟の中へと踏み出す。

 岩や石がむき出しになっているせいで歩きにくく、洞窟の中だと音が反響して気配を殺すことができない。隠れる場所は多いが、人がギリギリ隠れられる程度の岩などでゴブリンが相手では心許ない。元より逃げるつもりなどない。


『グギャ!』

「お、来たぞ」


 少し進んだところで洞窟の闇の中にゴブリンを捉える。

 向こうにも気付かれてしまったが、構わずに前へ進んでいく。

 現れたのは3体のゴブリン。3体とも棍棒を手にしており、敵意が滾っているせいか赤い目が血走っているように見えた。


「で、どうする?」


 俊也が煉に尋ねる。

 今回の依頼では金稼ぎ以外に俊也と煉の異能を見せる意味もあった。


「おれの異能は、こういう狭い場所向きじゃないんだよな」

「俺も戦うなら広い場所の方がいいさ」

「ちょっと……」


 言い合っているうちに1体のゴブリンを先頭にして3体のゴブリンが棍棒を振り上げながら襲い掛かってくる。

 ゴブリンは群れを成す程度に知性を持つ魔物。だが、それは個としての力が弱い為に集まっているだけに過ぎない。ドタドタと大きな足音を出しながら近付いてくる。


「ふんっ!」


 先頭にいるゴブリンに向かって俊也が拳を叩き込む。

 殴られたゴブリンの頭部が必要以上の威力によって吹き飛ばされてしまう。


「「……」」


 迫っていた残り2体のゴブリンの足が止まる。


「ちょっと威力を出し過ぎたか」


 力を調節して落とす。


「「「「……」」」」


 言葉を失くしてしまったのは俊也を除く4人も同じだ。

 言動から強いことは予想できていた。それがゴブリンを相手に頭部を爆散させ、余裕を見せるとは思っていなかった。


「……………これぐらいかな」


 呟いてから俊也の姿が直前までいた場所から消える。

 次の瞬間、左にいたゴブリンが洞窟の天井に叩き付けられ、右にいたゴブリンが壁に叩き付けられる。どちらも地面に倒れて起き上がることはなかった。


「チッ、ゴブリンが相手だと全く戦っている気がしないな」

「今の、何をしたの?」


 叶多の目には何をしたのか見えなかった。

 智佳や詩奈にしても、目で追うことができなかった。


「近付いて殴った、それだけだ」

「それだけって……」


 ゴブリンに接近すると気付かれるよりも早く顎を下から殴って天井へ叩き付け、そのまま隣にいたゴブリンへと手を伸ばして殴り飛ばす。

 肉体が爆散しない程度には加減されていた。それでも一撃で倒せるだけの力が備えられていたのは間違いない。


「すごく強いじゃないですか、先輩」

「それは分かっていたことだからいいんだよ」


 ゴブリン程度なら余裕で倒せる。

 しかし、適切な強さというものが分かっていなかった。


「目立ち過ぎたわね」


 洞窟の奥の方から気配を感じる。

 智佳は【点呼】で正確な数を捉えていたが、俊也でも大雑把に十数体のゴブリンが迫ってきていることは理解していた。


「で、どうする?」


 煉が尋ねる。

 先ほどと同じ質問だが、込められた意味は違う。

 自分も加勢するべきか。ゴブリンを相手に俊也が苦戦しないことは実際に魅せられて分かった。それでも洞窟という狭い空間で10体以上を相手に余裕でいられるのか、自分も加勢するべきなのか聞いている。


「必要ない。俺だけで十分だ」


 近付いてきたゴブリンの頭へ拳を叩き込む。凹むほどの力で殴ると倒れて動けなくなり、蹴り飛ばして後ろにいたゴブリンへと叩き込む。ゴブリンを押し付けられたことで動けなくなったゴブリンを蹴り飛ばし、奥にいるゴブリンの動きを封じる。

 蹴り飛ばしたゴブリンを避けて2体のゴブリンが駆ける。手に持った棍棒を振り上げながら同時に俊也へ襲い掛かるが、右から襲い掛かってきたゴブリンの棍棒を回避すると左から迫るゴブリンの棍棒へ拳を叩き付けて破壊すると、棍棒を壊されて呆然としているゴブリンの手首を地面へ叩き付ける。

 叩き潰されたゴブリンだったが、まだ生きているため体が微かに動いていた。そこへ攻撃に失敗したゴブリンが棍棒を振り回しながら接近する。


 ――グチャ!


 肉の潰れる音が洞窟の中に響く。

 ゴブリンの振り回していた棍棒が盾のように掲げられたゴブリンへと命中した。


 俊也はギリギリ生きていたゴブリンを肉の盾としていた。

 潰されたゴブリンを掲げたまま棍棒で攻撃してきたゴブリンを蹴り飛ばす。背中から壁に叩き付けられたゴブリンが起き上がることはなかった。


 ――ゴンッ!!


 先ほどと同じように棍棒で肉を叩いた音。しかし、重たさが全く違う。


「洞窟で戦った経験はあるけど、ゴブリンを相手にしたことはなかったからうっかりしていた」


 俊也の眼前には棍棒を自らの頭に叩き付けたゴブリンがいた。

 子供ぐらいの大きさしかないゴブリン。それでいて身軽に飛び回れる身体能力があるため洞窟の天井にある突き出た岩を掴んで、俊也に見つからないよう接近していた。工夫したおかげで攻撃される瞬間まで気付かれなかった。

 しかし、全力で棍棒を振り下ろしたにもかかわらず俊也にダメージらしいダメージを与えることができず、殴られた俊也は平然としていた。

 渾身の攻撃が失敗に終わって呆然としながら地面に倒れた頭に足を叩き込む。

 丸い頭は踏み潰されたことで地面に赤い染みを作り上げる。


「ゴブ……」

「どうした? 怖気づいたか。そっちから来ないなら、こっちから攻めさせてもらうぞ」


 二の足を踏んでいるゴブリンへ接近すると圧倒的な力で拳を叩き込んでいく。

 殴られていくゴブリンは自分の無力さを噛み締めながら死んでいくしかない。


「あれが、嘉数先輩の戦い……」

「何度見ても圧倒されます」


 叶多と詩奈がゴブリンの血で濡れていく洞窟の地面を見ながら呟く。

 どうにか見ていられるのは、その光景を生み出しているのが味方だとハッキリしているからだ。


「こちらの世界でも同じ戦い方なのね」

「先生は、嘉数先輩の異能を知っているんですよね?」


 詩奈の質問に智佳が首を横に振る。


「知らないわ。先生が知っているのは、異能によって起こされた結果だけ」


 監視役だった智佳。

 監視対象が智佳の見ていない場所で異能を使用した際は、何をしたのか『名簿』に記入されるようになっている。ただし、そこに記されるのは異能によって何が起こされたのか、という事実のみ。

 異能の詳細までは記されない。


「彼の戦いは、圧倒的な破壊力を生み出せる拳による破壊です。だから腕力を増強したり、強い衝撃を生み出したりすることができるんだと思っていました」


 異世界へ来る前の俊也は、基本的に異能を使用しない生活を送っていた。使うことがあったとしても国からの依頼を引き受けた際や理不尽な暴力に晒された時のみで、その時には圧倒的な力によって敵をねじ伏せていた。

 だからこそ破壊に特化した力なのだと思っていた。

 現に今も圧倒的な力によってゴブリンを蹂躙している。


 だが……


「けど、強くなるだけじゃないですよね」


 どこからともなく金貨を出していた。

 破壊だけが俊也の能力ではない。


「これでラスト!」


 最後に残ったゴブリンが手を我武者羅に振りながら迫りくる。

 手を前へ出すと迫っていたゴブリンの頭を掴み、それ以上先へ進めなくさせる。ゴブリンが子供のように振り回す手が腕に当たるが、痛みを全く感じていない。


「次はもう少し強い奴で試すか」


 手に力を込めればゴブリンの頭が潰される。


「まだよ」


 智佳の言葉に洞窟の奥へ意識を向ける。洞窟の奥は暗くて見えない。だが、微かに光る物を捉えることができた。

 それは鏃の先端が鋭く尖った矢。

 洞窟の奥から矢が一斉に飛んでくる。その数――10本。


「まだ、これだけのゴブリンがいたのか」

「安心していいわよ。そこにいるゴブリンが最後で、奥には何もいないから」


 智佳の異能なら正確に捉えることができる。奥にゴブリンがおらず、全てのゴブリンが出て来たというのは間違いない。


「なら、アレを倒せば終わりだな」


 その前に飛んでくる矢をどうにかしなければならない。


「……て、多っ!」


 狭い洞窟で横一列に並んだ状態で放たれた矢。ゴブリンの技量では真っ直ぐ飛ばすのが精々だが、同時に放てば回避する隙間もない。

 ゴブリンの弓矢でも効果があるように使われている。そういう風になれるよう訓練されていた。

 俊也が弓矢を回避するだけなら簡単だ。上へ跳べばいい。跳んだところを狙うべく2体のゴブリンが天井にへばり付いているのが上を見た時にわかったが、その程度なら気にする必要がない。

 ただし、回避してしまうと後ろにいる仲間へと向かうことになる。

 迫る矢を見据えながら手を伸ばす。

 最も簡単な対処法は、自分の手で全ての矢を無力化してしまうことだ。


『グギャッ!?』


 洞窟の奥からゴブリンの驚いた声が聞こえる。

 暗いせいで見えない人間と違い、ゴブリンは暗い洞窟の中でもどうなったのか結果を見ることができる。

 俊也が握りしめていた手を広げる。

 パラパラと矢が地面に落ちる。


「残念だったな。この通り、全ての矢は落ちているぞ」


 次の瞬間、天井にへばり付いていた2体のゴブリンが俊也へ飛び掛かる。殴られた衝撃で潰され、俊也まで到達することのできなかったゴブリンたちだったが、支持を出している者の思惑に従うことはできた。

 ゴブリンの頭を掴んでいた手を下げると、俊也の目に再び飛んでくる矢が捉えられた。

 左手に持っていたゴブリンを正面に掲げ、盾のようにするとゴブリンの背に矢が1本突き刺さる。

 しかし、一斉に放たれた矢が俊也の横を通り過ぎて後ろにいる仲間へと向かう。

 どんな方法を使って全ての矢を掴んだのかわからない。だが、先ほど掴まれてしまったのは矢を迎撃できるだけの時間があったから。天井にいたゴブリンを犠牲にして視界を塞いだことで、迎撃に費やせる時間を潰した。

 すぐ隣を通り過ぎた矢には反応できるかもしれない。しかし、全ての矢を防ぐのは不可能なタイミングだ……そう、ゴブリンに指示を出した者は思っていた。


「無駄だ」


 背中に矢が突き刺さったゴブリンの死体を放り投げる。

 奥にいるゴブリンたちに対して背を向けた格好になったゴブリンの背中には10本の矢が突き刺さっていた。


 ……いったい、いつの間に?


 そんなことを考えて戸惑っている余裕などない。

 奥に向かって全速力で駆けた俊也がゴブリンの頭に向かって拳を振り下ろし、ゴブリンを潰す。


「見つけた」


 接近すればゴブリンの姿も把握できる。

 基本的には棍棒を手にしていたゴブリンと変わらない。違うのは、弓を手にして身を護る為の防具があることだ。

 だが、そんなことは俊也にとって関係ない。

 突如として現れた敵に驚きながらもゴブリンが弓矢を向ける。ちょうど現れた位置は隊列の中心。矢を射るだけで当たられる位置だ。


「甘い」


 ゴブリンが矢を射るよりも早く俊也がその場で足を伸ばした状態で体を回転させる。最も近くにいた2体のゴブリンが蹴られて吹き飛び、残りのゴブリンも衝撃を受けて吹き飛ばされる。


 弓を手にしたゴブリンが消え静かになる。

 残されたのは通常のゴブリンの5倍近い大きさを持つゴブリン――ホブゴブリンだ。


「続けるか?」


 俊也の問いに対して棍棒を振り下ろす。洞窟ギリギリの大きさのゴブリンが振り下ろす棍棒は凄まじい力を持っており、地面を陥没させることができる。

 だがそれは、地面に当たれば、の話だ。


「お前の意思はわかった」


 振り下ろされた棍棒の先にいた俊也は掲げた左手だけで受け止めていた。


「これで本当に終わりだ」


 空いていた右手を振り抜くとホブゴブリンの胸に大きな穴が開く。

 巣の規模は平均的だった。しかし、通常のゴブリンが集まっただけの群れとは違いホブゴブリンに統率された群れだったため普通のFランク冒険者5人が組んだ場合ではパーティが壊滅していた可能性が高い。その時でも危険性も考慮してギルドの方で難易度を調整、高いランクの冒険者に依頼が斡旋されることになる。

 それだけ危険な巣だった。


「この世界に来てかなり便利な異能になったわ。おかげで誰にも負けない『最強』になることができたよ」


 傷一つなく、装備もなしに攻略を終えることに成功した。

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