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第7話 自信

「レピン草の受け取りをお願いします」

「え……」


 カウンターの上にドサッと置かれたレピン草の詰まった大きな袋を見て受付嬢が言葉を失くしている。

 依頼は昨日受けた。だが、昨日は暗くなるまで冒険者ギルドにある資料室に籠っていたことを彼女は知っていた。

 だから、今朝になってから森へ行ったことにも気付いていた。さすがに暗くなってから街の外へ出るのは自殺行為だと理解している。


 半日程度にしては多すぎる薬草の量。群生地を知っているベテランの冒険者、引率のいる新人なら理解できるが、相手はギルドにいる冒険者が扱いに困っている力のある新人。資料室の情報を得られたとしても、経験者だけが知る薬草をたくさん採取できる場所までは教えてもらえていない。


「し、失礼しました」


 どうにか意識を切り替えると袋の中身を確認する。

 受付嬢は俊也たちが採取した薬草を確認した時とは比べ物にならないほどの速度で見て、レピン草であることを確認する。

 その姿を見て素直に感心していた。

 同時に受付嬢への認識も改めた。困っている新人がいても助けないが、最低限の助言はしていた。冒険者に対して中立という立場を守っていただけだった。


「レピン草であることが確認できました」


 袋の中に入っていた薬草の9割が本物だと判断された。

 残りの1割は煉が採取した物で、偽物が混じっていたことに少なからずショックを受けている。


「それにしても随分と採取してきましたね。これならしばらくは大丈夫です」

「大丈夫、というのは何があるんですか?」

「自分の採取してきた物が何に使われるのか知らずに採取してきたのですか?」


 受付嬢が呆れている。

 俊也の知識不足に呆れている、というよりはレピン草の使い道は冒険者にとってだけでなく一般人にとっても常識みたいなもので、よほど何も教えてもらえなかったのだろうと同情されていた。

 レピン草は体力を回復させる回復薬(ポーション)の素材で、多くを手に入れられることから利用している錬金術師は多い。


「依頼はこれで完了となります」


 カウンターに銀色の硬貨が1枚置かれる。

 銀貨1枚は、1万円程度の価値しかないことを知っている。

 多めに採取してきても、その程度の報酬しか貰えない。これでは毎日の宿泊代を差し引けばわずかな金額しか残らない。いや、装備や消耗品の代金を差し引けば完全な赤字だ。


「これが現実です」


 肩に手を置かれて身も蓋もない事を言われた俊也がショックを受ける。


「……ありがとうございます」


 代表して俊也が銀貨を受け取る。財布代わりの小さな皮袋に入れられた銀貨だったが、俊也の手に渡った時点で報酬の額に意味などなくなる。

 カウンターを離れて併設されている酒場の方へと向かう。


「残念だったな」

「へへ、最初はこんなものだぞ」

「そうそう。コツコツやるしかないんだよ」


 酔っ払った者が絡んでくる。

 彼らが言うことは正しく、新人のうちは報酬の少ない依頼に耐えながら少しずつ資金を貯めて良い装備を購入し、少し報酬の良くなった討伐依頼を受けて報酬額を多くしていく。


 そうして経験と資金を貯めることで強くなる。

 そうなれるまでに数か月、要領の悪い者や失敗した者の場合には数年も掛かってしまうことがある。


「ご忠告ありがとうございます」


 一言だけ礼を言って離れ、酒場にある円卓の一つを占領させてもらう。

 円卓の上に銀貨を1枚置く。


「あれだけ頑張ったのに銀貨1枚だぞ」

「この世界だと物価は安いですから、数日は生活できるだけの報酬は貰えていますよ」


 5人の中で最も異世界の事情に詳しい詩奈にしてみれば文句のある金額ではないらしい。

 しかし、詩奈の顔には不満が露わになっていた。

 相場を考えれば多い方だが、個人的には少ないと不満に思っていた。


「日本での生活は窮屈なものだった」


 望んでもいない……いや、望みはしたものの自らの意思とは違う形で発現してしまった特別な力。

 そんなものを手にしたばかりに国からの監視対象となった。

 せっかく監視から逃れられた生活を得られたのだから、少しの間だけでものんびりとした自由な生活をしたい。


「残金は気にしなくていい。けど、収入はある必要がある」


 俊也の思惑ははっきりしている。


「新人冒険者のセオリーなんて知らない。さっさと依頼を受けることにしよう」


 今のランクでは受けられる依頼は限られる。

 その中でも最も報酬がいい依頼を受ける。


「……それでいいんだよな」


 詩奈の方へ顔を向けて尋ねる。

 彼女は既にこの場面も経験している。


「結局以前と同じ結果になりましたね。手っ取り早く冒険者ランクを上げるなら、この二つの依頼を受けるといいですよ」


 詩奈がテーブルの上に2枚の討伐依頼の依頼書を置く。


 オーク討伐とゴブリン討伐。

 豚鬼(オーク)――豚の顔をした人型の魔物で、数日前に3体のオークに商人の馬車が襲われて積み荷の食料を全て奪われてしまうという事件が起きた。

 小鬼(ゴブリン)――異常なまでの繁殖能力を持ち、気付いた時には全滅させられた巣に数十体のゴブリンが新たな巣を形成していたこともある。一般人がゴブリンの姿を目撃しており、状況を鑑みて冒険者に依頼が出された。依頼を失敗する、もしくは巣の規模がギルドの想定よりも大きい場合には依頼のランクも上げられることとなる。

 ゴブリンは1体当たりの報酬は少ない。それでも数十体といるため、巣にいるのを全滅させることができれば報酬は大きくなる。


「おっ、いいな」


 幸いにしてレピン草の時みたいに場所で困ることはない。


「ここに行けばいいんだな」


 依頼票にはゴブリンとオークの出現予想地点の地図が描かれていた。

 ゴブリンの方は目撃情報があった場所。

 オークの方は商人が襲われた場所。

 どちらもバルキスからそれほど離れていないため、朝の早い時間に出れば夕方までには戻ってくることができる。


「ただし、問題があります」


 分かっていますよね? とでも言いたげに俊也と煉を見る詩奈。


 探知と監視に特化した智佳。

 やり直すことのできる詩奈。

 約束を遵守させられる叶多。

 3人とも戦闘には不向きな能力だ。


「いえ、オークやゴブリンが相手なら使い方次第でできますよ」


 とはいえ、これまでを見れば俊也と煉に戦闘能力があるのは間違いない。


「ま、問題ない。どういう能力なのかまで教えるつもりはないけど、力を見せるだけなら構わないさ」


 力を使い、見せることに躊躇いはなかった。

 しかし、自身の抱えるトラウマまで晒すつもりはない。


「それはおれも同感、かな?」


 錬もまた同様だった。


「二人がそのように決めたなら先生は反対しません」

「そうですね。二人の力は強いです。特に嘉数先輩の力は強すぎます」

「チッ、俺の力まで知っているのか」

「当然です。わたしは先輩が戦っているところも見ています」


 詩奈の言葉に納得した。

 俊也の異能は汎用性があるため様々な事ができる。ただし、異能者が持つことのできる能力は原則として一つのみ。詩奈の知る結果を生み出す為に必要な条件を満たせる能力を考えれば、一つしか思い浮かばなかった。

 だが、予想できたのは能力まででしかない。

 本当に知られたくない、と俊也が思っている事までは知られていない。


「え、先生も詩奈先輩も何を納得しているの!?」


 何も知らない叶多だけが困惑していた。


「依頼は先ほど受けてきましたから、このまま出発しても問題ありません」

「おいおい、辞めておいた方がいいぜ」


 立ち上がろうとしたところで後ろから声を掛けられて止まる。

 首だけを後ろへ向けて確認すると体格のいい男が立っていた。男の後ろにはニヤニヤとした笑みを浮かべた3人の男がおり、智佳たちへ獲物を捉えたような目で見ていた。


「見たところ冒険者になったばかりの新人だろ? 悪い事は言わないから止めておいた方がいいぜ」

「どうして、あなたにそんなことを言われないといけないんですか」

「これは忠告だ。せめて装備を用意してから魔物と戦うんだな」


 俊也たち5人は誰も装備らしい装備を身に付けていなかった。

 普段着だけの格好。ギルドにいる冒険者だけでも、彼らは身を護る為の防具に身を包み、魔物を倒せる武器を手にしている。中には剣などの武器を持たずに手甲だけの者もいるが、さすがに素手の者はいない。

 何を危惧しているのかは理解した。しかし、俊也には装備できない理由があり、素手の方が強かった。


「忠告ありがとうございます」

「わかったか」

「けど、大丈夫ですよ」

「……ん?」


 椅子から立ち上がりながら男の首元へ手刀を添える。首の手前で添えられているだけで本当に当たっているわけではない。

 男が眼前の手刀を見て汗を垂らす。

 いつの間に添えられたのか全く気付けなかった。


「忠告はありがたく受け取ります。ですけど、俺は最強なんで無用な心配です」

「最強……?」

「はい。この世界でなら、誰よりも強くなれます」

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