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第6話 採取依頼

 レピン草の群生地。

 そこはバルキスの南にある小さな森で、王都とは反対側になる。つまり最初に行こうとしていた森とは反対側にあることになる。あの森を中心に探索していれば、ここまで辿り着くのに相当な時間が掛かっていたことになる。


「本当に、ありがとうございます」

「そんなに感謝しなくていいのよ。どうやら、あの森へ探しに行こうって提案したのも先生みたいだし」


 智佳が冒険者に聞き込みをしてまで情報を得ていなければ無駄な時間を過ごしていたところだった。

 ただし、智佳としては自分の提案が原因であるため素直に感謝を受けられない。

 だが感謝と原因の両方が消えてしまった出来事だ。


「その辺りは薬草探しに貢献することにするわ」


 胸の前で手を広げる智佳。


「「「……!?」」」


 何も乗っていない手だったが、誰も認識することのできなかった一瞬の間に分厚い本が現れる。

 いきなり手を広げられたため、智佳の手へ全員の意識が向いていた。それでも本が出現する瞬間を認識することはできなかった。


「これは?」


 俊也が代表して尋ねる。


「先生の異能を使う為に必要な道具――媒体です」


 本は智佳の手に乗せられているだけ。

 だが、手を触れてもいないのに本が勝手に開いてページが捲られる。


点呼(コール)――レピン草」


 採取の目的物である『レピン草』の名を智佳が口にした瞬間、俊也たちは本から力が放たれるのを感じた。

 まるでレーダーのように広がった力。


「とりあえずレピン草を探してみることにしましょう」

「え……」


 何も説明しないまま採取が開始される。



 ☆ ☆ ☆



 一時間後。

 効率を考えて各自で探してみることにした。


「見つからない……」


 俊也は焦っていた。

 レピン草には特徴的なギザギザ模様が裏にある。そのため似た形をした草があるものの注意深く観察すれば間違うことはない。

 ところが似た薬草ばかり見つけ、彼の手にあるのはたった一枚のレピン草のみ。依頼を達成するなら両手で抱えられるほどの量が必要になる。

 トボトボと消沈しながら歩いていると合流場所――別れた場所へと辿り着いた。


「見つかりませんでした……」


 叶多も俊也と同じ結果だった。


「うっ……」


 それでも叶多の手には3枚のレピン草が握られていた。

 自分よりも優秀な成績を見せつけられて俊也が衝撃を受けた。


「もっとしっかり探せよ」


 そこへ煉が合流する。


「そういうお前はどうなんだよ」


 錬の手にレピン草はない。

 少しばかり優越感に浸る俊也だったが、煉の差し出してきた袋を見て固まった。


「頑張ればこれぐらいの数は採取できるはずだ」


 袋にはレピン草が詰め込まれていた。

 依頼の達成に必要な数は揃えられていないが、一時間で採取できたなら十分な数だと言えた。依頼に必要な数も今日中には集め終えられると思える数だった。


 ただ、一つだけ俊也が気になったのは……


「なんか異様に疲れていないか?」

「は、これぐらいどうってことない」


 肩で息をしている煉。会話をしながらも途中で息を整えていた。

 明らかに無理をしていた。


「全力で頑張ればこういう風になるだろ」

「全力って……」


 言葉通り全力疾走したのだろうと伺える。

 もし、全力で走り回っていたのだとしたら近くだけで採取したわけではないことになる。

 ただし、激しく動き回ったわけではないと俊也は考えていた。なぜなら、自分も近くで採取していたはずなのに草木が激しく揺れる音を聞いていないからだ。もしも煉が言うような全力で動き回っていれば俊也の耳に音が届いていなければならない。


「ま、深くは追及しないでおいてやる」


 そんなことはどうでもいいことに気付いた。


「あ……」


 叶多も気付いた。


「レピン草じゃないのも混じっているわ」

「うそっ!?」


 それも一つや二つではない。おそらくは半分ほどは別の草が混じっている。


「残念だったな」


 よほど焦ったのか袋の中身を全て確認しようとする。


「お待たせ」


 そこへ詩奈が戻ってくる。

 詩奈の手にも煉と同じように袋が握られている。


「間違えてないだろうな」


 違う草を持ってきてしまった煉としては袋の中身が正しいのか気になって仕方ない。量はどちらも同じ程度であるため、正確性が重要となってくる。


「ちゃんと確認してから持ってきているから大丈夫」


 何枚か取り出して煉が確認するが、少しして落ち込んでしまった。どうやら確認した草は全てレピン草だったらしい。


「……異能使ったな」


 男子である煉は体力が尽きるまで探し回った。

 体力で劣る詩奈が同程度の薬草を採取してきたというのに、詩奈は息を乱した様子がなかった。


「そっちだって使ったでしょ」

「う……」

「まあ、私だって使ったから文句はないけど」


 効率を求めて多くの薬草を手にしようと考えた詩奈。

 別れた直後にセーブをしておき、どこに生えているのかを確認してからロードを繰り返すことで効率よく生えている場所を回ることができた。


「もっとも先生ほどじゃないけど」

「ちょっと張り切り過ぎちゃったかな」


 煉や詩奈とは比べ物にならないほど大きな袋にレピン草を詰め込んで持ってきた智佳。

 ドンッ、と地面に置かれた際には大きな音が響いていた。


「どれだけ入っているんですか」


 依頼を達成するには十分だと判断できる量だ。これだけあれば依頼達成に不足している俊也と叶多の分を補うことができる。


「これは渡します」

「いいんですか?」

「迷惑を掛けてしまったらしいお詫びです」


 俊也と叶多の二人に迷惑を掛けられた覚えはないが、せっかくの厚意であるためありがたく受け取ることにする。


「それにしても、よくこれだけ集めることができましたね」


 何度もやり直すことができた詩奈以上に集めることができた。

 彼女の異能が使用されたのは間違いない。


「簡単です。先生の異能は探索や監視に特化した能力なんです」

「時舘さん!」


 異能者にとって自らの異能を知られてしまうのは致命的と言っていい。どのような異能なのか知れば対策を立てられるようになり、何よりも自身のトラウマ(・・・・)を推測される可能性が高くなる。

 だから異能者は自身の能力を秘匿する。

 それは、自身の失敗によって迷惑を掛けてしまっただろう相手でも同じだ。


「先生」


 しかし、詩奈はそう考えていなかった。

 彼女だけはこれから起こる出来事を知っている。


「わたしたちは異世界においては一蓮托生です。どうしてレピン草を探すことができたのか理由ぐらいは説明しておいた方がいいのでは?」

「そう、ですね」


 俊也は思い出していた。

 別れる直前、智佳が手にしていた本から力が放たれていた。

 その本が再び現れた。


「先生の異能――【点呼(コール)】は、対象の名を呼ぶことで異能によって出現させられる本――【名簿(ネームブック)】に記すことができる、というものです」


 今回の依頼に必要な『レピン草』の名を口にすれば、レピン草がどこにあるのか正確な位置をレーダーのように知ることができる。

 それならば詩奈以上に探すことができたのも納得だ。詩奈の異能は、やり直しでしかない。違う薬草を拾ってしまうことはあるし、見落としてしまうことだってある。なにより『探す』という行為によって時間が取られてしまう。

 だが、智佳の場合は『拾う』だけで済ますことができるため、より多くの薬草を手にすることができた。


「ちなみに、どれぐらいの範囲で探すことができるんですか?」


 探知可能な範囲は重要だ。数十メートル先まで探せるのと数百メートル先まで探せるのとでは雲泥の差がある。

 しかし、智佳の限界は俊也の予想を超えていた。


「半径10キロメートルは余裕ですね」

「……は?」


 思わずポカンとしてしまった。

 単位からして予想とは違った。

 ただし、その広さが正しいなら……


「バルキス……ううん、バルキスへ向かう途中の森からだって探知可能な広さじゃないですか!」


 異能によって探知可能なら智佳が苦労することもしなかった。


「まさか。ここまで強力な異能が何も必要とせずに発動可能だと?」


 その言葉に全員が口を噤む。

 異能が使用者にとって都合がいいだけの能力ではない事は彼ら自身がよく理解していた。

 智佳の【点呼】にも『名前』以外に必要な物があった。


「今回で言えばレピン草について最低限の知識が必要だったわ」


 どのような形をしているのか、特徴まで細かく知っておく必要があった。

 残念ながら依頼票に書かれた情報だけでは、薬草の名前と形ぐらいしか書かれていなかったため特徴までは得られなかった。今、特徴まで知ることができているのは資料室で本を見たおかげだった。

 だから資料室の存在を知る前では探知できなかった。


「つまり先生の頑張りは無駄ではなかった、と?」

「そのとおりです」


 これまでにも何度か行われたやり取りなのだろう詩奈が肯定する。


「それに、これは異能の本来の使い方ではありません」

「そこまで知っているのね……」


 智佳の異能は、探したい物の名前を口にすることで場所を知ることができる能力などではない。


「本に名前を書いた者の現在位置、現在どのような行動をしているのか、異能者なら異能を使用した形跡がないのか知ることができるわ」


 レピン草の時以上の情報が得られる。

 当然、その為には厳しい条件をクリアする必要がある。その条件をクリアする為に智佳は教職に就いていた。


「その人間が自らの管理下にあること」

「管理下?」

「忘れていますよ。先生は教師で、皆さんは生徒です」

『……!?』


 学校において生徒は教師の管理下で授業を受けている。学外においても生徒が問題行動を起こした時などには教師が責任を持って生徒の身柄を預かることになっている。

 支配されているわけではないが、管理下に置かれているようなものだった。


「これこそ先生が教師を任されている理由であり……みんなの監視役に選ばれた理由よ」


 監視であるにもかかわらず近くで見張る必要はない。教師という信頼される立場から学校にいる間だけ近くにいるだけでいいし、直接相対する必要もない。

 監視役として、これ以上の適役はいない。


「そうですよね。半径10キロなら街のどこにいたって見られているようなものですから、常に監視されているようなものです」

「それは違う」


 錬の言葉を詩奈が首を振って否定する。

 俊也もなんとなく想像できていた。詩奈は「本来の使い方」と言い、条件が厳しくなった代わりに多くの情報を得られるようになった。


「管理下にある人間の情報なら距離の制限なく力を使用することができるわ。おかげで『機関』が召喚されていない異能者と接触したのがわかったわ」


 召喚されていない異能者もいる。その者も智佳の管理下にあり、異能で現在の情報を知ることができる。

 智佳が所属している組織は、智佳の異能について知っている。


 だから異能者を通じて自分たちのメッセージを送ることができることも把握している。ただ、問題となるのは……


「まさか世界を越えて知ることができるんですか?」


 その点だけが組織としては不安要素だった。

 世界を越えて智佳の異能が通用するのか。


 結果は……通用した。


「こっちの事は向こうも知っているんですか?」

「いいえ」


 智佳の異能は、あくまでも異能者の監視である。異能者を通じて互いのメッセージをやり取りするような能力はない。

 向こうから、こちらへの一方的なメッセージ。

 ただし、向こうにも届いたかどうか判断することはできない。


「届いていないかもしれない、という前提でメッセージが届いているわ」


 ――早急に帰還せよ。


 他の者を連れての帰還が望ましいが、無理な場合には自分たちだけでの帰還を優先させる。


「さて、どうする?」


 智佳にメッセージが届いたのは初日の夜だ。

 それでも、これまで黙っていたのには理由がある。


「先生も監視は組織からの命令だから従わないわけにはいかない。君たちも監視されているのと引き換えに最低限の自由を手に入れた」


 この世界では監視する者はいない。

 つまり、自由に異能を使用することができる。


「メッセージはこちらにまで届いていなかったことにします。ですから、せっかくの異世界を楽しむことにしましょう」


 制限されていない異能を使って。

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