第4話 お約束
都市バルキス。
王都から近い場所にあり、田舎から出てきた若者が真っ先に向かう都市。フラーディル王国の南部は穀倉地帯で、農村が多く占めている。そのため土地を引き継げなかった子供たちが栄達を願って都市へと出てくる。
「次の者」
そんな場所だからこそ見慣れない服装をした者が現れても物珍しく見られるだけで咎められることはない。
今、俊也たちがいるのはバルキスの外門。都市へ入る為には手続きが必要で、身分証と入場税の支払いが必要となる。
「どうぞ」
5人が自分の身分証を門番に見せる。これは王城で用意された身分証で問題なく暮らせるようにと簡単な身分証だった。少し前に襲われたことを考えると、使い捨てにするつもりだった身分だ。
それでも王城が用意してくれた身分。
「問題ないな」
門番の目から見ても問題なかった。
入場税の銀貨1枚も問題なく支払うことができた。
「おい、入場税を支払うだけで残り3枚だったぞ」
王城からもらった銀貨は4枚。もう残りは3枚だった。
「さすがに出費が嵩むのは問題だな」
資金は俊也の異能でいくらでも出すことができる。しかし、出費が続けば出所を疑われてしまうことになる。異能で出された資金は本物だが、働いて稼いだわけではないため偽物とも言えた。
早急に稼ぐ手段が必要だった。
「――というわけで冒険者ギルドだ」
冒険者ギルドの位置は簡単にわかった。多くの人が出入りする外門にいたおかげで、剣や槍を手にした冒険者と思しき格好をした者たちとすれ違った。彼らについて行けば自然と冒険者ギルドへと辿り着ける。
異世界と言えば冒険者。仕事に就くつもりなら冒険者以外の選択肢はなかった。
「さて、どんな場所なのやら」
ギィ、と扉を開けて建物へ入る。そこで5人が目にしたのは、併設された酒場で酒を飲んで騒いでいる冒険者の姿。俊也たちがついて行ったのは大きな依頼を終えたばかりの冒険者で、収入があったことで上機嫌になって酒宴を開いていた。
酒臭い空気に叶多が顔を顰める。大人である智佳は付き合いで酒を嗜み、俊也と煉もバイトの関係で酒宴には慣れていた。
「いらっしゃいませ。用件は何でしょうか?」
5人がカウンターへ近付くと声を掛けられる。
声のした方へと視線を向けると、受付になった場所が複数あり、その中の一人が声を掛けていた。
受付に座る女性は、美人と評価できる落ち着いた雰囲気の女性だった。冒険者には若い男性が多い。冒険者ギルドの顔とも言える受付を任される人には、美人が選ばれる傾向が強い。相手が美人な方がやる気は出るし、冒険者ギルドも操りやすい。
もっとも茶髪のロングヘアを揺らして微笑む接客も女性陣には通用しない。
「冒険者登録をお願いします」
「でしたら、こちらの書類にサインをお願いします」
受付嬢がカウンターの上に5枚の紙を置く。
名前や年齢、戦闘で使えるスキルを記入する欄があった。冒険者になるのに必要なのは最低限の情報、それから冒険者に依頼を斡旋するために適性を知っておく必要があるためスキルを聞いている。ただし、スキルはあくまでも自己申告。教えても問題なければ記入する、程度だった。
5人とも名前と年齢だけ記入する。異能は所持しているが、異世界にあるスキルは与えられなかったため『スキルなし』でも問題なかった。
「これで冒険者の登録は大丈夫なんですか?」
「はい。冒険者になるだけでしたら誰でも大丈夫です。さすがに犯罪者だとわかる方でしたら断らせていただくことはありますが……」
俊也たちの見た目は普通の子供にしか見えなかった。大人が一人だけ混じっているものの戦闘ができるようには見えなかった。せめて武器でも持っていれば警戒されていたかもしれない。しかし、俊也たちは何も装備していない。
警戒はされない。だが、同時に別の問題を孕んでいた。
「ぎゃははは! ここはお前たちみたいなガキが来る場所じゃないぞ!」
「おいおい、デント。そんな大声で揶揄うから声も出せないじゃないか」
「坊主。お前がここへ来るには早過ぎるんだよ。せめて鍛えるか、装備を用意してから来るんだな」
「ま、その体じゃあ武器を持ったところで宝の持ち腐れだろうけどな」
「おい、絡むなよ。せっかくの打ち上げだってなのに余計な騒ぎを起こしたら酒がマズくなるだろうが」
5人のうち冷静な一人が止めようとしているものの、残りの4人は完全に酔っ払っているせいでカモにしか見えない俊也たちに絡もうとしている。
「あ? オレは親切で忠告してやっているんだよ」
絶対に親切心なんかじゃない。
そう思いながらも何も言わず俊也が目の前の冒険者を観察する。鍛えられた体をしており、座っていた席に立てかけられたハルバートを満足に扱えるだけの力があるのは一目で理解できた。
「どうせ田舎から出てきたばかりのガキが姉を頼ったんだろ。姉も冒険者じゃないみたいだし、ここは先輩であるオレが親切に教えてやるよ」
「いえ、本当にけっこうです」
倒すだけなら俊也にとっては簡単だった。
しかし、明らかに強いと思われる冒険者を新人が倒せば不必要なまでに目立ってしまうことになる。多少は注目されてしまうのは仕方ないと考えていたが、今の状況を考えれば悪目立ちするわけにはいかなかった。
「へぇ」
対して煉はワクワクしていた。まさによくある展開というところで、冒険者ギルドへ登録に訪れた新人が先輩に絡まれるというのは定番だった。
ただ、懸念事項は戦えないだろう女性陣の事。揉め事を起こして巻き込んでしまうような事態だけは避けたかった。
「下がってろ……って、いないし!」
「え……」
錬の言葉に驚いた叶多が振り向く。そこには、少し前までいたはずの詩奈の姿がなくなっていた。
「わかっていたな」
詩奈には冒険者ギルドを訪れると絡まれる未来がわかっていた。だから書類を受け取ったところまでは一緒にいたが、絡まれる直前に離脱していた。
「何をゴチャゴチャ言っているんだ。新入りは大人しく先輩の手伝いをしていればいいんだよ。それが冒険者っていうものだ」
「デントさん!!」
絡んできた男――デントに受付嬢が怒鳴る。
新人に冒険者の仕事を実地で教える、というのは建前でしかなく実際には新人を使い潰すつもりでいる。デントたちは優秀で、最近になって頭角を現し、今日も大きな依頼を片付けたばかりだった。
一人前として認められるようになったところに現れた新人5人組。デントたち5人も新人だった頃に先輩から扱き使われており、今度は自分たちの番だと新人の姿を見つけた時には歓喜していた。
「いいじゃねぇか。これも冒険者としての通過儀礼だ」
「そんな通過儀礼はありません」
冒険者ギルドとしては門戸を広くしたい。しかし、新人を使い潰されてしまっては新しい冒険者が育たない。
どうにかしたいところだったが、冒険者を罰することができるルールが存在しないためどうにもならなかった。
「いいですよ」
「おお、そうか」
「だけど、自分より弱い奴の下につくつもりはないんですよ」
「なに!?」
これみよがしに煉が挑発するとデントが声を荒げる。
「ふん」
さらに野次を飛ばしている男たちへもゴミでも見ているかのような視線を向け、わざと聞こえるように鼻で笑う。
挑発された男たちが明らかに怒っているのが全員にわかった。
「てめぇ、今オレたちを笑いやがったな!」
「クソガキがっ! 新米の立場っていうものを教えてやる!」
「おいおい、デントだけじゃなくてバルフォも落ち着けよ。あいつはギルドへ来たばかりの新人なんだから、無理して強がっているだけなのさ」
「けど、新米だからこそ先輩に対する礼儀っていうのは必要だろ。そこは先輩として教えておくべきだろ」
酔っていた4人の酔いは完全に冷めていた。
対して最初から酔っていなかった一人は頭を抱えながら隅の方へと移動していた。
「これで4対4だな」
「いや、喧嘩を買ったのはオレ一人だ。お前らみたいな奴の相手ならおれ一人で十分だ」
「……どうやら本当に死にたいらしいな」
俊也としては目立ちたくない。
対照的に煉は目の前で起こる出来事に喜びを抑えられずにいた。
「これも異世界の楽しみ方か」
彼らの目的は、異世界へ来たことで自由になったのだから楽しく生きることにあった。現実では制約が多すぎた反動だった。
最後に受付嬢へと尋ねる。
「さっきから妙に絡んでくる連中がいるんだけど、あいつらを叩きのめすのは問題ないんですか?」
「はい。冒険者同士の争い事にギルドは介入しない方針です。ですが、騒ぎが当事者間で収まらなかった場合やギルドへ危害が加えられた場合には制裁させていただきます」
「建物を壊すわけにはいかないか」
呟きながら外へ出る煉。
その後を俊也たちもついて行った。
☆ ☆ ☆
「おい、謝るなら今のうちだぞ」
「そっちこそ止めるなら今のうちですよ。こんな衆人環視の前で新人にボコボコにされたんじゃ、もう大きな顔はできないでしょうからね」
冒険者ギルドの建物の前。
現在、煉はそこで自分に絡んできた冒険者4人と向き合っていた。俊也たち煉の仲間である3人は錬の後ろにいた。3人とも参戦するつもりがなく、見ているつもりだった。それがデントたちにとっては許せなかった。
1対4。その姿勢を崩すつもりがなかった。
「チッ、見世物じゃねぇんだぞ」
距離を取りつつも街の住人が野次馬として群がっていた。
この程度の喧嘩は大きな街ともなれば日常茶飯事。住人は完全に慣れていた。
「じゃあ、確認をしましょうか」
「確認だと?」
「そっちが勝ったらおれたちをどう扱ってくれても構いません。これでも体力にはそれなりの自信がありますから荷物持ちだって喜んでやりますし、奴隷のように扱き使ってくれたってかいませんよ」
淡々と説明する煉。
その「負けるつもりなんてない」という態度がデントにとっては癪だった。
煉にとっては本当に確認でしかない。
「お前が勝ったらオレたちはどうすればいいんだ?」
「特に決めてはいませんでしたが、謝罪でもしてもらえればいいですよ」
「……いいだろう」
多くの人に見られている。もう逃げることなど許されなかった。
俊也が叶多へ視線を送り、俊也の意図に気付いた叶多が異能を発動させる。
「どうやら使えるみたいだな」
「……あっ」
約束を強制的に守らせることのできる異能を持つ叶多。
その力は、自身が当事者の約束以外にも適用させるのか、それとも賭けの対象に叶多も含まれているため発動させることができたのか、俊也には判断できなかったが賭けに強制力が働いたのはわかった。
「デ、デントさん。本当に大丈夫なんですか……? なんだかヤバくなってきたような気がするんですけど」
「バカ野郎。勝てばいいんだよ」
「じゃあ、始めるぞ」
前へ歩いて行く煉。ゆっくりとした足取りでデントたちには戦いの最中だというのに気が抜けてしまった。
だが、デントたちまで5歩といったところで煉が身を屈めて一気に懐へと飛び込むと、手で男の体を押し出す。すると男の体が大きく後ろへと吹き飛ばされて群衆の手前まで滑って行く。
強そうには見えない子供が鍛えられた冒険者の体を押したようにしか見えなかった。
それでも結果は一目瞭然だった。
「ほら、次いくぞ」
煉が腕をグルグル回しながら別の男へと近付く。
吹き飛ばされた光景だけを考慮したなら得体の知れない腕力を有していると思われる。
「来るなぁぁぁぁぁ!!」
徐々に近づいてくる煉に恐怖を覚えたのか、自分の武器である剣を必死に振り回しながら斬り掛かる。剣技や経験といったものが一切含まれていない剣戟。
そんな剣戟を煉はしっかりと目に捉え、我武者羅に振るわれる剣に対して僅かに体を動かすことで回避する。そのまま、いつの間にか手にしていた錫杖を男の腹に叩き込む。
バキィッ、という男の肋骨が砕ける感覚を手に覚えながらも、痛めつけたことには何の感慨も覚えていなかった。
「なるほど。この世界の人間の強度は理解した」
「テメェ、アイテムボックス持ちか!?」
「アイテムボックス?」
アイテムボックスとは、亜空間を保有して様々な道具を収納しておくことのできる魔法道具。亜空間を広くすれば貴重な素材と特殊な製造技術を必要とするようになるが、簡単な物なら一般にも出回っているため一般的な魔法道具だった。
とくに討伐した魔物を持ち帰り、装備などで大きな物を持ち歩く必要のある冒険者にとっては必需品と言えるためデントたちも知っていた。
ただし、異世界へ来たばかりの煉はアイテムボックスなど持っていない。
「悪いがこれはおれの力だ」
「なにをわけのわからないことを!」
一人が殴り掛かるが、走り出した直後に見えない力によって吹き飛ばされ、後ろにいた仲間の一人も巻き込んで倒れる。
「これで残りは一人だな……ちぃ!」
目の前に迫るデントと、振り下ろされそうになっているハルバートを見て咄嗟に錫杖を一閃させる。
甲高い音を立ててハルバートが弾かれる。
「ど、どうしてだ……」
煉が手にしている錫杖は木製にしか見えない。にもかかわらず金属製のハルバートを弾き返していた。
いくら殺さないように手加減をしていたとはいえ、自分の方が弾かれてしまうことにデントは納得できなかった。
「それは単純に武器や腕力だけで攻撃していないからだ」
錫杖を軽々と振り回す煉。
正面から見ているデントには遊んでいるようにしか思えず、ハルバートを握る手に力が入ってしまった。
「あれだけ自信満々に絡んできたんだから、もっと強いものだと思っていたな」
「うるせぇ! クソがぁ!」
挑発に乗ってしまうデント。
憎悪に染まった目で煉を睨みつけながら、ハルバートを振り下ろし、跳ね上げ、叩き付ける。
怒りに満ちていても速度や技術は高度なものであり、増長してもおかしくないだけの戦闘能力を持っているとわかる技量だった。
だがデントの猛攻も全て冷静な煉によって回避されてしまう。
そんな攻防が数分も続く。最初は回避されても余裕の表情だったデントだったが、全力でハルバートを振り回し続けていれば体力が限界を迎え、息が荒々しくなる。対して煉は息を全く乱しておらず余裕が感じられる。
「この世界だと、この程度の実力で一人前を名乗ることができるのか」
「……っ、なに!?」
「そろそろ手も尽きた頃だろ。おれの方からいかせてもらうぞ」
体力の尽きたデントに煉の挑発を受け流す余裕はない。
そんな相手の膝、腹、頭の3ヵ所へ錫杖を叩き込んで気絶させる。これらの攻撃は一瞬のうちに行われ、デントが見た目通りの強さを持っていると思わせるのとは対照的に、煉には計り知れない実力があると知らしめるには十分だった。
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