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第3話 神誓

 王都を出た5人だったが明確な目的地などない。

 とりあえず地図を見て最も近い場所にある大きな都市へと向かうことにした。その案に反対しなかったのは、詩奈が明確な反対意見を出さなかったからだ。自分から意見を言うことはないが、それが彼女の目的に反しているようなら拒絶する。そして、彼女が未来を知ることができているのは全員の共通認識だった。


 王都と都市の間には大きな森がある。街道は迂回するように続いているが、二つの街の行き来は馬車の利用を前提としたもの。途中には休憩できるような施設はなく、歩いて移動すれば時間が掛かって野宿が必要となる。


「どうする?」

「無理に急ぐ必要はないし、街道を進んでも問題ないと思います」

「でも、野宿に必要な道具なんて持っていないですよね」

「そういうわけで街道を進むのは反対」

「……わたしも賛成」


 最後に詩奈が賛同する。

 彼女から語られたのは5日後の出来事のみ。それまでの間については俊也たちに一任されていた。森を進むことで何が起こるのか彼女は知っているはずだが、彼らの意思を尊重して危険のある選択でない限りは任せている。


 結局、5人の意見から森を突き進むこととなった。

 森を迂回して街道が造られているのは、森に凶暴な魔物が出現するからだった。


「そういうのが出てきた時は俺が相手にするよ」

「オレも戦うつもりだけど、魔物を見たことないのにそんなこと言って大丈夫なのか?」

「問題ないだろ」


 少なくとも危険はない、と俊也は確信していた。


「……どうやら魔物とは別の危険は迫っていたみたいだけどな」


 森を少し進んだ所で目の前に5人の兵士が立ちはだかる。森の草木に隠れており、飛び出してきたのだが……


「この程度の練度か」


 俊也は兵士が隠れていることに気付いていた。

 他の者についても同様で、未来を知ることができる詩奈でなくても気付くことができていた。


「何か用ですか?」


 兵士が身に付けている鎧を見れば召喚を行ったフラーディル王国の兵士だというのは一目瞭然だった。偽っている可能性もあるが、どちらであっても俊也たちには関係のない話だった。


「悪いが、アンタたちみたいなのを外へ出すわけにはいかないんだよ」


 チンピラみたいな笑顔を浮かべながら兵士が言う。

 兵士の説明によれば勇者召喚には召喚魔法を行う為に必要な触媒として貴重な宝石が多く使われており、それは国民の税金から賄われている。さらに召喚された勇者を支援する為にも資金が必要となるため、増税が行われていたため不満が燻っている。

 そんな状況で、何のスキルも与えられなかった者がいたと知られれば国民の不満が暴発しかねない。だから知られないよう秘密裏に処理しようと考えた。


「……理不尽ですね」


 自分たちで勝手に召喚しておきながら、期待したほどでなければ処分する。

 召喚された身としては理不尽を感じずにはいられなかった。


「で、人目につかない場所で処分しようとしたんですね」

「まさか森の中を進むとは思わなかったから、人数は少なくなってしまった」


 馬車で連れられた門。そこから最も近い都市へ行こうとするのは簡単に予想でき、どのような進路を取るのか予想するのか簡単だった。

 街道を進んだ場合は、途中で盗賊に扮した兵士が襲い掛かる手筈になっており、人目があるため兵士だとバレないよう装備の質を落としていた。その代わりに向こうの方が人数は多かった。

 森を進んだ場合は、人目がないため質のいい装備を身に纏った少人数の兵士で襲う手筈になっていた。

 相手はスキルを与えられなかった一般人。おまけに武器も持っていないため、同数でなく一人でも制圧できると兵士たちは考えていた。


「なるほど。事情はわかりました」


 俊也が一歩前へ出る。

 兵士たちは余裕の笑みを浮かべており、警戒した様子など全く見せていなかった。


 ――ダァァァン!


「……は?」


 4人の兵士が呆けながら凄まじい音がした後ろを見る。

 そこでは事情を説明していた兵士が強烈な衝撃と共に木へ叩き付けられていた。


「俺たちを害するつもりなら遠慮なく攻撃してもいいよな。こっちもステータスなんてものを手に入れてから初めての戦闘なんだ」

「こいつ……!」


 隣にいた別の兵士が剣を抜いて目の前にいる俊也へ振り下ろす。

 だが、集中した俊也の目には兵士の動きが止まっていると錯覚してしまうほどはっきりと捉えることができていた。剣を振り下ろす手を自らの手で覆うと力を込める。


「ぎ、い゛ぁぁぁ……!」

「おっと」


 予想以上の力を出してしまったことに驚きながら兵士から離れるため後ろへ跳ぶ。

 握り潰された兵士の手はボロボロになっており、一部からは白い骨が見えてしまうほどだった。


「少し大騒ぎしすぎじゃないか。この世界には魔法があるんだから、それぐらいの傷なら治すことができるんじゃないか?」

「無茶を言うな。治せはするけど、治してもらえないんだよ!」


 骨が見えてしまうほどの負傷ともなれば自然治癒力を高めることに起因した【回復魔法】では不完全となる。

 完全な治療を目的にするなら回復薬(ポーション)を飲む必要があるが、求められるのは最上クラスの薬。希少な薬は勇者や軍を率いる立場にいる高位の者へ優先させられ、彼みたいな兵士には余れば与えられる程度の認識でしかない。つまり、彼には与えられないと考えていた方がいい。


「それはご愁傷様」

「この……!」


 俊也が煽ると話を聞いていた兵士の一人が斬り掛かろうと駆ける。

 しかし、走り出した直後に兵士の体がバラバラに斬り裂かれて撒き散らされてしまう。


「ひぃ……」


 目の前に転がる同僚だった欠片を見て手を砕かれた兵士が慄く。恐怖のおかげで痛みをわずかながら忘れることができていた。

 俊也も兵士の体がばら撒かれる光景を見て困惑していた。今、彼は何もしていなかった。


「今のはお前がやったのか?」


 煉へ尋ねる。


「ああ、オレも試しておきたかった。こっちの世界でも問題なく使えるみたいだ」


 バラバラに斬り裂かれた兵士。

 俊也の目には、形の判然としない黒い影によって斬り裂かれるところまで判別できなかった。煉自身は全く動いていない。


「ま、異能の詮索はしないでおいてやる」


 二人の兵士が死亡し、一人は負傷した。

 残された二人の兵士も俊也たちが強者で、武器の有無など関係ないことをようやく理解していた。


「尋問って苦手なんだけどな」

「でも、誰から命令されたのか聞き出さないと」


 二人が前へ出る。

 すると、二人の兵士が無意識のうちに後退っていた。


「まってください」


 そこへ叶多が待つように言う。


「私にも試させてください」


 手を胸の前まで掲げて兵士の方へと向けている。

 俊也と煉が場所を空けるように左右へ移動する。


「舐めるな! 陛下の命令で動いている私たちの方が正しいんだ!」


 兵士の一人が目の前に現れた少女――叶多に向かって斬り掛かる。

 身を護る物など一つも持っておらず、事前に特別な力を与えられなかったと聞かされていた。だから剣を手にした自分の前に臆することなく立っているなどあり得ない。

 そして、国の頂点に立つ国王から命令されて動いているのは自分たちの方。

 そんな自尊心が兵士の体を恐怖で縛られないよう動かしていた。


「なるほど。国王の命令で動いていたのですね。それは聞き出す手間が省けました」


 叶多に向かって駆けていた兵士だったが、剣が届く遥か手前で倒れて動けなくなってしまう。動けないのは当然だ。


「ひぃ……!」

「首が!?」


 残った二人の兵士が目にしたのは地面を転がる首。切断面は非常に綺麗で、そのせいで偽物ではないかと疑ってしまった。しかし、その顔は間違いなく見知った相手のもの。


「……これは少し予想外ですね」

「そう、なのか?」


 異能の発動には使用者の想いが必要となる。

 そのため意図しない形で発動するなどあり得ない。


「私の場合、『罰を与える』という形で異能を発動させることは可能ですが、どのような罰が与えられるのかは状況によって違います」


 叶多の異能は――神誓(オウス)


「私との間に交わされた約束を必ず履行させる能力です」


 俊也が智佳を見る。彼女は『監視役』という役割から全員の異能を把握していた。


「直接的な戦闘力こそありませんが、非常に強力な能力です」

「でも、死んだ兵士との間に約束なんてしていませんよ」


 死んだ兵士が約束を破ったから罰を受けて死んだ。

 そのように見えてしまった俊也だったが、実際のところは違った。


「私が約束したのは国王です」

「は……? あぁ!」


 言われて俊也も思い出した。

 あれは、追放を言い渡された時だ。それまで大人しく、目立たないよう立ち回っていた叶多だったのに、いきなり前へ出て国王へ話し掛けていた。


 ――元の世界へ帰してください。

 ――魔王を倒した時、役目を終えた勇者は元の世界へと帰ることになっている。それまで身の安全は保障しよう。


 叶多の願望に対して、国王は応えていた。


「まさか……」


 あの言葉は言い換えれば『約束』とも言えた。


 元の世界へ帰るまで身の安全を保障する。

 普通なら、あの程度の口約束を国王が気にする必要はない。だが、異能を持つ叶多が相手では小さな口約束だったとしても致命的となる。


「身の安全を保障するはずの国王が私たちの安全を脅かすなんてあり得ないですよね」


 つまり、襲撃した兵士ではなく命令した国王が約束を守らなかった為に兵士が罰を受けた。


「この国で国王への反逆――国家反逆はどのように罰せられるのですか?」

「え……」

「それは……」


 従順な兵士である彼らは考えたこともなかった。


「一族含めて斬首刑」

「ありがとう」


 代わりに答えたのは詩奈だった。

 ようやく叶多にも何が起こったのか理解した。


「王の意思に反したから、この人は反逆罪で処刑された。命令に従っただけなのに可哀想に」


 反逆罪への罰は斬首刑。

 刑が執行されるまでの様々な手続きを飛ばして結果だけが引き起こされた。


「ま、待ってくれ!」


 兵士の一人が声を荒げる。話の内容は細かいところまで分からなかったが、国王の命令で動いたはずの自分たちの正当性を貶しているのは理解できた。

 国に仕える兵士として看過できない。


「俺たちは陛下からの命令を受けている」


 叶多には『守る』と約束した。

 兵士たちに対しては『襲え』と命令していた。

 相反する言葉だった。


「それなら問題ありません。私とした約束と反対の約束を他の者としていたとしても、私との約束が優先されます」


 国王の意思で『襲撃』を命令したとしても、それよりも『守護』が優先させられる。そこに本人の思惑が介在する余地はない。


「そ、そんなぁ……」


 それでは襲撃を命令された時点で彼らに選択肢はない。

 襲撃は必ず失敗し、何もせず帰った場合には処罰されてしまう。


「安心してください。さすがに命令されただけの人たちを苦しめるつもりはありません」

「ほ、本当か!?」

「はい。必要なのは襲撃に成功した、という事実だけです」


 帰還した兵士が『襲撃には成功し、遺体も処分した』と証言すればいい。


「どうですか。嘘の証言をしていただけるなら帰してあげます」

「もちろんだ!」


 慌てて逃げ帰る二人の兵士。

 3人の死体はそのままなので、誰かに調べられれば嘘はバレてしまう。

 それに彼らが本当に嘘の報告をするとは限らない。


「帰してよかったのか?」

「問題ありません。生死不明より、死んだことにしてくれた方が助かります」

「でも……」

「彼らには嘘の報告をする以外の選択はありません」



 ☆ ☆ ☆



 王城へ辿り着いた二人の兵士は指揮官との面会を求めた。指揮官も5人を配置したはずなのに二人しか戻らなかったことを疑問に思って要請に応じた。


「いったい、何があった?」


 問われて困った。

 逃げ帰っている間は、ただ異常な出来事を知らせるべきだと思って面会を求めた。

 弱いはずなのに鍛えられた兵士の体を殴り飛ばしてしまえる青年。

 得体の知れない使い魔を操って人間を細切れにできる少年。

 呪いに似た力によって首を斬り落とせる少女。

 力のない相手だと驕っていたら、いつの間にか化け物の尾を踏んでいた。


「じ、実はですね――」


 正直に話そう。

 そう思ったところで、何も言えなくなってしまう。

 それだけでなく……


「予想外な抵抗に遭って隊長を含めた3人が死亡。どうにか倒したところで俺たち二人は帰還しました」


 事実とは全く異なる報告が口から出ていた。

 彼の意思とは全く異なる。


「おい……」


 困惑したような表情から何かを察したもう一人の兵士が真実を口にしようとする。


「間違いないか?」

「はい。長旅に備えて武器を購入していたらしく、隊長は懐に忍ばせていたナイフで刺されていました」


 彼も意思とは異なる報告をさせられてしまった。


「そうか。ご苦労だった」


 報告内容におかしなところはない。

 しかし、報告している人間にはおかしなところだけだった。


「少し休むといいだろう」

「はっ」

「ありがとうございます」


 結局、叶多が望んだとおりの証言をさせられてしまった。

 彼らは既に叶多と『嘘の証言をしていただけるなら帰してあげます』という約束を交わしてしまっている。

 叶多は既に『帰してあげる』という約束を果たしている。

 二人の兵士も『嘘の証言をする』という約束を果たさなければならなくなっていた。


「しまった……」


 あの時は助かりたい一心で、深く考えることなく叶多の条件を飲んでしまっていた。

 気付いた時には手遅れだった。


「どうするんだよ」

「どうするって……」


 今後は叶多が望んだ通りに嘘の報告をしなければならなかった。

 ただの兵士でしかない二人ではどうしようもない。

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