第2話 異能者
玉座の間へと集められた4人。
本来なら簡単に足を踏み入れることのできない場所だが、異世界から召喚された者と王が話をするとなれば簡単な手続きで通される。
「この者たちが神よりスキルを授からなかった者か」
俊也、煉、詩奈、叶多。
智佳もスキルを授からなかったが、教師ということもあって期待されていなかった。王たちにとって必要なのは、魔王を倒せる可能性を持った者たち。とくに身体能力が高いようにも見えなかった智佳に可能性はないと判断した。
その判断は間違っていない。彼らの視点では何の能力も持っていないように見える智佳に魔王の討伐など不可能だからだ。
「さて、どうするかな?」
当初の予定では与えられたスキルに適した指導者をつけ、実力を身に付けてもらう予定でいた。
しかし、何のスキルも与えられていないのは判断ができない。
「ステータスはどうだ?」
隣に立つ大臣に尋ねる。
「一般人と同程度です。とくに秀でた能力もないため、戦闘には役に立てないかと思われます」
勝手に召喚しておいて酷い言い草だ、と思う俊也だったが何も言わず堪える。
「魔王どころか魔物と戦える力もない。そんな者を養っているような余裕はない」
「かしこまりました」
「そ、そんな……!!」
王の決定に叶多が異議を唱える。
女子中学生らしく怯えた表情を見て、王を始めとした国の重鎮たちが小さく笑みを浮かべる。
「こんな危険な世界で放置されるなんて耐えられません! ちゃんと元の世界へ戻してください!」
「その話か……魔王を倒した時、役目を終えた勇者は元の世界へと帰ることになっている。それまで身の安全は保障しよう」
「身の安全……魔物とかに襲われた時には、兵士の皆さんが助けてくれるっていうことですか?」
「そうだな」
結局、当事者の意見を聞かれることなく結論が出された。
王城からだけでなく、王都からも出て行くよう言われて追放された。能力のない者が能力のある者の近くにいると悪影響を及ぼす可能性がある。
与えられたのは最低限の資金のみ。
「当面の資金として渡しておく」
代表して俊也が財務を担当する事務官から皮袋を受け取る。
手にした際、硬貨の鳴る音が聞こえ、中に資金が入っているのが分かった。
「これに謁見を終了する。どこへなりと自由に行くといい」
追い払うかのように謁見の間から出される。
後ろで重たい扉が閉まる音を聞こえると同時に4人の左右に同じく4人の兵士が逃げられないよう道を塞ぐ。
相手はスキルを与えられなかった一般人。武器を持ち、普段から訓練で鍛えられた兵士なら問題を起こされたところで簡単に処理できる。むしろ、国の重鎮たちにとっては問題を起こしてくれた方が楽だった。
しばらく移動すると王城から出ることになり、外に停めてあった馬車へと連れていかれる。
「王都は広い。外まで歩いて移動するのも大変だから、私たちが連れて行ってやろう」
決して善意の言葉でないことぐらいは全員に分かった。
兵士は俊也たちの姿を王都にいる人たちに見せたくなかった。その証拠に移動に使用する馬車は光を採り込む窓が一切なく、戸を閉めて外から鍵を掛けられるようになっていた。
場合によっては罪人を連行する為の馬車。
「ここまでしますか?」
「なんのことだ? 私たちは善意で送ってやるだけだ」
馬車に乗るよう促され、仕方なく乗り込む。
「どうしたもんかな……」
「やるなら手伝ってもいい」
「いや……」
俊也の呟きに煉が反応し、行動しないよう止める。
視線だけを詩奈へと向けて確認する。
「どうやら何も問題なさそうだな」
詩奈の異能を『未来を予知する』能力だと予想する俊也。未来予知能力者が何も行動を起こさないのなら、何か問題が起こることはない。
はっきりしない状況に助けを求めた。
だが、助けはもっと後ろからやってきた。
「すいません! 私も行きます」
「お前は……」
「私もスキルを授かりませんでした。出て行くよう言われていませんが、教師として生徒だけの行動を許すわけにはいきません」
王城から出て、馬車まで走ってきたのは智佳。
彼女は息を切らしながらも同行を望んでいることを告げた。
「どうします?」
智佳の提案に兵士が困惑する。兵士が命令された内容は、スキルを授からなかった4人を王都の外まで連行すること。
5人目など想定されていなかった。
「先生がついて来てくれるなら安心です!」
詩奈が声を張り上げる。
「……いいだろう」
兵士も一人増えるぐらいなら問題ない、と判断して智佳の同行を許可する。
☆ ☆ ☆
揺れる馬車で王都の外を目指す。
向かい合わせで設置された椅子に男子と女子で分かれて座る。
「これ、いくらぐらいの価値があるんだ?」
まず確認したのは渡された資金の確認。
渡された皮袋の中には銀貨が4枚。
「微妙に価値が違いますけど、4万円ぐらいだと思っていいです」
「一人1万円だけ!?」
俊也の疑問に詩奈が答える。
迷惑料を含めた迷惑料としては少なすぎる。
「……非常に言い難いことなんですけど、先生はこの世界のお金を一切受け取らずに出てきたので5人で使わせてもらいたいです」
「こんなの最低限の衣食住を確保している人間の生活費だろ」
「ですね」
詩奈に慌てた様子はない。
さらに異能について凡そながら把握している智佳が俊也に顔を向けている。
「止めだ。こんな金に頼って生活なんてできるわけがない」
まして最初は遊ぶつもりでいる。
節約生活などするつもりはなかった。
「増やすぞ」
「働くのですか?」
「ここは異世界だ。一切の遠慮はしない」
俊也が銀貨の入った皮袋を置く。
ドサッ。
「え……」
明らかに先ほどまでとは違う重みのある音。
隣に座った煉が皮袋を持ってみる。
「重い……」
少なくとも銀貨4枚などという重さではないことに気付いた。
「おい、どうなっているんだ……ですか?」
「タメ口でいいよ。これから先は一緒に行動するんだし、年齢だって一つしか違わないんだから俊也でいいよ」
「そういうことなら俺も煉でいい……って、そういうことじゃなくて!」
「異能で増やしただけなんだから騒ぐな」
俊也がポケットに入れていた手を出す。
すると煉が持っている皮袋とは別に、同じ皮袋がもう一つ出てきた。しかも、皮袋を置いた時に硬貨が入っている音がした。
「とりあえず4枚を40枚にしておいた。これが人数分あれば、しばらくは生活することができるだろ」
新たな皮袋を次々に取り出して3人へも投げ渡す。
一人1万円に満たなかった金額が、一人で40万円に増えた。
「何を、したんだ!?」
「さっきも言っただろ。異能で増やしたんだよ」
「てっきり働いて増やすものだとばかり……」
普通は労働を思いつく。
だが、俊也は椅子から立ち上がることもなく現金を増やした。
「これって大丈夫なんですか?」
「さあ?」
「さあって……」
叶多の当然の疑問に対して軽く応えた。
「お前たちだって自分の異能を科学的に説明することができるか?」
「それは……」
できずに叶多は返答に困ってしまった。
「俺も増やすことができるだけ。どうやって増やしているのかなんて考えるだけ無意味なんだよ」
当然ながら俊也も疑問に思ったことはある。
だが、どれだけ考えたところで結論が出ることはなかった。
「ただ『増やすこと』ができる。それだけ把握しておけばいい」
異能を扱う上で最も重要なことは『できる』と信じること。
本人が願っていなければ絶対に発現しない。
「まあ、経済面では問題がないわけじゃないけどな」
なにせ何もない所に現金を出現させる。
あまりに出し過ぎればバランスの取れていた経済が崩壊しかねない。
「だけど、バランスが崩壊するとしても先の話だ。ここは異世界なんだから、そんな先まで滞在するつもりはないんだ」
元の世界へ帰還した後で問題が発生するかもしれないが、それは迷惑を掛けた相手に十分な金額を用意できなかった王国に問題がある。
「で、ここから俺たちはどうするべきだ?」
「わたしに尋ねるんですか?」
「もう恍けるのは止せ」
詩奈の異能が『未来予知』だと予想しているのは俊也だけではない。煉と叶多も未来を予知する類の能力だと予想していた。
「……認めます。わたしには未来の事がある程度分かります」
「ある程度?」
「はい。未来に起こるであろう出来事を見聞きして知っています。ただ、その未来はあやふやなもので、ちょっとした出来事で起こらなくなる可能性もあります」
「予知夢、みたいなものか?」
「そう、ですね……間違っていません」
間違っていなかったため詩奈が頷く。
これから起こる出来事を知っている。しかし、未来を知る彼女の行動によっては見聞きした未来が変わってしまう。だから、干渉は最低限にしなければならない。
「もしかしたら『未来を知るわたし』がいる時点で干渉は起こっているのかもしれません」
それでも最悪の未来を回避する為に行動を起こさなければならなかった。
「だから4日後に協力してもらいたいことがあることだけ伝えて、どういう協力をしてもいたいのか詳しい説明はしないでおきたいと思います」
「いいのか?」
詩奈の説明が正しければ、未来を知ることだけでも彼女が知る未来よりも危険になるかもしれない。
だが、ただ「協力してください」と言うだけで本当に協力するとは限らない。
「はい。必ず協力してくれます。そうしないと召喚されたクラスメイトは殺され、魔王討伐に失敗することになります」
魔王討伐に失敗すれば妹が召喚されることになる俊也は協力する。
煉は危機に陥るクラスメイトを見捨てることができず、智佳は教師として知ってしまったからには見過ごすことができない。残された叶多は成り行きから協力する。
「危険はないんだろうな?」
「分かりません」
「分からない?」
「わたしが知っているのは別の可能性における未来での話です。これから、その世界とは別の未来を歩もうとしています。その世界では問題なかったとしても、これからの世界では危険があるかもしれません」
強い眼差しが俊也へ向けられる。
煉はクラスメイトとして協力し、俊也が要請に応じなかったため詩奈から助力を請われている。
「話を聞いて判断する。ただ、その前に堅苦しい言い方を止めにしないか?」
煉にしたのと同じ提案をする。
「いえ、お願いしている立場で慣れ親しむのはちょっと……」
詩奈は拒んだ。
「本人が納得しているならいい。だけど、こっちは遠慮なしでいくからな」
「はい。大丈夫です」
了解が得た俊也だったが、詩奈の方が逆に肩から力を抜いていた。
「よかったですね」
「はい」
笑顔で詩奈に話し掛ける智佳。
「彼女は家庭の事情で普段から丁寧な口調なんですよ。だから砕けた口調で話せ、と言われても逆に困るんです」
監視役である智佳は当然の事ながら彼らの家庭事情についても調べ上げていた。むしろ異能などという特殊な力を持つ彼ら自身よりも家庭事情の方が調べるのは簡単だったぐらいだ。
「そういうわけで、守島さんも普段通りに接したらどうですか?」
「普段通りって……」
叶多が言葉を濁す。
大人しい少女。
それが、これまで接した中で俊也と煉が抱いていた叶多のイメージだった。
「これから最低でも数日間は一緒に行動する仲です。普段から遠慮した行動をしていると思わぬミスを招くことになりますよ」
説明しながら俊也と煉の方を見る。
この場にいるのは全員が年上。1年生で、しかも先輩の男子が一緒にいたのでは委縮してしまう。
俊也と煉が頷く。
後輩だからと言って話し方を咎めるつもりはなかった。
詩奈は何も言わない。彼女には、この問答の結果も見えていた。
「……仕方ありませんね」
それでも迷っている叶多を見て智佳が約束をする。
「教師として口調を咎めるような真似はしないし、男子の二人が何かを言ってくるようなら先生が助けてあげます。約束です」
「本当ですか?」
「はい。先生にだって友達のように接しても問題ないよ」
智佳の言葉を聞いた直後、叶多の纏う雰囲気が変わる。
「じゃ、そういうことで」
年上に対する怯えたような気配が叶多の瞳からなくなる。
友達、どころか下に見ているような感覚を二人は覚えた。
「それが本性っていうわけか」
「本性、というか取り繕う必要がないならこっちの方が楽なだけ」
ちょうどその時、王都の出口まで辿り着いたため馬車が停止する。
前方にある御者台にいる兵士が門を出る為の手続きを行っている。
「ここからは歩いていくのか」
最も近くにある都市でもかなりの距離がある。
人の足で歩いていたのは今日中に辿り着くことはできない。
「馬車で移動したいところだけど……」
王城での態度から馬車を借りられるようには思えなかった。馬車で移動するなら兵士も借りる必要があるが、馬車を借りる以上に困難であることは予想できた。
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