第18話 数言霊
「なに!? 『紅牙』の奴が……!」
クラヴェルの象徴とも言える炎の虎が破られ、さらに最後の力を振り絞った炎まで消されてしまった。
ジョルトゥが思わず足を止めてしまう。
「向こうを気にしている場合か?」
「ぐぅ……!!」
後ろへ回り込んだ俊也に頭を掴まれて地面に叩き付けられてしまう。叩き付けられた時の衝撃で気絶しそうになるのを堪えながら能力を使用する。
ジョルトゥの周囲の地面が変形し、すぐ傍にいた俊也の体を打ち抜こうとする。
しかし、杭が出るよりも速く動く俊也を捉えることはできない。
離れた俊也へ『紫電』のリューヴィが斬り掛かるが、蹴り上げられた足によって大剣が弾かれてしまう。
上空から氷の礫が襲い掛かる。だが、俊也へ届く前に氷が水へと変わったことで攻撃にはならない。
「どうなっているんだ!?」
どうやったところでスニアラスの攻撃は全て水になって届かない。
「冷静になろう」
「ワシは冷静だ」
冷静に言っているつもりだが、その言葉に怒気が含まれているのはジョルトゥから見て明らかだった。
最強の力を与えられておきながら力を発揮することができない。
目標である勇者を倒したというのに想定外な人物が現れた。
「奴は何をしているんだ……?」
スニアラスの生み出した『氷』を『水』へと変える。
ジョルトゥが放った『いくつ』もの攻撃を『全て』壊してしまう。
リューヴィの大剣を弾けてしまえるほどの『強さ』。
全方位からの攻撃を回避できてしまうほどの空間『移動』。
さらに大量の礫を迎撃するべく手近に落ちていた石を拾って投げると『何十個』にも増やされて弾幕を張られた。そのまま攻撃が通るか、回避されていれば後ろにいた勇者たちを攻撃することができた。だからこそ迎撃という手段を選んだ。
その異様な出来事の前に『何か』を呟いている。
「待て……」
石を増やした。
どうしても『増やした』という部分から嫌な感じを拭うことができない。
「どうやら気付いたみたいだな。ま、これだけ見せていれば気付くだろ」
振り下ろされたリューヴィの大剣を回避し、鎧を殴って後ろへ吹き飛ばす。
「遊びはここまでだな――200000」
その時、俊也のステータスが劇的に変化したのを正確に捉えることができたのは【鑑定】に目覚めた眞斐だけだった。
彼の眼には俊也の全てのステータスが20万に増えたのを捉えていた。
そして、正確に捉えることができなくとも予想していたスニアラスは戦慄した。
「……逃げるぞ! 奴には誰も勝てない!」
「もう遅い」
俊也の拳がリューヴィの胸に叩き込まれる。
「100打」
だが、直後に全身の至る所に99発の打撃が発生し、リューヴィの鎧と大剣を粉々に砕く。
打撃をまともに受けたリューヴィは起き上がれない。
「馬鹿な……あの鎧は魔王様から下賜された物で、どんな攻撃にも耐えられるはず」
「いいや。この世界に絶対の防御など存在しない」
どれだけ強固な鎧でも防御力を上回る攻撃を受ければ砕ける。
「まずは一人」
俊也が一歩踏み出す。
それを合図にスニアラスが全力で逃げ出すが、ジョルトゥは逆に俊也へと瞬時に出せる最大数の砲弾を放つ。
「なにをやっている!?」
スニアラスはもう俊也を倒すことを諦めていた。
だが、ジョルトゥには四天王となった矜持がある。簡単に敗北を認められるはずがなかった。
俊也が飛んできた砲弾の一つを殴って壊す。
本来なら殴って無防備になった体勢のところへ次々と砲弾が押し寄せる。だから殴って壊せる力があったとしても、砲弾を殴るなど無意味でしかない。
それを俊也はたった一言で解決させてしまう。
「22個」
15個の大砲から放たれた21個の砲弾が、俊也が殴って砕いた砲弾と同じように砕けてしまう。
スニアラスが地面に落ちる破片を見る。どの破片も全く同じ壊れ方をしていた。一つ、二つが似た壊れ方をするなら考えられるが、22個もの砲弾が同じ壊れ方をするなどあり得ない。
特殊な力によって最初と同じように壊された。
そう解釈しても不思議ではない。
「そういうことか……」
ここまでわかりやすい現象を起こしてもらえば今日初めて目にしたスニアラスでも俊也の異能がどういったものなのか理解できる。
破壊した土塊の数を『1』個から『22』個へ変える。
氷の温度を『-20』℃から『20』℃へと変える。
移動した距離を『50』cmから『5000』cmへ変える。
そして、自身のステータス値すらも自由自在に変化させてしまう。
「まさか……自由自在に数を変化させる能力?」
「いいや、ちゃんと『言葉にする』っていう制約があるぞ――100」
言いながら1個の石を投げつける。
ただの石であるため魔族となって強化された肉体なら払い除けることができる。だが、その石が飛びながら数を100個に増やせばスニアラスの対応も間に合わなくなる。
「がっ、い゛……クソッ」
怪我を負うことはない。それでもステータス10万の力で投げられた石は苦痛を覚えるには十分な威力があった。
「さっさとやれ!」
「気は進まないけど、わかっているよ」
「全ては魔王様の為だ」
地面に手をついたジョルトゥ。地と強い親和性を持つ彼の魔力は、地を通して離れた場所へも流すことができる。
ジョルトゥが魔力を流したのは、俊也の近くに倒れたままのリューヴィの大剣と鎧の破片。
物言わぬ体となってしまったため放置してしまったが、鎧は魔王から下賜された特別な鎧。魔法に適性がなかったクラヴェルと同様に『紫電』を扱うには魔法の力が足りていなかったリューヴィの為に与えられた装備。
鎧には魔王が溜め込んだ瘴気が使われないまま残されている。膨大なエネルギーを抱えた鎧は、そのまま爆弾のようになる。
瘴気は爆発を起こす為の火となり、巨大な爆発を発生させる。
「ハハハッ、どうだ化け物め!」
「すまない、リューヴィ」
「何を言っている。あの男は間違いなく魔王軍の脅威となる存在だ。そんな者を倒すのに役立ったのだから、あの者も本望だろう」
もちろん起爆剤となった鎧の中心に倒れていたリューヴィは爆発によって遺体が吹き飛んでいる。仲間だった者としてジョルトゥはこのような真似をしたくなかった。
それでも爆発を実行したのは、俊也を無視できなかったから。
「魔王様が用意した特別製の装備だ。これで死なない人間など……」
「スニアラス」
「……ばか、な」
粉塵の舞う中から現れた俊也。服に煤汚れは見られるものの五体満足な状態で現れていた。
「ったく、制服をダメにしやがって」
そう言いながら制服に手を当てて異能を発動させる。
直後、新品と見紛うほど綺麗な状態へと変わる。
「何をした!?」
「この制服は入学した時に購入した物だ。だから今でも制服を受け取った正確な日時を記憶している」
色々と忙しかったせいで制服を受け取ったのは入学式の前日。
普通は覚えていなくてもいい日時だが、俊也の場合はバイトで妖怪退治を引き受けているせいで今みたいに服がボロボロになってしまうことが多く、制服が傷つく度に『日時』を指定することとなった。
「まさか、そんなことまでできるのか!?」
「物の状態を『日時』を指定して変化させることができる」
制服の状態を受け取った日まで変化させた。
新品のように綺麗にしたのではなく、新品の状態まで変化させた。それなら汚れ一つない状態なのもおかしくない。
そして、この異能の恐ろしいところは『物』だけでなく『者』にも適用させることができる。
「……無理だ」
俊也を倒すことができなくとも、もう一度勇者だけでも倒すことができないか。
そんな考えが頭を過っていたが甘かったことを痛感させられた。俊也がいる限り、殺された者も健全だった『時間』の状態へと変化させられてしまう。
死すらも克服した完全な変化。
それは……
「やはり貴様は化け物だ! 人間のつもりでいるようだが、死者を生き返らせることなど魔王様であっても不可能なこと……」
「もういい。黙っていろ」
スニアラスに知覚できないほどの速度で接近すると頭を掴み、そのまま全力で握り潰す。
掠れた声がスニアラスの口から漏れる。
しかし、次第に弱くなっていき、事切れたことがわかると俊也が手放す。
「スニアラスの言うとおりだ」
残されたジョルトゥは恐怖心と戦いながら化け物に見える俊也と対峙していた。
強すぎて殺す方法がわからない、というなら受け入れることもギリギリできた。魔王がそういう存在で、四天王が全員で襲い掛かれば力だけなら倒すことも可能だと思えた。もっとも魔族には、魔王に絶対服従という制約を課せられているため反抗など絶対に不可能だった。
しかし、俊也は違う。どのようなダメージを与えようとも耐えられるステータスを持ち、瞬時に元の状態へ戻してしまう能力を持っている。仮に何らかの手段で倒すことができたとしても、何か別の方法で蘇るかもしれない。
「ハハッ……」
もう笑うしかなかった。
それでも力を振り絞って魔王から与えられた力を使う。
「これが僕の本当の姿だ!」
周囲の地面が蠢いてジョルトゥの体を覆い、鎧を形成する。
防御力に不安にある魔法使いだったジョルトゥが身を守る為に編み出した技。リューヴィが纏っていた鎧よりも防御力は高いが、使用者の身体能力を高めるような能力はない。
純粋な防御に使う為の鎧。
「これでも四天王の一人を任された者だ。簡単に諦めるわけにはいかないんだよ」
「まだわかっていないみたいだな」
どれだけ強力な鎧を生み出そうと関係ない。
「――100t」
「へ?」
俊也の手から放たれる緩慢な動きの打撃。
コツン、という表現が正しい打撃は一瞬の間を置いて強烈な打撃へと変わって鎧を吹き飛ばし、その中にいたジョルトゥの体をも吹き飛ばしてしまう。
「元の世界にいた頃はステータスなんてなかったからな。こっちが俺の本来の戦い方だ」
打撃の重さを自由自在に変化させる。
移動した距離を変えて相手に接近する。
「それが俺の異能――数言霊だ」
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