第17話 天狗
「向こうは随分と派手に暴れているみたいだな」
俊也の戦っている方を気にして顔を向ける
「余所見をしている場合か!」」
クラヴェルの拳が地面を穿つ。しかし、地面を強く蹴ったことで煉の姿は消えていた。
周辺には同じようにクラヴェルの拳で開けられた穴がいくつもある。
「こんなことを繰り返したって倒せないのはそろそろ理解してくれてもいいんじゃないか?」
「それはそっちも同じだろ」
ずっと逃げてばかりで煉も攻撃に転じていない。
「こっちにも目的があるんだよ」
煉の……正しくは詩奈の目的。
一つは本物の強者による戦闘を召喚者たちに見せることで『命を懸けた戦闘』というのがどういうものなのか理解させること。
そして、二つ目が異能の強さを見せつけること。実際に目にしなければ異常性を正しく理解することはできない。
「オマエの能力は理解している」
念動力、風、俊足、火――クラヴェルとの戦いだけでも4つの力を見せている。
ただし、どれもクラヴェルに致命傷を与えるには至っていない。念動力では動きを止めるのが精一杯だし、風を併用することでどうにか飛ばすことができていた。俊足による蹴りによって多少のダメージは与えられている。火に至ってはクラヴェルの能力によってダメージを与えることができずにいた。
クラヴェルは煉が見せた力について正しく理解していた。
思わず手を叩いて称賛してしまう。
「他にもこういうことができるぞ」
「……!?」
手を叩く音が重なって聞こえる。
一瞬、目の錯覚かと疑ってしまうが、煉の隣に煉がもう一人立っていた。
「幻覚……いや、音が聞こえているんだから音まで幻術でないんだとしたら、実体があるのか」
「そのとおり」
分身。
自身と同じ姿、同じ力を持った存在を生み出すことができる。欠点としては二体までなら力も変わらないが、3体目からは実体と分身の数で力を等分することになる上、解除して1体だけに戻った時に消耗した体力など実体が負担してしまうことにある。
これが薬草の採取依頼の際に大量の薬草を持ち帰ることができたカラクリ。あの時は4体の分身を生み出したことで作業能力を上げた。
「2体なら分身を出しても弱体化しない。その理由はコレだ」
出現した当初は煉と同じ姿をしていた分身。しかし、煉の意思で分身の姿が歪んで異なる姿へと変わる。
「なんだ、それは?」
白と黒の法衣を纏った鼻の高い赤ら顔の男。元々が煉の分身であるため背丈や体格は煉と変わらないが、その特徴的な顔と格好を見た者は誰もがある妖怪を思い浮かべてしまう。
天狗。
無口ながら煉と顔を合わせると、クラヴェルへ向かって先に駆け跳び上がると右足の踵を落とす。
クラヴェルが両腕を交差して掲げると受け止める。
煉の蹴りは山を駆け抜ける天狗の健脚によって放たれ、分身の天狗も蹴りの威力が強化されている。そんな人並外れた威力を持つ蹴りにもクラヴェルは耐え、自然と口角が上がる。
「ぐふっ!」
上からの攻撃を防いで無防備になった胴に煉が拳を叩き込む。風と念動力を併用された打撃によって後ろへ大きく吹き飛ばされる。
大木を切り倒し、山を歩いていると石が飛んでくることもある突風。
また山にある小屋が誰も触れていないのにガタガタと揺れる。
天狗の伝承を元に再現された力は巨漢の男をも吹き飛ばす。
しかし、吹き飛ばされたクラヴェルはダメージを受けながらもゆっくりと立ち上がる。
「ククッ、この為の分身か。片方に意識を向けていれば、もう片方が攻撃する」
どちらも煉自身だと言える。そのためアイコンタクトなどの意思疎通を必要とせずに連携を取ることができる。
ほんの少しの間、目を離していると煉と天狗の二人が駆けているのが見える。
天狗が前、煉が隠れるように後ろを走っている。真っ直ぐ迫る天狗を潰すべく腕を振り下ろす。
しかし、振り下ろした直後に腕の動きが止まる。後ろで隠れていた煉の念動力によるものだ。
すぐに力を強める。腕を止めていた力が解き放たれ、腕が振り下ろされる。
止められていたのは1秒ほどの出来事。ただし、タイミングを合わせて行われた攻撃だったため1秒であっても致命的となる。
クラヴェルの拳が地面を砕き、体を傾けて拳を回避した天狗が顔を蹴り上げて宙に浮かせる。そこへ煉が拳を叩き込んで地面に叩き付ける。
「チッ、厄介な」
多種多様な力を扱う異能者。
二人に増えたことで選択肢が何倍にも増えていた。
「たしかに想像以上に強くなった。その程度が何だって言うんだ」
朱色の鬣のような髪の色が赤から真紅へと濃く染まっていく。
色の変化を見た煉が天狗と共に後ろへ跳ぶ。
「何もかも燃やし尽くしてやる」
クラヴェルの体から炎が吹き上げる。瞬く間にビルを包み込むほど巨大になった炎は燃え上がると、徐々に形を安定させて変化させる。
離れた煉が目にしたのは巨大な虎。
4本の足で立った炎の虎が小さな煉を見下ろす。
「マズいな……」
試しに念動力を与えてみる。
しかし、炎の淵を揺らすだけで捉えることができない。
「無駄だ。こうなったオレは全てを焼き尽くすだけだ」
炎の虎となったクラヴェルの足元にあった草、兵士が落としたであろう槍も燃え尽きてしまう。
周囲にある物全てを燃やし尽くす。
それが『紅牙』に与えられた能力。
炎の虎の口が動いている。だが、実際に炎の虎が言葉を発しているわけではなく、クラヴェルの声がどこからともなく聞こえる。
「消し飛べ」
どこからか聞こえてくる声と共にクラヴェルが煉と天狗がいる場所へ突っ込む。
「防げ」
天狗の法衣を掴んだ煉がクラヴェルに向かって投げ付ける。念動力と風と併用したことで弾丸のように飛んで行く天狗。飛んでいる天狗の周囲には風が渦巻いており、山火事が起きても消すことができる。
これでクラヴェルの纏う炎を消すつもりだった。
「無駄だ」
しかし、クラヴェルの纏う炎に触れた瞬間、風と共に天狗の体が燃え尽きてしまう。
さらに炎の虎の口から炎が煉のいる場所へと吐き出される。
煉の手から放たれた風が盾となり炎を防いでいる間に上へと飛ぶ。
「む……」
上へ飛んだ煉の体は落ちることなく、そのまま空中で浮かんでいる。
天狗の持つ飛行能力。
鳥のように空を自由に飛び回り、高い木の上でも腰掛けている姿があるという伝承から再現された力。
煉が望んでいる限り、その身は空高くにあることができる。
炎を纏うことで巨大化したクラヴェル。
そんな炎の虎よりも高い場所に留まっているせいで、炎の虎も空を見上げることとなる。
「下りてこい!」
上へ向かって炎の虎の口から炎が吐き出される。
だが、下へ向かって吐き出した時ほどの勢いはなく、空を飛ぶ煉に回避されている。
空にいる煉は回避を続けたままジッと炎の虎を見つめ続ける。
「――見つけた」
回避を続けながら煉が探していたのは炎の虎の弱点と言える部位。
炎の中にあるソレ。弱点は見つけられたが、炎があるせいで攻撃することができない。
そして、見られたことにもクラヴェルは気付いた。
「無駄だ。オマエは風や火も使えるみたいだけど、どちらにしたってオレの炎を消せる力はない。諦めてオマエも燃え尽きろ」
炎の虎の口から炎が吐き出される。
「諦めろ?」
煉の隣に天狗が再び現れる。二人の手から突風が放たれ炎を一時的に抑え込む。
「この程度の力しか持たないのに、お前が『諦めろ』って言うのか」
「なに?」
「二人での攻撃が全力だなんて勘違いされると困るんだよ」
煉の隣に浮かぶ天狗の体が消え、天狗の顔が面となって残される。
天狗の面を手にすると自らの顔に被せる。
「吹き荒れろ」
直後、激しい雨が煉とクラヴェルの体を打つ。
「これは……」
その雨が異常であることにクラヴェルは瞬時に気付いた。空を見上げれば直前までなかった灰色の雨雲が見える。だが、雨雲があるのは彼らがいる狭い範囲だけで外側は雲一つない青空が広がっている。
特別な力によって生み出された雨雲。
降りしきる雨が炎と当たり発生した水蒸気が視界を広げていく。
「オレの視界を潰したところで意味なんて……」
「そんなのはオマケみたいなものだ」
煉の手から渦巻く風が放たれる。しかし、先ほどまでとは全く違う威力の風。
「天狗の生み出す風は嵐そのものだ。その程度の炎を押し退けられないわけがないだろ」
「手を抜いていたのか?」
「違う。こんな力が代償もなく使えるはずがないだろ」
嵐が炎の虎の口から放たれた炎を押し退けていく。
炎の虎まで到達すると、虎の頭部が弾け飛ばして消滅する。
「これがヤツの全力か!」
代償を気にすることなく力を使う。
本当の意味での全力を前にしてクラヴェルが弾き飛ばされた炎の虎の頭部を復活させる。
「何度消し飛ばしたところで無意味だ。こいつはオレの魔力から生み出された炎そのものだ。魔王から魔力も大量にもらっているから尽きる心配もない」
巨大な炎によって都市を蹂躙し、そこに住む人々を喰らう。
それが『紅牙』に与えられた役割。
「なん、だ……それは!?」
炎の虎を完全に再生させたクラヴェルが見たのは、煉の両手の中にある真っ黒な球体。
球体の中で虹色に輝く部分があり、見る者を不安にさせて恐怖を抱く者がいる。現に遠く離れた場所から見ているせいで僅かにしか見えないクラスメイトたちが言い様のない不安に駆られて怯えていた。
――アレはマズい。
一目で察したクラヴェルが自らの牙で嚙み砕こうと炎の虎で飛び掛かる。
「ブラックホール」
「……は?」
炎の虎の胴へと投げ入れられた黒い球体。
それは、念動力を一点に集中させて生み出された空間の歪みそのものであり、全てを燃やす炎も触れた部分から消滅させていく。
狙いは一点――炎の虎の中心にいるクラヴェル自身。
炎の虎はクラヴェルの体から発せられた炎を虎の形にして纏うことで生み出されたもの。その中心にはクラヴェル自身がいる。
自身の炎をものともせず突き進んでくる得体の知れない球体。
「離脱!」
危機を察したクラヴェルが炎の虎から脱出する。
「がっ!?」
だが、少しばかり遅かった。クラヴェルの下半身、それに左腕がブラックホールに触れてしまったせいで消滅する。
「まだだ!」
残った体から炎を噴出させ、自身の体を形成させようとする。炎で虎を形成していたクラヴェルにとって自身の体を形成するのは造作もないことだった。
消滅したせいで夥しい血が出ていたが、炎で覆うことによって止血されていた。
「この程度の力で調子に乗るんじゃ……」
「乗ってはいない。これが実力差だ」
「オマ……!?」
空中に放り出されたクラヴェルの上に現れた煉。そのままクラヴェルの頭を掴むと地面へと叩き付ける。
「クソッ……」
クラヴェルが頭を傾けて残っていた右腕を見ると炎によって燃え尽きていた。
普段は制御していることで自身の体は焼くことがないようにしているが、多大なダメージを受けたことで制御ができずに残っていた体を燃やし尽くしてしまった。
一方、クラヴェルの頭を掴んでいる煉は全く火傷を負っていない。
「炎にはおれも多少の耐性がある。こんな弱くなった炎なら平気だ」
「弱い、か……そんなことを言われたのは初めてだ」
人間だった頃は、魔法で名を馳せていた貴族の家に生まれながら魔法が使えない子供だった。家族は何も言わなかったが、彼自身が魔法を使えず弱い自分に納得することができなかった。だから自らの体を鍛えて強くなることにした。
だが、どれだけ力を示したところで魔法によって名を馳せた貴族の一人として認められることはなかった。
そんな思いを魔王に付け込まれてしまった。
「王都を炎で埋め尽くせば、もっと強い力がもらえるんだ!」
クラヴェルが離脱した時点で炎の虎は徐々に形を失い、炎も小さくなっていた。
しかし、クラヴェルの叫びに反応するように炎が燃え上がり、王都のある方へと広がっていく。
「残った力を全て使って王都を燃やし尽くしてやる」
「そんなことをしてもお前は死ぬぞ」
「んなもん、関係ねぇよ!」
もはや魔王から下された命令を遂行することしか頭にない。
ただの炎だが、勇者や騎士が対処したところで消せるような大きさではない。
「ここで王都が燃えるのを眺めているんだな!」
魔王の命令を遂行する以外に煉を苦しめる意図もあった。
勇者のように召喚された人間。それも特別な人間だと判断したクラヴェル。王都が炎に沈むようなことになれば苦しむと思った。
その判断は間違っていないが、煉自身は王都に思い入れはない。
「どうやら依頼人は王都も守ってほしいらしい」
詩奈の方を見ると首を横に振っていた。
今後の事も考えて王都が滅びる事態は避けたい。
煉が両手を組んで意識を集中させる。
「オマエ……」
何かをするつもりなのはわかった。しかし、頭しか残っておらず、王都を滅ぼす為の炎に力を使ってしまったせいで、炎を操る力も残っていない状態では何もすることができない。
「――神隠し」
「な、に?」
王都へ向かう炎の前に見えない壁のような物が出現し、その壁に触れると炎が消えてしまう。
消火されたわけではなく、どこかへと消えてしまった。
「……クソッ、何もできずに終わるのかよ」
残された頭部も燃え尽き始めていた。
「安心しろ。お前の仲間も後を追うことになる」
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