第15話 救援
「救援か」
突如として現れた俊也の姿を見てスニアラスが呟いた。
「しかし、今さら数人が駆け付けたところで意味などない」
「そうだね。早々に終わらせることにしよう」
スニアラスの周囲に氷柱が、ジョルトゥの周囲に土を固めて造られた棘が何十本と出現する。
それらが一斉に放たれる。
二方向から雨のように放たれた攻撃は回避のしようがない。回避する為には背を向けて後ろへ走るしかない。
「「……っ!?」」
しかし、俊也の行動は二人の予想に全く反していた。
攻撃の放たれた前へと1歩踏み出す。
それだけで……
「消えた!?」
「どこへ行った?」
俊也のいた場所を二人の攻撃が通り過ぎ、穿った地面に穴を開けていた。
唐突に消えた探すスニアラスとジョルトゥの二人だったが、消えた俊也の姿は簡単に見つけることができた。
「大丈夫か?」
「せん、ぱい……?」
槍で胸を串刺しされた眞斐に【回復魔法】を掛け続ける木藤。しかし、掛けられている眞斐は一向に目を覚ます気配なかった。
それもそのはず。【回復魔法】はあくまでも治癒力を与えて回復を促すもの。死んだ人間の肉体を癒すことはできても、蘇生させることはできない。
倒れた眞斐の状態は一目で分かった。
「心臓を一突き。即死だな」
「そんな……」
「これが『戦闘』だ。どうにも別れる前の楽観的な光景を見ていると、『戦う』ということを軽く考えているように思えた。こういう事態が起こり得る覚悟もしていないといけなかったんだ」
「先輩!」
眞斐の状態を確認するべく屈んだ俊也の後ろを見ながら木藤が叫ぶ。
氷の槍を構えたスニアラスが、背を向けている俊也の左胸へと突き出していた。
「話の最中だ。少し黙っていろ」
「なに!?」
スニアラスの手にあった氷の槍が一瞬にして水へと変わり、スニアラスの手から消えてなくなってしまう。
大量の水が撒かれたことで地面が濡れていた。
再度、スニアラスが自身の手の中に氷の槍を生み出す。
「無駄だ」
しかし、再び水へと変わってしまう。
顔を前へ向けると俊也が自分と向き合っているのが分かった。
「おまえは……」
「黙っていられないなら、少し離れていろ」
俊也が握った拳を軽く前へ突き出す。
距離があるため正面にいるスニアラスへ届くことはない。
「がはっ!!」
だが、腹部に衝撃を受けてスニアラスの体が大きく後ろへと吹き飛ぶ。
拳圧による衝撃。だが、拳圧を発生させられるような動きを俊也はしておらず、そんな力も加えられていなかった。
原因不明な攻撃。
戸惑いながらも森まで飛ばされたスニアラスが近くにあった木に手をつきながら立ち上がる。
すぐさま元いた場所を見る。
「あの小僧……!」
吹き飛ばした方の俊也は、もうスニアラスの事などどうでもいいのか背を向けて屈んでいた。俊也にとっては勇者たちの方が重要だ。
「そのガキを殺せ! そいつは危険だ!」
スニアラスが叫ぶ。
その言葉を聞くよりも早く動き出していたクラヴェルが屈んだ俊也の後ろへ回り込んで腕を振り上げている。
「煉」
小さく名前を呼ぶ。
「な、なに!?」
クラヴェルが振り上げた腕を下ろせないことに驚愕する。
顔を歪ませながら首を動かして右腕を見る。動かすことができない、というよりは強い力によって腕を押さえ付けられているようで他の場所については問題なく動かせる。
だからこそ純粋な力による結果が気に入らない。
「こいつら邪魔だ。2、3分でいいから時間を稼いでくれないか」
「いいぜ」
声のした方を見ればクラヴェルのいる方へ握るようにして右手を向けている煉がいた。
誰の目からも煉が何かしていたのは明らかだった。
「吹っ飛べ」
煉が右手を払うように動かす。すると、強い力に掴まれていたクラヴェルの腕が後ろへと飛ばされ、自然とクラヴェル自身も吹き飛ばされることになった。
二人目の乱入者。
「何だって言うんだ!?」
ジョルトゥの周囲に何本もの棘が生み出される。
それは土で造られたミサイル。ジョルトゥの傍から発射されるとバラバラな方向へと飛んでいく。狙いなんてつけられていない攻撃だったが、狙っていないからこそ誰を攻撃されているのか俊也たちにも分からない。
「ちょっと! おれがやっても3割ぐらいが限界だぞ」
「なら、俺がやるよ」
俊也が足元に転がっていた石を拾い、自分に向かって飛んでくる土のミサイルへと投げる。
ただの石と能力で固められた土のミサイル。
両者が衝突すればどちらが勝つかなど明らかだ。
「な、に……?」
だが、衝突したことで砕けたのは土のミサイルの方だった。
「――」
しかし、ただの石が勝ったことよりも驚くことは直後に起こった。
「うわっ!」
「きゃあ!!」
「し、死ぬ……」
他にも迫る土のミサイルを見て叫び声を挙げる召喚者たち。中には手にした武器で応戦しようとする者もいるが、目の前まで迫る攻撃に体が竦んでしまい行動が追い付いていない。
ただし、土のミサイルが彼らへ届くことはなかった。誰かに当たる前に全てのミサイルが俊也の壊したミサイルと同様に砕け散ってしまったからだ。
「……何をした?」
ジョルトゥが俊也を睨み付ける。
壊れ方や直前の行動から俊也が何かをしたのは間違いない。
「お前が飛ばした68本の攻撃を全て壊しただけだ」
ジョルトゥの意識は俊也へと向いている。
「お前らの相手はおれだよ」
煉が飛び掛かりながら右腕を突き出す。
自分の攻撃が得体の知れない方法で無力化されたことに驚いていたせいで対応が遅れてしまったジョルトゥだったが、咄嗟に身を捻ると煉の拳を回避する。だが、すぐに襲い掛かってきた蹴りに吹き飛ばされてしまう。
右腕と左足を出した不安定な体勢。そこへ帯電した剣を構えたリューヴィが斬り掛かる。
バチバチと爆ぜる剣を振り下ろそうとするリューヴィだったが、高く掲げた所で止まってしまう。
「随分と硬い奴だな。念力だけで動かすことができないぞ」
「離れろ!」
煉の中で力の高まりを感じて叫ぶスニアラスだったが遅い。煉の手から放たれた風と念力を合わされた力によって森へと吹き飛ばされてしまう。
剣から放たれた電撃が木に生えた草を焼く。
「さすがに4人を同時に相手するのは疲れるからな。頑張ればおれを倒せるかもしれないぞ」
「ガキがっ!」
クラヴェルが真っ先に殴り掛かりながら、スニアラスとジョルトゥが遠距離から煉の動きを妨害するように攻撃し、リューヴィが隙を狙って構えている。
全ての攻撃を煉は回避していた。念力と風、二つの見えない力を併用することで敵の攻撃を防いでいた。
「あの……」
「状況はわかっている」
「わかっている、って……」
「近くに覗きが得意な異能者がいたんだ」
「覗きという言い方は好きではないわね」
「先生!」
木藤の傍に智佳が現れる。
勇者と魔王軍四天王の戦いは最初から智佳の異能で監視されていた。智佳の異能なら対象を『眞斐和樹』にすることで、彼を中心に起こった出来事を知ることができる。
おかげで王都にいなくても状況を知ることができた。
「どれだけ【回復魔法】を掛けても効果がないんです」
「残念ながら【回復魔法】は傷を癒す魔法だから、亡くなった人の肉体を癒すことはできても生き返らせることはできないの」
「そんな……」
魔法についての知識は冒険者ギルドの資料室である程度は学んでいた。
死んだ人を生き返らせる方法は魔法のある世界なので存在する。【回復魔法】を極めた先にある【蘇生魔法】を行使する。しかし、【蘇生魔法】を習得できるのは数百年に一人現れるか、といったレベル。異世界から召喚され、【回復魔法】に特化した木藤なら習得できる可能性はあるが、ずっと先の話になる。
彼女が【蘇生魔法】を求めているのは、現在この瞬間だ。
「どうしてこんなことになったのか理解しているか?」
「……敵が強かったから、ですか?」
「それは理由の一つでしかない」
召喚されてから5日。まだレベルも低く、四天王と戦えるような状態ではない。だからこそ敵も攻めてきたのだから仕方ないと言える。
俊也が……詩奈が問題にしているのは、レベル差を理解していたにもかかわらず果敢に立ち向かってしまったこと。
「今この世界で起こっている戦いは命を懸けた本物だ。決してゲームなんかじゃないんだ。その辺の事がわかっているのか?」
「わかっています」
「いいや、わかっていない」
彼らも互いのレベル差は理解していた。それでも倒されていく騎士や兵士を見捨てることができずに戦うことを選んだ。
相手は決して勝つことのできない強者。
召喚されてから6日目という序盤で現れるはずのない敵であるため、召喚者の中には今回の戦闘を『敗北イベント』もしくは『条件を満たせば勝利できる戦闘』とでも捉えた。
実際は、俊也たちの加勢がなければ全滅していた戦闘。
「異世界の人間は魔王が現れて苦しんでいる。だから『助けたい』っていう思いは立派だと思う。だけど、これがゲームなんかじゃないっていう意識は持っていないと本当に死ぬことになるぞ」
「どうして、私たちにそこまで言ってくれるんですか?」
「先生とクラスメイトが心配しているからだよ」
詩奈と叶多が遅れて現れる。戦闘能力を持たない二人が駆け付けるには危険な場所だったが、他の場所にしても危険はある。なら、最も安全な場所は俊也が守ろうとしているクラスメイトのいる場所だった。
召喚者たちは強い。やり直す前の世界の一つで、詩奈は魔王軍四天王が襲撃してくるなど知らなかった。その事を知って駆け付けた時には死体は片付けられ、夥しい血で染まった森しか見ていなかった。
やり直すには十分な光景だった。
「襲撃そのものを防いでもダメ」
色々と試した。
国王と交渉し、最初から王都に残っていた場合には襲撃そのものがなかった。待機している場所を王城以外から変えて王都のどこかにしていた場合でも四天王による襲撃はない。
その理由を詩奈が知るのは何度もやり直した後だったが、最初は襲撃がないならないでいい。そう判断した。
しかし、苦労することなく強い力を手にした召喚者は傲慢になり、油断を抱くようになると重傷を負う者や死亡する者まで現れるようになった。しかも、パーティ別に行動するようになるため詩奈が知るのは問題があった時から、かなりの時間が経過した後になる。
何度やり直しても死傷者が出る。
これではダメだ。そう思った詩奈は襲撃そのものを利用することにした。
「こんな序盤で苦戦すれば少しは慎重になる。だから、どうにでもなるギリギリのタイミングまで待ってもらったの」
「どうにでもなる……って、眞斐は死んじゃったんだよ」
木藤だけでなく俊也も眞斐が亡くなっていることを認めている。
先輩である俊也と親しげに接している様子から、これまでの数日間を一緒に行動していたのは予想できる。
眞斐が亡くなっていることは詩奈にもわかっているはず。
なのに、どうして『ギリギリのタイミング』なんて言えるのかわからなかった。
「私たちのこと見ていたんですよね!? だったら、どうしてもっと早くに来てくれなかったんですか?」
四天王と一人で戦っている煉を見る。
木藤の知る煉は、教室で友達と笑い話をして楽しそうに過ごす男子だった。だが、今は教室で見る姿よりも楽しそうに見えた。
クラヴェルの拳を受け止め、よろけたところへ斬り込んできたリューヴィの剣を念動力で抑え込む。さらに四天王の二人が支援で氷と土の塊を飛ばしているが、煉の動きを捉えることができずに攻撃を一度も与えられずにいた。ただし、煉も反撃に出る隙がなかったため負けることはない。
もう最大の障害だと思われていた勇者は倒した。煉を放置して帰ったところで何も問題はない。それでも戦っているのは自分たちを馬鹿にし、対等に戦っている煉のことが気に入らないからだ。
「まずは死んだ彼をどうにかするか」
「もしかして【蘇生魔法】が使えるんですか?」
「使えないよ」
異世界へ来た際、俊也たちは異能を所有しているせいで異世界の神からスキルを与えられることがなかった。さらに魔法を行使する為に必要となる最低限の魔力すらもないため、魔法に対する適正はないと言っていい。
だから、これから使用するのも異能。
「……あれ、ここは?」
目を開けた眞斐は自分がどうして寝かされているのか理解できなかった。
寝転がった状態で空を向いているため、寝かされていることまでは理解できた。ただし、直前の記憶がないため現実を受け入れることができない。
いや、直前の記憶ならはっきりしている。
「たしか。濃霧が立ち込めて……」
眞斐の記憶はスニアラスが白い息を吐き出して視界が閉ざされたところで終わっていた。
それ以降――自分の胸に槍が突き刺さった時の記憶はない。
体に異常は感じられない。ゆっくりと体を起こす。
「なに!?」
倒したはずの勇者が復活した。
最も驚いたのは殺したスニアラスだ。
「悪いな。俺の異能だと殺された瞬間はどうにもならないんだ。だから、自分の記憶にない部分は友達にでも聞いてくれ」
「あなたは……」
「お前を生き返らせてくれた先輩。今はそれだけで十分だ」
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