第14話 四天王
「何者だ!?」
真っ先に倒された騎士は隊を預かる隊長だった。そのため残った他の騎士たちが一斉に剣を抜いて4人の男へ剣を向ける。
「雑魚だな」
「オレが片付ける」
鬣のような髪を持つ巨漢の男の姿が消える。騎士たちの目にはそのように見えてしまったが、実際には目で追えないほどの速さで動いただけ。
そうして騎士の後ろへ回り込んだ男が鋭い爪の生えた手を眼前で呆けている騎士に向かって振り下ろす。どうにか振り向く騎士だったが、攻撃されたことに気付く暇もなく爪によって斬り裂かれ、手によって圧し潰される。
「この……!!」
「ダグラスの仇!!」
槍を手にした二人が男に向かって突き出す。
パキッ。
「は……?」
「なん、で……」
鋭い槍の先端は男の体に当たった。しかし、男の体を傷付けることなく槍の方が砕けてしまった。
掠り傷すらつけられないことに騎士が呆然としている。
「この程度で騎士を名乗っているのか。本当に雑魚だな」
男が無造作に両腕を振る。それだけで腕の当たった騎士の上半身が吹き飛ぶ。
「ひ、ひぃぃぃぃぃ!!」
「化け物だ!!」
「化け物?」
背を向けて慌てて逃げ出す騎士。
その中へ男が駆け抜けて爪を突き入れる。
「オレ様は『紅牙』のクラヴェル。魔王様に仕える四天王の一人だ!」
「なっ、どうしてそんな奴がこんな所に……」
後ろへ下がった騎士の頭が潰される。
たった1歩動いただけなのに狙われた。その事実を察した騎士たちが動けなくなり足を止めてしまった。
「殺されたい奴から逃げろ。ま、逃げないなら逃げないで殺すけどな」
「へ……?」
爪が振り下ろされて鎧を纏った騎士の体が斬り裂かれる。国が抱える鍛冶師に造らせた鎧であろうとクラヴェルと名乗った男の爪は簡単に斬り裂いてしまう。
クラヴェルの動きについていくどころか、動きを捉えることができるのは騎士の中でもごく一部。
次々と騎士へ襲い掛かり、時間だけが過ぎて行く。
「四天王……!?」
予想外な人物の登場に驚きながらも深斐の目は忙しなく動いていた。左から右へと動かして騎士を襲うクラヴェルの動きを目で追っている。
どうにか目で追うことはできている。だが、体を動かすことができなかった。肉体的な問題ではなく、目の前で起こる惨状を受け入れることのできない精神的な問題によるものだった。
森の前にあった草原が10人以上の騎士の血によって真っ赤に染め上げられる。
「……見えているのか」
敢えて動き回っていたクラヴェルの足が止まる。
クラヴェルの動きを追えていたのは勇者である眞斐だけではない。他の者――前衛として戦えるだけの力を与えられた者たちも追うことができていた。
やはり勇者は危険な存在だ。
今は脅威にならないが、体を動かせるようになって追いついてこられるようになれば脅威になる可能性がある。
「早々に排除しようと動いて正解だったな」
「あ、ああぁぁぁ!」
クラスメイトの一人が叫び声を挙げたことに召喚者の誰もが気付いた。同時に足の速い者が背を向けて逃げ出す。召喚されてから5日でさえ元々の与えられたステータスが高いために一部の力は騎士よりも高くなっている。
騎士では逃げられなくても召喚者なら逃げられるかもしれない。
「どこへ行く?」
しかし、逃げ出した者の前に鏡のように磨かれた壁が出現する。
壁の手前で停止した生徒が手で触れると冷たい感触に体を震わせてしまう。
「氷……?」
それは氷で造られた壁。召喚者を逃がさないよう高さ5メートルの壁が青い髪をした老人の足元から囲むように展開されていた。
壁のどこにも逃げられるような隙間はない。
「ワシを倒せば逃げることはできる。だが、果たして簡単にいくかな?」
笑みを浮かべる老人。
近くには四天王を名乗る存在がいるにもかかわらず対等な様子で目を合わせている。
「まさか……」
気安い様子から自然とある疑惑が眞斐に浮かび上がる。
「紹介がまだだったな。ワシは魔王軍四天王筆頭『蒼氷』のスニアラス」
「……『紫電』のリューヴィ」
「『黄鋼』のジョルトゥだ」
鎧を纏った男が低い声で名乗り、白いマントを羽織った青年が朗らかな声で名乗る。二人とも魔王軍の四天王に君臨する存在だ。
「なんで四天王が4人とも来ているんだよ」
「だって、ここ最初の街だろ」
「それに来るなら来るで、バラバラに来るものだろ」
四天王の登場。それも4人全員が同時に現れる、という状況に対して召喚者から文句が飛び出してくる。
彼らが知るセオリーを考えれば不満に思うのも仕方ない。
「四天王……魔王から最も強い力を与えられた、魔族!」
「ほう。生きていたか」
最初に倒された指導役の騎士が血を流して倒れたまま頭だけを上げてスニアラスを睨み付ける。
その姿を見て木藤が急いで【回復魔法】を掛ける。生きているなら治療が間に合う可能性がある。
他に倒れた者の何人かの体が淡い光に包まれる。同じように【回復魔法】を掛けられて治療されていた。
木藤以外にも【回復魔法】を使える者はおり、最も重傷な騎士には木藤が付きっきりになる必要があるが、他の者でも簡単な治療なら行うことができる。全員でないのは、【回復魔法】を使える者が不足している事実以上に生きている者がそれ以上にいない事に原因があった。
まだ生きている者はいる。その事実に気付いた眞斐だったが、治療を行う為には現状を打破するか時間を稼ぐ必要がある。
少しでも別の事に注意を向ける必要があった。
「魔族?」
「……本当はもっと後になってから教えるつもりだった」
それは召喚した世界の人間としては恥以外の何物でもない事実。
魔王は存在するだけで世界中の魔物に対して影響を与えることができ、全ての魔物をわずかに強くすることができる。それは魔物が体内に持つ魔石が持つ瘴気に干渉できるからだった。強くなる代わりに魔物は魔王の軍門へ下る。
人間は瘴気を持たないため強くはならないが、魔王に支配されるようなこともない。
だが、魔王から強い力を与えられた者の中には瘴気を得て、強いステータスと固有のスキルを持つようになる。
そんな『元』人間の事を『魔族』と呼んでいた。
四天王と呼ばれた者たちも、以前は人間だった者だ。
「お喋りの好きな奴だ」
スニアラスの周囲に10本の氷柱が現れる。先端は鋭く尖っており、槍と同等の力がある。
「……」
「どういうつもりだ?」
倒れた騎士を守る為に眞斐が剣を構えて立つ。
そんな姿がスニアラスは気に入らず苛立っていた。
「その男は、召喚した人間がどうなろうと気にしない。使い捨ての駒同然にしか考えていないような人間だぞ。そいつの父親と変わらない」
吐き捨てるように言うスニアラス。
「そんなことはわかっている」
勇者である眞斐には直接指導してくれることもあった。直接指導してもらい、間近で接している機会もあったため自分たちの事を快く思っていないことはわかっていた。
「魔王様の討伐は騎士にとって最上の栄誉だ。それをいきなり現れた者に掻っ攫われるようなものだ。それがこの男は気に入らないんだ。召喚されたお前たちにとっては理不尽な話だろう」
自分たちではどうにもできないから助けを求められた。それなのに助けられる事に不満を持つ者がいる。元の世界へ帰ることもできない状況に置かれている者としては理不尽にしか思えなかった。
だが、救われた後で報酬の話をしなければならない。最悪、最終決戦の最中にでも捨てる覚悟をしていた。
「それでも助けたいから守るだけです」
「その心意気は立派だ。その心意気に力が追い付いているのか試してあげよう」
宙に浮いたままだった氷柱が一斉に放たれる。間隔を置いて放たれる氷柱を眞斐は聖剣を振って次々と落としていく。
放たれた全ての氷柱を落とし終わると大きく溜息を吐く。
「ほう。召喚されてから日が浅いというのに随分とやるではないか」
「……それほどでも」
どうにか凌ぎ切ることはできたが、安堵することはできなかった。
スニアラスにわからないよう視線だけを腰のある斜め下へ向ける。氷柱を聖剣で叩き落した際にできた破片は多くが鎧に当たって砕けた。しかし、一つだけ鎧に守られていない場所に当たったせいで斬られていた。
技量のない眞斐では正確に無力化することができず、無造作に振ることで叩き落すのが精一杯だった。
「そんな男でも守るか。最初から全滅させる予定ではいたが、その心意気に敬意を表してワシも戦うことにしよう」
蒼い光がスニアラスの体から漏れ出す。魔族が力を行使する際に消耗する力――瘴気が体内から溢れ出していた。
可視化できるほどの光は、そのままスニアラスの力を示していた。
「まずはワシの攻撃を全て避けてみるといい」
スニアラスの正面にある地面から人よりも巨大な氷柱が生える。そのまま新たな氷柱が飛び出して来た氷柱の先に生まれ、眞斐のいる方へと向かって行く。
自身へ迫る氷柱の壁を見たまま後ろへと跳ぶ。どこまでも追って来る氷柱に肝を冷やしながらも逃げ続けていると背中に衝撃を感じて足が止まる。
「しまっ……」
そこはスニアラスが勇者を逃がさない為に造り出した氷の壁。限られた空間では逃げ回ることができないことを眞斐は知らなかった。
氷の壁を斬る為、聖剣を抜く。しかし、振り抜かれた剣は氷の壁によって弾かれてしまい、斬ることに失敗する。
最強の剣でも斬ることのできない氷の壁。
「その壁は逃がさない為の特別製だ。壊せるわけがないだろう」
「くっ……」
振り返りながら眼前まで迫った氷柱を斬るべく剣を振るう。
迸る氷柱の壁の先頭が砕かれる。だが、斬ることができたのは聖剣が届いた範囲まで。斬られた氷柱から再び氷柱が出てくることはなかった。しかし、それよりも手前の氷柱は生きている。
「甘い!」
先頭の後ろにある氷柱の左右から弧を描くように氷柱が生まれ、眞斐のいる場所へと向かう。
聖剣を振り抜いたばかりで迎撃することができない。無理にできたとしても片方しか砕くことができない。
仕方なく右の方から迫る氷柱へ向く。
その時……氷柱の壁が炎に包まれる。
「さすがに溶かされれば力は使えないようね」
氷柱の壁があった方へと杖を向ける御影。杖の先からは火の粉が今も舞っており、氷を溶かした炎を彼女が出したことを予想できた。
御影が言うように迸っていた氷柱から新たな氷柱が生まれることはない。
スニアラスが出した氷柱の壁は、生み出した氷柱を通して瘴気を流して先端から新たな氷柱を生み出すというもの。一度に多くの氷柱を溶かされれば新たに多くの瘴気を消耗する必要がある。
「まずは他の者から始末した方がよさそうだ。おい」
「やれやれ僕たちは君の使い走りっていうわけじゃないんだけどね。君が四天王筆頭なのも単純に年齢を考えてのことだよ」
「……」
ジョルトゥの左右で土が盛り上がり、大砲の砲台が出現する。
砲身の向きを自由自在に変えることができ、召喚者たちのいる方へと狙いを定める。
リューヴィは無言のまま帯電する剣を構える。
「おい、オレにも分けろよ」
クラヴェルは現状に不満を抱いていた。
強い敵と戦える。伝説にのみ登場する勇者と戦うことができる、と聞いて嬉々として参戦したが実際に見た勇者の実力に落胆させられた。期待していたほどの強さはなかった。
だが、反論するなら召喚されて5日では四天王に匹敵するほどの力が身に付くはずもない。
「もっと後でなら戦いも楽しめただろうに」
「だからこそ今のうちに排除しておくんだ。いずれはワシらを苦しめるほど強くなると言うのなら魔王様の脅威になる可能性もある。誰が排除したところで魔王様にとっては大した違いもない」
スニアラスの魔王に対する忠誠心は高かった。
だが、クラヴェルは強い力を与えてくれたことに対して感謝こそすれスニアラスほどの忠誠心は抱けていなかった。
「まあ、いい。誰が倒したところで変わらないって言うなら早い者勝ちだ」
「では早々に終わらせることにしよう」
「あ?」
スニアラスの口から真っ白な息が吐き出される。
その量は凄まじく、氷の壁で覆われた内側をあっという間に埋め尽くしてしまうほどだった。
気付いた時には持っている剣の先がギリギリ見える程度の視界しか確保できなくなってしまった。
「どこだ……! どこから……」
姿が見えない敵。
近くにいた仲間の姿すら見ることのできない状況で警戒して頭を右へ左へと動かし続ける。
「……え?」
胸の中心で感じる鋭い痛み。
視界を奪うほどの白い息で周囲の気温は下がっている。にもかかわらず痛みを覚える場所からは強い熱を感じる。
「視界を奪っただけで簡単に倒すことができる。ワシも人間だった頃にはできなかったが、人間の力など所詮はこの程度でしかない」
消えかかる眞斐の目には、目の前に氷で造られた槍を手にしたスニアラスの姿が映った。
胸から槍を引き抜くと無造作に槍で放り投げる。
槍が引き抜かれたことで眞斐の胸からは栓を抜いたように血が溢れ出してくる。
「ああ……」
「ま、待ってて……!」
転がった先は木藤の足元。
最初は転がってきた物が何なのか全くわからなかった彼女だったが、眞斐であると認識した直後から全力の【回復魔法】を掛ける。
「どうして!?」
だが、どれだけ癒しの力を与えても眞斐が目を覚ますことはなかった。
「無駄だ。【回復魔法】は癒しの力。死んだ人間を蘇生させるほどの力はない」
目の前まで迫ってきたスニアラスから告げられる言葉を聞いても木藤は【回復魔法】を止めない。
こんな序盤で、あっけなく死ぬなんて誰も考えていなかった。
いや、そもそも戦いに赴くというのに誰も『死』というものについて深く考えていなかった。どこかゲームみたいな感覚があったせいで、これからの事を軽く考えていた。
「さらばだ」
氷の槍を突き出そうとするスニアラス。
--バシャァ!!
「……なに?」
瞬間、周囲を覆っていた氷の壁が突如として水へと変わり、地面へと落ちた衝撃で大きな音を立てる。
冷気の息吹のせいで視界を奪われている魔族を含めた全ての者だったが、スニアラスだけは白い世界の中においても視界を確保することができていた。
「あれは……」
氷の壁があった場所の向こうから近付いてくる人間。
「この霧も邪魔だな」
その人間が何かを呟いた瞬間、視界を奪っていた冷気が蒸発する。
面白いと思っていただけたらブクマ・評価・励ましの感想などお願いします!




