第13話 勇者たち
召喚が行われたのは、フラーディル王国の王都キャルデンにある王城。
白を基調にした召喚者にとって中世のヨーロッパにあった城をイメージさせ、初めて外から城を見た召喚者たちは同じイメージを抱いた。
こんな状況でなければ喜べたかもしれない。
異世界へ召喚されてから6日目――訓練が始まった5日目にして初めての実戦を経験することとなった。
目的地は王都の外にある魔物の生息地。王都を出入りする門までは馬車で移動し、そこから先は歩いて向かう。
指導を担当してくれている騎士についていく2年B組の30名。
最初の頃は生徒を守る為に担任の男性教師もいたが、戦闘訓練についていくことができずに倒れてしまった。いくらステータスとスキルを与えられても老いた体で戦闘訓練を始めることに無理があった。
もう一人、巻き込まれた女性教師もいたことを女生徒は思い出した。
「そういえば、もう一人の先生ってどうしたのかな?」
「いつの間にかいなくなっていたよね」
「いなくなった、って言えばクラスからも二人いなくなったよね」
煉と詩奈が二日目にはいなくなっていたことを思い出した。その後の訓練が大変で気付くのが遅れてしまった。気付いていた者もいたが、環境の激変に気遣っている余裕がなかった。
歩きながら友達と話していると、前を歩く男子たちのまとめ役にされているクラスメイトが教えてくれる。
「なんでも俺たちのクラス以外にも召喚された先輩と後輩がいたらしくて、その人たちと一緒に追放されたらしい。網島先生は、その4人が心配でついていったみたいだ」
「なに、それ……」
姿を見掛けないだけで王城のどこかにいるものだと思っていた。
それが追放なんて目に遭っているなんて思ってもみなかった。訓練で大変な目に遭っていたが、それ以上に辛い目に遭っているかもしれない。
「どこへ行く気だ?」
思わず駆け出しそうになったところを止められる。
「友達が大変な状況かもしれないのに黙っていられないの」
詩奈とはそれほど親しいわけではなかった。高校に入学したタイミングで遠方の街から引っ越して来た詩奈。中学からの知り合いが多いため打ち解けるのが早かった中で、詩奈だけが女子の中でポツンと残されていた。
友達、と言えるほど親しい自信はない。それでもクラスメイトとして放っておけなかった。
「よし、着いたぞ」
案内されたのは森の入口。目の前には鬱蒼と生い茂る森が広がっており、
「事前に説明したようにこれから……」
「勇者さまぁぁぁ!!」
「チッ、早すぎるぞ」
森の中から王国の鎧を纏った一人の兵士が飛び出してくる。
森の中へ入った兵士が魔物を誘き寄せ、勇者たちに魔物と戦わせて実戦経験を積ませる、そういう計画だった。
出発前に簡単な説明しかしていない。現地へ赴いてから詳しい方法を説明するつもりだったため、勇者たちは咄嗟に動くことができていない……
「フォレストウルフか!」
兵士を追って灰色の毛をした狼が森から飛び出してくる。
フォレストウルフ。森で生活することを好む狼型の魔物で、生きる為に必要ではない狩りを得意としている。
「ぐ、あぁ!」
森から出て来た兵士の腕にフォレストウルフが噛み付く。
苦悶の表情を浮かべながらも耐える兵士だったが、噛まれた場所から血が大量に流れてくる。
「堪えていろ!」
兵士を助けようと騎士が腰の剣に手を伸ばしながら駆けようとする。
「え……」
だが、騎士が駆けるよりも早く隣を駆け抜ける者がいた。
銀色に輝く鎧を纏い、金色の光を放つ剣を手にした勇者。召喚者の中でも本物の勇者にだけ与えられる装備で、防御力を高めると同時に身体能力を強化し、魔力を流すことで全てを斬り裂く最強の剣。
飛び出して来た魔物へ剣を振るえば一撃で両断される。
「大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございます」
噛まれた場所を押さえて蹲る兵士に手を貸して立ち上がらせる。
「木藤」
「はいはい」
法衣を纏った女生徒が兵士に近付く。
女生徒が与えられたスキルは【聖法】。癒しと浄化に特化したスキルで、召喚した者の中には『聖女』と呼ぶ者もおり、自然と勇者のパーティの一員として考えられていた。
召喚された者たちは、召喚者の意思で3~5人によるパーティを組んでいた。全員で一緒に行動するよりも効率よく強くなれる、という判断によるものだった。
「傷は深いけど大丈夫。すぐによくなる」
「よかった」
木藤の言葉に安堵する勇者――眞斐和樹の元に一組の男女が近付く。
二人も勇者パーティのメンバーで戦士――大門丈梧と魔女――御影巴だった。
「お前は大丈夫なのか?」
「もちろんだ。怪我をしているように見えるか?」
「そういう問題じゃない」
和樹の言葉に丈梧が首を振る。
相手が魔物だったとはいえ、初めて生きた相手を斬った。その時は襲われた兵士を助ける為に無我夢中だったが、落ち着いてしまうと斬った瞬間の感覚をどうしても思い出してしまう。
命を奪い取る。
剣を通して流れ込んできた感触に思わず手を握りしめてしまう。
「大丈夫」
そう返すのが精一杯だった。
「ふぅ、終わったわ」
大きく息を吐く木藤。
スキルを与えられたことで魔法が使えるようになったが、魔法の行使には精神力から生まれるエネルギーである魔力を消耗してしまう。魔力が続く限りいつまでも魔法を行使できるが、魔力が尽きた時には力尽きてしまう。
「問題ありませんか?」
「はい。全然痛くないです」
赤く染まってしまった服はそのままだが、肉を貫いていた傷は魔法のおかげで完全に癒えていた。
「いいか?」
「はっ!」
「残りの者は森にいるのか?」
引率して来た騎士隊の隊長が尋ねる。
事前の計画では森の中で複数の部隊が待機しており、魔物を釣り上げる際も部隊の安全を最優先にしていた。
その割には森が静かすぎる。
「それが……フォレストウルフから逃げ始めた時には仲間もいたのですが、気付いた時には逸れてしまいました」
魔物に獲物だと思わせる必要があった。そのため逃げる際は基本的に一人で、体力が尽きそうになると仲間と交代して身を潜めていた。兵士がここまで追い詰められていたのも交代する仲間がいなくなってしまったからだ。
「……どうやら、森の中にいた部隊は無事ではないようだ」
「そんな……!!」
森の中から茂みを掻き分けて人型の魔物が姿を現す。
戦狼。狼の毛に覆われ、狼の頭をした人型の魔物。2本の脚で立ち、獲物を見定めると牙を剝き出しにして敵意を漲らせる。
そんな魔物が体の一部を赤く染めながら、下位種であるフォレストウルフを10体も引き連れて現れる。
「き、気をつけろ! 気を抜いたらやられ……」
突進したウォーウルフが大門と衝突する。
手にしていた剣を直前で立ててウォーウルフの鋭い爪の生えた手を受け止める大門だったが、そのまま勢いのままに後ろへと押し込まれてしまう。
「がぁ!」
後ろにあった木に背中から叩き付けられてしまう。思わず意識を手放しそうになってしまうが、敵を前にして意識だけは手放さないよう踏み止まる。
「おい、何をやっているんだよ」
側面へ近付いていた眞斐に気付き、大門を掴んでいた手を離してウォーウルフが離れる。
鋭い斬撃が振り下ろされて、ウォーウルフの立っていた場所が抉られる。
狼をベースにした魔物でも群れを統率するだけの知能を持つ上位種であるウォーウルフ。地面に刻まれた斬撃を見ただけで勇者を強敵だと判断した。
腰を低く落とし、意識を手に集中させると鋭い爪を伸ばす。
ウォーウルフは、フォレストウルフのように噛み付いて牙で攻撃するような魔物ではなく、爪の生えた手で殴って攻撃するタイプの魔物。血生臭い肉弾戦を好むことからそんな名前がつけられた。
構えたウォーウルフを見て眞斐も聖剣を構え直す。元の世界では陸上部に所属していたから体力はある方で、与えられたステータスも全体的に高い。なによりスキルの【希望】は実戦において本当の力を発揮する。
「大門、力を貸せ」
「ああ。俺もやられっぱなしになるつもりはないぜ」
立ち上がった大門が剣を構える。眞斐の持つ剣よりも大きいが、柔道部に所属していたこともあって体格の大きい大門は軽々と振り回すことができていた。
ウォーウルフが一気に駆ける。向かう先にいるのは大門。
「はっ、俺から狙うのかよ」
受け止めるべく大門が腰を落とす。
真っ直ぐ進んでいるウォーウルフは無防備に見えた。そこを狙って再び眞斐が右から聖剣を振り下ろす。
だが、ウォーウルフの狙いは最初から大門ではなく眞斐。突進していた状態から踏み止まると右手を無造作に振り下ろす。突進中は急ブレーキを掛けたとしても狙いを定めることができない。だから、深斐の敵意に反応して振り下ろすことだけを優先させた。
「……っ!」
眞斐も聖剣を振り下ろそうとした瞬間にウォーウルフの攻撃に気付いた。
視線を上へ向けると鋭い爪が落ちてくるのがわかった。その動きは速いにもかかわらず、深斐の目には緩慢なように見えてしまった。
高い『敏捷』値を持つと、自らよりも遅い攻撃をゆっくり捉えることができるようになる。
さらに単純なステータスだけでなく危機的な状況に陥ったことで眞斐の能力を飛躍的に高めていた。
命の危機が迫っているからこそ意識を集中させる。
振り下ろそうとした聖剣を止め、聖剣で爪を受け止め滑られて受け流す。
「ガゥッ!?」
力が前へと流されたことでウォーウルフの体が前へ倒れる。
自然と自分の方へ倒れてくることになったウォーウルフに対して眞斐が聖剣を迸らせる。
胸を斬られたことでウォーウルフの鮮血が舞う。
「はぁ!!」
さらに大門が左肩へ剣を突き刺す。
攻撃力を重視した大剣だったが、ウォーウルフの左肩に突き刺さった大剣は半分ほど進んだところで押し込めなくなった。
「チッ」
慌てて剣を引き抜く大門。
直後、ウォーウルフも右腕を振り回して大門を攻撃しようとする。だが、離れた大門の服を僅かに斬り裂くだけに終わる。
「パワーは凄いけど、冷静に対処すれば倒せないような相手じゃないな」
「ああ。心配だった向こうも大丈夫みたいだ」
ウォーウルフが引き攣れてきたフォレストウルフの群れは他のパーティが討伐を担当している。複数のパーティで確実に1体ずつ倒していっている。
木藤と御影も二人と合流する。
「ここまでだな」
フォレストウルフが倒されている状況はウォーウルフにもわかっていた。
だが、ウォーウルフは魔物を率いるよりも個人の戦闘を好む魔物。命令を下せるフォレストウルフを引き連れていたのも、あくまでも雑魚を任せる手駒という扱いでしかない。
雄叫びを挙げると勇者パーティへと突進する。
大門に肩を貫かれた左腕は使い物にならないが、それでも戦闘から逃げるような真似だけはしたくなかった。
☆ ☆ ☆
「いやぁ、お強いですね」
騎士が手を叩いて褒め称える。
周囲にはフォレストウルフの群れとウォーウルフの死体が転がっている。
「はっきり言ってウォーウルフが現れた時は死を覚悟しましたよ」
「はい。本当にですよ」
騎士の言葉に同意する兵士だったが、二人の間では言葉の意味が違っていた。
兵士は自分たちが盾となって勇者を逃がすつもりでいた。しかし、騎士は勇者を放置して自分たちだけで逃げるつもりでいた。
ウォーウルフは騎士でも苦戦を強いられるような相手。それを戦闘訓練を受けて5日程度の子供たちで倒せるとは思っていなかった。
騎士にとっては自分たちの命が最も大切。召喚された者たちは使い捨てにできる兵士よりも都合のいい戦力程度にしか考えていなかった。
「少し想定とは違ってしまったが、これが実戦だ」
「……実戦」
王城での訓練で実際に剣を打ち合うことはしていたし、人形を相手に斬る練習もしていた。
しかし、実際に攻撃した時の疲労感は訓練と明らかに違った。
肉体的な消耗よりも精神的な消耗が大きい。
「今は辛いだろうが慣れれば楽になる」
「慣れ、たくはないな……」
ウォーウルフは何度斬っても立ち上がってきた。その度に眞斐は斬った時の感触に戸惑っていた。
そんなものに慣れる日が来るとは思えなかった。
「いいか。戦闘が終わった後こそ油断してはならない。時には死を偽装して立ち上がってくる魔物もいることを忘れてはいけない」
「では、躱せるな」
「ぐ、がはっ!」
指導していた騎士が血を吐いて倒れる。
前へ倒れた騎士の背中には鋭い氷柱が突き刺さっていた。
「なに、が……」
慌てて氷柱が飛んできたであろう騎士が背中を向けていた森のある方を見る。
ウォーウルフが現れた時と同様に人が姿を現す。
ただし、4人。
青白い肌に真っ白な髭を生やした長身の老人。
朱色の鬣のような髪をした巨躯の男。
真っ白なコートを羽織った橙色の髪の青年。
抜き身の青く輝く長剣を手にした鎧を纏った男。
自然豊かな森を背にするには不釣り合いな男たちだった。
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