第12話 緊急依頼
異世界生活6日目。
その日も何気なく冒険者ギルドを訪れる俊也たちだったが、聞こえてきた喧騒に眉を顰めてしまう。いつもの朗らかな笑い声とは違う、焦った声がギルドの中に響き渡っていた。
「おい、情報の確認を急げ!」
「そんなのとっくにやっている」
「クソッ! どうしてこんなことになったんだ……」
慌てている冒険者を横目に見ながら俊也たちはカウンターへと向かい、すっかり担当となったシェルファへと喧噪の理由を尋ねる。
「すみません。今日は忙しいので、ランクの低い冒険者への依頼を受け付けることができないんです」
「何があったんですか?」
「それが……」
「おう! ちょっといいか!」
尋ねたところでギルドの奥から男性の大きな声が響き、ギルド内にいた全員の意識がそちらへと向く。
「緊急依頼だ。ここから西へ10キロほど移動した場所で魔物の群れ確認された。群れとしての規模は複数のパーティで討伐が可能なレベル。けど、複数種類の魔物で構成された群れが統率されている、っていうのが問題だ」
魔物は実力社会であるため、強い者が弱い者を従える。
それがオークとゴブリンみたいな『人型の魔物』というように分けられるなら問題ないが、現在近付いてきている魔物の群れはオークを中心としながら周囲を狼や蛇といった魔物に、空からは鳥型の魔物に警戒させている。
種族の垣根を越えて統率された群れ。
誰か統率する者がいなければ不可能だ。
「Cランク以上の冒険者には強制的に協力してもらう」
パンパン、と手を叩けばギルド内にいた冒険者が集められる。
緊急依頼。拠点にしている街が危機に陥った際、危機を排除する為に冒険者に依頼を受けさせることができる特別な依頼。
今回は街に迫る魔物の排除。その為には統率する者を排除する必要があるため、統率している者を探す為に斥候職の冒険者まで駆りだされている。
「俺たちも協力した方がいいですか?」
「その必要はありませんよ」
シェルファは手元の書類を整理しながら俊也たちに注意する。
「貴方たちは新人なんですから強かったとしても協力する必要はありません。緊急依頼は本当に危険なんです」
シェルファも俊也と煉がランクに見合わない実力を持っていることは予想できていた。もしかしたら緊急依頼で必要とされているCランク以上の実力を持っているかもしれないが、本当に危険であるため遠ざけたかった。
「救援は見込めるのか?」
「もちろんだ。領主様が騎士団を派遣してくれる」
「でも派遣するのはバルキスの領主だろ。ここの騎士団は弱いって聞くぞ」
冒険者も自分の実力には自信がある。しかし、自分で望んで受けた依頼でもないのに命懸けの戦いへ本気で臨むほどの気概はなかった。
「まったく……文句の多い人たちですね。こういう時に協力してもらう為に普段から恩恵を受けているというのに」
「恩恵?」
「はい。まだ下級冒険者である皆さんには関係ありませんが、上級冒険者の方々には冒険者ギルドと提携している宿や装備屋、道具屋で割引を受けることができるんです」
冒険者ギルドが割引に必要な資金は、領主から補助金として出されている。
そうやって強い冒険者を少しでも多く引き留めておきたかった。それと言うのも今回みたいな非常事態に助けてくれる冒険者が必要だからだ。
「安心しろ! 既に領主様が王都へ救援要請を出されている。きっと王都から騎士団が駆け付けてくれるはずだし、噂に聞く勇者たちも来てくれるかもしれない」
ギルドにいる冒険者を安心させようとギルドマスターの声が響く。
これから危険かもしれない依頼を引き受けるため不安に駆られている者は気付かなかったかもしれないが、聞いていた俊也はギルドマスターの言葉の中に「きっと」や「はず」という言葉が多用されていたことがきになった。
最悪の場合は救援がないかもしれない。
「とりあえず今日は依頼を受けるのを止めておきます」
「そうしてください。収入がなくて大変になるかもしれないですけど、命があってこその報酬ですよ」
シェルファに別れを告げてカウンターの前を離れる。
併設された酒場の奥の方にある席を確保すると5人で顔を合わせる。
「詩奈。お前が変えたい未来はこれか?」
やり直してまで変えたい未来がある。
それが詩奈の望みであり、その変えたい未来は今日起こる。
「はい。ですが、これは始まりに過ぎません」
詩奈が以前に体験した未来では、バルキスへ50体の魔物が押し寄せることになる。この数は敵が魔王軍であることを考慮すれば少ないぐらいだ。
犠牲を出しながらもバルキスへ攻めてきた魔物は、バルキスにいる冒険者と騎士の活躍によって討伐される。
「……ん? 王都の騎士団は何をしていたんだ?」
「来てくれませんでした」
「はあ!?」
王都とバルキスは歩いて移動できてしまえる程度の距離。魔物ならバルキスを滅ぼすついでに寄ることもできるため王都の防備を固めることを優先させた。
そのせいでバルキスは単独での防衛を余儀なくされ、街へ攻め込まれることだけは防ぐことに成功したが、多くの犠牲者を出すこととなった。せめて救援が駆け付けるまでの時間稼ぎを目的にした戦闘なら犠牲者をもっと減らすことができた。
「なに、それ!?」
国の判断を聞いて叶多が憤る。
王都にいる騎士団の役割には、危機に陥った街を助けることも含まれている。その為に高い税金を納めているようなものだ。
明確な契約違反に叶多には思えた。
「どうにかしたい?」
「もちろん」
質問に答える叶多に対して、詩奈が叶多の右手首を指差す。
今の叶多は右手首に無骨な腕輪を嵌めていた。
「『支配者の腕輪』を使う時です」
「え、でも……」
上位の者が下位の者に対して命令を下すことができる。その命令には絶対に逆らうことができず、どれだけ強固な意志を持つ者でも逆らうことができない。
地下水路で手に入れた腕輪は叶多の手へと渡っていた。
しかし、一般人でしかない叶多よりも身分の低い者など限られている。
「勘違いしないで。貴族が平民に避けようのない命令を下すことができる。これはあくまでも一例でしかないの。実際の条件を思い出して」
上位の者が下位の者に命令を下すことができる。
必要なのは、相手よりも上の地位にいること。
「思い出して。あなたは国王と約束をしているでしょう」
――元の世界へ帰るまで身の安全は保障する。
国王としては、守るつもりのない簡単な口約束だった。それでも叶多との間に交わされた約束であることに変わりない。
叶多の異能――神誓。
どんな約束であれ、一度は交わされた約束を必ず履行させられる異能。
「限定的な状況だけど、森でやったように騎士や兵士は力を貸さないといけない」
バルキスへ向かう途中の森で国王の命令を受けた兵士が待ち伏せしていた。国にとって召喚された者が役立たずだったなど醜聞以外のなにものでもない。だから表に出る前に葬り去ることを決めた。
しかし、それよりも前に国王は叶多に『守る』と約束してしまっていた。
『襲撃』と『安全』。
相反する約束だった、神誓があるため叶多を守ることが優先された。
「あなたが危機に陥った時、国王と国王の命令を聞かなければならない立場の人間は全力で守らなくてはならなくなる」
つまり、叶多と国王の立場は……護衛対象と護衛に変わる。
どちらの方が地位は上か。考えるまでもない。
「もし、バルキスで犠牲になる人を助けるつもりなら、その腕輪を使うことをお勧めする」
「わかった」
すぐさま叶多が決断する。
意識を集中させると腕輪の効果を使用するよう願う。
「でも、いいの?」
腕輪の使用には何も対価が必要ない。あくまでも立場が必要なだけ。
しかし、叶多が腕輪を使用する為には異能も同時に使用されている必要がある。
「わたしも異能者だから分かるけど、異能は気分のいいものじゃない」
異能の使用に伴う代償。
「大丈夫……」
言いながら叶多がギュッと胸を掴む。
多くの人間に対して使用しているため、彼女を苦しめる力も強くなっている。
「ここにいる人たちが犠牲になるのを見ていられないの」
意地悪なところはある。それでも気さくな人ばかりだった。
「これで王都から騎士団が駆け付けてくれるはず」
逃れようのない命令。騎士団が動くだけの大義名分を与えるため国からの正式な命令で動いていた。
「これで大丈夫なんだよね」
「なぁ」
俊也は気になっていたことを尋ねた。
「敵の親玉はどこにいるんだ?」
バルキスへの襲撃は始まりにすぎない。
おそらく別の場所で本命が動いているのだろうと俊也は予想した。
「魔物が大きく動いたことで王都の近くでも魔物が騒がしくなります」
離れた場所での大移動であるため、王都へ攻め込んでくることはない。
それでも魔物が活発になれば王都に住む人々は不安に思い、国に動いてもらおうと要請する。しかし、騎士団はバルキス付近の動きもあって迂闊に動かすわけにはいかない。
そこで最低限の指導役だけつけて特級戦力を派遣することにした。
「特級戦力……まさか」
「その『まさか』です。勇者が動きます」
召喚されてから5日しか経過していない。
それでも魔物と戦えるだけの実力は身に付けており、実戦を経験させようと考えさせる段階になっていた。
「バルキスへの襲撃は完全に陽動。敵――魔王軍の目的は、召喚された勇者を最小限の戦力だけで倒すことです」
近くにある都市が襲撃されたことで防備を固めた。
他の都市も同様で、他の都市へ派遣していられるような余裕はない。
「わたしが依頼したいのは、勇者たちに自分たちがどれだけ危険なことをしているのか理解させ、助けることです」
「随分と無茶を言っているな」
「それは理解しています」
自身に満ち溢れた目。
それを見るだけで、一度は成功もしくは成功に近い状態にまではなったのだと理解できた。
「で、俺と煉は誰と戦えばいい?」
詩奈が危険視するほどの相手。
陽動に魔物の群れを使うほどなのだから、相手はそれ以上に強い。
「魔王軍四天王の4人です」
「は……もしかして全員?」
「はい。セオリーなんて全員で攻撃してくるので倒してください」
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