第11話 スライム
スライム。
その名前を聞いて俊也はゲームに出てくるような、青色の粘液がボールぐらいのサイズでプルプル揺れている姿を想像していた。
だが、ここは異世界。ゲームの知識が通用するとはならない。
「でっか!!」
見えたのは地下水路を覆い尽くしてしまうほど巨大なスライム。
全長は5メートルほど。大きさは想像とは違っていたが、見た目は青い粘液が丸くなった姿だったため自然と受け入れられた。
「この……!」
煉が飛び掛かりながらスライムの体を殴る。オークすらも一撃で倒せる破壊力がスライムへと襲い掛かり、その体を霧散させる。
しかし、霧散させることに成功したのは体の一部のみ。飛び散った破片が元の場所へと戻り、吹き飛ばされた場所を埋めるように集まる。
さらに二撃、三撃と加えても同じ結果になる。
「なるほど。物理攻撃が通用しないのか」
「さっきから試しているけど、そういうタイプのスライムみたいだ」
ゲームのスライムにも色々なタイプがいた。
世界そのもので弱く設定されたスライムと強く設定されたスライム。
一般的には簡単に倒せる魔物として知られていたが、粘体であるため何度でも再生することができるだけでなく物理攻撃に対して絶対的な耐性を持つ。
「じゃあ、俺がやるか」
俊也が拳を握りしめる。
絶対的な物理耐性を持つ相手への対策に思い付いたのが、耐性をものともしないほどの威力による攻撃だった。
「待った!」
一歩踏み出したところで詩奈から止まるよう指示が飛ぶ。
「なんだよ」
「そんな威力の攻撃を地下でしたらどうなりますか?」
先ほどの煉の攻撃でも壁や天井から破片が舞っていた。
もし、それ以上の力で攻撃すれば余波だけで惨事を引き起こしてしまえる可能性がある。
思わず逡巡してしまった。
足を止めた瞬間を好機と捉えたスライムが体の一部を変化させ、触手のようにして伸ばしてくる。
鞭のようにしなる触手は地下水路の地面を砕き、水を弾き飛ばす。
俊也と煉が後ろに向かって走る。触手の向かう先には離れて見守っていた女性陣がいる。二人とも回避するのは簡単だが、叶多と智佳はそういうわけにはいかない。
走りながら智佳の体を抱えると、後ろへと向きを変えて触手が迫って来ない場所を見極めると智佳を抱えたまま移動する。
「しっかり掴まっていろよ」
叶多を抱えた煉の前では風が吹き荒れ、迫る触手を弾き飛ばしていた。
スライムの破片が舞う中で煉は平然としており、叶多は煉にしがみつくことで恐怖を必死に抑えつけていた。
触れれば普通の人間の体など木っ端微塵になるような攻撃。
「これは護衛が必要なわけだ」
討伐ではなく『護衛』。
遭遇した際には清掃員の身を守りながら退避し、少しでも時間を稼ぐのが冒険者に与えられた役割。高ランクの冒険者なら討伐も可能だが、高ランクの冒険者はこんな依頼を受けたりしない。
「それで時舘は……」
「右、右、左、後、右、前、下……」
呟きながら踊るようにして触手を回避していた。
何度もやり直すことによって縦横無尽に襲い掛かる触手のコースを知り、最低限の動きだけで回避していた。
とはいえ、体力の乏しい詩奈ではいつまでも続けられるわけではない。
「どうやって倒せばいい?」
尋ねた瞬間、勢いよく飛んできた触手のタイミングに合わせて詩奈も後ろへと跳ぶ。触手の伸ばせる距離には限界があり、下がった場所までは攻撃できない。
スライムが触手を武器のように構え詩奈へと向ける。
最も的確に回避することができていた詩奈を警戒していた。
「で、スライムの倒し方でしたか?」
「そうだ。Fランクの冒険者にも勧めるぐらいなんだから攻略法が用意されているんだろ」
「ありますよ」
スライムの特性は『物理耐性』。
弾き飛ばされた状態から集めて再起する『再生』。
だが、対照的な攻撃に対しては弱点を保有している。
「もう予想できていると思いますが、スライムの弱点は魔法……それも火系の攻撃です」
粘体は火を浴びせられると燃えてしまう。
その燃焼力は強く、ちょっとした魔法が使えるだけで十分である。
また道具による攻撃でも十分なので対策がしっかりしていればランクの低い冒険者でも倒すことができる。
「なるほど。シェルファさんが勧めなかった理由がわかった」
俊也たちの中に魔法使いはいない。【鑑定】が使える冒険者ギルドの受付嬢なら相手の強さは凡そでも把握することができるため、魔法が使えるか使えないか判断する程度なら簡単にできる。
結果、魔法を使えるだけの魔力がないと判断した。
攻撃に使える火を生み出すような道具も持っているようには見えない。
スライムを相手にすることのできないパーティにスライムを相手にする必要がある依頼を勧められるはずがなかった。
それでも依頼を受理したのは、依頼を受けるのは冒険者の意思であり、何が起ころうとも自己責任であるからだった。ギルドの役割は、あくまでも依頼人から依頼を受けて冒険者へ斡旋すること。
自由を尊ぶ冒険者をギルドの意思で縛りつけるようなことがあってはならない。
「そういうわけで攻撃するなら『火』か『氷』を用いてください」
凍らせることで粘体を封じることができる。
「俺は火なんて使えないぞ」
「じゃ、俺がやろう」
煉の手に炎が出現する。
ユラユラと拳ほどの大きさを持つ炎が揺れている。
「そんなことまでできたのか」
俊也が隣にいる煉の生み出した炎に呆れ、智佳と叶多が驚いている。
意外に思っていないのは詩奈だけだ。
「来るぞ」
煉の生み出した炎を見た瞬間、スライムが敵意を滾らせる。
スライムに目はないが、自身を脅かすことのできる炎が現れたことを瞬時に察知し、葬るべく前進しながら何本もの触手を伸ばす。
ポイッと煉の手から放り投げられる。
攻撃することに意識を割いていたスライムは、炎を消してしまおうと思わず触手を向けてしまった。
複数あるうちの1本。
しかし、触れてしまったのがいけなかった。
炎に触れた場所に起点に燃え上がり、炎が胴体の方へと向かって行く。
――このままではマズい。
本能で危険であることを察したスライムは燃える触手を根元で切り離し、後ろへと慌てて下がる。
触手はスライムの体の一部。そのため触手に体を割けば胴体も小さくなってしまう。
小さくなった体を元に戻そうと無事な触手を戻そうとする。だが、今も燃えている触手から飛び移ってきた火に触手が触れた瞬間、無事だった触手も炎に包まれてしまう。
気付いた時には半数近い触手が燃えていた。
意を決したスライムは燃えていない触手も含めて、全ての触手を根元から切断することにする。減った部分は後から集めればいい。
「ちょうどいい」
俊也の呟きが地下水路に響く。
次の瞬間、切断されて地面や水路に落ちた全ての触手が氷に覆われる。
「魔法が使えないなんて嘘だったのかよ」
「俺は燃やすことができないだけだ」
凍らされた触手はスライムがどれだけ戻そうと念じたところでスライムの所へと動くことはない。直接触れることができなければ取り込むことはできない。
――失敗した。
触手を切り離すまで俊也は凍らせなかった。つまり、凍らせる為には切断されている必要があった。
スライムが小さくなったことで入れるようになった水路へと体を落とす。
「おい、逃げるつもりだぞ」
煉が水中へ逃れたスライムを追おうと水路の中へ入ろうとする。
だが、踏み出した足が水中へ入ることはなかった。
「……は?」
その足が触れたのは氷。水路の表面が凍っていたせいで水中へ入ることができなかった。
そして、表面が凍れば中から出ることもできなくなる。
「これも俊也が?」
「そうだ。俺の異能は自分以外の生物に対して使用するには条件がいる。けど、体から切り離された触手や水面を凍らせるだけなら簡単だ」
さらに凍らせることができるのは水面だけではない。手を添えて狙いを定めるだけで水中の一部だけを凍らせて氷の壁を造ることもできる。
水中にいるスライムの前後が氷の壁で塞がれる。
逃げるつもりで水中へ移動したのに、逆に檻の中へ入ることになってしまった。
「これで動きは封じた」
「あとは任せてもらおうか」
スライムの倒し方は二つ。
炎で核の周りにある粘液を燃やしてしまう。
粘液の中心にある核を外へ出してしまう。
核の周囲に一定以上の粘液がある間は何度でも再生が可能だが、周囲からなくなることで離れた場所にある粘液を操ることができなくなる。
俊也の異能によって水面の氷が一部分だけ水へと戻る。
その大きさは、スライムの核が通るには十分だった。
「捉えた!!」
手を下へ向けて意識を集中させていた煉が叫びながら手を上げる。
すると、手の動きに合わせてスライムの核が水中から引きずり出されて空中へと浮かび上がる。
「こっちへ」
智佳がリュックを広げて立っていた。途中までは煉が背負っていたリュックだったが、スライムとの戦闘が始まってからは近くに放置されていたため智佳が回収しておいた。
スライムを討伐した後では小さい。しかし、核だけならスッポリと入る。
「下のはどうする?」
氷った水面の下には今もスライムの体が残っていた。核が抜き取られたことで動き出すことはないが、放置するわけにもいかない。
「飲み水に使われるわけではないですけど、放置してしまうとバレた時にギルドからペナルティを受けることになります」
報酬額以上の罰金を支払うことになる。
「それは困る」
煉が手を振るえばスライムの粘液が周囲の水も含めて消えてしまう。
水面の下から水がなくなったが、すぐに奥から水が流れてきて水路が正常な状態を取り戻す。
「それも不思議な能力だな」
異能で自分だけの亜空間を保有し、そこにあらゆる物を収納することができる。
「便利な能力だけど、出し入れする度に精神力を使うから多用はできないんだ。今みたいに大きな物を必要になったら出し入れするのが限界かな」
多用はできない。それでも便利な能力には違いなかった。
「出す時にはギルドに提出できるよう瓶に詰めて出すようにする」
亜空間には既にスライムの溶液を保存しておく為の容器が収納されている。
器と素材。
両方が亜空間に収納されていれば、亜空間内で操作して詰めておくことも煉の意思だけで可能だ。
「そんなことまでできるのか」
呆れながら天井を見る。
頑丈に造られている地下水路は一部に欠けが見られるものの、正常な状態を保つことができていた。
「あの欠けですか? さっきも説明したようにここにはダンジョンの名残がありますから、しばらくすると魔力で修復されます」
「なら、本気を出してもよかったんじゃないか」
スライムを討伐する最も簡単な方法は、殴って後からも残らないほど衝撃で吹き飛ばしてしまうことだった。
ただし、スライムを倒す為だけにそんな威力を出せば地下水路が無事では済まされない。
「あくまでも名残です。天井が崩落するほどの損傷を修復するのにどれほどの時間が掛かると思っているんですか」
さすがにそんなことは見過ごせない。
そもそも『魔法が有効』という手段を知らなかった頃に試してしまった時は、凄まじい賠償額を請求されてしまった。
「ですが、これでわかっていただけたと思います」
魔法に弱いスライムを倒したのは魔法ではなく……異能だ。
異能によって生み出した炎や氷でも代用することができる。
「二人に頼みたい事は、明日の朝に教えることにします」
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