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第10話 地下水路

 異世界生活5日目。


「なんかパパッとランクを上げられる方法はないですかね?」

「……はい?」


 冒険者ギルドの受付で俊也が受付嬢に相談している。

 討伐依頼が完遂できたことを報告するためカウンターにゴブリンとオークの耳を並べたところギルド内にいた冒険者の注目を集めてしまった。

 たしかにゴブリンとオークは初心者が相手にするような相手だったが、俊也たちみたいに装備のない冒険者が挑む相手ではない。それに複数人で小規模な群れや個体を相手にするのが普通で、30体以上いるゴブリンの群れや3体のオークを同時に殲滅するようなことは想定されていない。


 完全にギルドの想定から外れた存在。

 その時から冒険者たちの認識が変わった。

 朝までは、卑怯な手段でデントを倒した新人という認識だった。彼らがそのように誤解しているのも負けたデントが率先して情報を流しているせいだった。敗北した事実は目撃者が多くいたせいで揉み消せない。だから敗北した理由を下方修正することで自分への評価が下がるのを抑えようとした。

 だが、ゴブリンの群れと3体のオークを倒すのはデントのパーティでも『どうにかできる』依頼だ。

 そんな依頼を怪我することなく終えた冒険者が弱いわけがない。


「なにか急いでランクを上げたい理由でもあるんですか?」

「昨日の件で俺たちが強いのはわかりましたよね」

「はい。お二人が強いのはわかりました」


 持ち帰った討伐証明は、対象の情報を読み取ることができる【鑑定】のスキルに掛けることで、どこのゴブリンやオークだったのか知ることができた。

 そして、ギルドで長く働いた者なら素材の状態を見ただけでどういった力で倒されたのか知ることもできる。異常なまでの力と不可思議な風で引き裂かれた。女性陣に魔法が使えるほどの魔力は感じられない。もちろん俊也と煉にもないが、性別から二人が正体不明な力によって倒したのだと判断した。


「ですが、規則として簡単に引き上げるわけにはいかないのですよ」


 ランクの上昇にも実力を証明するだけでなく、ギルドに貢献できる実績を積み上げなければならない。

 つまり、複数の依頼を完遂させる。

 FランクからEランクへ上がる為には、Fランクの依頼を10個は成功させる必要がある。どれだけ実力があろうと、この規則を捻じ曲げることはできない。


「何か急ぐ理由があるんですか?」

「いや。ゴブリンやオークと実際に戦ってみたんですけど、想像以上に歯応えがなかったので、もっと強い魔物と戦ってみたいだけです」

「そういうことなら、ちょうどいい依頼があるぜ」


 カウンターの前に立つ俊也たち5人の後ろから男の声が聞こえてくる。

 5人が振り返ると頭を刈り上げた大柄な男がおり、1枚の依頼書をカウンターの上に置く。


「……地下水道の清掃?」


 それはGランクの冒険者でも受けることのできる依頼だった。


「いいや、よく見てみろ」


 依頼内容は似ていたが、以前に見たことのあるGランク用の依頼で指定された場所よりも奥の清掃を依頼されていた。

 違いと言えば他には報酬が高いことくらいだ。


「あなたは?」

「おっと、悪かったな。俺はギースっていうもんだ。見ての通り格闘家だな」


 男――ギースの体格はがっしりとしており、剣や槍みたいな装備を身に付けていなかった。

 俊也がやったように殴って戦うタイプの冒険者だ。


「ギースさんの場合は不器用なだけです」

「お、シェルファちゃんも言うじゃないか」


 シェルファ――これまでは『受付嬢』という呼び方を心の中でのみしていたが、ようやく名前を知ることができた。


「だけど、Fランクで数をこなしたいっていうならこの依頼が一番だろ」

「たしかにそうですけど、この依頼はCランクのギースさんでも不可能でしょう」

「どういうことです?」


 俊也の中では依頼を受ける方向で興味が湧いていた。

 地下水道の中でも都市に近い場所は安全だが、奥の方へ行くと魔物が出るため冒険者の護衛が必要となる。ただし、清掃まで冒険者の手でやってしまえば清掃員へ支払われる報酬も冒険者が受け取ることができる。

 しかも『清掃』と『護衛』で二つの依頼を完遂したことにできる。

 そして、地下水道で出現する魔物からは複数の素材が得られる。


「これが採取依頼の依頼書だ」


 カウンターの上に置かれた依頼書の下に別の依頼書があった。


 ――スライムの討伐

 ――スライムの核の採取

 ――スライムの粘液の採取


 粘液を必要としている依頼人は現状で3人おり、採取依頼1件と討伐依頼2件を合わせて10件の完遂となる。


「とっても都合いい依頼じゃないですか」


 どうしても誰も受けないのかわからなかった。


「理由としては、まず場所の問題だな」

「あ……」


 それだけで俊也はギースが何を言いたいのか理解した。同時に女性陣の方を見れば顔を顰めていた。行き先は地下水道。憂鬱になるのも仕方ない。


「他にも嫌煙される理由はあるけど、その辺を調べるのは自分たちの責任だ」

「えっと……どうしますか?」


 ギースが離れ、シェルファが尋ねる。


「私はあまりおススメしません」


 報酬は危険度と苦労を考えれば決して高いとは言えない。

 ギルドとしては冒険者が望むなら手続きをするだけだが、失敗するようなことになれば冒険者が違約金を支払うことになる。無理な依頼を受けるなら、辞めるよう促す。


「受けます」


 代表して答えたのは詩奈だった。

 行き先を思えば憂鬱だったが、受けなければならない理由がある。


「わかりました」


 シェルファが手続きを済ませる。



 ☆ ☆ ☆



 地下水路の入口は街の治安を維持する警備兵の詰所の隣にある建物の中にあった。

 地下で複雑に入り組んだ水路。都市の外まで繋がっており、外からの侵入経路として利用されてしまうこともある。

 だからこそ緊急時には即座に対応できるよう出入口は詰所の隣に置かれた。


「本当に行くんですか?」

「嫌ならここで待っていてもいいぞ」


 建物の中には掃除道具も保管されている。地下水路へと向かう前に掃除道具を手にする。

 本心では行きたくない叶多だったが、俊也と煉だけに任せたくはなかった。


「先生、掃除する場所までの道のりはわかりますか?」

「もちろん」


 智佳の持つ本に地下水路の詳細な地図が表示される。

 本来ならギルドで渡された地図を手に向かうこととなる。だが、智佳の得た情報の方がギルドの地図よりも精度が高かった。


「無理もないわ。正確な測量をした地図というわけでもないもの」


 地下の用意した地図に従って進む。清掃場所、さらにスライムのいる場所まで事前に判明しているため迷う必要はない。

 とはいえ、それは目的地が判明している場合の話だ。


「先輩」

「どうした?」

「先輩が強いのはわかりました」

「そうだな」


 詩奈が呼び掛ける。

 煉の実力も理解している。しかし、異能者だということを知らなかったためクラスメイトだという意識が強い。対して俊也は知らない先輩であるため、自然と強いことを受け入れられた。


「ただ、先輩に頼ってばかりはいられないと思います」

「……どうするつもりだ? 戦闘は任せてもらってもいいぞ」

「そういうわけにはいきません」


 頼りっぱなしは詩奈自身が許さなかった。

 なによりこれから起こる出来事を知っている身としては、身を護る術ぐらいは用意しておかなければならない。


「清掃は3人に任せてもいいですか? 途中で必ず合流します」

「なにか重要な用事なんだな」

「はい」


 煉と叶多、智佳に任せて俊也を連れて目の前にあった路地を曲がる。

 地下水路は何度も拡張を行っているせいで入り組んでいる。だが、詩奈は躊躇うことなく依頼とは別の目的地へ向かって進んでいる。

 その迷いのなさに俊也は確信した。


「ここに来るのは何回目だ?」


 迷路を確実に攻略する方法。

 地図を用意することだが、用意できなかった場合には何度も挑戦しながら地図を作成する。そのためには何度も行き止まりへと突き当たって元の場所へ戻り、別の場所を探索する。それを何度も繰り返す必要がある。

 そうして地図を完成させるには膨大な時間が掛かる。


「地図ならギルドで購入すればいいだろ」

「わたしが必要としているのは、ギルドの地図では得られないものです」

「得られないもの?」

「先輩は、ここが元はダンジョンだったということを知っていますか?」

「いや……」


 言われるまま清掃を目的に地下水路へ案内された。だから、地下水路がどういった場所だったかなど調べていない。

 バルキスは地下に迷路型のダンジョンがあった場所の上に街を作り、ダンジョンを街や周辺の村々にまで行き渡る水路として利用することにした。

 ダンジョンは攻略されたおかげで、魔物の出現頻度は『たまに見られる』程度に減った。


「地下にあるダンジョンの機能は最低限ですけど生きています」

「何がある?」


 もう俊也にも詩奈が何を目的にしているのかわかった。

 ダンジョンは侵入者の障害となる魔物が徘徊している。しかし、魔物がいるだけでは侵入者である冒険者は訪れない。ダンジョンには侵入者を招く財宝がある。

 だが、バルキスの地下にあるダンジョンは最低限の機能しか生きていない。


「ごく稀にですが、宝箱が出現することがあるらしいです」

「本当か!」


 ダンジョンで宝箱を開ける。

 それは、冒険に憧れる男の子にとって是非とも叶えたい願いだった。


「探索の醍醐味はありません。ここの宝箱は一定周期で移動を繰り返していて、ギルドでも宝箱の位置を把握していません」


 しかし、そうして何年もの間、誰にも開けられることのなかった宝箱からは想像もできないほどの宝物を得ることができる。


「……その為に何度繰り返したんだ?」

「私が知っていたのは『この時期』で、『このダンジョン』で得られたという情報だけです」


 詩奈が目的にしている物は、もっとずっと先の未来でオークションに出されることとなる。その時に競り落とすだけなら俊也がいるため、何枚でも金貨を得られるので簡単だ。

 だが、その時まではダンジョンで財宝を得た者が所持したままとなる。

 それでは必要な時に所持していることができない。

 ならば、詩奈がするべきことは相手よりも早く手に入れること。


「――ここです」


 10分ほど歩いた場所の行き止まり。

 その奥に木製の箱が置かれていた。


「本当にあったよ」


 見つけられたのは詩奈の繰り返しの賜物。


「どうぞ開けてください」

「いいのか!?」


 詩奈の言葉に俊也が顔を輝かせる。


「はい。わたしは何度も開けたことがありますし、先輩だって開けたことがありますよ」


 それは俊也の知りようがない世界の俊也の行動。

 宝箱の前で屈むと宝箱を開ける。


「これは……?」


 中に入っていたのは無骨な腕輪。

 地味な見た目をしているため宝飾品ではない。ただ何かしらの力だけは感じていた。


「この腕輪の欠点は、二つの効果があって普通に【鑑定】しただけでは地味な方の効果しか知ることができないことです」


 周囲にいる仲間のステータスを一時的に上昇させることができる。

 自身へのバフ効果はないため、パーティで支援を行う者が身に付ける装備品として扱われていた。


「ですが、上昇できるステータスも上のランクの魔物を相手にするようになると通用しなくなります。ですから売りに出すことにしたんです」


 しばらくしてオークションを取り仕切る者たちの手に渡った。そういった者たちは強力な【鑑定】を保有しているため隠された能力を見抜くことができた。


「この腕輪は『支配者の腕輪』――自らよりも下位の者に対して絶対的な強制力を持つ命令ができるようになる腕輪です」


 他者に命令したところで意味はない。重要なのは、装備した者より身分が低いことだ。


「おい、これって……」


 俊也にも腕輪の危険性が理解できた。

 この世界には厳格な身分制度が存在し、平民と貴族の間には大きな隔たりがある。さらに貴族の中でも階級が存在している。

 支配者の腕輪は、そんな階級社会において絶対的な力を発揮する。


「これは叶多にあげましょう」

「いいのか?」


 せっかく詩奈が苦労して手に入れた腕輪を仲間と言えど、他人へ譲り渡してしまう。


「はい。以前の世界でも叶多が持っていた物です。私の目的は適切なタイミングで適切な道具を手に入るようにすることです」


 これから何が起こるのか俊也にはわからない。

 だが、やり直してまで変えたいと詩奈が『何か』があり、変える為には腕輪が必要だと言っている。


「それよりも急いで合流しましょう」

「スライムか?」

「はい。今から急げば戦闘が始まって少し経った頃に合流することができます」

「なら、もっと急いで来た方がよかったんじゃないか?」

「そういうわけにもいきません」


 詩奈が先を走る。複雑に入り組んだ地下水路を進むのは俊也には不可能だ。

 そうして走ってしばらく経った頃に急がなかった理由がわかった。


「ああ、そっか」


 息を乱し始めた詩奈。特別に鍛えていたわけではないため地下水路のように環境の悪い場所を走っていれば体調を悪くしてしまうこともある。

 詩奈は自分の体力では地下水路の全力疾走に耐えられないことを知っていた。だから少しでも移動時間を短縮するため経路の適切化を図った。


「こっちです」


 近道をしたことでスライムを前にして苦戦している煉の元まで辿り着くことができた。

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