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第1話 特典なしの異世界召喚

 会議室に集められた4人がテーブルに二人ずつ向かい合って座る。

 そこへ5人目の女性が現れ、呼び出した者が揃っていることを確認する。


「みなさん、こうして会話をするのは初めてですね」

「そうですね。同じ学校に通っていても学年が違えば接点は少ない。さらに部活に入っていなければ知り合う機会もないでしょう」


 集められた4人は、ある理由から部活には所属していなかった。

 4人の中には部活に興味を持つ者もいたが、理由のせいで諦めざるを得なかった。


「接点があるとしたら俺たちを呼び出した先生ぐらいでしょうね」


 会議室にいたのは男子生徒二人と女子生徒二人、それに幼さの残る若い女性教師。


「まずはお互いの自己紹介から始めましょう」


 女性が教師らしく手をパンパンと叩いて4人の意識を自分に向ける。


「3年生の英語を担当している網島(あみしま)智佳(ちか)です。生徒相談も担当……と言っても若いからという理由だけで他の先生たちから押し付けられただけの相談役もやっているから、1年生や2年生でも顔を合わせたことはありますね」


 教職員の中では若いこともあって生徒との年齢が近い。

 同じような考え方をできた方が相談にも乗れる為、相談役を任されていた。


「……もう表向きの理由は止めませんか?」


 女性生徒の一人が声を挙げる。


「先生が私たち異能者の監視に派遣された異能者で、問題が起こった時に迅速に対応できるよう情報収集の為に生徒相談を担当していることは知っています」


 一般には表向きの理由しか知らされていない。

 だが、会議室に集められた4人は智佳が監視役であることを知っていた。


「先生が異能者であることを認めてくれないと話を先に進めることができません」

「……本来は機密事項なのですが、状況を考えて開示することにしましょう。たしかに私は皆さんの監視役です」


 あっさりと認めた智佳。


「ですが安心してください。監視役と言っても問題が起きた時に報告するだけです。皆さんは大きな問題も起こすことがなかったので、報告は何もしていません」


 監視対象であってもプライバシーは守られるべき。

 監視する事を決定した機関の中にも監視されていた者と同じような者がいる。彼らは監視されることの苦しみを理解しており、同時に監視の必要性も理解していた。だから、監視を最低限に抑えている。


「私の自己紹介は以上です。では、最上級生から自己紹介することにしましょうか」


 智佳の視線が男子生徒へと向けられる。


「……3年A組、嘉数俊也。5時間目は英語で、網島先生に頼まれて授業で使った資料を運んでいました。今になって考えれば、おかしな話ですよね」


 授業を早めに切り上げ、普段は使用しないリスニングに使用したラジカセを運ぶため適当に指名された俊也が職員室まで運ぶことになった。

 適当に目についた人を指名した。

 そのような感じだったが、状況を考えると俊也には自分を巻き込む為に頼んだとしか思えなかった。


「はい。どうしても、あのタイミングで2年B組の前を通る必要がありました」


 智佳が確信犯であることを知って、思わず俊也が舌打ちしてしまう。


「では、次に2年B組の二人が紹介することにしましょう」


 2年B組に所属している生徒は、男子と女子で二人いる。

 だが、智佳の視線は男子生徒の方へ向けられていた。


大黒(おおぐろ)(れん)。親や兄弟はいないんで、人には知られたくないバイトをしています」

「言ってしまってよろしいんですか?」

「先生だって自分が監視役だっていう事を教えてくれたでしょ。だったら、俺もバイトについて教えた方がいいかな、って思っただけです」


 煉は智佳と繋がりがあり、監視役である事を知っていた。

 ただし、個人的な繋がりがあることを他の者は知らなかった。


「大黒君が決めたなら私は構いません。では、次は――」

時舘(ときだて)詩奈(しいな)です。今回は私が巻き込んでしまってごめんなさい」

「……俺には?」


 詩奈が立ち上がり、俊也ともう一人の女子生徒に向かって頭を下げる。

 自分には謝られなかったことを煉が気にする。


「それは……」

「はい、それまで。事情を説明する必要はあるけど、最後の一人を紹介することにしましょう」

「うっ……」


 残った4人目の女子生徒が視線を向けられて怯える。

 元々が気弱な性格で、注目されることに慣れていない。


「1年D組、守島叶多です。あの、仲良くして、ください」

「もちろ……」

「守島さん」

「はい……」


 俊也が最上級生として1年生の要望に応えようとしたところで、智佳が名前を呼んで言葉を遮った。明らかに意図したものであることに気分を悪くするが、意味のあることだろうと納得させる。


「さて、全員の自己紹介が終わったとこで現在の状況を確認します――私たちは、異世界へ召喚されました」


 ただし、召喚されたのは5人だけではない。

 2年B組の32名と教室で授業をしていた担任の男性教師、それから教室の前を通り掛かった智佳と俊也、叶多の3人が異世界へ召喚された。


 異世界へ召喚された者には神からスキルという特別な力が与えられ、召喚者から魔王を討伐するよう要請された。

 召喚される前は、運動部に所属していた者は身体能力が高い程度だったが、与えられたスキルには魔王を倒して勇者になれるだけの可能性が秘められていた。

 生徒だけでなく教師にもスキルは与えられた。

 ただし、全員に与えられたわけではない。


「ここにいる5人にはスキルが与えられませんでした」


 召喚された直後に全員のスキルは確認された。スキルは召喚した者にとっても自分たちの運命を決める重要な要素だ。その中で価値が低いどころか、与えられなかった者がいれば扱いにも困る。

 本来なら5人で集まって今後について話し合うべき。


「理由は、お分かりですね」


 智佳に尋ねられた4人が静かに頷く。


「『異能』ですね」


 代表して俊也が呟く。

 異能。強い願いを抱いたことで、人間に発現した願いを叶える為の特殊能力。

 科学では説明のできない能力に、異能の存在を知る一般人は恐れを抱くようになった。


「『異能』は異世界でのスキルに該当するはずです。ただし、スキルに比べて『異能』は強すぎてしまったんですね」


 召喚された際、何かを弾くような感覚があったのを全員が覚えていた。

 『異能』の秘める力が多すぎる為に、スキルが介在する余地がなかった。


「皆さんは自分の異能を自覚していますね」

「先生は全員の異能を知っているんじゃないですか?」

「知っています。あくまでも確認の為に聞いているだけです」


 4人とも自分の異能について把握している。


「では、今すぐにでも異世界から帰還することは可能ですか?」


 智佳の質問に対して4人全員が手を挙げる。

 それに対して智佳は頭を抱えたくなってしまった。


「全員、ですか……」

「帰るだけなら何も問題はないんですよね」


 俊也は召喚されてからずっと警戒していた。

 召喚師の事も警戒していたが、それ以上に智佳を警戒していた。


「授業が終わる直前になって手伝うよう言われて、偶然通り掛かった教室で異世界召喚が行われた。先生の介入は警戒して当然でしょう」

「あの、私も同じです」


 叶多も智佳に呼び出されて職員室へと向かう途中で、智佳の姿を見掛けて足を止めたところで手招きされたため近寄った。

 ちょうど異世界への召喚が行われた瞬間で、彼女も巻き込まれてしまった。


「この状況に先生も関わっているんですか?」


 煉が腕を組んで静かに尋ねる。


「う……」


 監視には向いた異能を持つ彼女だが、戦闘能力は全くと言っていいほどないため生徒が相手でも威圧されて後退ってしまった。

 思わず、詩奈の方を見てしまう。


「なるほど」


 その動作だけで俊也には黒幕が分かってしまった。


「そこの時舘とかいう女子生徒に頼まれましたね」

「……はい。わたしが先生に頼んで、他の異能者を異世界召喚に巻き込んでもらうようお願いしました」

「相談を受けたんです」


 今朝の出来事だった。

 智佳が学校へ出勤するなり詩奈が相談に訪れた。生徒相談を受け持っている智佳だが、思春期の生徒が簡単に赴くはずもなく、実際に相談を受けた回数は少なかった。

 だが、相手が詩奈となれば話は別だ。

 彼女は監視対象者の一人で、問題を起こさせないようにする必要がある。


「まさか、半日もしない内にクラス全員が異世界へ召喚されることになるとは思いもしませんでした」


 相談された内容は、これから異世界への召喚が行われるというものだった。


「……事前に分かっていたなら防ぐ方法もあったんじゃないですか?」

「それは、望ましくありません」


 異世界召喚は、一人の勇者を呼び出す目的で行われた。

 だが、召喚師の実力不足により召喚の対象は周囲にいた者も巻き込んで行われることとなった。


 結果、教室の外――廊下にいただけの3人も巻き込まれることとなった。


「あの瞬間、教室にいなければ巻き込まれることもありません。ですが、勇者となる人物は必ず召喚されてしまいます」

「ああ、例の【希望】とかいう効果のよく分からないスキルをもらっていた男子生徒ですね」


 そのスキルだけはとにかく異質だった。

 おそらく彼が召喚されるべき勇者なのだろう。


「つまり、彼だけはどう足掻いたところで召喚されてしまう。だから俺たちを巻き込んで助けさせようと思っているわけですね」

「協力してください」

「お断りします」


 キッパリと断る俊也。

 彼の中では異世界に留まる理由はなく、元の世界へ帰る準備を進めていた。


「いいえ、あなたには絶対に協力してもらいます」

「……へぇ」


 詩奈が止めたことで、俊也の意識がそちらへ向く。


「どういう理由で俺が協力しないといけないんだ?」

「もし、召喚された勇者が魔王討伐に失敗したら、どうすると思いますか?」

「その時は諦めるしかないんじゃないか?」


 勇者に頼まれたのは魔王討伐。

 魔王が現れると魔物の持つ力が引き上げられ、魔族と呼ばれる強い力を持つ者が現れるようになる。

 既に騎士や有名な冒険者に犠牲者が出ている。

 困り果てた末に頼ったのが異世界からの勇者召喚だった。


「異世界召喚なんてものに頼る人たちが一度失敗したぐらいで諦めるはずがないでしょう」

「まさか、またやるのか?」


 一人目が失敗したなら、二人目を召喚すればいい。

 そして、一人目が失敗したなら二度目の召喚は確実に実行される。


「次に召喚されるのは1年D組です」

「チッ」

「え、私たちのクラスですか?」

「うん」


 叶多の所属するクラスが召喚される。

 その事実を知って俊也が舌打ちをする。


「……それは、絶対に防がないといけないな」

「理解してもらえましたか」


 俊也には1年D組の召喚を阻止しなければならない理由があった。


「嘉数……もしかして燐ちゃんのお兄さんですか?」

「そうだ」


 嘉数燐。俊也の妹で、叶多の友達の一人だ。

 もし、二度目の召喚が行われることになったとしても妹だけを召喚から遠ざけることは可能だ。それでも一人は異世界へと召喚され、他の者を連れ出すことができなければクラスメイトが失踪することになる。

 クラスメイトが失踪し、自分だけが取り残されれば妹は悲しむ。

 妹の為にも二度目の召喚は阻止する必要があった。


「……ちょっと召喚した奴らを潰してくる」


 俊也にとって召喚士のことはどうでもよかった。

 だが、放置すれば自分の妹にまで害が及ぶとなれば放置することはできない。


「助けなかった場合、事の経緯は全て機関へと報告し、あなたを危険人物だと判断します」


 立ち上がりかけた俊也の体が智佳の言葉によってピタッと止まる。

 社会的な障害は家族の為にも困る。


「……分かりました、助けるのは構いません。ですが、乞われてもいないのに助けるのは嫌です。だけど、今の勇者たちは召喚されたことで浮かれています。自分たちがどれだけ危険なことをしようとしているのか知らないのでしょう」


 俊也は危険と向き合う、ということがどういうことなのか理解していた。

 だから彼らの行動が理解できない。


「助けを求められたら助ける。それまでは異世界を楽しむ、それでいいかな?」


 智佳には尋ねず、詩奈を見ながら尋ねる。

 事前に暗躍して巻き込んだのが詩奈だと分かっており、彼女の持つ異能についても凡その予想ができていた。


「それで、大丈夫です」


 おそらく未来を見通す類の能力。

 事前に召喚されることが分かっていたからこそ、自分とは違って戦える異能者を巻き込むことにした。

 そんな能力を持つ彼女が「大丈夫」と言うのだから問題ないのだろう。

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[良い点] 1話目からグッときました! [一言] 魔王と一緒にこの国を滅ぼしたほうが早くないかな? などと思いました
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