21話 自室と顛末
バイトを終え、夕食を済ませたガイが自室に戻ると。
「なあガイ。今日ミコトに会わなかったか?」
知っている名前だが、顔も知らない女子生徒。
同室のグレイの質問にガイは答えた。
「誰だ? そいつは」
「Aクラスの可愛くて有名な女子だよ」
本当に会わなかったのか?
視線で訴えるグレイに肩を竦める。
「接触が有ったなら記憶にも残る。ソイツが出会った人の記憶に残らない呪いに掛かっていない限りな」
古来存在する忘却の呪い。
存在する者を存在しない者として扱い、誰からも認識されず人知れず朽ち果てる。
そこに存在した痕跡と記録は残るが、人の記憶には残らない恐ろしい呪いだ。
「そんな恐ろしい呪い、当の昔に廃れただろ。第一禁術扱いだろ」
「好奇心から禁を犯す連中は居るだろ」
「まあ、確かにな」
同意を示すグレイに、ガイは質問する。
「それで? 何か用でも有ったのか」
「あー、5時限目の休み時間にガイに会いに行くって飛び出したんだよ。それで暫くしたら凄え落ち込んで帰って来てよ」
そういえばガイは廊下の角で誰かとぶつかりそうになった事を思い出す。
しかしガイの身長からその人物の頭頂部が視界に映り込んだだけで、顔までは見る事は出来なかった。
その件とは関係が無いと彼は結論付ける。
「出会ってもねえな。第一このタイミングで接触を謀るってことは対抗戦に向けてだろ?」
「正直に白状すればな。ミコトもクラスのために何かしたいって考えだったんだけどよ」
告白するグレイにガイは、太刀を壁に掛け椅子に座り耳を傾ける。
「それが何で『ディアスさんに告白して来ます!』になるんだか」
間の悪い告白。
それは自分はあなたを籠絡しますと自ら語っているのと同じ事だった。
この時期の他クラスの女子生徒からの告白は誰でも疑う。
当然ガイもその内の1人だ。
「それでそんな質問を?」
「いや、意気揚々と飛び出したミコトが、予鈴と同時に泣きそうな顔で帰って来たからよ」
グレイの話しにガイは思考を巡らせる。
彼の口振りからミコトは、男子の間でも人気の高い女子生徒なのだと理解が及ぶ。
そこでミコトが落ち込み、泣きそうな顔でAクラスに戻った。
その間、廊下ですれ違った男子生徒はどう考えるのか。
結論は至って単純だ。誰かがミコトを泣かせた。
対抗戦に対する事情もお構い無しに。
そこまで考えたガイは面倒臭そうに顔を顰める。
「一応聞くがミコトってのはどんな印象だ?」
「印象? 小柄でかわいい。あと小動物って感じがしてつい守ってやりたくなるそんな子だな」
「それが俺に会いに行った結果、泣き顔で帰って来た」
確認するように訊ねるガイに、グレイは察した。
そして親指を立て笑みを浮かべる。
「……あー、どんまい!」
ガイはミコトに関して警戒を強めた。
仮に告白が成功すれば、彼女は凡ゆる手を使って情報を聴き出す。
そして告白が失敗すればそれはある意味で成功だ。
彼女が男の庇護欲を掻き立てる人物なら、部外者は此れぞとばかりに騒ぎ立てる。
まだ寮内で騒ぎが起こらないのも、対して情報が出回っていないからだ。
それさえも時間の問題となる。
「策士か?」
「いや、たぶん天然だろ」
「これもAクラスの策略の一つか」
「おいおい、俺達の策略なら同室の俺も巻き込まれるって」
グレイの言葉の全ては鵜呑みにできない。
対抗戦に対する諜報戦は既に始まっているからだ。
しかしガイは既にミコトに対する防御も導き出していた。
ガイとミコトは接触していない。
それを証拠付ける根拠と証言が有るからだ。
そもそもガイは何故ミコトが泣き顔で教室に戻ったのか、その理由を知らない。
その件はクラスの誰かに聴けば分かることと結論付け、鞄から教科書とノートを取り出す。
「おっ? 中間テストの勉強か」
「ああ、中間テストでも舐められんのは癪だからな」
スラム街出身者は教養が無いと見られる。
実際に幼年学校に通うだけの学費を工面できないからだ。
しかし教育は劣るが、教会が恵まれない子供達に対して開く日曜学校が有る。
そこで無料で受けられる授業が有るだけで、ガイが知識を得るには十分だった。
それに自分は操縦士だ。いずれ学院に入学することになると分かっていたこそ、ガイは幼少期から備えていた。
知識も教養も無いのでは学院から見限られと考えたからだ。
実際にスラム街から操縦士になったのはガイ1人だけで、過去に遡れば少数ながら名を知ることができた。
スラム街出身の操縦士は最前線で全員戦死していると記録も。
同時に汚名を着せられ帝国に売り渡された操縦士も居るとクオン教官から忠告を受けていた。
ガイにとって中間テストも卒業後の立場を固める土台、その基礎部分に当たる材料の一つでしかない。




