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アダムス操縦士学院  作者: 藤咲晃
一年生編 春の章
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1話 約束と初授業

 入学式を終え、担当教官との顔合わせや学院案内を経た翌日。

 授業が始まる初日の晴れ。

 ホームルームを前にガイは1年Cクラスの窓際から空を眺めていた。

 成層圏を漂う城が雲の隙間から姿を覗かせる。

 何故空に浮かぶのか、誰も到達したことの無い天空城。

 人は空を飛び天空城に到達することを夢見る。

 天空城に住む人々、目的、なぜ各国に点在するのか、全ての謎を知るために。

 毎日のように天空城を目指して飛行を続ける鋼鉄の人型──騎士人形。

 それでも決して辿り着くことは叶わず、今日も燃料切れを起こす前に地上に降りる光景をガイは無意味に眺めていた。


『遺跡都市の空を眺めたって天空城は相変わらずだぜ?』


 頭に響く長年の声にガイは息を吐く。

 頭に語り掛ける声にガイは言葉を口に出さず。


『今日は昨日より粘った」


『限界高度ギリギリを毎日飽きませず挑戦する物好きが居るもんだ』


 ガイにとって彼──オルディスは物心付いた頃から家族とは言えないながらも相棒のような存在だ。

 

『それにしてもよぉ、この学院には随分と顔馴染みが居るもんだなぁ』

 

 オルディスの言う言葉の意味を理解していたガイは、窓から吹く風を受けながら皮肉を込める。


『操縦科は顔合わせ辛いか?』


『白銀の天使ちゃんとは何度も殺し合った仲だしよ。紅蓮なんか何度も殺した仲だぜ? そりゃあもう合わせ辛いね!』


 その割には楽しそうに飄々と語る辺り、顔合わせが楽しみの様だ。

 たまに感じる同級生の戸惑いの視線も警戒する視線はオルディスの影響なのかもしれない。

 

『……ガイはあいさつとか興味無さそうだが、向こうはそうじゃない様だ』


 飄々とした態度から一転、冷静に告げるオルディスにガイは仏頂面を強めた。

 彼が冷静な態度を取る時は気紛れ半分か、危機的状況の時だ。

 ガイは前者で有って欲しい。そう強く願うと。


「ねえ! 少し話しを聴いて良いかな」


 活発そうでいて凛とした声にガイは振り向く。

 そこには腰まで届く銀髪、容姿端麗な少女が微笑んでいた。

 ガイは所属クラスの顔と名前を覚えていた。

 特に目の前の少女は出身と人目を惹きつける容姿から、昨日の自己紹介の時にも注目を集めた存在ということも。

 クラスの注目を集めた彼女の名はレナ・アトラス。

 出身はグランツ王国の王都ミッテシュバルツで家柄は男爵の貴族。

 同じ出身でもガイは最低層身分で少なくとも街中でレナと会った記憶は無い。

 ちょっとした注目を集めるレナに声を掛けられ、男子生徒の嫉妬混じりの視線を無視しながらガイは応対する。


「かまわないが、何か用が?」


「キミはもう街に行ってみたの」


 ガイは王都から蒸気列車を乗り継いで昨日の早朝に遺跡都市に到着したばかりだった。

 街を観る時間も無かったガイは首を横に振る。


「まだ無い」


「私もまだなんだ。だから放課後に街を歩かない?」


 レナの誘いに教室が騒つく。

 悲鳴じみた声、喧騒を飛ばす野次、色気付いた声。

 ガイは雑音を無視して彼女の提案に考え込んだ。

 一人で街を巡るより誰かと一緒の方が退屈せず何かと都合が良い。

 操縦士は何処でも騎士人形を喚べる性質上、面倒が付き纏う。

 未学生が法律で騎士人形を喚ぶことを禁じられようが一般人から見た操縦士は武装した軍隊に等しい。

 特に先日テロリストが騎士人形を運用し、貴族が乗る馬車を襲撃。彼等は遺跡都市付近で警備部隊に制圧されたばかりだ。

 剣術を学んだ一学生とはいえ、一人で出歩くには世の中は物騒過ぎる。

 ガイはスラム街出身の最低層に位置する身分、何かに巻き込まれれば自分の言葉は信用されない。

 しかし側に貴族の娘が居れば、ある程度の身の安全は保証される。

 もっとも彼女がお人好しならの話だが。

 ガイは情勢と身分を考慮し、彼女には悪いと思いながら利用させてもらおうと考えた。


「それぐらいならかまわない」


「それじゃあ約束よ。破ったら後が怖いからね」


 そう言って微笑みながら女生徒の下にレナが戻ると、丁度良くホームルームを告げる鐘が鳴り響き、生徒は各々の席に座る。

 同時に黒髪の凜然とした態度の男性教官──クオン・シキサキが教卓の前に立つ。

 ホームルームで細かい連絡事項を受け、ガイは必要事項だけを頭の中に注意深く叩き込んだ。

 先日のテロ事件によって警備部隊が巡回の強化。

 またアダムス操縦士学院は日曜学校と違って面倒な校則が多く、生徒が外出可能な範囲も限られていた。

 特に生徒の都市外の無断外出は禁じられ、破った者は漏れなく一日中独房の中で過ごすこととなる。


「さて本日から授業となるが、一限目はわたしが担当する操縦科だ」


 操縦科。騎士人形に付いて操縦士として知るべき知識、操縦技術を学ぶための学問。

 この学院でしか学ぶことができない専門知識に一部の生徒が騒つく。

 そんな中一人だけ挙手をしていた。


「ハーバー。質問なら受付よう」


「き、教官! 本当に学んで良いんですか!?」


 栗髪の少年──デュラン・ハーバーが興奮した様子で問う。

 その質問はこの学院の意味を考えれば無意味だ。

 教室でデュランの質問に小さなせせら笑う声がガイの耳に届く。

 同時にデュランの心情を考え、ガイはある種の納得した様子を浮かべる。

 

「それは質問としては成り立たないが……君達操縦士はこの学院に入学するまで騎士人形を喚ぶこと、搭乗することも法で禁じられているな──」


「アダムス学院の学生になった途端に操縦が限定ながらも許可される。此処は声だけの相棒と漸く出会える機会だ、ハーバーの興奮は無理もないこと」


 その言葉にせせら笑う声は一瞬にして消えた。

 無理もない。

 クオン教官が該当する生徒に鋭い視線を飛ばしたからだ。

 

「他に質問は無いな? これでホームルームを終える」


 そう言ってクオン教官は足速に教室を退出した。

 

 ▽ ▽ ▽


 一時限が始まり、操縦科担当でも有るクオン教官が黒板に文字を書き出す。

 書き出される文字に生徒は視線を向け、


「本日は騎士人形に付いて説明する」


 黒板に書かれた『騎士人形の歴史と操縦士』


「騎士人形は今から4000年の昔、偉大なる魔術師シキ、鋼鉄の錬金術師ミドラ、天才人形師マリアの手によって設計、製造されたとされる」


 クオン教官の説明にガイは手早くノートに書き写す。

 シキ、ミドラ、マリア、何かしらの形で歴史に名を連ね語り出される偉人の名。

 

「なぜ三人が騎士人形を製造したのかまでは、残念ながら現代に於いても判明していない。騎士人形も彼等の目的は知らないようだ」


 クオン教官は教科書に眼を向けず。


「先ずは彼らに扱われている材質から説明しておこう。全騎士人形には高純度のマナ鉱石を加工した鋼鉄が全身に使用されている。また内部構造もより人体に近付けるため骨格フレームが採用されている」


「そもそも騎士人形とは? 約7〜14メートルを誇る人型兵器だ」


 クオン教官の冷たい声に、生徒達は改めて思い知る。

 自分達が所持しているのは兵器だということを。

 ガイもあの日見た光景を思い出す。

 騎士人形同士の戦闘を。

 

「だが騎士人形は操縦士が居なければ何も出来ない。蒸気列車が独りでに動く事ができないのと同じく、彼等にも操縦士が必要だ」


 クオン教官は教室を見渡し、疑問を孕んだ生徒達の視線に頷く。


「……ふむ。此処で質問を許そう」


 真っ先にレナが挙手をし、クオン教官が名指しする。


「質問です。騎士人形は如何して人格を有しているのでしょうか?」


 誰しもが疑問に感じる事だった。

 なぜ騎士人形にはそれぞれ人格を有しているのか。

 兵器として求め突き詰めるなら人格は邪魔だ。

 人と同じように考え、感情を理解するオルディスたちの在り方にガイは悩む。


「……諸説は様々有るが、操縦士との同調率を高めるためとも言われているな」


「如何して同調率を高める必要が有るのでしょうか?」


「騎士人形は操縦士の癖、思考、身体の動きを可能とする為に投影魔術が組み込まれている。同調率が高ければ高いほど生身の人間と同じ柔軟な動きを可能とする仕組みだ」


 クオン教官の話に小さな感嘆の声が所々から聴こえる。

 

「……だが投影魔術の影響により騎士人形が受けるダメージは操縦士に還る。腕を斬られる痛みが騎士人形を通して直接操縦士にな」


 クオン教官の言葉に誰しもが眼を見開く。

 騎士人形に搭乗するという事は、生身の状態で戦闘しているのと同じ。

 兵器の戦闘は簡単に人を殺すには充分だ。そこに生身と同じ感覚が合わされば、操縦士は嫌でも人殺しの感覚を味わうことになる。

 ガイはそう考え、オルディスに念話魔術を送った。


「オルディスが受けるダメージが俺に向かうのか」


『あの時言ったろ? 俺とガイは一心同体、運命共同体ってな』


 オルディスと邂逅したあの日、ガイは確かにそう言われた事を憶えていた。

 深く考えもしなかったタダの言葉。

 それが十年経った今になって意味を知る。


「隠してたのか?」


『俺達は操縦士に与える情報を制限されている。マイスター達が仕込んだ障壁だ』


 冷静な口調ながら何処か悔いているような声にガイは念話魔術を遮断した。

 オルディスが話せなかった事にガイはゆっくりと呑み込む。

 ガイはオルディスの言葉に納得したが、生徒達は混乱と死ぬかもしれない恐怖に息を荒げていた。

 

「ふむ。ディアスは落ち着いてるようだな」


「そりゃあ驚きはしたが、運命共同体なら仕方ない」


「既に納得しているようだな」


 ガイは頷くことで肯定の意を示す。

 操縦士に選ばれた時点で元より選択権など無い。

 そもそも騎士人形と邂逅した時点で有無を言わさずに操縦士となる。

 だからガイに出来ることは相棒を信じることと妥協点を探して妥協することだけ。

 

「そうか。しかし戦闘訓練がカリキュラムに組み込まれている以上、君達は嫌でも騎士人形に搭乗しなければならない」


「そ、そんなのあんまりだろ!?」


 クオン教官に青髪の少年──ジン・ブルークスが叫んだ。

 

「何がだ? 君達は騎士人形の操縦は愚か、何も知らないだろう? 何処にでも喚べる兵器をいざという時に正しく使う為にも必要な事だ」


「そんなの勝手だ!」


 学院に操縦士は強制的に入学を義務付けられた。

 勝手に思うのも同然かもしれない。

 生徒が騒めく中、ガイは一つ結論付けた。

 兵器を操る操縦士を何処かで管理、指導しなければ悪戯に死者を増やす。

 操縦士の世間から受ける風潮を考えれば、国の判断はある意味で正しいのだと。

 特に二大国に挟まれたグランツ王国の土地は両国にとって是が非でも欲しい位地に在る。

 兵士として教育する場として正にこの学院は打って付けだ。

 補充の効かない騎士人形を操る操縦士なら尚更兵士として必要に求められる。

 同時に手段が強引過ぎるためテロリストを生む原因になっていた。


「ブルークス。此処には最初から覚悟を決めた生徒も居る、甘ったれた言動は慎むように」


 クオン教官にあっさりと切り捨てられたジンは机に頭を抱え込んだ。

 

「話が逸れたな」


 続く騎士人形に対する説明に生徒は意識を集中させる。

 騎士人形に対するクオン教官独自の価値観と他者から見た価値観の違いを織り交ぜた授業が展開され、生徒の興味と意欲を満たすには十分な内容だった。

 やがて有意義な時間は鐘の音と共に終わりを告げる。

 

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