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僕の愛しいスノードロップへ ~君を守りたいです

 


 帰国しても彼女の姿が、脳裏に焼き付いた。会えないことが、僕の身をこがし続けていた。

 寝ても覚めても、リゼットのことばかり。彼女の名前は強い光を放って、心の中に灯っていた。



 冬が終わる頃、店で青色のマフラーを見つけた。晴天のような鮮やかさの青。無意識に手にとって、抱きしめていた。手のひらで掴んだマフラーは、あたたかい。彼女の髪みたいにふわふわで、優しい肌触りだった。


「会えないのに……なんで……」


 ぬくもりに顔を寄せて、僕は肩を震わせた。



 僕は彼女に、恋をしてしまったんだ。



 彼女に近づきたくて、熱心に彼女の国の言葉を覚えた。国のこと、マナーのこと、覚えたってどうしようもないのに。僕は彼女の国に傾倒していった。




「留学してみるか?」


 父上に言われたのは、彼女に会って、数ヶ月後のこと。枯れ葉が地面を彩る季節だった。


「留学ですか……?」

「そうだ。留学先はウェールズだ」


 彼女の国だった。

 僕たちが帰国した後も、父上とエバンズ伯爵で手紙のやり取りをしてくれていた。同じ被害者の子供を持つ親同士、僕らを傷つけずに会わせられないだろうかと考えてくれていたのだ。


 僕は迷わなかった。


「行きたいです」


 父上は厳しい声で、僕に条件を言った。


 僕の容姿は彼女のトラウマを刺激するものだ。だから、素性を隠すこと。留学生として、彼女の家に行けるけど、言葉すらしゃべれない演技をすること。


「お前は彼女が好きなんだろう。違うか?」


 ばればれな恋心に頭を抱えそうだったけど、僕は素直にうなずいた。父上は苦笑せずにニヤリと笑う。あぁ、これはよい貿易相手──獲物を見つけたときの目だ。


「彼女ならば俺も賛成だ。結婚を視野に入れてもいいと思っている。だが、それには彼女にはノルマン国自体に慣れてもらわなければならない。ノルマン語を話すのは荒治療だが、お前はノルマン人だ。いくらウェールズ語を話しても、ノルマン人であることは変わらない。被害者であることを打ち明けることも考えたが、お前という人間をまず見てもらえ。そして、言葉を乗り越えろ。伯爵は同意してくれただけだから、文句は俺に言えよ」


 話が飛躍しすぎだ。

 彼女とはまだ何も始まっていない。


「ちょっと、待ってください。結婚なんてまだそんな……」

「なんだ? 惚れているんだろう?」


 心底、不思議そうにする父上に、僕は嘆息する。父上は強引な所がある。だけど、父上のこの性格のおかげで、僕の家は大きくなったのだ。


「ルーカス。お前は俺に似ずにアンナに似て繊細な子だ。だが、指を加えて待つだけじゃ、欲しいものは手に入らないぞ。彼女に惚れているなら男になれ」


 ばしんと背中を叩かれて、僕は再び彼女の国に渡航した。





 彼女に会う前に、エバンズ伯爵と話をした。父上が強引に事を進めたのではと危惧していたけど、伯爵はゆるく首をふった。


「君こそノルマン語しかしゃべれないのは苦痛ではないかい? リゼットは君に怯えるかもしれないよ」

「怯えられたら、僕は潔く身を引きます。僕は彼女を怖がらせる存在にはなりたくありません。ただ、あの時、助けられた感謝を伝えられたら、それで……」


 充分ではなかったけど、一人で身をこがすくらいならよいだろう。元々、会えないと諦めた恋だ。大丈夫だ。きちんと折り合いをつけられる。その時は本気でそう思っていた。


「彼女が怯えたら、学園でも会いません。ですから……」


 伯爵が眩しいものを見たかのように目を細くする。


「君は優しくて、誠実で、強い人だね。言葉から思いが伝わってくるよ」


 伯爵は僕の手をとり、両手でくるみこんだ。なにかを託すような、願いを込めた握りかただった。


「リゼットは、私の宝物(スノードロップ)なんだ。君たちがうまくいくことを願っているよ」


 僕に答えられるのはひとつだけだ。


「彼女を傷つける存在にはなりません。ですから、彼女に会う機会を僕にください」


 伯爵は僕の思いをくんでくれて、何も知らないリゼットに僕を引き合わせてくれた。





 はじめて彼女と目があったとき、僕の全身が歓喜で巡った。やっとここまでこれたという気持ちが先走って、「会いたかった」と思いを口にしてしまった。


 彼女は可哀想なくらい青ざめていて、僕の言葉も思いも伝わらなかった。ちくりと、胸が痛い。それでも、彼女は僕に歩み寄ってくれた。


 怖いだろうに、真っ赤な顔で僕の為に気づかってくれる姿に浮かれていた。


 彼女が気づかないことをいいことに、可愛いと素直に言ったし、だらしない顔を見せていたと思う。


 うかれすぎだろうと思うけど、彼女は表情がくるくる変わって、可愛いんだ。悲しいときは心配になるくらい落ち込むし、嬉しいときは、晴天の空のような輝きがある。


 一つ一つが目が離せない。

 ずっと彼女のそばにいたくなる。



 僕のスノードロップ。

 僕はあなたを照らす太陽になりたいです。



 太陽なら、小さく咲く君をそばで見守れる。欲は彼女に伝わらないように、ノルマン語で隠した。




 学園に行ったときは、本当に驚いた。

 得意の人のよい笑みで隣の生徒と会話したら、リゼットの家にいるというだけでたいそう驚かれた。


「エバンズ伯爵令嬢か……そりゃあ、大変だろう?」

「どういうことですか?」


 僕は声が冷えるのを感じながら、同級生に尋ねる。彼女は拾われ子で、貴族のふりをした貧民だと言われているらしい。彼女とエバンズ伯爵に血のつながりがないのは事前に聞かされていたけど、拾い子とはどういうことだ。


 エバンズ伯爵は、彼女を本当の娘以上に愛しているし、彼女も伯爵を慕っている。二人と共にする食事は本当に穏やかで、笑い声が絶えない。あの光景を家族といわずになんと言うのだろう。


 それなのに。

 血のつながりがないだけで、彼女を理不尽な目に合わせる奴らが腹立たしい。


「ふたりは家族だよ。誰がなんと言おうと、家族だよ」

「え……?」


 凍てつく声音を吐き出して、ランチタイムになると彼女の元に急いだ。




 公爵令嬢に話をつけて、彼女と共にランチを取ったけど、僕は自分の力のなさに落ち込んでいた。僕じゃリゼットを理不尽から守りきれない。四六時中、そばにいて守れたらいいのに。そばにいたら、嫌な視線はすべて遮ってあげるのに。校舎はなぜ、男子と女子で分かれているんだろう。


 悔しくて、彼女と僕の首をマフラーでぐるぐる巻きにした。そんなことしたって、外の冷たさから彼女を守りきれないのに。


 リゼットは明るく笑ってくれるのに、僕は笑えなくて彼女に甘えてしまった。

 片言で話すと、彼女は小さい子供をあやすみたいな顔をする。彼女の優しさによっかかって最悪だ。


 せっかく近くにいるのに、僕じゃ彼女を守れないのかな。


 心が弱く、泣くしかできない子供に戻っていく。最悪だ。


 それなのに、リゼットはまた僕を慰めてくれるんだ。


「怖いことがあっても、私がいるからね。大丈夫。大丈夫だよ」


 嬉しくて、情けなくて、僕は顔を見られたくなくて彼女の肩に頭を預けた。


 早く大人になりたい。


 君の白さ、純真さを汚そうとする者から、君を守りたい。


 願いをこぼすと、彼女は「好き」という言葉を返してくれた。


「誰に何を言われても、私はルーカスのことが好きだからね」


 言葉に、必死な声に感情が決壊した。


 彼女の好きと、僕の好きは違う。

 彼女の好きは、家族みたいなあたたかい感情。

 僕の好きは、彼女のことを考えているようで考えていない独りよがりなもの。


 わかっているけど、好きな子に好きって言われたら、キスをするのを止められなかった。



 ごめんね。

 僕は君のことが好きすぎるみたいなんだ。





 リゼットへの理不尽さを解消しようと、僕は家の名前を最大限に利用させてもらった。スコット財閥といえば、大抵の貴族はびびるんだ。僕に取り入って縁を繋げたい貴族は多いんだよ。だから、僕は笑顔でリゼット家の素晴らしさを語った。


 彼女も父上も奥ゆかしく素晴らしい人だ。

 変なことを言う君たちの感性を疑う、と。

 実際、その通りなのだから嘘は言っていない。

 僕だけの力で得た地位ではないけど、使えるものは使っておくに限る。



 リゼットはちっとも気にしていなかったけど、椅子が濡れたり、モノが盗まれてたりすることは頻発していた。


「可哀想な人たちなんです」と、大真面目に彼女は言っていたけど、僕は「しんぱい」と片言で言って、嫌がらせをした相手の名前を聞き出し忘れないように記憶した。


 何をしたかなんて、言うまでもないよね。

 僕に流れる父上の血が騒いだだけだよ。


 彼女たちはおとなしくなったようで、リゼットの周りは静かになっていった。


 僕がリゼットに溺れていると印象づけるように、学園では人の目があるところでベタベタした。リゼットはその度に照れていたから、余計にベタベタした。ちょっと、いや、だいぶ浮かれたかも。だって、しょうがない。リゼットが可愛すぎるんだ。


 好きな子が可愛い顔で、僕を見てくれる毎日。僕の頭はお花畑になってしまった。



 僕は嘘つきだったのに、それをすっかり忘れていたんだ。





 彼女の家にいられるのも残り三日。その頃から、リゼットの様子がおかしくなった。


 あんなに笑顔を見せてくれていたのに。

 あんなに僕に話しかけてくれたのに。

 何か言いたげに見るだけで瞳がとても悲しげだ。

 ハキハキしていた可愛い声は小さくなってしまった。


 嘘がばれてしまったんだろうか。

 不安に思って伯爵に相談したけど、彼女からそういう話はでていないそうだ。


 問いかけたくても、嫌われていたらどうしようと臆病風に吹かれて、彼女の心を確かめられずにいた。


 僕は立ち止まったまま、焦っていた。

 約束の三週間までわずかしかない。

 三週間が経てば、僕はこの家を去って寄宿舎に入らなければいけない。

 彼女が嫌がったら、そこでおしまいだ。


 春を待たずに僕たちの関係は終わる。

 スノードロップが枯れる前に、僕たちはまた赤の他人になる。

 そんなのは嫌だ。


 何のために海を越えて彼女を探してきたのか分からない。


 僕は焦って、そして、間違いをおかした。




 家を出る前日の夜、僕はなかなか眠れずにいた。ベッドに入り込んでも、憂鬱になるだけだったから、起きて屋敷の中をうろうろしていた。エマという名前のメイドが起きていて、少し話をした。


 彼女は夜、寝つきが悪く、暗がりだと眠れないそうだ。あの事件のせいで、彼女は不眠がちだったのだ。心を痛めてうつむいていると、エマは僕に向かって優しく語りかけてくれた。


「お嬢様はルーカスさまが来てから、とても寝つきがよくなったのですよ。今は落ち込んでいますがきっと寂しいのでしょうね」

「寂しい……?」

「ルーカスさまは明日、寄宿舎に行かれますから。お嬢様は寂しいんですよ」


 寂しい。

 そんなことをリゼットが感じてくれているなら、嬉しい。ちゃんと話をして、僕も同じだよって伝えないと。


「エマ、ありがとう。明日、リゼットともう一回、よく話してみるよ」


 エマに感謝を伝えて僕は用意された部屋に向かった。階段を昇って部屋に向かっていたときに、足元をふらつかせているリゼットが見えた。危ない。落ちそうだ。


「リゼッ!」


 慌てて階段を駆けあがる。


 リゼットは口をおさえて怯えていた。

 それに傷ついて逆にリゼットを追いつめた。声をかけて、距離を縮めて、僕はバカだ。


 少し考えれば、彼女が怯える理由なんて分かっただろうに。冷静さを欠いて、リゼットは結局、階段から身を滑らせた。



「リゼット!!!!」



 僕は君に守られてばかりだったから、階段から落ちて痛めつけられても平気だった。


 やっと、リゼットを守れたと思ってしまった。


 それが、どれほど彼女を傷つけたのか。目覚めと共に知ることになる。


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