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甘えられたので、なでましたが

「Excuse me, is it the Duke of Taylor?」


 ルーカスが何を言っているのか聞き取れない。え? 上達したと思ったのに、私の耳は普通のままなの?


「そ、そうですけど……あなたは?」


 え? レベッカさまは聞き取れたの?

 さすが公爵令嬢。私は心の中で拍手を送る。


「(僕はルーカス=スコット。スコット財閥の者です)」

「まあ……あなたが噂の留学生ですのね。その話し方、わざと?」


 レベッカさまが縦ロールを一本、手ではらう。話についていけないので、そういうしぐさを目で追ってしまう。


「(この話し方なのは理由があります。申し訳ありませんが、リゼット嬢の父上との約束ですので、お話しできません)」

「あなた、確かリゼットさまの所にいらっしゃるのよね?」

「(えぇ、そうです。僕はリゼット嬢に求婚を申し込んでいる身です)」

「求婚ですって?」


 え? 求婚? 誰が誰に?


「(リゼット嬢はノルマン語にあかるくありません。僕が今、何を話しているか彼女は理解していません。どうか彼女には言わないでください)」


 レベッカさまが私を見た。まるで残念な子を見る目だった。


「(そのようね……ノルマン語を話せるものは、わたくしの周りにはいないから安心して頂戴)」


 わっ、わっ。レベッカさままでノルマン語で話し出した。いよいよ話がわからない。


「(それはよかった。僕が言いたいのは、リゼット嬢と僕は婚約者みたいなものだと言うことです。多少の無作法はあっても仕方のない間柄です)」

「(それでも、ここは学園でしてよ? 結婚の約束をした者でも節度のある行動をするべきでは?)」


「(それは申し訳ありませんでした。ですが、リゼット嬢……リゼットが僕のことに過敏なのは約束のせいです。彼女を責めないでください。全ては僕の責任です)」

「(僕のね……あなた、この子がどんな性格か、ご存知なの? いつも愛想笑い浮かべて、ふよふよしてすごく危なっかしいのよ。わたくしはこの子が心配で心配で)」


「(心配なのはわかりましたが、頭ごなしに叱るのはやめてください。リゼットはあの事件の経験者です。貴女のことだからご存知のはずですよね?)」

「(それは……)」


「(彼女はいまだにノルマン語がなれなくて怖がっています。お父上の話では、体格の良い男の人を怖がる傾向もあると聞いています。大きな声もそうです……彼女の中であの事件はまだ続いているんです。心配なら、見守る努力をすべきでは?)」


 私の手を握っていたルーカスの手の力が強くなる。どうしたんだろう。ルーカスの顔が少し怖い顔になっている。


「わかったわ……」


 おお。レベッカさまがしゃべってくださった。話が終わったのかな。


「リゼットさま」

「は、はい!」

「今回のことは不問に致しますわ。……急に怒ってごめんなさい」


 え?

 ええええええ!?

 あのレベッカさまが謝っている!

 なんで!? どうしたの!?


「あ、いえ……私も足りませんので……その……レベッカさまは悪くはないですわ……」


 動揺しすぎて、声が上ずった。

 レベッカさまは艶やかな笑みを見せてくれた。相変わらず微笑まれると美しい方だ。


「失礼いたしますわ」


 私は何がなんだかわからなくてぽかんとした。ルーカスを見上げて話しかける。


「ルーカス……何を話したの?」


 伝わらなかったのか、彼はほほえむだけだ。私はますますよく分からなくて、こてんと首を傾けた。




 お昼休みは男子と女子校舎の真ん中にある庭で昼食をとることにした。シェフがバケットいっぱいのサンドイッチを作ってくれた。


 外は寒いけど、他には誰もいない。ランチを取るための食堂もあるけど、せっかく彼と食べるのだから、不躾な視線は今は見たくない。


 ルーカスは私の打算など知らずに、言われるがまま外の椅子に座ってくれた。


「リゼット、そと、さむい。だいじょうぶ?」


 片言がいちいち可愛い。


「大丈夫。It's okay。ルーカス、It's okay?」

「……さむい」

「さむいの!?」


 背中を丸めるルーカスに慌てる。やっぱり食堂へ行った方がいいかもしれない。


「ルーカス、えっと……Dining room、ゴー? go?」


 ルーカスは首を横にふった。彼は少し隙間があった距離をつめてくる。右半身がぴったりと彼に体にくっついた。


「さむい」と、言って自分のマフラーをとくと、私と自分の首を包み込んで巻きつける。首があったかいけど、これだとぴったりくっついたまま彼と離れられない。


「ル、ルーカス……」


 これはいくらなんでも距離が、近すぎないだろう……か。変にドキドキしてきた。慌ててマフラーをとこうとして、手を掴まれた。捨てられた子犬のような目をされてしまい固まる。


「リゼット、さむい」

「さ、さむいなら、ルーカス、マフラー……」


 すがるような視線をされて困った。恥ずかしいのに、ふりほどけない。体が熱い。恥ずかしい。


「私はあったかいから。ほら、ほら」


 火照った両手でルーカスの手をくるみこむ。あれ? 彼の手はあたたかい。


「さむい、さむい。リゼット、さむい」


 すり寄られて、甘えられてるんだと思った。

 そうだ。ルーカスは言葉も分からない異国にいるんだ。ご令息の嫌な視線にさらされて心細くなったのだろう。

 私が慰めてあげないと。


「Lucas, okay. It's okay.怖いことがあっても、私がいるからね。大丈夫。大丈夫だよ」


 伝わらなくても、彼の背中を撫でた。彼は口を引き結んで、私の肩に頭をつける。呟くように彼がノルマン語を話す。



「My dear snowdrop ... I wish I could protect you from the cold outside and the fear. If you stay by your side all the time, you won't see such an unpleasant eye. I want to grow up soon ...」



 肩が震えているから、よほど怖いめにあったかもしれない。私は手を伸ばせるだけ伸ばして、ルーカスを包み込んだ。


「大丈夫だよ。大丈夫だよ。私がいるから、怖くないよ。誰に何を言われても、私はルーカスのことが好きだからね。I like you」


 伝わらなくても、必死で言葉をつむぐ。ああ、本当にもどかしい。気持ちを全部、言葉にできたらいいのに。


 ルーカスが弾かれたように顔をあげた。あたたかい両手で頬をはさまれて、額に唇をよせられる。私たちをゆるく繋いでいたマフラーがとかれて、私の膝の上に落ちた。



「Rizet, I like it too.!I really like you!」



 何度も顔に唇をおとされて、私は恥ずかしを通り越して無表情になりかけて、なれなくて、全身の毛穴の汗が引いたと思ったら、全身が火をつけたみたいに熱くなった。


「ルルルル、ルーカス!!」


 とろりと口で溶けるショコラみたいな彼の唇。私はその甘さに耐えきれない。は、恥ずかしすぎる。

 ぐいぐいと彼の体を押したのに、ルーカスは強く抱きついてきた。もう泣きたい。ほら汗が、汗がね。もう、こんなにね。汗がひどいのだ。


 ルーカスは真っ赤であろう私の頬に二度、甘い余韻を残して離れてくれた。ちらっと見ると破顔している。薄く開いた彼の唇から、白い息が昇っては消える。じっと見ていたら、囚われそうなほど黒い瞳がそこにはあった。


 限界だ。


「さ、サンドイッチ! サンドイッチ、食べよう。食べよう」


 私は上ずった声で、勢いよくサンドイッチが入ったバケットをあける。


 ルーカスはくすっと笑って、膝に落ちたマフラーを手にとって、折り畳んで私の膝にかけ直してくれた。


「ありが……とう……」


 ノルマン語で言えばよいのに。私の頭はのぼせきっていて、覚えたての言葉を忘れてしまった。


 二人で食べるサンドイッチは冷たくてなっていて、おいしさはあまり感じない。でも、ルーカスは「おいしい」と何度も言うから、ウフフな笑顔も忘れてその横顔に惚けていた。


 私たちだけがいる庭園に、白い息がふたつ昇ってはときどき重なって、消えていった。

彼の言葉の訳


「My dear snowdrop ... I wish I could protect you from the cold outside and the fear. If you stay by your side all the time, you won't see such an unpleasant eye. I want to grow up soon ...(僕の愛しいスノードロップ……外の冷たさから、怖さから君を守れたらいいのに。ずっとそばにいたら、あんな嫌な目になんか合わせない。早く僕は大人になりたい……)」


「Rizet, I like it too.!I really like you.(リゼット、僕も好き! すごく君が好きだ!)」


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