表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/11

一緒に学園へ行くことになりました



 翌日も学園はお休みだったから、私は彼にノルマン語を習っていた。おかげで「Thank you (ありがとう)」はバッチリだ。多少はなめらかに発音できるようになった。

 彼は私の国の言葉も教えてほしいと、お義父(とう)さまを通じて言ってきた。意欲的な彼に私は笑顔になる。もちろん、教えることはオッケイ。いや、okだ。


「Thank you は、ありがとう。ありがとうよ」


 覚えたてのありがとうを教えると、彼は真剣な顔になる。


「リゼット、ありがとう」


 すごい! 一回ですらすら言えてる!


「上手! すごく上手だわ! ルーカスはすごいわ!」


 私の口とは大違いだ。耳もいいのだろう。取り変えてほしくなるくらいの耳。

 興奮してしゃべったものの、はたと我に返って慌てて大きな丸を両手で作る。


 すごく上手、と伝わるようにありったけの笑顔をする。


 彼はちょっと泣きそうな顔になる。あれ? 伝わらなかったのかな。私は大胆にも彼の手を握って、上下にふった。


「すごく上手よ。上手だからね! 大丈夫、大丈夫! オッケー! おーけぇーよ!」


 必死で言うと、彼はまた破顔する。ショコラみたいな笑顔にほっとした。


 その日は一日中、彼と一緒にいて、教えたり教えられたりした。

 彼は本当にかしこくて、あっという間に小さな子が話しているみたいにしゃべりだした。本当に羨ましい。


 私の耳と口はかしこくないけど、彼は嫌な顔をひとつせずに教えてくれた。上手に言えると、甘い笑顔になる。

 それが見たくて、私の苦手意識はどこへやら。すっかり容姿に対しての怖さはなくなっていた。



 *



「え? ルーカスも学園に行くのですか?」


 休暇が終わる夜、お義父(とう)さまに聞かされてなかったことを話された。


「でも、ルーカスの滞在は三週間では……」


 留学生の在籍は一年だったはず。期間が合わない。


「そうだね。ルーカスはこっちに来たばかりだから、うちで滞在した後は、寄宿舎に行く予定だよ。学園には話しはしてある」


 お義父(とう)さまと学園長は、学園時代の同級生で今も仲良しだ。二人で寄宿舎を抜け出しては、夜遅くまで出歩いて、酒場で飲んでしかられていたと、笑えない笑い話をしていた。


「そうだったんですか……」


 聞いていない衝撃は大きいけど、学園に一緒に通えるのは嬉しい。校舎は女子と男子で別れているけど、ランチタイムには交流ができる。一緒にご飯を食べれるだろうか。いつも一人だったから、ちょっと浮かれてしまう。

 一人でニマニマしていると、ルーカスが声をかけてきた。


「リゼット、がくえん、いっしょ」


 単語をつなぎ合わせた彼の言葉。小さい子が話しているみたいで可愛い。何より、ルーカスの言葉がわかるのが嬉しい。


「うん、一緒。一緒。楽しみだね」


 えへへとその場は笑っていたが、私は甘かった。



 学園なんて、上流階級社会の縮図だったのだから。




 馬車で学園まで行って、校舎が違うルーカスと別れて教室に向かう。自分の席に着こうとして、椅子が濡れていたことに気づいた。またか。

 クスクスと笑う声が聞こえる。あからさまな嘲笑。朝からご苦労なことだ。暇なんだろうな。


 私はあらかじめ用意した厚めのタオルでさっと椅子を拭く。もう一枚だして、椅子にふんわりかけた。笑い声にむかって、ウフフの笑顔を貼りつける。


「ごきげんよう、キャリーさま。ケイシーさま」


 二人の令嬢はふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。やれやれ。こんなのは日常なので気にせず、私は授業の準備を始めた。


 私の学園の立場はだいぶ悪い。それは私の出生によるものだ。私はみなしごだった。


 そんな私が今やエバンズ伯の一人娘。

 当然、エバンズ伯──お義父(とう)さまと血のつながりはない。


 私とお義父(とう)さまとの出会いは、今から十年前に起きた幼児誘拐、人身売買未遂事件だ。

 十二歳未満──初等学校に入る前の子供を狙った犯罪集団は、世界各地に拠点をおいて違法に子供を売買していた。

 見た目が良い子供を狙っていたらしい。


 私も誘拐された一人。当時、六歳だった私は孤児院に身を寄せていた。外で遊んでいる所に、神父さまのオトモダチという男の人に連れ拐われたのだ。


 私を連れ去った相手は、ルーカスと同じノルマン国の人だった。浅黒い肌で黒い髪。大きな男の人だった。痩せて小柄な子供を黙らせることなんて他愛もないくらいの。


 馬車に詰め込まれ、船に乗せられて、暗闇の中で長い時を過ごした。当時のことはよく覚えていない。

 私よりも小さい子もいて、みんな声を殺して泣いていた。知らない言葉で、男の人が罵倒していたことしか記憶にない。当時を思い出そうとすると、ひゅっと息がつまって喉が潰れそうになるから、思い出さない方がいいのだ。


 海軍として捜査していたお義父(とう)さまに助けられて、その縁で私はお義父(とう)さまの子供になった。お義父(とう)さまは事件の功労者として新聞にも載ったから有名人だ。しかも独身を貫いていたお方。ゴシップ記事にも取り上げられたらしい。

 だから、私が拾われ子だということは、多くの人が知っていることだった。



 この学園には今では少なくなった貴族の令嬢、令息が多く通う。拾い子が貴族ぶってここに通っているというのは癪に触るらしい。

 ウフフでやり過ごしているけど、公爵令嬢のレベッカさまの前でウフフをやったら叱られ、今の状態になってしまった。

 公爵令嬢が嫌うなら、みんな嫌うという集団心理なのだろう。特に特別クラスのここは、貴族ですけど、なにか?みたいなプライドの高い人が多いのだ。


 拾われ子ですけど、なにか?と言えないのが辛いところ。早く卒業したい。


 じみな嫌がらせはされるけど、拐われたときの恐怖に比べたら可愛いものである。

 見下すのが好きな可哀想な人たちなのだ。後で人間関係で苦労するだろうな。


 心の中で嘆息して、私はルーカスを思い出す。


 え? ちょっと、待って。彼はじみな嫌がらせをする貴族に囲まれていて、大丈夫なの?


 だって、ルーカスは片言だよ?

 すぐに泣きそうな顔するよ?

 繊細なルーカスが泣かされていたらどうしよう!


 お義父(とう)さまの笑えない笑い話では、男子生徒は殴り合いもするという。信じられないけど、男子校舎のことはさっぱりわからない。


 ルーカスの頬が腫れていたらどうしよう!


 さっきから頭にバシバシ本が当たるのも気にすることもなく、私はルーカスが心配で仕方なかった。



 お昼休み。私は急いで男性校舎に向かった。ルーカスが殴られていたら、殴り返してやる。男子だろうと関係ない。私にはお義父(とう)さま直伝のパンチがある!


 意気込んで歩いていると、廊下で誰かとぶつかってしまった。


「っ……」

「申し訳ありません!」


 ぶつかった相手に声をかけて、心の中で私のバカ!と叫ぶ。


「あなた……リゼットさま?」


 黄金の縦ロールを三つ結い上げたこの学園で最も高貴なお方。公爵令嬢レベッカさまだ。私はさっと腰を落として平謝りする。


「レベッカさま、申し訳ありません。お怪我はございませんか」


 レベッカさまはさらりと、縦ロールの一つを手で撫でて、目を吊り上げる。


「何をそんなに急いでいるか知りませんが、落ち着いて行動してなさったらいかが? あなたはただでさえ目立つのだから、節度を持って行動をしないと」


 あああ、お説教に捕まってしまった……

 レベッカさまは目を合わせたら、こうしてご親切に私の足らない所を指摘してくださる。ありがたいが、今は迷惑だ。

 うう。ルーカスが心配だ。早く終わってほしい。


「ちょっと、聞いているの!」

「申し訳ありません。聞いていませんでした」

「あなたっという人は!」

「申し訳ありません。申し訳ありません。後でお叱りは受けますので、今は行かせてください」


 低姿勢で謝っていると。


「リゼット?」


 聞き慣れた声を拾った。瞬時に顔をあげて、声を主を探す。


「ルーカス!」


 私は飛びつきそうな勢いで、彼の頬を両手で掴む。


「大丈夫!? 怪我してない!?」


 ルーカスが呆気にとられていた。

 よし、頬にアザはない。

 足は! 折れていない!?


 お義父(とう)さまの笑えない笑い話では、生徒同士で殴って骨折したこともあったという。私は床にしゃがんで彼の両足を無遠慮に触った。


「リゼッ……っ」


 彼が慌てているけど、お義父(とう)さまの笑えない笑い話なんか、言葉で説明できない。話すより調べた方が早い。

 べたべたさわって、ルーカスの足が繋がっている確かめたら、腰が抜けた。冷たい床に座り込む。


「よかった……」


 呟いて彼を見上げる。唖然としていた彼が床に膝をついた。


「リゼット……どうした──」

「は、は、破廉恥な!!!!!」


 彼の言葉を遮る怒声。振り返ると三つの縦ロールを揺らしながら、レベッカさまが怒ってらっしゃる。


「リゼットさま! 殿方の体を、そ、そんなに触ってはしたないですわ! あなたはそんなふしだらな方ではないと思ったのに! どういうことですか!」


 おう。耳に響くタイプのお叱りだ。これはちょっとやそっとじゃおさまらない。どうしよう。


 あ、そこにいるレベッカさまの取り巻きのみなさま。頷いていないで、レベッカさまを(たしな)めてください。きれいなお顔が歪んでますって、小声で教えてあげて。男性の目もありますし、こんなに怖いかおを晒していたら、縁談に支障がでるんじゃないでしょうか。 恐怖の令嬢とか言われちゃったら、レベッカさまがかわいそうです。世間体を今は気にして引いてくださいって、言って! お願いだから!!


 はらはらしているとルーカスが私の腕をとって、立ち上がらせた。私を背後にかくして、レベッカさまを鋭く見据えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ