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身ぶり手ぶり片言で、なんとかなりました

 

 しかし、困った。


 何か会話をしようにも言葉が通じないのだ。無言で庭を歩いているけど、彼は楽しいのだろうか。


 不安になってちらりと彼を見れば、目があって微笑まれる。私もウフフな笑顔を作るけど、内心は冷や汗たらたら。

 本当に困った。

 言葉が通じないって大変だ。


 感傷に浸って小さくため息をつくと、彼が足をとめた。つられて私も立ち止まる。



「You seem really troubled, right? sorry. Is it annoying to have me?」



 悲しそうな顔をされてしまった。聞きとれたのは、そーりーぐらい。


 そーりーってなんだっけ? ええっと……そーりー、そーりー、そーりー…………そりか?


 わ、わからない……


 でも、きっと彼は私を心配している。ため息をついたのがいけなかったんだ。私はウフフな笑顔を取り繕って、首を横に振った。ついでに口角も上げられるだけ上げておく。



「ほ……Really?」



 りゃーりぃ……って何だろう。

 とにかく首を横にふろう。


「大丈夫です。気にしないで。おーけぇー。おーけぇー!」


 両手を上げて、大きな丸を手で作る。ノルマン語で大丈夫は、オッケイ!だったはず。彼は目をぱちくりさせた後、破顔した。



「You are cute.」



 彼の不安はなくなったみたいだ。よかった。私はもう一度、「おーけぇー。おーけぇーよ!」と大きな声で言って、自分の薄い胸を叩いた。



 身ぶり手ぶり、片言で何とかなるものだ。コツは大きな声と大きなしぐさ。はっきりとした表情みたい。

 少しだけ自信をつけた私は、スノードロップがある花壇へ彼を手まねきする。


 彼は頭を下げた花たちを見て、「Snow Drop」と呟いた。これは聞きとれた。私はウフフではない笑顔になる。


「スノードロップ。私が一番、好きな花よ……」


 スノードロップは凍てつく冬に咲く花。春が近づくと、白い花弁を下にする。寒さに凍えながらも春を待って、春が来たら散ってしまう小さな白い花だ。

 素敵な神話があって、天使が人間を慰めるために雪をスノードロップにした。

 花言葉は、希望と慰め。この屋敷に来たときに、お義父(とう)さまが教えてくれた。


 懐かしさに頬をゆるませていると、彼が神妙な顔をしていた。いけない。一人でしゃべっていた。


「あー、えっとね……」


 好きはなんだっけ?

 ライクだったかな。


 私は自分とスノードロップを交互に指差して「ライク、ライク」と言ってみた。

 彼は目を丸くする。伝わらなかったのかな。

 私は手でハートの形を作った。ハートは色々な愛の形だ。親愛、敬愛、好きをあらわすかたち。彼の国でもそうであると願いながら上目遣いをする。


「ら、ライク……」


 気弱になって小声でいった。外は凍てつくほど寒かったから、私の口から白い息がふわりと舞った。


「Oh gosh, that gesture…I would misunderstand that you were saying that to me…」



 あ、眉が下がっちゃった。

 困らせたのだろうか。

 スノードロップ、好きじゃないのかな。

 伝えるって難しい。


 私がうなだれると、彼が慌てて顔を覗き込んできた。ぐっと近づいた距離。思わず腰を引くと、悲しげな顔をされた。


 困った。彼が嫌なわけではなく、私はノルマン国が苦手なだけなのだ。お義父(とう)さまは私の過去を、彼に話していないのだろうか。


 ……話していたら、ここにいるわけないか。


 はあ、とため息をつくと、また白い息が空に昇る。気まずい雰囲気になってしまった。彼はお客様だし、できれば平穏に過ごしてもらいたい。


 私はそろり、そろりと彼に近づいた。

 彼を指さして、次にハートの形を手で作る。


 あなたのことが嫌なわけじゃないのよ。

 わかってください。


 思いを込めて見上げると、彼がはっと息をつめた。


「リゼット……」


 え? え? 聞きとれた。

 ほにゃららみたいな声だったのに、ハッキリと名前を聞きとれた。

 私の耳、いきなり進化したのかも。すごいぞ、私の耳。私、頑張っている。ちょっと嬉しくて、口角を持ち上げる。

 すると、彼は鼻も耳も真っ赤にして、目をそらしてしまった。



「Don't make such a cute face. Just looking at you makes me feel so happy that I want to hug you so much. But as I have made a promise with your father…」



 何を言っているのか、分からない!

 私の耳は、普通だった!


 勘違いしたことが恥ずかしくて、口を引き結ぶ。頬が熱い。どうしよう。困った。


「……リゼット?」


 あれ? 名前だけはちゃんと聞きとれる。

 おそるおそる顔をあげると、彼も困り果てていた。彼が小さく息をはくたびに、口の周りがふわっと白くなって、白が散らばって重なる。


 じっと見つめていると彼は赤い頬のまま、真剣な顔になった。

 自分の胸に手をおいた後、私を指差して、手でハートの形を作る。これは、嫌いじゃないのサイン。私は思わず両手をたたいた。


 あなたのことが嫌いじゃないって伝わっていたんだ! よかった。


 嬉しくて、同じしぐさを真似っこした。すると、彼の顔が歪む。ちょっと泣きそうな顔だ。スノードロップが頭を下げているみたい。

 どうしてだろう。私も嫌いじゃないよって言いたかったのに。切ない顔をされるなんて、迷惑だったのかな。


 気持ちが沈んでうつむく。口から白い息だけが漏れて、彼も黙ってしまった。じっとしていると、寒さが身にしみてくる。すんと鼻を鳴らして、腕をさすった。


 私の首にあたたかいものがかけられた。顔をあげると、彼が自分のマフラーを私の首に巻きつけてくれていた。


 大丈夫だよ、という前に口までマフラーで隠されてしまう。ぐるぐる巻きだ。彼のマフラーは長くて、あたたかい。ふわふわしていて、肌触りがとてもよい。


「リゼット……」


 心配しているって、言葉にされなくても表情から伝わってくる。彼は優しい人だ。


 落ち込んでいた気持ちがあがってきて、「ありがとう」と言おうとした時、なんて言えばよいか分からなかった。もどかしい。


 どうしようと悩んだ末に、私はコートの端を持ってその場で腰を落として、頭を下にした。家庭教師の先生がほめてくれた淑女の礼。微笑を浮かべて顔をあげると、彼の口から大きな白い息がもれた。


 とても優しげな笑顔をされる。口の中でとろけるショコラみたいな笑顔だ。ショコラは私の大好きなお菓子。思わずドキッとした。


 おかしいな。彼の外見はとても苦手で、近づきたくないものだったのに。彼を見ていると苦手意識が薄れていく。


 どうしてだろう。この笑顔が可愛らしいせいかもしれない。


 ほぅと、白い息を吐き出していると、彼が手のひらを差し出してきた。もう片方の手は屋敷を指さしている。戻ろうってことかな。

 私は彼の手をじっとみた。寒いからか彼の指先が赤い。私よりも大きな男の人の手だった。



 ──Shut up! This fucking kid!


 不意に男の人の罵声が脳裏をよぎって、私は全身を固くした。違う。彼はあの男の人たちじゃない。


 きっと、エスコートしてくれようとしただけだ。親切でやってくれていること。彼のかけてくれたマフラーはとてもあったかいもの。分かっているのに、手を重ねることができない。


 大きめの白い息が、視界の端で昇っていく。出された手は引っ込められた。顔をあげると、彼はまた泣きそうな笑顔をしていた。


「ごめんなさい……あなたのことが嫌いなわけじゃないの……」


 無駄だと分かっているのに、言わずにはいられなかった。沈黙が重い。空気に耐えられなくて、視線をさげると仕立てのよいコートが見えた。とっさにコートの端に手を伸ばす。


「ライク、ライク」


 彼のコートの端を持って、今はこの距離でごめんねと、思いながら同じ言葉を繰り返す。不安で顔をあげると、くしゃっと破顔された。あ、伝わったかも。


 彼はまた大きな白い息をはいて、屋敷を指さす。私もうなずいて、口角を持ち上げた。

 ゆっくり歩きだした彼。私は彼のコートの端を持ちながら、屋敷に戻った。


彼の言葉の訳


「You seem really troubled, right?. sorry. Is it annoying to have me?

(すごく困っているよね。ごめんね。僕がいると迷惑かな?)」


「ほ……Really? (本当に?)」


「You are cute. (可愛い)」


「Oh gosh, that gesture…I would misunderstand that you were saying that to me…

(ちょっとそのしぐさは……僕に言っているみたいで勘違いする……)」


「Don't make such a cute face. Just looking at you makes me feel so happy that I want to hug you so much. But as I have made a promise with your father…

(そんなに可愛い顔をしないで。君を見ているだけで、嬉しくて、抱きしめたくて、たまらなくなるんだ。でも、父上との約束があるから……)」



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