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僕の愛しいスノードロップへ~家族になりたいです

 


 大人たちがするキスをして、目を開けるとリゼットの潤んだ瞳が見えた。


 頬を朱色にして、ぽってりとした唇は濡れて艶ができていた。可愛いだけだったリゼットが、憂いを帯びた大人の顔になっていて、僕はちょっと、いや、だいぶ。たまんなかった。うん。これ、たまんないんだけど。どうしよう。またキスしたい。


 心の中で暴れ狂うものを必死におさえこんでいると、病室のドアが開いた。


 僕は慌てて背筋をのばし、痛みに顔を歪めそうになるのをこらえて、ドアの方に視線を向ける。エバンズ伯爵と、もう一人いた。医者だろう。伯爵は僕の姿を見て、目を見開き駆け寄ってきた。


「ルーカス……」


 床に膝をつけて伯爵が僕の手をとる。


「あぁ、ルーカス……本当にすまない……私がよく見ていればこんなことには……」


 悲壮感をにじませた声で言われて、僕は焦った。


「そんな……僕は大丈夫です。それよりも、リゼットに怪我がなくて本当によかった」


 伯爵はまだ後悔をにじませた顔をしている。僕の胸が痛かったけど、安心をさせるように何度も「大丈夫」と、繰り返した。



 幸いにも僕の怪我は打撲だけだった。その日のうちに屋敷に戻れたけど、リゼットは僕を心配して世話をやいてくれた。


 ご飯も僕に食べさせてくれたし、お風呂まで一緒に行こうとした。


 お風呂は、ね。断ったよ。自分で洗えないほどではなかったし。それに僕だって、男だし。ねぇ?


 次の日は痛みはひいていたけど、伯爵もリゼットもそろって「今日はお休み」と真剣な顔をするので、僕は早めの休暇をとることになった。




 一ヶ月後、伯爵から驚くことを聞かされた。僕が怪我した後、すぐに伯爵は両親に手紙を送ったらしい。その返事がきたそうだ。それによると、知らせを受けた両親と妹はこちらに来る準備をしているという。


「父上たちがくるのですか?」

「そうだよ。君の顔を見に来るのと、リゼットと会うために」


 伯爵はリゼットに顔を向けた。


「ルーカスのご両親は誠実な方々だ。ノルマン人だけど、ご挨拶しよう」


 リゼットは背筋を伸ばした。


「はい。お義父(とう)さま。私、ご挨拶いたします」


 声はハキハキしていたけど、リゼットの肩は小さく震えていた。顔色も悪い。とても緊張していそうだ。僕は不安になって、伯爵と話を終えた後、リゼットをソファに座らせて二人で話をした。



 エマが気をきかせてくれてお茶を用意してくれた。


 リゼットには砂糖とミルクがたくさん入った甘めのお茶で、僕には後味がすっきりするもの。色が違うそれぞれのお茶を僕たちは一口、含んだ。


 喉を滑る爽やかな後味を感じながら、僕は考え込む。

 なんて、声をかけようか。大丈夫じゃ、慰めにならないような気がする。僕の〝大丈夫〟は周りを不安にさせると、気がついたんだ。

 僕はもう一口、お茶を含んでテーブルに茶器を置いた。

 ゆらぐ湖面を見つめる彼女に微笑みかける。


「リゼット」と、声をかけると、彼女が茶器をもったままこっちを向いた。僕は胸に広がる思いを笑みにのせる。


「ありがとう。僕の家族に会ってくれるのが、とても嬉しいよ」


 慰めを持たない僕は、彼女が頑張ってくれること一つ一つに「ありがとう」と伝えるしかなかった。


 彼女の頬が色を取り戻す。青い瞳にはきらめきだし、唇がきゅっと結ばれた。よかった。伝わったみたいだ。


 彼女の手から流れるように茶器を抜き取り、テーブルの上にのせる。宙に浮いたままだった彼女の手をとって、思いをつむぐ。


「ゆっくり。ゆっくりでいいんだ。僕の家族と会っても会話ができなかったらそれでもいいんだ。急な話だから、緊張しちゃうのはしかたないよ。ゆっくり、ゆっくり。僕と家族になってください」


 手で包み込んだ細い手はしっかりとした強さを持って、リゼットは僕の目をみて、ほんのちょっと大人びいた笑顔をむけてくれた。


「ありがとう、ルーカス。私はあなたと家族になりたいです。ご両親と会うの……緊張するけど、でもね。楽しみなの。ルーカスのご両親はどんな人なの?」


 美しい笑みだった。僕はドキドキしてしまって、まただらしない笑顔になりながら、家族の話をした。



 僕は約束通り寄宿舎に入ったけど、学園のランチタイムや、学園が終わった後一時や休暇をずっと彼女と過ごした。


 父上たちが来るまでの間、リゼットはノルマン語をしっかりおぼえたいと言って、僕はまた先生になって、彼女に言葉を教える日々が続いた。彼女は特別クラスに入るくらいだから、とても頭がよい。

 ノルマン人の苦手意識は薄れてくれたようで、どんどんノルマン語を覚えていった。


 彼女に勉強を教える時間は、とても好きな時間だった。一つの教本を開いて覗き込んでいるから、自然と左側が彼女にくっつく距離になる。うん。たまんない。


 真剣に聞く大きな青い目には僕しか見えていなくて、ね。嬉しくて、僕はでれでれしていた。




 三ヶ月後。


 父上たちに会った日は、びっくりするぐらいみんな緊張した顔をしていた。


 父上は無骨な顔をさらに強ばらせていて、母上は笑っているけど人形のように表情がそげおちている。妹のロゼは、眉をつり上げていた。妹は父上に似て、勝ち気な性格だ。


 リゼットはウフフって微笑んでいたけど、目が死んでいた。伯爵は無だ。


 非常に気まづい雰囲気の中、僕は伯爵と父上が話している間に、リゼットにこそっと耳打ちした。


「僕の家族は怖い顔をしているけど、緊張しているだけだよ。安心してね」


 冷たくなっていた彼女の指先をとって背中に隠して言うと、指を握られた。こくこくとリゼットは無言でうなずく。

 小さく苦笑していると、話が終わった父上がリゼットに歩み寄る。彼女の背筋がピンと伸びた。


 父上はそれはないだろうというぐらい顔を強ばらせたまま、リゼットの前に歩み寄ると、その場で膝をついた。彼女を見上げる体勢になったことに驚く。


「リゼット嬢。ルーカスのそばにいてくれてありがとう」


 父上はウェールズ語で話しかけた。父上の顔から強ばりがなくなっていく。


「貴女の献身がルーカスを、私たちを救ってくれた。ありがとうと、どれほど伝えても伝えきれないぐらいだ」


 深く頭を下げた父上に、リゼットは僕の手を離して、その場にしゃがみこむ。父上と目線を合わせて、ノルマン語で話しかけた。


「(頭をあげてください。……お義父(とう)さま……)」


 弱々しい声に父上は顔をあげて、目を見開いた後、とても嬉しそうに笑った。リゼットの手をスマートに、スマートすぎて嫉妬するぐらいにとって、彼女を立ち上がらせる。ロゼに見せる笑顔を彼女にむける。


「(ありがとう。君に父と呼ばれるのが嬉しいよ)」


 ノルマン語で返すと、リゼットは花咲くように笑った。ほっとして顔をあげると、母上がいつもの笑顔になっている。伯爵もだ。ロゼだけはまだ眉をつり上げていて、つかつかとリゼットに歩みよってきた。


「お、お姉さま」


 ぎこちないウェールズ語でロゼが話しかけた。体を揺らしながら、言葉を選んでいる。リゼットを見ると、目がすごく爛々としていた。あれ? これって。


「お姉さまって呼んでもいいですか?」


 ロゼのつたない言葉に、リゼットが両手を頬で掴んで、真っ赤な顔になる。


「(もちろん。もちろんよ。私もロゼと呼んでもいいですか?)」


 彼女がノルマン語で話すと、ロゼが満面の笑顔になる。


「(はい。お姉さまは可愛いわ。お人形さんみたいで、とっても愛らしい)」

「(ロゼ、あなたも可愛いわ。抱きしめてもいいですか?)」


 ロゼは彼女に抱きついた。リゼットもしっかりと受け止めて、粉雪をスノードロップと言ったときのように、はしゃいだ笑顔になった。



 苦笑してしまうのは、まだ僕が大人になりきれていないせい。僕の家族は僕が何か言う前に、あっという間に彼女の可愛さに気づいてしまった。

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