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勇者と聖女①

 グリフィンドルによる侵攻が開始され、29日目。


「あなたはこの土地が異教徒に蹂躙されてもよいと仰るんですか!」

「そ、そんなことは言っておらん!」


 時刻は早朝。聖陽教総本山の門前町、とある商家の入り口付近で、官僚姿の男が商家の番頭相手に激しく口論していた。


「では何故我々に協力して頂けないのですか!」

「協力はしただろう! 君たちは最初、これ以上を求めることはないと……」

「ええ。もちろん我々もそのつもりでした。あなた方の供出した魔法薬に欠陥がなければね」

「そ、それについては……しかし……我々だけの問題では――」

「では宜しいのですね? あなた方が物資を出し渋るがために神聖なるホグズミードを守る戦士たちが死地に追いやられたままで。ならば結構。他のアテを探るまでです。しかしこの件はしっかりと記録を残させて頂きますので、そのおつもりで」

「ま、待て――」


 やがて消沈した様子の番頭と大いに渋い顔をした彼の主がなにがしかの書類にサインをすると、官僚姿の男は足早にその場を立ち去った。

 すたすたと、すっかり人通りの少なくなった街の目抜き通りを歩き抜ける男は不意に進路を変えて薄暗い小路へと姿を消した。

 それを気に留めるものは誰もおらず、しばらくして、その小路から小汚い格好の一人の少年が姿を現わしたときも、それに目を遣るものは一人もいなかった。


 いや。一人だけ、質素ながら上等な仕立てのローブを羽織った小柄な人物がどこからともなく現れ、するすると彼に近づいていく。


「首尾は?」

「ん~。とりあえず搾れるだけ搾っといたけど、あそこはこれ以上無理かな~。他に弱み握ってるところあったっけ?」

「もう二つ三つはあるけど、結託されても厄介だからもういいわ」

「そう? なんだったら互いに裏切り合うように工作しとくけど……」

「いいっつったでしょ。そろそろ仕掛けるわよ」

「……は~い」


 互いに視線を前に向けて歩きながら、ぼそぼそと会話を続ける二人の人物を気に留めるものはいない。


「あと、一人でずらかる準備するのはいいけど、あんたのへそくり回収しといたからね」

「え~? そういうことする~? ま、いいけどね~」

「隠し場所三つ目までは抑えてるから」

「…………」

「四つ目まで取られたくなかったらもう少し協力しなさい」

「……はいはい」

 やがて二人がいくつかの迂回路を通って聖陽教の本山、その中でも一部のものしか立ち入りを許されない奥部の部屋に辿り着くと、その中には筋骨隆々の大男と、背を丸め顔を翳らせたシスターの少女がいた。

 二人の来訪に気づき、シスターの小さな肩がびくりと震える。


 部屋の隅に足を組んで座り込み、目を閉じていた大男が「おう。おつかれ」と声をかけるのに適当な返事をしながら身支度を整える黒髪の少女に、シスターが恐る恐る声をかけた。


「なに」

「……ええっと、その。私……少し外に出たくて」

「なんで」

「その……お花を摘みに……」

「はあ? トイレくらい普通に行ってきなさいよ」

「え? あ、あの――」

「いやソノちゃん。多分そういう慣用句こっちにはないと思うよ」

「じゃあ何よ、マジで花摘みに行くだけだっての? え、ごめん。私には理解できないんだけど。なんなの?」

「ソノちゃん。女の子がお花を愛でるのは、そんなにおかしいことじゃないんだよ。ソノちゃんには分からないかもしれないけど」

「うっせえわ」


 そのまま自分を置き去りに会話を続ける二人に、シスターは持てる勇気を振り絞って割って入る。

「あ、あの。もうじき、両親の命日で。その……いつも、町外れの花畑でデイジーを摘んで、クッキーと一緒にお墓にお供えを」


 その時、黒髪の三人組の顔に僅かにかげが差したことに、顔を俯かせていたシスターは気づけなかった。


「そ、その。クッキーは、流石に今年は諦めようと思うんです。でも、せめてお花くらいは――」

「ダメよ」

「え?」

 思わず上げた顔を、黒髪の少女の冷たい視線が射貫く。

「……あの。でも」

「ダメ。今年はどっちも諦めなさい」

「そんな――」

「今、この町全体が不穏な空気になってるの分からない? 戦争なんて国民全員が一丸になってやるようなもんじゃないのよ。あんたが聖女わたしの傍付になってることはもう知れ渡ってる。ふらふら出歩かれて敵対派閥に身柄抑えられたらこっちが迷惑するんだっての」


 確かに、ここのところ一部の富裕層の間で、生活の緊縮に耐えきれず領主と教会を非難する動きが出ていることはシスターも知っていた。その方法如何はどうあれ、外敵を排し領土領民を守るために戦っている人たちに、ただ贅沢を我慢するだけの協力すらが何故できないのか、シスターには到底理解が及ばなかったが、聖女と詐欺師の二人に言わせれば「当たり前でしょ」とのことである。

 それでも、まさか、彼らが自分に危害を及ぼすなどということが……。


「ごめんね~。まあ自分の身を守るためだと思ってさ」

 助けを求めるように視線を巡らせても、詐欺師の少年には朗らかに笑い流されてしまい、部屋の隅の大男はそもそもこちらを見向きもしない。

 どうやらこの場に自分の味方をしてくれる人物はいないようだと悟ったシスターは、ますますその顔を深く俯かせ、消え入りそうな声で諾を返した。


「それより、そろそろ敵方が動き出す。出鼻をぶっ叩いて今度こそ戦意を削ぎ落すわよ。上手く行けば、これで最後にできるわ。私も出陣るから、あんたも準備しなさい」

「はい……」


 それは、何気ない一言だった。

 それでも、それは未来視の奇跡を標榜する聖女の一言である。


 その言葉の通り、その日から三日後、ホグズミード領における戦争は終結を迎えることとなる。

 

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