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最大の詐欺④

 ホグズミード領主・ウッドクロスト伯爵は、教皇グリンゴッツ9世の隣に侍る僧兵の姿を認め、「すまんが人払いを……」と言いかけたところで、教皇の手元で動いた僅かな仕草を見て、溜息を吐いた。


「レンタロウ君か……。君はどこにでも現れるな」

「ちょっと。なに今の。なんか符牒決めてるでしょ」

「当たり前だろう。私には奇跡などという便利なものはないのだ」

「ちぇ~」

「ちょうどいい。君にも確認してもらいたいんだが――」


 そして、二、三の問答が応酬され、情報のやり取りがされる中、一人のシスターが話題に挙げられた。

「ベラトリックス・カーターといったかね。あの不幸なシスターの名は」

 それは、聖女と騎士隊の盤上演習の間中、むくつけき騎士の男たちに囲まれ、涙目で震えていた少女であった。

「言ってくれるな、ヘンギスト。本来、聖女傍付きといえば一介のシスターにとってはこの上ないほまれなのだ」

「素性は?」

「……すまんが、詳しくは覚えていないな。報告は受け取ったが、特筆するようなことはなかった」


 彼女の生まれは、この門前町であった。

 まだ幼い時分に流行り病によって両親を亡くし、教会へと身を寄せ、そのままシスターとして慎まやかな暮らしを送っている。

 教会内の人間を無作為に十人ほど選べば、一人二人は似たような境遇のものがいるだろう。

 教皇自らが顔と名前を憶えていられるような人物ではなかった。


 それが、何の因果か、たまたま三人の流れ者がこの街に辿り着いた最初の時に道案内を頼まれてしまったせいで、そのまま彼女の上役である司祭から彼らの監視を言い渡され、それを逆手に取られて悪事に加担させられ、教会の薄暗い内奥に関わらされてしまった。

 そして、恐るべきことにその悪党三人組の一人が聖女として認定されてしまい、哀れなシスターは彼女の傍付きを命じられてしまったのだった。

 曰く、一度彼らに関わってしまった以上、秘密の漏洩を防ぐためには目の届く範囲にいてもらうしかない、とのこと。


 つまり、傍付きとしての務めを求められているのではない。余計なことをしないよう、今度は彼女が監視されているのだ。


「ふむ。ならばいい」

「ああ。()()、身寄りもないようだ」

「悪いおじいちゃんたちだな~」


 それきり、一人のシスターの存在を思慮の外に追いやった老人二人と僧兵姿の若者は、別の話題に頭を切り替えた。侵攻ルートの候補。聖女の唱う悪略の実効性。住民の避難経路と受け入れ先の手配。今この場にはいない商会長への申し送り事項、云々かんぬん……。

 やがて、一通りの確認が終わると、領主は寸暇も惜しむように踵を返し、次の仕事に向かおうとしたところで、ふと足を止めた。


「そういえば、君はなぜ今更そんな恰好を? 彼女の策に必要な情報は既に開示したはずだが」

 その視線の先には、変装がバレたせいで演技をやめた僧兵姿の若者。

 その横で、顔に刻まれた皺の奥から鋭い眼光を放つ教皇が口を挟む。

「言っておくが、最奥の祭殿は聖陽の奇跡を持たぬ者には辿り着けぬぞ?」


 二人の老人の胡乱気な問いに、見た目は僧兵、声音は無邪気な若者の男はこともなげに答えた。


「あ。別に大したことじゃないよ~。ちょっと、()()()()()()()()()()の逃げ道を確保しとこうと思って」


「「……は?」」


 領主と教皇の表情が、固まった。

「……君は、ここまで敵兵が来ることを想定しているのかね。……それは、つまり――」

 それは、考えてはならない可能性だった。

 ()()()()()()()()()、彼らは異人たちの齎す策に乗ったはずなのだ。


「――つまり、彼女の策が失敗する、と?」


 恐る恐る問いかけたその言葉に、柔和な笑みを維持したまま、若者は答える。

「さあ? それは分かんないよ。でも、ソノちゃん。なんか調子悪いみたいだから」

「ち、調子が、悪い……?」

「あれでか……?」


 一日前、この領のあらゆる実権を握る三人の老人相手に一歩も引かずに渡り合い、そして今、代々ウッドクロスト家に仕える騎士を纏める将を相手取り、盤上とはいえ戦の演習で一蹴した少女の姿を思い起こした二人の目に怯えの色が宿る。


「あのね。僕が今まで出会った中で、『あ、この人になりきるのは無理だな~』と思った人が二人いるの。それがソノちゃんとシオくん」

「……ふむ」

「あの二人が何考えてるかなんて、誰にも分からないよ。根本的に思考回路が違ってるんだもの。だから、ソノちゃんがどういう画図書いてこっから先を凌ごうとしてるのかは僕にも分かんない。でも、まあ短くはない付き合いだからね。昨日、僕が商会長さん連れてきたとき覚えてる?」

「んん?」


『僕の仕事は終わりでいいよね?』

『お茶とか淹れてくれてもいいけど』


「今まで、ソノちゃんが僕やシオ君に冗談でも『お茶淹れて』なんて言ったことはなかった。些細なことと言われればそれまでなんだけど、そういうのって、意外と馬鹿に出来ないんだ。だから、念のため、ね」

 あくまでも軽い口調で、肩を竦めて語る若者に、領主は重い口調で問いかけた。


「先ほど、ウシオ君に会った。彼が何をしているのかは私には理解できなかったが、レン太(きみ)は街中へ出ているはずだと言っていたぞ」

「うん。そう言った」

「つまり、君は仲間にも内密に逃亡ルートを探しているわけだ」

「そうだね」

「……いざという時には、自分だけ逃げるつもりかね」


 身を凍てつかせるような冬の風が、バルコニーを吹き抜けた。

 夕日に宵闇が混じり。



「そうだけど……それがどうかした?」



 詐欺師の微笑みを、影が覆った。

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