カントリーロードと飛竜退治①
『お願いします。どうか、どうか一日だけ待ってください!』
地に伏せんばかりの私の懇願に、組合長はおろか流石の三悪党も心を動かされたか、若干引き気味に遠出の準備の時間を許してもらった。
再三の言及になってしまい恐縮だが、今は七日後に控えた社交パーティーのため、王宮中が鉄火場なのだ。この時期にメイド長が現場を抜けることなど、普通に考えて許されるはずがない。
しかし、ご丁寧に私が文面を確認した後で書き加えられたのであろう、依頼書の末尾に小さく、『なお、依頼遂行の記録のため次のものを監督官として同行させるものとする』と私の名前が明記されてしまえば、嫌も応もなかった。
こんなことを仕出かす人間は、一人しかいない。
『まったく、メイド長は口うるさくてかなわん。俺を誰だと思っているんだ。お前など官僚や大臣たち全員の請願書がなければとっくに王宮から追放して娼館送りにしているというのに』
足元にメイドを侍らせながら退屈そうな顔に皺を寄せる、この国で最高の権威を持つ男の姿が容易に思い起こされる。
『ふはは。そうだ。お前なしに今回のパーティーが成功すれば、いよいよお前がいなくても王宮が回ることの証左になるわけだ。楽しみだなぁ、メイド長』
……まったく、もしそうなってくれたなら、こちらとしてもどんなに気が楽か。
どうせ私に娼館での客取りなど出来るはずがない。
経営側に回らせてもらい、女たちの世話をしながら暮らさせてもらえるのなら、今の仕事より何倍もマシだ。
だが、私が辞表など出そうものなら王宮の人間が総出でそれを阻止するところまでが透けて見える。
「そんな、メイド長!」「嘘でしょう!?」「陛下は何を考えているんだ!?」
それを証すように、私が十日間の暇を告げた途端王宮中から悲鳴が吹きあがった。
それに心よりの謝罪で応じつつ急ピッチで残りの準備や当日の進行の段取り、業者とのやり取りの記録を引き継ぎ、不測の事態が起きた時のための対処マニュアルを作成し、自分の分の旅装を整えたころには、既に東の空が白み始めていた。
そして。
「✕✕✕ ✕✕✕~♪」
「かんてぃろ~♪」
「◇◇ ◇ ◇◇~♪」
「ていみほー♪」
今、謎の三部合唱を聞きながら、私は馬車に揺られて西へと向かっていた。
日も高く上り、横からの晩夏の風と上からの日差しの熱がほどよく混じり合った長閑な旅路である。
「●● ●●~♪」
「とぅざ、ぷれ~♪」
「「「△ △△△~(あいびろ~ん)♪」」」
初めて聞く言語の初めて聞く曲のはずなのに、何故かアルト・パートだけ音程を外していることがはっきりと分かる。
御者を務める黒髪の大男のバスがやけにいい声でよく響くので、私の隣で(自分だけは)気持ちよさそうに歌う少女の歌声の稚拙さが一層強調されていた。
「みなさま、随分ご機嫌ですね」
私が若干の嫌味を込めて(伝わっていればいいのだが)そう言うと、ボロ布を何重にも重ねて作ったクッションの上で足をばたつかせながら、ミソノ様が答えた。
「ふふん。都内はどうも辛気臭かったからね~。たまには外の空気も吸わないと。ま、都市での冒険の次はフィールド探索ってやつね」
「ソノちゃん。その理屈だと、この次はダンジョンに潜んないといけないんじゃない?」
「ガキどもにドブ攫いさせときゃ十分でしょ」
「ウシオ様。お二人は何を言っているのですか?」
「はっはっは。俺にも分からん!」
呵々と笑うその声につられ、ミソノ様とレンタロウ様も笑みを溢した。
それはただただ無邪気な破顔で、こうして見ていると、三人ともまるで普通の若者のようだ。
どこまでもちぐはぐな印象を見せる三人の悪党たちに、私は改めて困惑した。
「あの……。お答えいただかなくても結構なのですが」
「うん?」
「皆様は、故郷を追い出されたのですか?」
なぜ、そんな問いを口にしたのか、自分でもよく分からない。
しかし、先ほど三人が口ずさんでいた曲から、歌詞の意味もよく分からないにも関わらず、故郷への郷愁のような感情が頭に流れ込んできたのだ。
遠い道。遥かな道。もう戻れない道。
懐かしい場所へと続く道。
けれど踏み出すのは、それに背を向け、前を往くための旅路。
目の前に広がる長い長い街道に、そんなイメージが重なって見えた。
「まあ、そんなところね」
そう答えたのは、ミソノ様だった。
「帰りたいと、思いますか?」
「さあ。よく分からないわ」
「分からない?」
「別にいい思い出とかなかったからね。どうだろう。今はもう、こっちにも慣れちゃったし」
そう呟くその顔は、馬車の幌越しに、遠くの空を覗き見ていた。
「僕も微妙かな~」
組合長を説得した時のいかにも人好きのしそうな優しい微笑みはどこへやら、ただただ放埓な気の抜けた顔で、レンタロウ様も同調した。
「そりゃ、ふかふかのベッドとかは恋しいけどね~。今はもう分刻みのスケジュールとか気にしなくていいし。変に気ぃ遣う相手もいないしね~」
「…………」
きっと彼らは、遠く、本当に遠くの国から流れ着いて来たのだろう。
てんでばらばらの彼ら三人の間に流れるよく分からない絆のようなものは、きっとここではない何処かの景色を共有していることで生まれる連帯なのだ。
ひょっとすると、大陸すらをも超えて、遥か海の彼方に存在するという異国からでも流れてきたのかもしれない。きっともう、戻ることもできないほどの、遠い場所から――。
「俺は戻りたくねえなぁ」
笑いながらそう言ったのは、御者台に座るウシオ様だった。
「そりゃシオはそうでしょ」
「ほんと、何で元からこっちに生まれなかったのかってくらい馴染んでるもんね、シオくんは」
「向こうじゃデカい生き物なんてそれだけで保護対象だったからなぁ。ワシントン条約だなんだ言って全然戦わせてくんねえんだよ。こっちじゃ虎だろうが熊だろうが殴りたい放題だからな」
「いえ、この国でも虎やら熊やらを素手で殴る人間はいませんが……」
急に恐ろしいことを宣う大男に、俄かに私の危機意識が首をもたげた。
「あの……。まさかとは思いますが、いえ、あり得ないだろうことは重々承知の上で念のため確認させてもらいたいんですけど、まさか飛竜と素手で戦うつもりじゃありませんよね?」
「ん? 何言ってんだ?」
御者台からこちらを振り返って顔を向けたその顔には、どこまでも真っ直ぐに澄んだ、少年のような瞳があった。
「素手喧嘩以外にどうやって戦うんだよ」
ア ホ か !!




