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 その日の夕刻。

 王宮の中でも限られたものしか立ち入ることを許されない最奥の区画、その中の一室の扉の前で、私は深い溜息を漏らしていた。

 凡そ一国の最重要地に存在するとは思えぬほど簡素な作りの古ぼけた扉には、三頭蛇みずへびの紋様が彫られた銀のプレートが提げられている。

 ここは、国王とその腹心の部下が極秘裏の会談を行うための場所……ということになっている。事実、この部屋への立ち入りを許されているのは、国王陛下を除けば只の三人のみ。

 何の因果か、その中の一人に含まれてしまった私は、3回のノックの後に、軽くて重たいその扉を開けた。


 そして。


「321! 322! 323!」


 まず目についたのは、半裸……いや、『9分の8裸』といった格好で屈伸運動を繰り返す、筋骨隆々の黒髪の偉丈夫である。

 局部のみをかろうじて覆い隠す腰履き一つを身に着け、周囲に汗の雫を撒き散らすこの変質者は、確かに先程御輿の上に立っていた勇者その人だ。


「……ウシオ様。その『すくわっと』とやらはここではご遠慮下さいと申し上げたはずですが」

「おうサッ子! いや! この前! 怒られたのは! 腕立て伏せ(プッシュ・アップ)! だったはずだ!」

「いずれにせよ掃除が大変なのでやめてください」

「いいやダメだ! 俺は今! パレードの上で! じっとしていたせいで! ストレスが溜まっている!」


 ……まあ、人前で派手に暴れられるよりはマシだろうか。せめて会話の最中くらいはやめてほしいと思う私の考えは、この部屋の中ではどうやら非常識に当たるらしいことは承知済みだ。

 そういえば、出発前に勇者の装備を着せた時点でかなりのフラストレーションが溜まっている様子だったことを思い出した。嫌そうな顔を隠しもしない彼に無理やり着せ付けた、どれ一つを取って見ても巷の冒険者たちが垂涎すること必至の高級装備一式は、今は汚れ一つない状態で(当然だ。一度も使われたことがないのだから)壁に掛けられている。


「サク。あの装備一式、今レプリカ作らせてるから、今度からはそっち着せなさいよね」


 そして、部屋の中央に設えられたぼろぼろの椅子にふんぞり返り、これまたボロ机に短い足を器用に乗っけて揚げ菓子を頬張っているのは、御輿の上で彼の影に隠れるように佇立していた黒髪の聖女である。

 教会より賜った神聖なるローブはしわくちゃになって床に投げ捨てられ、今はその小柄な体躯にまるでサイズの見合ってない部屋着をだるだるに着崩している。


「ミソノ様。それは構いませんが、では現物はどう致しますか」

「売るに決まってんでしょ」

「一応、有史以来この国に伝わる伝説の武具なのですが」

「使わないなら粗大ゴミと一緒。大丈夫よ。密輸ルートくらい確保してるわ」

「いえ、アシがつくのを心配しているのではなく……」


 ……まあ、『確保してる』と言い切ったあたり、もうその話は決定事項なのだろう。

 ただ、そうであるならばまだまだ使う予定であり、なおかつ売却することなど到底不可能な教会製のローブを、もう少し丁寧に扱って頂きたいものだ。

 すっかり皺になってしまったそれをハンガーにかけ、頭の中でこの後のタスクに部屋の床掃除とローブのメンテナンスの項目を追加する。……いや、まだ増えそうだ。


「疲れたよぉ、サっちゃん……。今日はもうよくない? 僕、引き籠ってていいよね?」


 聖女の横に座り、彼女の足のすぐそばに眩い金糸の髪を撒き散らして机に突っ伏す男に、私はついに堪えていた溜息を零してしまった。


「駄目です。夕の会食で一席設けておりますので、あともうひと頑張りして頂きます」

「いやだ……働きたくない」

「部屋に篭った振りで下男に変装して城下に繰り出そうとしても駄目です」

「……ひゅ、ひゅひゅぅ~♪」

「はあ……」 

 聖女の零した食べかすを金髪の所々に付けたまま白々しい口笛を吹く男に、昼の凱旋で見せた威厳など欠片も見当たらない。

 私は再び深い溜息を吐くと、改めてこの部屋の住人を見回した。


 遠い遠い異世界よりこの国に流れ着いた、三人の悪党どもを。


「417! 418! 419!」

 一向に止む気配を見せない筋力トレーニングに励む黒髪の大男。

 彼に、神聖の力など宿ってはいない。

 しかし、そうであるとしか考えられぬほどに、彼は強い。

 ひたすらに、強い。

 国の精鋭騎士を一個小隊集めた所で素手の彼一人に歯が立たないのだ。


 彼は異国の地で、幼少時よりただ己の肉体を鍛え磨き上げることのみを教えられて生きてきたのだという。武芸百般を身に着け、それでいて常に無手での戦いを好む。

 彼の生きる目的は自身の体を鍛えることと、己より強い敵と戦うこと。


 最強の脳筋男――篠森潮。


「ていうかさあ、私にもなんかないわけ? こんな地味なローブとかじゃなくてさ、もっとカッコいいスタッフとか、めっちゃ宝石使ったティアラとかさぁ」

 指についた油を舐め取り、教会の人間に聞かれたら即刻破門宣告されかねない発言を零すこの黒髪の少女にも、当然奇跡の力など宿ってはいない。

 だが、実際にこの少女は先の会戦で敵方の動きを悉く読み切り、味方の軍勢には常に最適な指図を与え続けていた。

 彼女の本当の『力』は、その悪魔のような智謀と、およそ人とも思えぬ邪悪な性根。


 彼女は、故国においていわゆる神童と呼ばれる存在だったのだという。それ故に同輩からのやっかみを受けて性格が曲がったのだと、彼女自身は言っていたが、私からすればその因果関係は真逆であったに違いないとしか思われない。


 最悪のクズ――凍倉美園。


「嫌だ~。僕も遊びたい~」

 そして極めつけは、彼らと同じ黒髪を染色した偽りの金髪をだらしなく垂れ伸ばした、この男である。

 彼は、この国の王でもなんでもない。

 役者なのだ。

 ただし、怖ろしく精密で、本物以上に本物を演じる神業の役者である。


 彼は同じく役者を生業とする両親によって注意深く育てられた、役者になるために生まれ生かされてきた人間なのだという。その反動で、演技をしている時以外の人格形成が幼少のそれより上に伸びることがなかった。

 怠惰で放埓な大きな子供。それでいて、人を欺くことに何の躊躇いもない、稀代の詐欺師――楠蓮太郎。


 彼らは、救国の英雄などではない。

 暴力と姦計によってこの国の玉座を掠め取った、忌まわしき簒奪者。


 そして――。


「499! 500! ようし、3セット終了!」

「ウシオ様。言われた通りの配合でドリンクをお作りしておりますが」

「おう! サンキュー、サっ子! やっぱりトレーニングの後はスポドリとプロテインだよな!」

「いえ存じませんけど」

「サクー。今日の御輿作った人まとめて解雇しといて。作り雑過ぎ。舐めてんのかっての」

「はあ。それは構いませんが……」

「サっちゃん、サっちゃん。会席の前にあのお茶頂戴。すっきりする奴」

「はい。ご用意しておりますよ、陛下」

「ここにいる間は陛下って呼ぶの禁止~」

「失礼しました、レンタロウ様」



 そして、私は。



 そんな彼らに祖国を捧げた、恥ずべき売国奴。

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