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交渉と脅迫②

 傭兵組合の成り立ちは今から四代前の王の治世時にまで遡るらしい。

 当時は職業人たちの権利が大きく認められた時代であり、大小様々な組合組織が生まれ、労働者の待遇改善が図られた。

 それまでそれぞれに独立して活動を行っていた傭兵たち――民間の護衛や輸送、魔獣の討伐、捕獲などを生業としてきた――もまた、一つの大きな屋根の下に集い、互いに緩く結びつき合いながら物資や依頼などのやり繰りを始めた。彼らに依頼をする側にとっても、窓口が広くなったことで依頼料が常に適正値に保たれ、また迅速な対応が可能になったとして、社会的にも大きくその価値を認められる組織であった、らしい。


 らしい、というのは当時の資料を漁るとそういう記述が出てくるからそうと言っているのであって、今現在の傭兵組合から、その当時の面影を読み取ることはなかなか難しい。

 官民分離がモットーであったはずの組合組織は、現状それぞれに出資をしている有力貴族たちの手でその実態を牛耳られており、傭兵組合もまた、とある侯爵家の庇護なしには成り立たなくなっている。


 トラバーユ領主、ゴイル侯爵。


 この男が組合への出資に手を出して以降、現在の傭兵組合はその自主性をほとんど失っている。

 実際のところ、出資とは名ばかりで、彼らに支払われる報酬の殆どをゴイル侯が用立てているのだという。如何様な仕事をしようとも通常より高額の報酬を貰えるのだとしたら、生真面目に働いて生産性を上げようとするほうが馬鹿馬鹿しい。

 当然その状況に異を唱えるものだっていたのだろうが、今はいない。

 いなくなった彼らがどうなったか、あれこれ想像するまでもないだろう。


 帝都における人民の腐敗。

 そのもっとも分かりやすい例の一つが、現在の傭兵組合の在り方であった。



「メイド長。済まんが王命である。傭兵組合に依頼を持って行ってくれたまえ」


 そんなことを大臣の一人に言われたのは、前回シーンの二ヶ月前、ホラスへ三悪党の所業を打ち明けた翌日のことであった。

「はあ。構いませんが、依頼とは?」

龍涎香アンブル・グリだよ」

「龍涎香?」

「全く、あの男め、余計なことを吹き込んでくれたものだ」


 先日、王の気まぐれで宮中に招かれた吟遊詩人ジョングルールが、いかにも王の好みそうな愛欲塗れの恋物語を歌い上げたとき、その中に出てくるパヒュルムに王が大変興味を示されたのだという。

 それをひと嗅ぎするだけで、たちまち初心な生娘だろうと巌のようなお堅い女だろうとあちらこちらを蕩かせてしまうのだとか。

 

 どうやら国王陛下、夜伽の女たちが事前に潤滑剤ローションを仕込んできたのがお気に召さなかったらしい。ある程度手荒にされても体を傷めないようにと、メイドたち全員で給金を工面し、苦心して探し出した一品だったのだが。

 あるいは、最近王宮に召されたばかりの新人に、感じている振りをするための演技指導が行き届いていなかったのが原因かもしれない。そのあたりは別のものに任せてしまっていたので私が把握できていなかったのだが、まあメイド長(わたし)の落ち度といえば落ち度だ。


 龍涎香とはその名の通りドラゴンの唾液が結晶化したものとされている。

 そんな馬鹿なとは思うが、実際にそういう香は存在しており、それにはそのような触れ込みで質がつけられているのだから、まあそうなんだろうとするしかない。

 では、いざ龍の唾液を採取しに、などという依頼であればそれはもう叙事詩の中の冒険譚キャンペーンだ。実際のところその香が何で出来ており、どういう効能があるかなど、大した問題ではない。


 要はそういう名のついた香があればよいのだ。

 どの道王宮内の誰にあってもモノの真贋など見極められるはずもなし。後はいかに王にばれずに媚薬が効いているように見せかけるかという夜伽の仕事である。

 だが、何事においても形式や手順というのは大事なのであって、王命によって龍涎香を手に入れよとお達しがあったのであれば、《《手に入れてこなければならない》》。


 私は幾ばくかの金貨の詰まった袋を手鞄に忍ばせ、傭兵組合の本所へと足を運んだ。

 以前にも何度か同じように依頼を届けに行ったことがあるのだが、正直足が重い。

 訪れる度に陰気な顔をした、昼間から酒臭い吐息を撒き散らす男たちに迎えられ、依頼を告げれば気のない返事で金をひったくられる。それでいて大抵は期日を守られず、文句があるならよそに行け、と言われる始末。

 足も重くなろうというものだ。


 そして、その途中。


「ちょっと、そこ行くメイドのお姉さん♪」


 路地裏から、軽薄な声がかけられた。

 古ぼけたリュートを手にした、幅広の帽子を被った金髪の若者が、怪しげな微笑を浮かべて樽に腰掛けている。

 それは、先日王宮に招かれ、王に余計なことを吹き込んだ吟遊詩人の一団の一人に相違なかった。


「なんの御用でしょう」

「龍涎香、探しに行くんでしょ?」

「探してくれるように依頼をしに行くところです」

「行く先は傭兵さんのところかな?」

「それが何か?」


 囀る鳥のような軽やかな口調で語りかける詩人に、私は怪訝なものを感じながらも問い返す。彼は腰掛けていた樽から立ち上げると、私の顔を覗き込むようにして、その口元の微笑を深めた。


「僕もご一緒していいかな?」

「は?」

「おお。輝かしい婦人よ。夜空に靡く風のごとき。私の心をさらうもの。ああ」

「失礼致します」


 私が心を無にしたまま彼を視界の外に追いやった、その時。


「隙ありぃ!!」

 彼が腰掛けていた樽の影から小さな影が飛び出し、私に手を伸ばしてきた。

 掏摸の類か。

 私は右手の手鞄を庇いつつ、逆の手でその細い腕を掴み取った。


 うん?

 今、鞄じゃない場所を狙っていなかったか?

 というか、力弱いな。


 あっけなく捕まえてしまった襲撃者をよく見てみれば、顔を赤くしてもがくその姿には、残念ながら大いに見覚えがあった。


「ちょっとレン! 全然隙作れてないじゃない! 今日こそはこのデカ乳揉み潰してやろうと思ったのに!」

「…………なにをやっているんですか、ミソノ様」

「あはは。ソノちゃんの運動神経じゃ寝込み襲ったって無理だよ~」

 

 ずるり、と幅広の帽子ごと金糸の髪を脱ぎ去り、これまた見覚えのある無垢な笑顔が現れた。


「ごめんね、サっちゃん。ソノちゃんがどうしてもって言うからさ~」

「……その前に、事情を説明してください。一体どういうことですか?」


 いまだに私の胸に掴みかかるのを諦めない少女の腕を締め上げながら、私はうんざりとした気持ちを包み隠せぬまま、そう問いかけたのだった。

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