役立たず(ry③
それから七日間、ミソノ様の手によって帝都の暗部へと引きずり込まれた不運な冒険者は、図らずも自らの価値を嫌と言うほど発揮させられていた。
「だーかーら! 俺は支援職なの! バックアップ専門なの!」
「うっっっっっさいわね。もう百回聞いたわよ。いいから行ってこいっての。それとももう一度作戦聞きたい?」
「聞きたくないわ!」
「なら言ってみなさい」
「認識錯誤の魔法で午前9時の鐘を10分だけ遅らせた後エバンズ商会の馬車に発煙筒を仕込んで~(中略)~これでグリフィス伯爵の取引現場にきっちり5分だけ誰も人がいなくなるからハーフルバフの間者を一人昏睡させて~(中略)~それと入れ違いにあんたが遊説から町に戻ってくるから教会関係者に疑いはかからなくなる」
「完璧じゃない」
「頭おかしくなりそうだ。なんなんだこのパズルみたいなスケジュール……。所々は俺の魔法で無理やり都合つけさせて」
「ふん。かつて日本以外では実行不可能とされながら、乗り換えアプリの普及によって歴史から姿を消した伝説の犯罪、時刻表トリックよ……一度でいいからやってみたかったのよね」
「私情!?」
今回ミソノ様がターゲットにしたのは、戦後の民意にかこつけて教会と騎士団の軍縮を説いていた伯爵家だ。
彼が、どこかの誰かが標榜していた平和主義とやらによってそれを言っているのならまだよかったのだが、普通に隣国ハーフルバフの間諜と通じていたので粛清の対象になったのである。
ただ、教会内部に強力なパイプを持つ彼に対し、力づくでそれを行ったのでは余計な軋轢を生みかねない。
機会を窺っていたところに、ちょうどいい手駒が転がり込んできたというわけだった。
ミソノ様が帝都中にしかけた十数の罠と、その点と点を線で結ぶべく馬車馬のような働きで駆けずり回った仕掛人によって、また一つ、帝国の貴族家が没落していった。
ちょうどいい、どころの話ではない。
身体能力は騎士団長クラス、魔法は多彩、頭の回転も早く現場での即応性が高い。
それまでミソノ様が抱えていたどの私兵よりも有能なその男と、その能力を100%引き出し、利用し、絞り尽くす知略があればこそ、今回の策は成ったのだ。
そして、その日の晩。
「あんた、未来視の聖女ってのは嘘だろ?」
本来限られたものにしか入室を許されない教会内部の聖堂で、精魂尽き果てた様子の男が今回の報酬の金貨袋を受け取った際、ミソノ様にそんな問いかけをしたのだった。
「あら。それを知られたからには生かしては帰せないわね」
「菓子頬張りながら言うセリフじゃないんだよなぁ……」
私の淹れた茶をお供に仕入れたばかりの高級菓子に舌鼓を打つミソノ様に、男はがっくりと肩を落とした。
「何よ。話、聞いてほしいの? 『僕、これこれこういう風に推理してその秘密に気づきました~』って」
「腹の探り合いであんたと張り合う気はないよ……。けど、そうだな。一つ聞かせてくれ。あんた、なんでこんな聖女してるんだ?」
「聖らかな乙女だからよ」
「ゲロ吐くぞ」
「めんどくさいわね。なにが言いたいわけ?」
その言葉以上に雄弁な表情で嫌悪感を示すミソノ様を見て、男はため息を一つ零すと、ふらふらと聖堂内の椅子に座りこんだ。
「俺だって冒険者なんて始める前はそれなりに修羅場潜ってきたんだ。別に自慢するようなことじゃないけど、人を見る目くらいは培ってきたつもりさ。……なあ。あんた根っからの指揮者だ。俺みたいな仕掛人を顎で使うのが性に合ってる。それがなんで聖女なんて仰々しい看板背負って自分が矢面に立ってるんだ? 今回の仕掛、あんただって相当危ない橋渡ってるだろ?」
「……目的と手段の問題ね」
「訳ありってことか? 悪かった。聞かないよ」
「聞いてもいいのよ? あれは一年前、ホグズミードで――」
「聞かない聞かない聞かない分かった俺が悪かったから!」
疲労困憊の体で首をぶんぶんと振り、それ以上の深入りを拒絶した男は、なるほど確かに修羅場を潜ってきたのだろう。一週間前、宿屋の前で呆然と立ち尽くしていた時の姿からはかけ離れた、いやに老成した表情で金貨袋を懐に仕舞いこんだ。
「なら、こっちからも聞いてあげるわ。あんた、なんであんな程度の低い冒険者に付き合ってたわけ? それこそ、斜陽事業の冒険者なんてやらなくても食い扶持くらい稼げたでしょ? それをわざわざ国越えしてまで世話焼いてやった癖に立ち回りミスってほっぽりだされちゃって。人付き合い苦手なタイプ?」
「……運命と偶然の問題かな」
「くっだらないわねぇ」
ばっさりと言い放つ少女の言葉に、男は自嘲気味な笑みを浮かべた。
「分かってるさ。必然と偶然を分けるのは本人の視野の広さ。偶然と運命を分けるのは本人への影響の大きさ。世の中のことは全部、ただのドミノ倒しだ」
「青海波?」
「それが何かは知らないけど、俺にとっては、あのパーティに入ることが運命だった。そりゃ、本当ならもっと長く一緒にいてやりたかったけどさ」
「そういうところが下らないっつってんの。どうせ他人と分かり合うことなんてできやしないんだから、自分がやりたいようにやればいいじゃない。それで向こうがどうするかは向こうの問題でしょ。自分で勝手に諦めてりゃ世話ないわ。ま、私にとっては都合良かったけどね」
「そうは言ってもなぁ……………ん?」
そこで、男はふとミソノ様の背後の積み荷に目を留めた。
その疲れ切った目が細められ、木箱に貼られたレッテルを注視する。
「…………おい。今気づいたんだけど、あんたがさっきからパクついてる菓子」
「ん? ああ、あんたも食べる? いいわよ、別に一つくらい。特別ボーナス――」
「いや、おい! それ、エバンズ商会の品じゃないか! なんでここにあるんだ!」
「あんたが今回の件に巻き込んだんじゃない。向こうからしたら教会を巻き込んだと思ってるでしょうけど。迷惑かけたお詫びに、っつって聖女宛にくれたのよ」
「なあ、おい。まさかとは思うが。あんた、それが食べたいためだけにエバンズを巻き込んだんじゃないだろうな」
「え? そうだけど?」
「ふざけんな! そいつがなきゃ二、三工程は省けたんだぞ! おかしいと思ったんだ!」
「省いたら私がこれ食べられなかったじゃない」
獣のような唸り声を上げて頭を抱えた男が、ぷるぷると震える握り拳をどうにか抑えつけて立ち上がった。
そのまま無言で立ち去ろうとする男に、ミソノ様が声をかける。
「ちょっと。どこ行くの?」
「これ以上ここにいると本当に頭がおかしくなりそうだ。あんた、いつか背中刺されて死ぬぞ」
「それはどうも。ていうか、そうじゃなくて。まだ話終わってないから」
「はあ? 報告はもう十分だろ。報酬も受け取った。色々言っちゃったけど、こっちに文句はないよ」
「いや、だから。次の仕事の話よ」
「……………………は?」
疲労困憊、青息吐息の男が、恐る恐るというように振り返る。
「おい、嘘だろ。これ以上なにさせるつもり――」
「レイブンクリューの間諜の動きが怪しいのよね。西方面には最近徴兵返したばっかりだから人の流れが下りに寄ってるの。明日早くにダミーの使者出すからちょっとそれに乗って国境の領主にちょっかいかけてもらうわ。あ、その前に行路付近の盗賊団の情報集めといたから目ぇ通してもらって――」
「待て待て待て待て待て待て」
ミソノ様が取り出した分厚い資料を見て顔色を一層青くさせた男を見て、流石に私の方からもストップをかけた。
「ミソノ様。今の彼の状態で徹夜仕事は無理です。少しお待ちください」
「メ、メイドさん……!」
彼の目に私がどう映ったか知らないが、眉根を下げて瞳を潤ませ始めた。
今にも膝から崩れ落ちそうな彼に、懐から取り出した小瓶を差し出す。
「……これは?」
「一口飲めば二日は眠れなくなる強壮剤です」
「え゛」
「ご安心ください。重篤な副作用などはございません。私も昨日から服用してますので」
「…………」
おや。逃げ出してしまった。