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虐待と事件解決①

 私が王宮への不法侵入という悪事に加担してから三日間、私は本来の仕事である(忘れている方がいたら思い出してもらいたいのだが)メイド長としての職務に忙殺されていた。

 折しも再来週に国の有力貴族を招いての社交パーティを控えており、王宮中の人間が上を下への大騒ぎであったのだ。


「メイド長~。洗濯物が終わらないです~」

「マルサとヒストリアを探しなさい。サボっていたら夜の順番を早めますと脅すように」

「メイド長。跳ね橋の工事費の書類はどこかな」

「先ほどドラムが適当にでっち上げていたモノならイズに書き直させてます」

「メイド長~。なんか発注ミスがあったみたいで、ラム肉が届きそうにないです~」

「またですか。結構。こちらで代わりの業者を手配しておきましょう」

「メイド長。クラッブ伯から返事は届いていたかな?」

「私は見ておりませんが。今日の便はまだのようですので、昼にもう一度確認してみては?」

「メイド長」「メイド長~」「メイド長はどこか!?」

「はあ……」


 ()()()()()()、この王宮には私以上の年齢のメイドが存在しない。

 殆ど町娘のような若いメイドたちの采配を振るい、それどころか官僚たちの事務仕事まで手伝わされながら、私はどうにか下町へと抜け出す機会を窺っていた。

 その合間にも思い出すのは、やはりあの三人組の悪党のことだ。


 国の暗部に属する諜報員もかくやというほどの演技力で宮殿に潜入した男。

 お荷物の少女一人を抱えたままでなんなく城壁を突破した男。

 そして、あの、口汚いだけで一見何の取り得もなさそうな少女が見せた桁外れの知性。


 一体どこの生まれで、どんな訓練を経て、何の因果でこの都に流れ着いたというのだろう。

 そして、どんな理由があってなんの縁故もない浮浪児一人の命を救おうとする?


 私は迷っていた。

 本当に治療法は見つかったのだろうか。

 もしもパンジーの命が救われたとして、私は彼らを騎士団に突き出すことができるのか?


 どれだけ悩んでも、答えは出なかった。そして、食材の調達のため業者へ直接交渉に行くという口実でようやく王宮を脱出した私は、やはり陽の傾きかけた時分、迷いを抱えた足取りのままに、再びボトル・ベビーたちの拠点へと向かったのだった。

 

 いくつもの角を曲がり、カモフラージュの廃屋の戸を外して開けた場所へ出た瞬間、私の耳に甲高い子供の悲鳴が届いた。


「やだあ! もうやああ!!」


 何事かと声のした方を見れば、ボロ布で作られたテントから一人の子供が飛び出してきたところだった。

 ボトル・ベビー特有の細い手足と、鳶色の髪。

「パンジー!?」

 数日前まで起き上がることもままならなかったはずの少女が、私の姿を捕らえた瞬間目を輝かせ、全力のダッシュで胸元に飛び込んできた。

「おねえちゃん! 助けて! ミソノがいじめるの!」

「パンジー、あなた、動いて大丈夫なんですか?」

「うえええ。もうやなのお」

「落ち着いてください。あのクズに一体何をされたんですか」

「もうゴキブリの卵は食べたくないの!」

「!?」

 

 あまりの答えに私が絶句すると、テントの中からボロ布を重ね着たクズが這い出てきた。

「ちょっとクソガキ。逃げてんじゃないわ――あら、あんた来てたの」

「あなた、この子に一体なにをしたんです……?」

「はあ? 手っ取り早くカロリーが高いもん食わしてやってんでしょ。ていうか、昆虫食なんてどこの国でもやってんでしょ」


 私の腕の中で、パンジーがびくりと震えた。

「それだけじゃないもん! 私の、私の、おし、おしりに……」

「…………は?」

「消化酵素に邪魔されないように腹ん中に直接薬ぶっこんだのよ」

「なんですかその野蛮な治療法は……」

「坐薬ぐらいでガタガタ言ってんじゃないっつうの。そのおかげで動けるくらいには回復してんでしょうが」


 よく見れば、この幼い少女の体中を蝕んでいた青黴のような痣は半分ほどに減っている。

 確かに、快癒に向かっているのは間違いなかった。

「本当に、治療法を……」

「あのね。そもそも蒼疽症自体別に大した病気じゃないわよ。見た目がグロいせいで誤解されてるみたいだけどね。私がやったのは免疫力を底上げする薬と、それが効くまで体を持たせる栄養剤。まあ、()()()()効果は盛ってあるけど、あとはひたすら対症療法よ。どっちみち生きるか死ぬかはこいつ次第だったけど、まあ、そんだけ動けるようならもう死にはしないでしょ」

「うっ。ぐすっ。もうやだあ」

「心に甚大な被害を被っているようですが」

「うっさいわね。虫食わされて尻剥かれたくらいで人生終わりゃしないわよ。私がこうして生きてるんだから」

「はい?」


 その妙な言い回しに私が訝し気な視線を向ける間もなく、私の後ろから野太い腕が伸びてきた。

「おー。ちびっ子。生き返ったか」

 ぞくりと悪寒が走ったときには、既に黒髪の大男が私のすぐ真横に現れ、私の腕の中で泣きじゃくるパンジーの頭を撫で回していた。

 この男は、何でこの図体でこんなに気配を殺すのが上手いんだ……?


「し、死んでないもん!」

「そうかそうか。とりあえず虫でもなんでも食えるだけ食っとけ。タンパク質は力の素だ」

「う。う~。ウシオが言うなら食べる……」

「おう。慣れると意外と美味いぞ」

「ふん。これに懲りたら知らない大人から訳わかんないもん貰っても口にするんじゃないわよ」

「ミ、ミソノだって自信満々に毒キノコ食べて三人ともお腹壊すはめになったって、レンタロウ言ってたもん!」

「レン!! その辺は上手く誤魔化して威厳保ちなさいって言ったでしょうが!!!」


 周りの子供たちからも笑いの輪が起き、つい先日まで仲間が死と隣り合わせであったとは思えないほど、和やかな空気に包まれる。

 間違いなく、パンジーは命を救われたのだ。


「あの」

「なによ」

「あなたたちは、何故この子に、ここまでのことを……?」


 戸惑いと共に発された私の問いに、少女と大男は一瞬顔を見合わせ、言葉を紡いだ。

「命の恩人だからな」

「利用価値があるからよ」

 

 ……いや。どっちですか。


 分からない。

 この者たちは犯罪者だ。強盗、窃盗、詐欺。良心の呵責もなく法を犯し、自らが窮地に陥れば仲間を売ることも辞さず、それでいて、浮浪児一人の命を救うために奔走する。

 それぞれの持つその異常な能力も、行動原理も、何もかもがこの都にそぐわない。

 

 私が大いに混乱していた、その時。


「邪魔するぜ!」


 ごしゃ。

 野卑な言葉と共に廃屋の戸が吹き飛び、むくつけき男たちが数人、大きな革袋を携えて押し入ってきた。


「おうおうおう。青黴塗れでくたばったガキはどこだ? 死体を回収しにきてやった、ぜ……」

「ん? あれ、お前ら――」


 そして、先頭にいた禿頭の男が私の横にいた大男を目にした瞬間。


「ぴぎぃぃ!!?」


 尻もちをついて倒れ込んだ。


 …………ぴぎぃ?

 今、大の男がぴぎぃって言った!?

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