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君が僕を知ってる③

「ゴイル侯。ここにいる間の陛下の体調管理はあなたに任せたはずですが」


 屋敷の執務室にて雑多な書類の山と格闘している老人にかける自分の言葉が、いつになく険悪になっていた。

 疲労の浮かんだ顔で私を見上げるゴイル侯が、意外そうに応える。


「おや。王宮で出しているものと似たメニューを用意させているはずですが」

「だからです。菓子と酒の類は全て食糧庫にしまった上でしっかりと施錠してください」

「……なるほど。徹底させましょう」


 全く、盗み食いを予防しないなど手落ちもいいところだ。見たところ適度な運動もしている様子がないし、苦手な食事を棄てている可能性もある。

「あんた、いつから介護士になったの?」

「はい?」


 呆れた顔で私の横を通り過ぎたミソノ様が、ゴイル侯の執務机を横から覗き込み、いくつかの書類を隠そうとするゴイル侯と掴み合いを始めたのを見て、深く溜息を吐く。

 まあ、自分で言っていて情けなくはある。

 ただ、このままこの屋敷で王宮以上に怠惰な生活を送っていては、レンタロウ様の演じている陛下と見た目のギャップがありすぎて、元の場所に戻ったときに周りから不審がられてしまう。


「……はて。それが狙いなのかと思っておりましたが」

 ミソノ様の細腕を退けたゴイル侯が、さも当然のようにそんなことを言い放った。

「陛下を堕落させることでレンタロウ君がそのまま玉座に居座るつもりなのではないのですかな? いざ元通りに戻ろうとした際に言ってやればいいでしょう。『誰だお前は』『お前のような国王がいるか』と。今の王宮の人間に二人を見比べさせてみればいい。真相に気づこうが気づくまいが、恐らくはレンタロウ君が本物だということにして丸く収めようとするでしょうな」

「ゴイル侯。不敬が過ぎます」

「は。は。は。今更なにを仰る。あなたたち以上に王家を侮辱しているものがおりますか? それに、私はもはやこの国の表舞台に居場所などない。不敬もなにも……」


 なにも、反論することができなかった。

 一から十まで彼の言う通りだ。

 私は今、国法に照らせば、間違いなく極刑に値する所業をなしている。国王の影武者を立てるならまだしも、影武者の――それも、この国と縁もゆかりもない平民の男の差配で国政を動かすなど。大罪以外のなにものでもない。

 そして恐らく、彼の語った策は通じる。

 当然だ。今王宮に残っている者たちは、みな信じているのだ。

 生まれ変わった王のことを。

 この国が変わっていけることを。


「はっ。それやったら、あんたがそれネタにして私らに脅しかけるつもりでしょうが。王様が王宮を放り出されたら泣きつく場所はここしかないものね。どっかグリフィンドル以外の国に亡命してまた侵略の口実にでもする?」

「は。は。は。そうさせないために三悪党(きみ)たちが動けばいいでしょう」

「余計な仕事してる暇ないんだっつうの。ていうか、報告よこしなさいよ、報告。『山吹色』の件、進捗どうなってんの?」

「昨日の報告で37パーセント。予定より早いですな。それと、『仙人掌』の目途がつきそうです」

「あっそ。ティモシーのおっさんに焦んなくていいっつっといて。あと、試作出来たんなら使ってみるから、工場の場所教えて」

「…………」

「……」


 ちょっと目を離した隙に私にも意味の分からない符牒が増えている……。

 取りあえず、私がこの屋敷でやらなければならないことは、陛下の健康管理について屋敷の人間のコンセンサスを取ることと、今の国の現状を少しずつでも陛下に教え、理解してもらうことだ。

 正直、自分一人の手には余るが、それならそれで助力を探さなければならない。


「あ、そういえばサク」

「なんでしょう」


 ……最近分かってきたのだが、ミソノ様がこんな風になんでもないことのように声をかけるときほど、厄介な案件を振ってくることが多い。

 

「今日さ、シオがここに来ることになってるんだけど、王様に直接会わないようにしといたほうがいいんじゃない?」

「早く言ってください!!!」


 私の悲鳴のような声をかき消すように、屋敷の庭の方面から、恐らくはメイドに扮した娼婦のものと思われる本物の悲鳴が聞こえてきた。


 ああ……。


 廊下へ飛び出した私が数歩進むと、角を曲がって現れたウシオ様と鉢合わせた。

 その右手に、白目を剥いて気絶した陛下の襟首を摘まんで。


「よお、サっ子。なあ、こいつ本物の王様か? なんつうか、全身至る所の筋肉が足りてねえぞ。大丈夫か?」


 ああああ……。




 数分後。


「おいおいサっ子。俺だって蚊ぁ(はた)くのに拳は使わねえよ。デコピンだけだ、デコピン」


 一切悪びれることなく一国の国主を蚊呼ばわりしたウシオ様は、どうやら数分前、屋敷の塀を乗り越えて侵入したところを陛下と鉢合わせたらしい。

 庭の茂みの影で娼婦の一人とお励みになろうとしたところだったのだろう。

 騒ぎ立てる陛下がウシオ様に掴みかかったところを指の一本で黙らせたという運びのようだ。

 言いたいことがありすぎてどこから手をつけていいか分からないが、とりあえず……。


「ウシオ様。傭兵組合に行ってパンジーを借りてきてください」

「ああん? いや、俺さっき顔出してきたばっかだしなぁ。こっから地味に遠いんだよなぁ」

「ウ シ オ 様」

「……オーキードーキー・マム」


 両手を上げて首を振ったウシオ様が、再び塀を乗り越えて組合の方角へと消えて行くのを見届け陛下を寝かせてある寝室に戻ると、そこにもう一人の黒髪の悪党がいた。

 気を失ったままの陛下の額へ、インクに浸した羽ペンの先を近づけている。私の姿に気づくと、無言のままそれをひっこめた。何をしようとしていた……。


「ミソノ様」

「ねえサク。この王様、兄弟亡くしたのいつ頃だっけ?」

「何事もなかったかのように……。陛下が十歳の頃ですね」

「他に同じ年頃の子供とか、近くにいた?」

「恐らく、いなかったでしょう」

「ふうん」

「なにか?」


 その口元に歪な笑みが浮かんだの見て、気が遠くなりかけた。


「ねえサク。あんたとしちゃ、この戦争が終わるまでに、この王様に人並みの甲斐性身に着けてほしいのよね」

「大丈夫です、ミソノ様。これは流石に王宮の問題ですので」

「でもさぁ、それって結構大変じゃないかしら。だって今まで17年? 18年? ちゃらんぽらんだった王様をいきなり名君にしようなんてさぁ」

「いえ、お気遣いなく。こちらで何とかいたしますので。それよりミソノ様。先ほど仰っていた『仙人掌』とは何のことですか?」

「ああ。高吸収性ポリマーよ。あんただって使うでしょ? それよりさ。王様の教育で私にちょっといい考えがあるんだけど」

「使い道の分からないものを『使うでしょ』と言われても困りますし陛下の教育はこちらで段取りを整えておりますので本当にお気遣いなく。それよりミソノ様。王宮内で聖女に関する意味の分からない噂が広まってまして」

「ああ、それわざとだから気にしないで。それよりサク――」

「いえ、ミソノ様――」

「荒療治、してみない?」

「結構です!!」



 翌日。


 ゴイル侯爵の屋敷から、ウシオ様によって陛下が連れ去られた。

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