帝都の三悪党③
また、別の日。
「メイド長。この男たちを馘にしろ」
玉座に鎮座した国王陛下が、そんなことを口にした。
彼の足元に這い蹲っているのは、この帝国の法務と財務を司っている大臣の二人だ。
罷免の令を受けているにも関わらず、二人の態度に焦りの色は見えない。それどころか、子供の遊びに付き合ってやるような、明らかな退屈と侮蔑が、そのひれ伏した顔に張り付いていた。
「恐れながら陛下。メイド長に大臣の任免権はございません」
「では、それを持つものは誰だ」
「国王陛下御自身でございます」
「よかろう。では、この男たちを馘にする」
そこで、やれやれといった様子で顔を上げた二人の大臣が、甘ったるい声で割って入った。
「お待ちください、陛下。王たるもの、そう短慮を起こすものではございません」
「何か、わたくしどもがご不興を買うようなことを致しましたならば深くお詫び申し上げます。しかし、我がパーキンソン家は代々帝室に仕えた由緒ある――」
二人にとっては、いつもの陛下の癇癪がたまたま自分たちに向けられただけのこと。もとよりこの国王にこの国の人事など判るはずがない。適当に宥めてすかして、酒か女か甘味のどれかでも与えておけばよい、と。
そんな彼らの思惑を、氷のような声が遮った。
「黙れ」
その端的な一語に、いまだかつて聞いたことのない威圧が込められていたことに気づき、二人の大臣が言葉を失った。
驚愕と困惑。思わずといったように互いの顔を見合わせたその姿は、なかなかに滑稽である。
「その由緒とやらに一切興味はない。大事なことは一つだけだ。お前たちは俺の不興を買った。故に馘だ」
二人の顔に、ようやく焦燥の色が宿った。
「お、お待ちください。せめて理由をお聞かせ頂かなければ。いくら国王陛下といえど、法務卿と財務卿を一度に罷免するなど前代未聞にございます!」
「正当な理由なく公爵家伯爵家の当主を罷免などしては貴族社会の支持を失いますぞ!」
「メ、メイド長! 何を黙っておる! 陛下の無体を止めるのも貴様の仕事であろう!」
そんな仕事を任されたメイド長は、恐らく私が最初で最後だろう。
しかし、私とてこの一件については何も聞かされていない。困惑しているのは同じなのだ。
「陛下。恐れながら彼らの言にも一理ございます。まずは理由を下されるべきかと」
「黙れ黙れ。貴様も馘にするぞ」
「ご随意に」
「ちっ…………出て参れ。赦す!」
その声に応じ玉座の前に参じたのは、年若い騎士数人であった。その胸元には、第一師団の紋章。
「こ、近衛騎士?」
二人の大臣と私の困惑が増した。
第一師団――陛下の御身を守護する近衛騎士を統べるのは、今まさに目の前にいる二人の大臣と同じ派閥――カルロ伯爵だ。ここ数日のミソノ様の謀略でその発言力を削がれたとはいえ、彼らを糾弾する場に召喚される意味が分からない。
「申せ」
「はっ」
「こちらが、闇ギルドに宛てられた法務卿閣下からの密書にございます」
「なっ!?」
そうして、若い騎士たちは二人の大臣たちの汚職の証拠を次々と列挙し始めた。談合。裏金。密輸。暗殺。出るわ出るわ。
二人の大臣の顔色が蒼くなり、白くなり、そして、赤くなった。
「ふざけるなぁ!!」
「貴様らなんのつもりだ!! カルロ伯爵はどこだ!!」
当然だろう。これまで散々仲良く甘い汁を吸い合ってきた仲間に、突然裏切られたのだ。
「陛下。陛下。これは罠でございます。酷い。酷く陰惨な罠で」
「どうか懸命な判断を。このような下級騎士の讒言に惑わされてはなりません」
「陛下。そうです。私を罷免などすれば、陛下に献上するお食事の質が下がりますぞ。そうだ、菓子の供給も止まりましょう」
「わ、私を。私をお傍に置いてくだされば、我が公爵家選りすぐりの美女を望むだけご用意致しましょう」
これまで国政に根を張り、私腹を肥やし続けてきた二人の男の根限りの阿諛追従は、しかし、再びただ一言のみによって遮られた。
「黙れ」
ゆっくりと、玉座から立ち上がる。
豪奢なマントを翻し、かつかつと、私に歩み寄った。
その細い腕が私の腰に回され、抱き寄せられた。
ん?
なんだなんだ。
「美女ならばとうに間に合っている」
「「「…………は???」」」
その時、私がどんな顔をしていたか、自分でもよく分からない。
せめて、目の前であんぐりと口を開けて固まった二人の男ほど間抜けな顔はしていなかったと信じたいところだ。
私の首筋のすぐ近くで発されたその声に、暖かな吐息の熱が僅かばかりに感じられた。
「そして、なに、このような下級騎士だと? こいつらは俺の身を守る最後の砦、最後の盾だ。それを侮辱するということは、この俺自身を侮辱するに等しい」
「お待ちください!!」
「陛下! 誤解! 誤解でございます!」
いよいよ悲鳴となった大臣の声は、当然その後も陛下の耳に届くことはなく、二人はそのまま大臣としての職を解かれた上、それぞれの家の所領地の大幅な没収という沙汰が下された。
汚い言葉を喚き散らしながら連行される二人を見送ると、陛下は跪いた騎士たちに言葉を下した。
「大儀であった」
「陛下の御心のままに」
彼らに引導を渡した若い騎士たちは、陶然とした表情で深く頭を下げた。それは、近衛騎士団の本来あるべき在り方――そして、私が初めて見る光景だった。
彼らを下がらせ、二人きりとなった玉座の間で、一体この数分の間に何が起きたのか困惑する私に、陛下が顔を向ける。
「メイド長。茶の支度をせよ」
「……かしこまりました」
それは、予め決められた合図だった。
豪奢なマントを揺らしながら歩みを進めるその背中に、黙ってついていく。
そして、王宮の中でも限られた者しか立ち入りを許されない最奥の区画、その中の一室の前で陛下が立ち止まった。
古びた木製の扉。三頭蛇の紋章が描かれた銀のプレートが下げられている。
それを開けた陛下に続き、中に入った私が、扉の鍵を閉める。
そして――。
「ん~~。一仕事終わったぁ~。サっちゃ~ん。お茶お願~い」
先ほどまで見せた威厳を露と消した陛下が、にへらとだらしない笑みを浮かべ、振り返った。
「陛下。あのようなことは事前に打ち合わせをしていただきませんと」
「え? ソノちゃんから聞いてなかった? そろそろあの二人〆るって」
「いえ。それもですが、それではなく……」
「ん? あ、この部屋では陛下って呼ばないでってば~」
「……失礼致しました、レンタロウ様」