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08

「拓一、あんたなにやってんの?」

「なにやってんのって読書していただけだけど」


 え、というか学校なのに話しかけてきていいのか?

 いやでもここでなにかを言うと不機嫌になってしまうだろうから言わないが。


「それ今度貸してよ、何巻?」

「これは7巻だね。分かった、明日持ってくるよ」

「いいわ、今日寄るから」

「いやそれは……明日持ってくるからその時でいいでしょ?」


 それにこれは面白いため中途半端な時間に読み始めると夜ふかししてしまうような代物だ。

 そういう意味でもわざわざ今日家に来てもらうのは避けるべきだろう。


「バーンッ」

「うんもう慣れたけど、今日はどうしたの?」

「ちょいちょいちょーい、せっかく美少女の家に入れる機会だったのに逃げたそうじゃないかーい」


 これは間違いなく風子ちゃんから聞いたな……。

 家に来た時点で不味いのに、女の子だけしかいない部屋になんか入れるわけがない。

 それくらいの積極的さがあるなら普通に友達が沢山いたはずだ。


「そうよ、いちいち変な遠慮しなくてもいいでしょ? 捺希が誘っていたんだから」

「無茶言わないでよ。1対1ならともかく、4対1なんて無理だって」

「普段ほぼ似たようなものじゃない」

「他の人がいる学校とは状況が違うでしょ、ましてや女の子の家に上がるとか絶対に無理」


 仮に本人が誘ってくれていても空気を読んで入ったりしないべき。

 僕は逆に普通の対応をしたんだ、そこをいつまでも言われたって困る。


「ふぅん、その割には風子とふたりきりだったみたいだけど?」

「それも君が出ていかなければ……いや、なんでもない」

「ははっ、もしかして私がいなくて寂しいの?」

「寂しいよ、当たり前でしょ?」


 言っても仕方のないことだから読書に戻った。

 いま言いたいことは中途半端な態度を取るのはやめてほしいということ。

 話しかけないと言ったのならそれを守ってほしい。

 だってそうしないと余計に精神にくる、帰ってもいないんだって寂しさがこみ上げる。

 そういう作戦なのだとしたらそれはもう立派なものだけど……。


「おや、結菜ちゃんの耳あかーい」

「はぁ? 別に照れてるとかじゃないわよ?」

「じゃあなんでー?」

「怒っているのよ、こいつはまた思ってもいないことを言っているんだなって」


 ほらね、こういう言葉を引き出しておいて、いざこちらが答えてもこれ。

 結局、僕らの間にはとてつもない距離がある。


「そういえば結菜ちゃんの気になる人って誰なのー?」

「それ、誰から聞いたの?」

「丹波くんから風子へ、風子から私にって感じかなー」

「ちっ……ま、そんなこと言っても意味ないでしょ。夕七は佐藤と仲良くしていればいいのよ」


 同じ教室に自分の好きだった人間と付き合っている人間がいるってどんな気分なんだろう。

 あとはまあこの短期間に変わるのって普通なのかな、彼女の好きって気持ちは他者のと比べて低い気がする。

 やはりというか惚れ性とか恋に恋をするタイプなんだろうか。

 これを見てるととても自分の妄想した人物では思えてこなくなる。


「拓一」

「ねえ、僕と君って全く関係ないよね」

「は、はぁ?」

「いやだってさ、僕は君と違って人に簡単に惚れたりしないからね。仮に君が僕の妄想の表れだとしたら身持ちの固い子になるはずだよ。ねえ、君はどこの誰のなの?」


 どこに他の男子と積極的に付き合おうとする子なんか創造する人間がいるだろうかって話だ。

 冷静に考えてみるとそんな子を家に住ませていたことが気持ち悪い。


「ごめん、もう話しかけないでくれる? 関係ないからさ」

「あ、あんたなに調子乗ってんの? ふざけるんじゃないわよ」

「そもそも君が望んだことだろ、僕はそれを守ってやろうとしているんだよ。なに自分で話しかけないでとか言ったくせに話しかけてるんだ」

「いい加減にしなさいよ!」


 流石に叩くということはできなかったらしく、胸ぐらを掴まれるだけで終わった。

 結菜さんは氷室さんが止めて、こちらを甘城さんが遠ざけようとしているから。


「教室でうるさくするのはやめなさい。それでなに、また喧嘩?」

「いや、喧嘩じゃないよ」

「その割には結菜があなたの胸ぐらを掴んでいたようだけど?」

「そういう時もあるんじゃない? ま、僕には関係のないことだから」


 そこで切れるってことは多少であったとしても自分もそう思っているということだろう。 

 怒ってくれて寧ろ安心できた、怒ったところくらいしか見たこともないけど。


「関係ないってどういうこと?」

「……こいつが自分と全く関係ないって」

「だからなんで急に?」

「あのねー、丹波くんは結菜ちゃんにどこの誰のなのって聞いたんだよ。それから話しかけないで、関係ないからとも言った。それがむかついたのか結菜ちゃんが叫んだって流れかな」


 話を聞いていなかった人物からすればピンとこないのは仕方がない。

 こういう時だけは甘城さんがいてくれて良かったと心底思う。


「そういうこと。私は間違いなくあなたのだと思うけれどね」

「だったら他人のことをホイホイ好きになるような軽い人間なんて妄想しないよ。誰がそんなビッチみたいな子がいてほしいなんて願うんだ」

「はあ!?」


 喋り方だって見た目にあった清純そうな感じにする。

 なのに結果は真反対、いいのは見た目だけ、おまけにデレがあるどころか他に行こうとするときた。

 そんなのを願う人がいるとしたらマゾもいいところだ。


「うるさいから結菜は戻っていなさい」

「ちっ……あんた覚えておきなさいよ!」

「ごめんだね、関係ないんだから」

「てめぇ――」

「やめてくださいっ」


 急に現れたのは甘城さんの妹、風子ちゃん。

 黙って見ていた僕の方を見ながら「廊下まで聞こえていましたよ、もう少し静かにした方がいいと思います」と呟き口をキュッと結ぶ。

 先輩の教室に入ってくるだけでも勇気がいるというのに凄いなって内心で呟いた。


「丹波君、あなたもなんで急にそんな喧嘩腰なの?」

「いや、そんな訳も分からない子を家に住ませていたのが気持ち悪いと思ってさ」

「そういう言い方はやめてください!」


 そうだ、誰もこっちの味方なんかしないと分かっていたから家に入るのはやめたんだ。

 そりゃあ同性を庇いたくなるわな、大して仲良くのない男を守ろうとするくらい無駄なことはない。


「嫌いです、丹波先輩なんて」


 そもそも好かれていた時があったか? という話ではあるが、なにかを言うとどうせ今度は氷室さん辺りが止めようとしてくるだろうから口にはしなかった。

 

「私も嫌いかなー、それをそのまま続けるのならだけどねー」

「そうね、夕七の言う通りだわ」

「あんたなんて大嫌いよっ!」


 この教室のトップ女子から嫌われてしまった。

 だがまあ、結局これも同じで好かれてすらなかったのだから傷つく必要もない。

 ざわついているクラスメイト達も、視線を感じがして確認してみたら目が合った佐藤君も。

 全部関係のない話だ、どうでもいいことをいちいち考えていられるような暇は自分にはないのだから。




「ただいま」

「母さんお帰り」


 持っていた袋を受け取って台所に運ぶ。


「しまっておくから座っててよ」

「でも、ご飯を作らないと」

「肉丼でもいい? それくらいなら作れるけど」

「そう? ならお願いしようかしら」


 ぱぱぱっとしまってしっかり手を洗ってからまず玉ねぎを炒めていく。


「拓一ー」

「うん?」

「結菜ちゃんはどこに行っちゃったの?」


 え、1度も母さんには見せたことのないはずだったのに。

 止まっていた手を慌てて動かし始めて、どう言えばいいのかを考えていた。

 幸い、料理中だからということで話を逸らすことはできる。

 この後も食事中だから、入浴中だから、寝るからという最強のカードが揃っているわけだが。


「どこに行っちゃったの?」


 台所にまで来てしまった。

 ……お肉を投入してなんとか気まずい空気だけは作らないよう努める。


「あと、今日の拓一はどこか元気がないみたい」


 母さんは結局僕から調理道具を柔らかく奪い取って代わりに始めてしまう。

 隠そうとしても無駄だぞって言われている気がして、台所近くの椅子に静かに座った。


「喧嘩しちゃったの?」

「喧嘩じゃないよ」


 好かれてもいなかった状態から嫌われてしまったというだけ。

 そんな言い方をするのは大袈裟だし、仲良くなければそもそも喧嘩はできない。


「というかさ、僕はあの子のこと隠していたつもりなんだけど」

「分かるわよ、だって話し声が聞こえてきていたもの」

「ああそう……ま、もう戻ってくることはないよ、大嫌いって言われたからね」


 言われて当然のことをした――とは思わないが、それをわざわざ伝えることほど無駄はない。

 嫌いなら嫌いで無視するなりいない者扱いするなりすればいい。

 なのに中途半端な態度を貫いて結局それをぶつけるってわがまますぎる。

 

「泣かせたりしてない?」

「泣くことなんてないよ」


 風子ちゃんがいなくてまだマシだったか。

 それでも甘城さんから情報がいくだろうし便乗するだろうけど。

 

「あなたじゃなくて――」

「だから泣くなんてしないって。嫌いって言った方が泣くっておかしいでしょ」


 話しかけんなと言った人間に話しかけるなと逆に言われたら喜びしかないだろうに。

 それなのに被害者面して泣くような人間がいたら関係が失くなって良かったとしか思えない。


「それでも傷つくことだって――あら、誰か来たわね、よろしく」

「うん」


 宅配の人だろうかなんて考えながら出てみたらいたるさんだった。

 猛烈に嫌な予感がする、家を知られているのってこういう時に面倒くさいな。


「丹波さん、私もあなたが嫌いです!」

「それを言うためにわざわざ来たの? お疲れ様」


 しかし、大声というのはどうしたって人を集めてしまうもの。


「あら、拓一の友達?」

「あっ、そ、その……」


 母が来たことによって彼女はもうタジタジ、先程までのそれはなんだったのってくらい面白い。


「拓一……あなた嫌われているのね」

「そうだよ、いまに始まったことじゃないけど」


 お肉が不安なので戻って炒めていると母は彼女を家に上げてしまった。

 正直に言ってざまあみろと思った。

 わざわざ家にまで来てあんなことを言うからだ、罰が当たったんだ。


「あなた、いたるちゃんっていうのね」

「は、はい」

「それで今日来た理由はさっきの、だけ?」

「す、すみませんでした……」

「いえ、別にいいのよ? 拓一がなにかをしていなければそんなことをわざわざ相手の家にまで行って言おうとなんてしないでしょう? あなたさえ良ければなにがあったのか教えてくれないかしら」

「わ、分かりました」


 タレを自作し絡めて炒めていく。

 味が染み込むまでの間に油揚げと余った玉ねぎでコンソメスープを作成。


「できたよ」

「ありがとう。いたるちゃんも食べていって」

「あ、私は家に帰るので。結菜さんも待っているので」

「それなら拓一に送ってもらいなさい。拓一は送ってからね、お母さんは先に食べてお風呂入って寝ます」

「はぁ……分かったよ」


 靴をわざわざ履くのも面倒くさいしサンダルで外に出る。


「……お肉、美味しそうだったなあ……」


 君があんなこと言ってくれなければ僕もそう思えたんだけど。


「結菜さん、泣いていたんですからね」


 なんで相手が泣くんだよ、泣くとしたらフルボッコにされた僕の方だろうが。

 一斉に言えばいいのにズラして言うからダメージが高まった。

 それを文句言うことなく受け止めこうして帰ってきたのに、そこに追撃しようとする馬鹿がいた。

 本来なら氷室さんの好きな人だからとか一切気にせず鬱憤を彼女で晴らしても良かったんだ。

 だが、流石に母の前ではできなかった、勇気がないとかじゃなくて常識的に。

 母を余計なことで疲れさせたくない、だから言わなかった、言えば困るだろうことは用意に想像できたから。


「それで君に頼ったってこと? いいところしか見ていないのに?」

「許せないから私が来たんですよ」

「だからさあ、あの子が全て正しいとでも思ってるの? もしそうなら気をつけた方がいいよ」


 くそ、本当なら送ることだって嫌だぞこんなの。

 どうして嫌いだなんて言ってくれた人間の心配なんてしなければならないんだ。


「せっかく氷室さんが動いてくれてるんだからそっちに集中しておけばいいのに」

「動いてるってなんのことですか」

「は? いや、氷室さんが――」

「勝手なこと言わないでくださいよ、捺希ちゃんの名字すらあなたに呼ばれたくない」

「はぁ……じゃあもういいよ、じゃあね」


 なんだこれ、じゃあ来なきゃいいだろうが。

 それを来て散々言ってこちらにはなにかを言うことすら許さないなんて。

 ……悔しすぎて涙が出そうだった、誰も見ていないから別にいいんだけど。


「なんだよくそっ」


 関わる女は糞だらけかよ、上辺だけしか見ないでこちらが悪だと決めつけてきやがる。

 なにを聞いたのか母だって同じだ、結局最初から最後まで自分の考えは間違ってなかったんだ。


「くそったれー!」


 近所迷惑とかどうでもいい、自分の気分が晴れないのだからそれをスッキリさせようとするのは当然のこと。


「うるさいぞ丹波」

「え……」

「これやるからそこで話そう」


 固まっていたら飲み物を押し付けられた上に勝手に運ばれてしまった。


「学校の時からやっていたよな」

「そうだね」


 いいよな彼は悪口とか言われたことなさそうで。

 少なくとも僕みたいに嫌いだなんてことは言われたことなさそうだよな。


「夕七は関係ないのに悪かった」

「なんで佐藤君が謝るの、過保護すぎるのも良くないんじゃない」


 俺の彼女は悪くない! そう言わせる問題を作ったお前が悪いと言われるよりはいいけど。

 いや寧ろそっちの方が対応が楽なんだ、だって憎んでいればいいんだから。

 今日みたいにぶつかることのできる理由が作られる、だが、謝られるとどうしようもなくなるわけで。


「丹波、お前嫌いって言われてどんな気分だ?」

「なにそれ、もしかして煽ってる?」

「違う、なんでお前はそんな普通でいられるんだ? 俺が昔に言われた時はたったひとりからのであったとしても大ダメージだったんぞ」

「普通でいられないから叫んでいたんだよ。でも、あれでスッキリしたからかな」


 彼でも嫌いなんて言わることもあるのか。

 1度くらいは失敗しないと強くなれないって言うし、彼にとってはそれがいい方向に働いたんだろう。

 が、こちらはボロクソのボッコボコ、別に相手に直してほしいからぶつけたわけじゃない、ただの不満をぶつけられただけだから成長しようもない。

 これから大きく育ってほしい植物に最初だけ水をあげて後はあげなかったみたいな感じ――例えが下手すぎるか。


「ごめん、迷惑かけるね。やるとしても今度からは教室では避けるようにするよ」


 どちらかが無視をし続ければ言い合いになんて発展しないんだ。

 そしていまは絶許というか関係消滅に近いため、それができる環境が整っている。

 そうすれば他人に怒り声で不安な気持ちに陥らせることもないはずだった。


「でもお前、5人から嫌いなんて言われたんだぞ? これからどうするんだよ」

「どうするって普通に生活するしかないよ。嫌われてるのはもうどうしようもないし、印象良くして撤回してほしいなんて思わないからね。なんか時間の無駄じゃんそういうの、僕は佐藤君とは違うんだよ。ごめん、なにもないから羨ましいんだ。これは返すよ、それじゃあね」


 この状況だと誰かを羨んでいなければ潰される。

 ダメージを受けないわけがない、おまけに嫌いと伝えるために行動力ある人間ばかりだ。

 それを前にして本人にぶつけるわけでもなく虚空に向かって叫んでいる自分は間違いなくダサいが。


「……もしもし?」

「丹波君? いたるが帰ってきてないんだけど」


 何気に氷室さんの家が近いところまで送っていったのまだ着いてない?


「さっき家の近くで別れたけど」

「どうして家まで送ってくれなかったの」

「どうしてって……なんで嫌いなんて言ってくる人を送らなければならないの?」

「……いいから探して、私もいまから探すから。それじゃあね」


 スマホをポケットにしまってひとりで呟く。


「探すわけないでしょ」


 一切気にせず僕は家に帰った。




 翌日、彼女が家に帰ってこなかったと話しているのを聞いた。

 どうやら実家にも帰っていないらしく、彼女達はめっちゃ慌てていたけどどうでも良かった。

 だって彼女たちと違って悪口を言ったわけじゃない。

 なんにも責任はない、勝手に家に来たのが悪い、帰らなかったのが悪い。

 読書をしていた僕の手から本を奪い取って氷室さんが見下ろしてくる。

 単純に自分の探し方の悪さが影響しているというのに人のせいにするなと睨みつけた。


「いたるが帰ってこないのよっ」


 今度は不安そうな顔になって同情を引く作戦に出たようだ。


「連絡すればいいでしょ」

「したわよっ、でも反応がないの……だから昨日は寝られなくて……あなたはどうなの」

「僕? 普通に寝たけど」

「ふざけるんじゃないわよっ」


 いや、どうやったらあそこから行方不明になるんだよ。

 彼女達が先生に聞いていたがそこでは休みだと説明されていた。

 それはつまり誰かの家にお世話になっているか、単純に連絡を無視して実家にいるかってだけだろう。

 ――って、教室で騒がしくしないって佐藤君に言ったのに、自分じゃないからセーフか?


「そんなに不安なら告白でもしてあげたら? そうすれば馬鹿みたいに戻ってくるでしょ」

「このっ!」

「……うん、その行動力があればできるでしょ。人を叩くことより告白する方がよっぽど楽だと思うけどね僕は。いいから返せよ、迷惑なんだよお前らは」


 いいよな、少し困ったような素振りを見せれば男子は騙されるし同性からも同情してもらえる。

 ついでに仲間を得て悪口だって言いやすくなるわけだ。

 特に気が弱い人間なんかにとってはまたとない機会、そりゃ大事にするよなあ。


「迷惑なのはお前なんだよ」

「そうだよー、氷室さんが可哀想」

「最近調子乗りすぎだよねー」


 そして馬鹿みたいな連中が代わりに責めてくれるんだから楽だよな。


「いたるを返してよっ」


 こっちをぶっ叩いたあげくまるで誘拐をしたみたいな言い方をしやがって。

 それによってなにも知らない屑なクラスメイトがヒートアップ、中には物を投げつけてくる奴もいた。

 馬鹿、キモい、調子乗りすぎ、あいつが消えればいいのに、死ねばいいのに。

 言ってはいけないことだって平気で言って、さも正義の味方になったつもりでいる奴ら。

 それは授業が開始されても続き、異変に気づいた教師によって僕だけ教室から退出させられた。

 保険の授業で詳しいことは聞きそうにない頭も筋肉でできてそうな体育教師なのも悪かった。

 ああ……ずりいなあ、ここまでされるとぶっ壊したくなるな。

 教室に無理やり戻ってムカつく奴を全員ぶっ飛ばして停学になるのも有りかな。

 冤罪だと分かったところで上辺だけの謝罪か、それでも馬鹿みたいに彼女達の味方をするだけ。

 ――だが結局なにもせず、裁きだけは執行されたまま放課後に突入。

 体育教師の心遣い(笑)によって幸い他の教師にとやかく言われたことはなかったが。


「なにをやっているんですか」

「い、いや……君こそなにやってんの?」


 そして、最後の授業が終えてすぐに彼女が訪れた。 


「聞いているのはこっちですけど」

「……じゃあ顔だけでも見せてあげてくれないかな、ひむ……あの子も心配していたから」

「はい、元々そのつもりでしたから」


 彼女が教室に入ったことでクラスメイトがざわつく。

 氷室さんらしくない高い声や、聞くことのできなかった結菜さんの声も聞こえてきた。

 勿論、風子ちゃんも訪れてみんなでワイワイ盛り上がっていて、楽しそうだなって思った。

 こっちはずっと立たされていた上に反省文20枚。

 いたるさんが戻ってきたと分かっても、クラスメイトからの印象は地に落ちているまま。

 普段な冷静な彼女が叫んだということが1番の理由になったんだろう。

 教室から出てきて彼女だけはこちらを見てきたけど、謝罪も一切しないで帰っていった。


「ぶっぶー」

「夕七やめろ」

「なんでー? これは間違いなく丹波くんが悪いでしょー?」


 止めようとしている佐藤君に首を振って甘城さんに好きにさせる。

 それからずっと止まらずグチグチと言ってくれた、間違ってもいないことだったから言い訳もしようがなかったけど。

 それでも18時を越える前には飽きて帰ってくれて、今更戻ってきた体育教師から帰っていいと言ってもらえたので自分も下校。

 

「はぁ……踏んだり蹴ったりだな」


 結局見た目が良くても中身が駄目なやつばかりだな。

 ま、自分もいいとはとてもじゃないが言えないし、別にいいんだけど。


「はぁ、帰ってくるのが遅いわよ」

「は? なんでお前がいるんだよっ」


 あんな最悪な糞少女を連れてきたのはこいつだ。

 そもそもこいつが現れていなければ少なくとも言葉でボロボロにされることもなかった。

 それなのになにを呑気にこちらの前に姿を見せていやがる。


「はは、あんたからすれば私なんて消えた方がいいんでしょうね」

「じゃあ消えろよ」

「悪いがそれは無理よ。それと、そんな喋り方似合わないわ」

「余計なお世話だ」


 無理ってことは関係ないってことじゃないか。

 それを分かっていて来たということは、死体撃ちをしに来たってことなのか?


「もうやめてよ……好き勝手やったよね? なのにまだ言い足りないことがあるってこと?」

「あんたこれからどうするの? 教室内ではもう……」

「そうだね、でも普通に学校に行くよ」

「悪口を言われるのよ?」

「それは君も言ってくれたじゃないか。なにを今更気にしてるの?」


 ヤケクソを起こしてひとり停学とか退学とかになっても屈辱だ。

 だったら真っ向から真面目に戦った方がいい。

 味方がどこにもいなくたって真面目にやるのが学生の本分ってやつだから。


「さっきあんたのお母さんから戻ってこないかって言われたのよ」

「そうなの?」

「……あんたは嫌なんでしょ?」

「もうどうでもいいよ。住みたいなら住めば」


 母さんに言われたからってよくもまあ大嫌いな人間と同じ家にって考えになるよな。

 鍵を開けて扉は適当に開けておく。


「おかえり」

「うん」


 食欲もないしお風呂に入る気分でもないから部屋に直行。

 誰も入ってこられないように鍵を閉めてベッドに寝転ぶ。


「いいことねー……」


 アニメを見るのも億劫。

 比較的好きだと言える漫画を読むのも面倒くさい。


「拓一」

「んー……って、やっぱ無理か」

「まあね」


 これほど質の悪い存在がこの先現れることもないだろうなこれは。


「で、なんのために戻ってきたの」

「あんた……泣いてんの?」

「泣きたくもなるでしょ……女子が困ったような声と雰囲気を出しているだけであっという間に弱い男が悪者にされる……こっちの身の気持ちなんて分かんないでしょ」


 教室で涙が出なかっただけ頑張ったって褒めてやりたい。

 こうしてその内のひとりと話をしていても普通に対応しているだけ褒めてほしい。

 死にたいだなんてことは絶対思わないが、学校に行きたくない気持ちは滅茶苦茶強かった。


「さっきは学校に行くって言ったけど……すぐは無理かも」

「私のせいなのよね」

「そうだね。……だけどいいよ、怒ったってもう変わらないんだから」


 先程の態度くらいは許してほしい。

 やられっぱなしで悔しかったんだ、だけどあれをしたって虚しさしかこみ上げてこなかったけど。


「さっきも言ったけど住みたいなら自由にどうぞ。そもそも決定権なんて僕にないんだ、だけど母さんが言っているなら家主だしおかしくない。後は君の気持ち次第だよ」

「……ごめん」

「はは……なんで謝罪なんかするんだよ。いいんだよ、堂々といてくれれば」


 寧ろ翌日に急に態度が変わっていたら弱みを握ったんじゃないかとか言われる。

 もう連中にとってはどっちに転んでも暇つぶしになって楽しいだけなんだ。

 自分は一切傷つかない、しかも普段はできないことをできるという高揚感がスッキリさせてくれる。

 その対象がたまたま僕になったというだけだ。


「1週間くらい休んだらどう? そうすれば……その、クラスメイトだって落ち着くかもしれないし」

「母さんには悪いけどそうさせてもらおうかな……あ、しないだろうけどさ、無理に説得とかしないでよね」


 そこまで惨めな人間になりたくない。

 自分を嫌っている子に守られるとか微妙だろう。

 そもそもしないって可能性が高いのに言っている時点で、微妙なのかもしれないけど。

 彼女は「……あんたがそう言うなら」と小さく答えてくれた。


「だって怪しいじゃん、脅されてるんじゃないかって感じるでしょ。それに間違って結菜さんが氷室さん達と衝突しても嫌だし」

「あんたまだ私のこと……」

「あー……まあ冷静に考えてみなくても僕にも問題は沢山あったからね。棚に上げていたのは自覚しているんだよ」


 うんまあこの時点で哀れなのは変わらない。

 顔も見ることができず反対を向いて話すしかできないなんて。


「ねえ、こっち向いてよ」

「ごめん……」

「じゃあ私がそっちに行っていい?」

「……あのさ、急にどうしたの? 大嫌いって言っていたのは嘘だったの?」


 いきなり優しくなるとかあの時みたいに罠っぽいからやめてほしい。

 ちくしょう、あいつらめ、ウキウキと体育館裏に向かった僕を馬鹿にしてくれやがって。

 そのおかげであんまり信じられなくなったんだぞ異性が。

 しかもそれを今回別の女子のせいで致命傷になりかけている。

 誰かを信じるのなんてするべきではない。

 自分の普段の様子を利用してこちらを地に落としてきやがる。

 ――と、思っているのに……拒むこともできない自分が1番嫌だった。


「それは……本当」


 本当かよ……やっぱりなとしか思わないが。


「でも、可哀想だと思ったから来た……」

「ありがと……まあこれはでも自業自得だしみんなはざまあみろとしか思ってないでしょ」

「……消えられないけどさ、それだったらできるけど?」

「……逆に消えられたら後味悪いし風子ちゃんやいたるさんだって悲しむよ、だから意地でも消えないでほしい」


 このまま消えられたら以前みたいに記憶も消えるかもしれないけど、もし残っていた場合は今度こそボロクソに言われる。

 間違いなく風子ちゃんやいたるさんに嫌いとまた言われて、今度は耐えられずに不登校生徒に陥ることだろう。


「なにそれ、さっきと言ってること違うじゃない」

「……ごめん」

「私も……ごめん」

「拓一ー、入るわよー」


 ……いつの間にか鍵が開けられていて普通に母が入室。

「もしかして泣いてたの?」と聞かれて、今回は「ちょっとね……」と言い訳をすることなく認めるしかできなかった。


「そう……あ、それで結菜ちゃんは住んでくれるのよね?」

「……お母さんが良ければ。あのっ、1週間くらい拓一……くんを休ませてもいいですか?」

「なんで?」

「あーっとその、ちょっとクラスでトラブルが起きまして。……簡単に説明すると、みんなに悪口を言われていてですね。ちなみに、私のせいなんです……すみませんでした」


 ズルいじゃないかそんなの。

 自分のせいなんて思っているならそもそも大嫌いとか言ってくるなよ。

 そうすれば――いや、過去は変わらないって言ったのは自分だったか、やめよう。


「……とりあえずご飯を作ったから3人で食べましょう? これからまた住んでくれるのならゆっくり会話もできることだし」

「いいん……ですか?」

「仮に結菜ちゃんが悪いとしても、それをハッキリ自分から言うのって勇気がいることだと思うの。甘いって言われてしまうかもしれないけど、たったそれだけで許してもいいなって思ってしまったから」

「……ありがとうございます。ほら、あんたも行くわよ」

「ごめん……ひとりで食べたいんだ」


 せっかく誘ってくれたのに申し訳ない。


「そう……じゃあ食べさせていただきます」

「ええ、行きましょうか」


 母と結菜さんがいなくなりひとりだけの空間になる。

 そうだ、最近は全くひとりになっていなかったから疲れてたんだ。

 もういい意味でも悪い意味でもひとりには戻れない。

 仮に氷室さん達が変わったとしても、周りはやめようとしないと思う。

 それか甘城さんみたいにいつか飽きてやめてくれるだろうか?

 ――駄目だ、そんな低い可能性に賭けてる時点で追い詰められていることには変わらない。


「謝るしかないか」


 氷室さん達と仲直りしたら少しくらいは状況がマシになる気がする。

 謝罪だけでいい、もう前みたいに会話できない方がいい。

 それくらいなら僕にもできる。


「明日、謝ってすぐに帰ろう」

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