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06

 甘城さんの妹――風子ちゃんが来てから数日。

 過ごしていくごとに興味がどんどんと結菜さんに移っていくのを感じていた。

 まあ分からなくもないけど、正直に言って多少の寂しさというのはある。


「ねえ甘城さん、君の妹は結菜さんにベッタリだね」

「ん? あ、そうだねー、元々結菜ちゃんに興味があったのかもしれないねー」


 そりゃ近くにいたいって思うよな、だって僕の近くに結菜さんみたいな不思議な存在がいるんだから。

 ……自分の予想が間違っていなかったということで、いまは喜んでおくことにしよう。


「丹波さんっ、なんなんですかあの人は!」


 氷室さんと会話していた彼女がいつの間にか側にいて、急に叫んできた。

 そう言われても「え、甘城さんの妹だけど」としか答えようがない。


「それは知っています! なんであんなに私の結菜さんにベッタリくっついているんですかって話をしているんですよ!」

「そもそも君のでもないでしょ……」


 氷室さんが好きだと言う割には結菜さんにベッタリなのはこの子も変わらない。

 氷室さんと彼女曰く「いまは努力中」ということらしいが、そんな感じで上手くいくのだろうか。

 それとこれとは話が別というものなのか? 他の女の子に夢中になっていたら本末転倒だと思うけど。


「じゃあ丹波さんのですか!?」

「いや、結菜さんは結菜さんでしょ」


 最早ひとりの人間だ、だから好きに行動してくれと思っている。

 気になるなら入っていけばいいんだ、結菜さんはいたるさんを気に入っているんだし。


「いたる、あなたは結菜のところに行っていなさい。丹波君はちょっと付いてきて」

「「分かった」」


 移動先は屋上だった。

 彼女は扉横の壁に背を預けてこちらを見つめてくる。


「ねえ」

「うん?」

「いたるって本当に私が好きなのかしら」


 やはりそうか、結菜さんに構いすぎて不安になってきてしまったんだろう。


「じゃあ結菜さんのところに行って、なんて言わなければ良かったのに」

「あの子は平気で言うじゃない、私もだけど結菜も大切だって。なのにあからさまに邪魔をしたら不信感を抱くかもしれないでしょう?」


 これを繰り返せば逆に氷室さんが積極的になるんじゃないかと思った。

 とはいえ、他の女の子のところに行くことを繰り返したらそれは好きな人を苦しめるのと一緒だ。


「どうしてそれを僕に?」

「結菜ともいたるとも関わりがあるでしょう?」

「どっちにもやめてくれって言ってほしいってこと?」

「……それは違うわ。けれど、あなたには結菜といてほしいのよ、結菜の興味をあなたに全て集中させたいの」


 仮に僕が結菜さんにベッタリしていてもあまり変わらない気がするが。

 以前のような結果にならないことは分かっている。

 でも、いたるさんは風子ちゃんが同様のことをしていても食いついてきたくらいだ。

 本人には言いづらいから僕に言ってきたわけで、僕がそれをしたら「独占するな!」なんて言われかねない。


「言わないから教えてほしいんだけど、氷室さんも本気になったってこと?」

「そうかも……しれないわね」

「うーん、じゃあできるだけやってみるよ」

「ええ、お願い」


 教室に戻ってまずやることは普通を装うことだ。

 あくまで僕の意思でやっているようだと思われなければいけない。

 いたるさんに先程のことを言ってしまうのが楽ではあるが、言わないと口にしてしまった上にそれは非常識なのでできるわけもない。


「結菜さん」

「あ。あんたどこに行っていたの?」

「ちょっとトイレにね。あれ、そういえば甘城さんの妹さんやあの子はどこに行ったの?」

「もう戻ったわ、課題を思い出したんだって」


 毎時間訪れるというわけでもないし、やりようはいくらでもあるか。


「なによ、そんな人の顔をマジマジと見て」

「いや、結菜さんといると落ち着くなって思ってさ」

「は? 急になによ、気持ち悪いわね」


 問題はこちらに集中させるなんてことはできないこと。

 仮に佐藤君みたいに格好良かったり、彼女が僕に惚れていたりなどしていたら可能かもしれないがそうじゃない。


「結菜さんといるの好きなんだよ」

「へえ、あんたってアニメ以外にも興味があるのね」


 ――よく考えたら妄想の人物を口説くって相当気持ち悪いことだなこれ。

 でもまあこうして実体化しているわけなんだし、気にする必要もないのか?

 あとはあれだ、やはり所詮僕程度の言葉では多少揺らがせることもできないと。


「今日一緒に帰ろうよ」

「今日はグイグイくるわね、もしかして捺稀になんか言われたの?」


 ぎくっ!? ――いや違う、一緒に戻ってきたから勘ぐっているだけだ。


「言われたのね」

「違うよ」

「ふぅん。あれなんじゃないの? 私にいたるがベッタリだからそれをやめさせてほしいとかそういうのじゃないの?」


 察する能力が高いのか単純に筒抜けなのか分からない。

 だがここでバレてしまうのだけは避けなければならない。

 頼まれてから数分で任務失敗なんてしてしまったら、信用が失くなって頼まれなくなってしまう。


「……違うよ」

「なにその間」

「僕の意思で君といたいんだっ」

「大声で言うんじゃないわよ!」


 経験値が圧倒的に足りないのだから真っ直ぐにぶつかるしかない。

 とりあえずはそこで授業開始時間5分前になったので席に戻る。


「ひゅー、積極的じゃーん」

「うん、真剣なんだ」

「お……おー」


 氷室さん的にはマイナス点だろうけど。

 とにかく頼まれたことを僕のできる範囲で叶えようとするのが、優先ってものだろう。




「丹波君、あなた下手すぎ」

「ぐはぁ……だ、だよね」


 いたるさんや風子ちゃんがいるところでも同じように行動した。

 氷室さんはできないことを積極的にやって、無事ふたりからの印象は悪くなったわけだ。


「まあいいわ、動いてくれてありがとう」

「うん」

「私が言うわ、いたる本人に」

「じゃ、僕は普通に戻るよ」


 教室で恥ずかしいことを言うからということで結菜さんにも避けられてしまっている。

 恥ずかしいことなんて一切言っていないと思うけどな、恥ずかしいことをしたのは確かだが。

 だが、これ以上は流石にできない、嫌われるのは平穏とは真逆のことだから。

 

「丹波先輩、ちょっと面貸してくれませんか?」


 僕の想像通りじゃないか、小学生の時のあいつらによく似ている。

 逆らうことはできなさそうな雰囲気だったこともあり大人しく従い移動。


「もしかして結菜先輩のこと取ろうとしています?」

「そういうつもりはなかったかな」

「だけど明らかに口説いていましたよね?」

「同居人だし優しいからね、一緒にいたいと思うのはおかしくないことでしょ?」


 同居人というところは違うがだからこそ風子ちゃんだって側にいたいって考えているはずだ――っと、こうやって言い返してしまうから問題が起こるんだろうな。


「君も結菜さんのことがそういう意味で好きなの?」

「違いますよ、丹波先輩も違いますよね? だって今日の先輩はおかしかったですから」

「うんまあ、無理したのは確かだね」


 やれと言われても教室内では少なくともできない。

 1ヶ月分くらいの勇気は使ってしまった上に、そんな勇気を振り絞った結果がこれなんだから最悪というものだろう。


「ところで、捺稀先輩がいたる先輩を好きだという噂は本当ですか?」

「うーんどうだろうね、ふたりは昔からの仲みたいだし可能性はあるかもしれないけど」


 その噂はどこから出たんだ……僕だって今日初めて聞いたくらいなのに。


「とにかく、結菜先輩を独占しようとするのはやめてください。仮に好きで行動しているんだとしても、そういうのは家でやってくださいよ」

「分かったよ。結菜さんが楽しそうなら僕としてはそれだけで嬉しいからね」


 なのにそれを積極的に邪魔してしまったら駄目だな。

 僕にそういうつもりはないが、結菜さんから来ない限りは近づかない方がいいのかもしれない。

 勿論、それは学校や外ではという話ではあるが。


「はい。あ、先程はすみませんでした」

「え……」

「ちょ! 謝ったくらいでそんな驚いた顔をしないでくださいよ! 私だって謝ることやお礼を言うことくらいはできます!」


 こちらも謝罪をして戻ることに。

 が、風子ちゃんはそのまま先に帰っていってしまった。

 放課後はいいけど休み時間とかに独占しようとするのは許せないというところだろうか。


「あんたどこに行ってたの」

「風子ちゃんとちょっとね」

「さっさと帰るわよ、お菓子食べるんだから」

「うん帰ろう」


 外に出る前から分かっていたことだが空は一面オレンジ色。

 だからってこちらまでオレンジ色になるというわけではないものの、なんとなくこういう時間が落ち着くのは何故だろうか。


「なに話してたの」

「氷室さんがいたるさんのことを好きなのかどうか、ってことかな」

「あんたはどう答えたの?」

「濁しておいた、こんなことホイホイと喋れるわけないからね」


 いたるさんにとっても氷室さんにとってもハッピーな内容。

 狙ったわけではないにしてもいたるさんにとっては特に嬉しいことだろう。


「もう今日みたいなことはやめなさい」

「しないよ、自分らしくないし」


 彼女には申し訳ないが好きだと思っていないからこそできることだ。

 結菜さんのことが好きなら――好きなのに逆に距離を取ると思う。

 だって上手くいくわけがない、好きになったって他の誰かに取られて終わるのがオチ。


「私、気になる人ができたのよ、だからああいうことをされると困るわけ」

「また佐藤君?」

「違うわ。とにかくやめて、教室内でも話しかけないで」

「分かったよ、元々風子ちゃんと話をした時にそんなことを考えたんだ」


 風子ちゃんよりいたるさんの方が怖いし、あれ以上怒られるのはごめんだ。

 だけど結菜さんは惚れ性なんだな、本当に恋に恋する人みたいな感じだ。


「あと、お菓子を食べたら出ていくわ」

「あ、そこまで? 誰の家にお世話になるの?」


 そもそも透明化の時はお腹も減ったりしないし人間らしいことは一切しなくても十分だって言ってたから上手く使い分けるということなのかもしれない。

 うーん……それでもなんとなく寂しい、娘が出ていくことに悲しみを覚える父親みたいな気分だった。


「捺稀。ひとり暮らしだから頼んだのよ」

「そっか、分かったよ」


 その気になる男子の家じゃなくてまだ幸いか。

 惚れたからっていきなり異性の家にお世話になるとか絶対に良くないし。

 僕のはまあ……なかったことにしていただきたい。

 というかそれを彼女が1番いま思っていることだろう。


「さて、今日まで世話になったわね」

「ああうん、え、急にそういうのいらないけど」

「あんたは風子とでも仲良くしていなさい」

「風子ちゃんは君に興味があるんだよ」


 自分の考えことはなにもかも間違っていなかった。

 それでも結菜さんとの約束があったからそれを守っただけだ。


「じゃああんたはひとりじゃない。いたるは捺稀が好きだし捺稀もいたるが好き、風子は私が好き――夕七は佐藤が好きで佐藤も夕七が好き、あんたどうするの?」

「どうするのって普通の高校生活を送るだけだよ。いいからもう行きなよ、氷室さんだって待っているんじゃないの?」

「そうね、それじゃあ」


 いまの状態だって全ては結菜さんから始まったことだ。

 その要の人物がいなくなるならばその他も全て連鎖的に消えるだけ。

 たったそれだけのことなのに、それを悲しいことみたいに語るのはやめていただきたい。


「結菜さんらしくないなあ」


 クソガリキモ男、なんて言っていたのと同じ人物とは思えない。

 いまの状態だとただの美少女にしか見えないから勘弁してほしかった。



 

「いたる、結菜といるのはやめてちょうだい」

「え、な、なんで?」


 堂々とぶつけてきた割には察しが悪いというかなんというか。

 いざ自分から言うとなるとこんなに緊張するものなのかと初めて知った。


「嫉妬しているのよ、結菜にね」

「え、それってもしかして……」

「そうよ、他の女の子といてほしくないの。丹波君はまあ別にいいけれど」


 明日謝罪をしておこう。

 でもそれは本当のことだ、異性といられることよりも同性と仲良くしているところを見る方が複雑だから。

 けれどその結菜を家で住ませるということになっているのだから面白い話だ。

 ただ、いたるに言うことよりは全然マシなので、向こうにもきっちり言うと決めている。


「それってもう受け入れてくれるって……こと?」

「いえ。でも他の子よりあなたに優先してほしいの」

「喋っても駄目?」

「ふたりでコソコソと会ったりしなければいいわ、堂々としてくれていればそれで」

「分かったっ、ちゃんと守るよ!」


 相手には堂々を求めるのにこちらがコソコソしていては駄目だということで説明しておいた。


「え、結菜さんが羨ましい……」

「あ……なたも来たらどう?」

「え、いいの!? あ、だけどお母さんが許してくれるか分からないんだよね」

「私も協力するわ、だってあなたといたいもの」

「――っ、も、もう……ずるいよそういうの」


 仕方ない、こういうことは未体験なので真っ直ぐにぶつかっていくしかないのだ。

 いたるのお母さんとは仲良くさせてもらっているし恐らく問題はないはず。


「捺稀ー」

「あら、もう来たのね」

「まあね。これからお世話になります」

「やめなさい、あなたに敬語を使われると気持ちが悪いから」


 結菜には家に入ってもらっておいて私達はいたるの家に。

 いたるのためならなんでも頑張れる気がしていた。

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