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05

 いたるさんにドカンと言われてから既に3日が経過していた。

 結菜さんがいない上に氷室さんに釣り合うよう努力中の彼女は、教室には来なくなった。

 あれが効いたのか後輩の女の子(恐らく)も来なくなったし、甘城さんが話しかけてくることもなくなり、中々どうして理想的な毎日を過ごせているような気がするというのが、現状だ。


「丹波、これ職員室に持って行ってくれ」

「分かった」


 そんな僕は係の仕事を全う中。

 相手が佐藤君なのでやりやすくて感謝しかない。


「お疲れさん」

「はい、失礼します」


 無事任務を完了し、職員室から出ようとした時のこと、


「失礼します!」


 あの子も職員室に入ってきてしまったのだ。

 それでも見なかったことにして開けっ放しだったのを利用、廊下にほとんど飛び出すような形で出ることに成功。


「失礼しました」


 いや、それはないだろ……いまから動くってところであの子も出てきてしまう。


「お久しぶりです」


 無視だ、関わっていいことなんてなにもない。

 第一、この子と関わったせいで結菜さんと喧嘩したようなものなのだ、いまさら仲良くなんてできるわけもないだろう。


「はぁ……無視ですか、そうですか」


 階段を上がっても付いてくる。

 3階の廊下を歩いていても一切動じず、彼女は僕を追ってきていた。

 違うか、それは少しどころかかなり自意識過剰な思考としか言いようがない。

 彼女は甘城さんと関わりがある。

 だから今回も甘城さんに会いに行くために違いない。


「あのっ、私がなにかしましたか!」


 分かっている、あいつらとこの子は違うということを。

 だが、もう偏見というか、元気っ子の内側が純粋なものだけではないと知ってしまったら普通になど対応できるわけがない。


「待ってくださいよっ」


 対応が下手くそだなこの子は。

 もう無理そうならこいつはこんなんなんだって割り切ればいいんだ。

 それができないのはプライドだろうか。

 例えば容姿に絶対な自信を持っているとして、なのに全然興味を示されないことに苛立ちを覚える。

 もしそうだとしたら本当に馬鹿馬鹿しいし、痛い子なんだなって余計に距離を置くだけだけど。


「お。お疲れさん、運んでもらって悪いな」

「いや、係の仕事だから」

「そうか。ん? ああ、後ろにいるのは風子だな」


 まあ甘城さんと関係があるのなら佐藤君ともあっておかしくはないが。


「聞いてくださいよ佐藤先輩っ、丹波先輩が無視するんですっ」

「だからって俺はなにも言えないし、言わないぞ。丹波にも事情があるんだろ」

「仮にそうであったとしても……まともに話すこともできないで終わりなんて嫌ですよ……」


 甘城さん経由ではなく直接来てくれていたらもう少しくらいはまともな対応をしてあげられた。

 が、現実は違う、確実に甘城さんが連れてきて、彼女は連れてこられた人物。

 佐藤君には悪いが甘城さんの印象は悪いのに、その印象の悪さが目立つ彼女が連れてきた人間をどうやって信じればいいのだという話だろう。

 いっそのこと伝えた方が楽なことだってあるかもしれない。

 友達でもなんでもないのになにを気を遣っているんだ僕は。


「信用できないんだよ」

「それは……出会ったばかりなんですから……できるわけないじゃないですか」

「違う、信用したくないんだ。佐藤君には悪いけど甘城さんなんだよ」

「悪いな、夕七は丹波に何回も絡んだから、まあ無理もないだろ」


 こちらに比べて彼は大人だな。

 彼女のことが信用できない、したくないと言われて無理もないって言えるのは素晴らしい。


「その甘城さんに連れてこられた君を信用したくない。だからごめん、もう顔も見せないでくれるかな」


 ようやっとひとりでの過ごし方とか分かってきたところなんだ。

 結菜さんの件はもうどうでもいい、あれはあくまで妄想上の人物。

 巻き込まれることはごめんだ。

 自分のいないところで、自分の関係ないことで勝手に盛り上がっていてほしかった。




「丹波くん。私のことが信用できないんだってね」


 佐藤君――ではないよな、間違いなくあの子が吐いたのか。

 隠せとも言っていないのだから無理はないが、やはり信用しなくて正解だったと心底思う。


「そうだね」

「それって私がウザ絡みするから?」

「そうだね、する必要ないよねって思うんだけど、君にとっては違うのかな?」


 ま、ここで違うなんて答える彼女でもないだろう。


「ひとりだったから気にかけてあげてたんだよ。ほら、私って結構クラスの中では人気だし、そういう人物じゃないとできないことでしょ?」


 盛大な上から目線がきた。

 でもまあ、これまでのような気持ち悪い貼り付けた笑みを浮かべられているよりもいいか。


「寂しかったから結菜ちゃんなんて存在を作り上げたんでしょ」

「覚えてるんだ」

「うん。柊志くんは覚えてないみたいだけどね」


 自分と関わる子は独特な子ばかりだなと内心で呟く。

 そして、氷室さんが言うにはそれが正解のため、特に噛み付くようなことはしない。


「あのさ、人はいっぱいいるよ? でも、待っているだけじゃ来てはくれない。勝手に来てくれる人はなにかいいところがある人だよ。だけど丹波くんは違かった、それは分かるよね?」

「分かってるよ、魅力がないことくらい普通に」

「だから早々に諦めて幻の人物を生成ってこと?」

「さあ、気づいたら近くにいたからね。ボロクソに言ってくれる子でさ、正直に言って全然仲良くなかったから消えてもそんなに苦じゃなかったけど」


 自分より弱い立場の人間にネチネチと正論をぶつけてくれる。

 流石余裕のある人は違うな、いつかは見習いたいところだ。


「夕七帰るぞ」

「ごめん、ちょっと待ってて。いま話の途中ー」

「駄目だ、丹波に八つ当たりするな。悪いな丹波」

「いや、佐藤君は悪くないよ」


 常識人で助かるな。

 僕が異性だったのなら間違いなく惚れていたと思う。

 そう考えたら結菜さんのあの早さだってなにもおかしくないのか。


「すまん……夕七帰るぞ」

「ちぇ、分かったよー」


 彼氏に言われたら甘城さんであったとしても逆らうのは無理。

 今度絡まれたら積極的に彼を召喚させてもらうことに決めた。


「丹波さんっ」

「あ、今度は君……」

「その君って言い方やめてください。いたるでいいですよ」

「いや、いいよ。で、君はなに?」

「……結菜さんを再び連れてきてください」


 そう言われても最初も最後もあまりに突発的すぎてどうすればいいのか分からない。


「もし消えたって言ったら?」

「それでも連れてきてください。結菜さんも大切なんですっ、それを訳の分からない男の子に取られたらむかつくじゃないですか」


 って、おいおい……そこで涙目になられたら取り上げてしまったみたいじゃないか。

 と言ってもね、結菜さん戻ってきてーって言って戻るなら苦労しないんだよ。


「真似して言ってください! 結菜さん戻ってきてください!」

「ゆ、結菜さん戻ってきてください」

「やる気だしてください!」


 なんだよこれ……なんでこんな他人を振り回す系の少女ばかりなんだ。


「結菜さん戻ってきてください!」


 教室内に珍しく自分の大声が響く。

 が、こんな恥を晒しても彼女は当然のように戻ってきたりはしない。


「もう駄目なんですかね……ぐすっ」


 彼女は蹲って本格的に泣きはじめてしまった。

 やることはやったんだ、もう関係ないと教室を出ていこうとした時だった。


「どんだけ私のことを好きなのよ」


 後ろから聞こえてきた結菜さんの声。


「あ……結菜さん!」


 明らかに彼女が喜んでいるのが伝わってくる。


「うるさい。まったくもう……恥ずかしくないの? 私がちょっといなかったくらいでメソメソして」


 結菜さんはどこか呆れている感じが伝わってきたが、嫌そうではないのはすぐに分かった。

 ――って、なに盗み聞きしてるんだ、さっさと帰ることにしよう。

 巻き込まれるのは嫌だ、実体化と透明化を使い分けられるようだから気にすることもない。


「よし、これであの子に絡まれることもないな」


 で、あの子は氷室さんとの関係を確かなものにしてそのまま付き合うと。

 いいね、全く関係ないところで盛り上がってくれるのは正に。


「拓一っ、ちょっと待ちなさいっ」


 ここで走ったところで逃げ切ることはできない。

 大人しく足を止めて彼女が来るのを待った。


「ったく、先に帰らなくたっていいじゃない」

「いや、どうせやることもないんだけどさ、残っていても無駄かなって」

「私が来たのに?」


 来たというか現れたと例える方が正しい気がするが。


「ねえ、あの子にあんなに冷たくしなくてもいいんじゃない?」

「あー……というか見てたのか……」

「まあね」


 いやまあそうだけど……あれだけ言ったらもう来ないだろう。

 そうすればこれ以上厳しくする必要もなくなる、間違いなくあの子のためになると信じている。


「なにがあったのか言いなさいよ」

「はぁ……またどこかに行かれてもやだから説明しておくか。本当につまらないことだよ」


 だから警戒している、たったそれだけのことだ。

 けれど自分にとってはなによりもそれが大きいから仕方がない。


「そっか。でも、あの子は違うんじゃないの? まともに会話していない段階で勝手に判断されたら嫌なんじゃないかって」

「うん、結菜さんの言う通りだよ。だけど、勘違いなんだ、あの子は僕に興味なんかない、それで終わり」

「んー、あんたっていつもそんなに卑下するような人間だっけ?」

「いや、卑下なんてしてないよ。僕に興味を抱く人間がいないって思っているだけ」


 だから逆にいたとしたらその人に土下座をする。

 疑ってしまったのだからそれくらいはしなければならない。


「あの子がそうじゃない。その内側でなにを考えているのかは分からないけど、あの子はあんたの冷たい態度にも負けずに近づいてきているじゃない。それって十分興味を抱いているってことだと思うけど」

「結菜さんはなんでそんなに気にするの? あの子に惹かれているとか?」

「いや別にそんなことないけど」

「じゃあいいじゃん。ただ、仮にまた来るようになった時は、結菜さんに言われた通りちゃんと接するよ」


 またいたるさんに怒られても困る。

 なるべく普通の生活を送りたいんだ、自分から遠ざけるわけにはいかないだろう。


「ふっ、守りなさいよ?」

「うん、結菜さんが言ってくれたことだからね。帰ろう」

「そうね」


 ……結局結菜さんには敵わないんだ。

 それは翌朝に分かった。


「丹波先輩っ、おはようございます!」


 当然のように彼女は現れた。

 嬉々としているところを見るに、結菜さんが言質を取ったことで安心して話したってところか。


「結菜先輩のお願いなら聞くんですよね!?」

「分かったよ……そういう約束だから仕方ない」


 結菜さんを怒らせ姿を消されるといたるさんに怒られる。

 いたるさんを怒らせると面倒くさいことになる上に、氷室さんまで追撃してくるかもしれない。

 いたるさん+氷室さんの勢いなんてひとりで止められるわけもないんだ、故にこれが最善策。


「やっほっほー」

「あ、夕姉!」

「ふふふ、やっぱり丹波くんは結菜ちゃんがいないと駄目だねー」


 そもそもこの子の名前ってなんていうんだろう。


「ふふふ、いま『この子の名前、なんていうんだろう?』とか思っていましたね?」

「うん、なんて名前なの?」

「甘城夕七! の妹の風子!」


 あーそういう……だったらさっさと言ってくれれば良かったものを……。


「ちょっとあんたら、こいつを困らせるんじゃないわよ」

「おぉ、結菜さんが丹波くんの味方してる!」


 本当に意外な結果だ。

 昨日だって笑ったりしなかったし、誰よりもいい存在なんじゃないかって思えてくる。


「そりゃするわよ、なんたって拓一が作った存在なんだから」


 僕が聞いたわけでもないのに勝手に察知され答えられた感じだった。

 僕が作った存在か、完全に無意識ではあるけれど結菜さんが存在していて嬉しいような。

 

「どういうことですか? え、ロボットってことですか?」

「そうよ、だから濡らすんじゃないわよ?」

「分かりました!」


 改めてよく見てみるとこのふたりは確かに似ている。

 少しだけ小生意気さが滲み出ているところとか、自分中心で回っているような思考をしてそうなところが。


「結菜さんっ」

「わぷっ……もう、あんたが好きなのは捺稀でしょうが」

「それはそうですけどっ、結菜さんも大切なんですよ!」

「それなら昨日嫌というほど聞いたわよ。まあそれで落ち着くのなら自由にしていなさい」

「はい!」


 ……こちらが抱きついたりしたら怒るだろうか?

 気になったとはいえ抱きしめたりなんかしたら恐らく殺される。

 なので、手に触れてみることにした。


「拓一」

「うん、やめるよ」

「あんたの手って無駄に小さいわねっ、もっと食べた方がいいんじゃないの?」

「あ、うん、じゃあいっぱい食べるよ」


 ちょっとくらいは頼りがいのありそうな人間になりたい。

 だから今日は1度だけおかわりしてみることにしたのだった。

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