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04

「ああ、そのことを引きずっていたのね」


 氷室さんはあっけらかんとそう言った。

 彼女は適当な場所の椅子を引いて腰掛ける。


「しょうがないじゃない、そういう意味でいたるのことを気に入っていたわけではなかったのだから」


 これってつまりその、この子が氷室さんに告白したけど駄目だったってことだよな?

 ……もう帰っていいかな、結菜さんなんか生身で3段ロッカーの上に寝転んじゃってるけど。


「好きな子がいたわけじゃなかったんですよね?」

「そうよ。人に興味がないというわけではないけれど、そういう意味では誰にも求めていなかったから」

「な、なら、そう言ってくれれば良かったじゃないですか。一言『無理』とだけ言われたら……告白した身としては引っかかりますよ」

「なんで? 無理なもの無理、たったそれだけのことじゃない」


 僕らもいることなんて忘れているんだろうなふたりとも。


『なんか面倒くさそうね』

『うん、言いたくないけど……』


 結菜さんがいてくれて本当に良かった。

 ひとりでこれを聞いていたら間違いなく頭がおかしくなっていただろう。

 もうおかしいことはいまは置いておくとして、とりあえずこっちをなんとかしないと。


「じゃあ言うけど、変な遠慮するところが無理なのよ。そういう点では結菜の方がマシね」

「な、なんでそんな出会ったばかりの人の方が上なんですかっ」

「だから言っているじゃない、遠慮されるのが嫌なのよ」

「じゃあいまからやめれば受け入れてくれるんですか!?」

「悪いけど無理、だってあなたが変えること自体が無理じゃない」


 だが、どう言えばいいんだ。

 氷室さんが結菜さんの名前を挙げると対象が移る可能性がある。

 対象が移ってしまえばこちらにも飛び火しかねない。


「こ、これからなんとかしますよっ」

「無理ね、これからじゃなくていまからできない人間は駄目よ」

「もう勝手にしてください!」


 あぁ……結局なにもできずにというか、なにもしないで終わってしまった。

 いたるさんは去り、残った氷室さんは「勝手にするわ」と呟きこちらに向く。


「こんな感じよ、巻き込んで悪かったわね」

「いや……余計なことをしたかなって後悔しているよ。僕が簡単に言ってみよっかなんて口にしちゃったんだ。だけど過去にあったことがそんなことだとは思わなくてさ、こっちこそごめん」


 彼女が好きだけならともかく、実際に告白して振られていたなんて分かるはずもないが。


「無理もないわよ。それとね、別にいたるが嫌いというわけではないの。寧ろ受け入れてもいいとすら思った。けれど、敬語でいることや対等の存在じゃないみたいに自分を下げるところが嫌なのよ」

「だったらそう言ってあげればいいじゃない」


 結菜さんがやっと普通に喋った。

 こういう話題はタイムリーなものなので、彼女としても引っかかるところがあったんだろう。


「誰かに言われて直そうとしたところで一時いっときの間しか保てないわよ。そういうのは自分の意思で変えないと駄目なの。だから変な同情とかはいらない、バッサリ切る時は切る――それが大切だと思っているわ」

「それが捺稀なりの優しさってことなのね」


 バッサリ切ると言えば佐藤君も同じだ。

 切られた本人はそう思えなかったかもしれないが、きちんと考えられている。

 自分の願望みたいな存在なのに青春してるなあ、振られちゃったけど。


「あなたは大丈夫なの? 彼女持ちの男の子を好きになって見事振られたわけだけど」

「もう大丈夫よ、そもそも無理だって分かっていたことだし」

「寧ろなんて佐藤君を好きになったの?」

「格好いいからよ」


 そうだよね、中身だけではなく当然見た目も求めるよね。

 ※イケメンに限るってやつなんだ、女の子なら当然の思考である。


「面食いなのね、それも出現してすぐって恋に恋をするタイプなのかしら」

「グッときた。だから付きまとってた。1日限定だけどね」

「なら丹波君が格好良かったら付きまとってた?」

「ないわね、クソガリキモ男は駄目よ」

「ふふ、辛辣ね」


 確かに筋肉はろくにないし、傍から見たらやべえ奴で気持ち悪いのかもしれないが。

 こうして改めて言われると堪えるな、氷室さんが否定してくれなかったのもダメージ大だ。


「駄目よこいつは、私の不幸を願っていたんだもの」

「不幸を?」

「だって夕七の願いを聞いていたのよ? 佐藤といるのを止めようとしてきたんだから」

「当たり前じゃない。そもそもあなたがおかしいだけよそれは」


 そりゃしょうがない、彼氏にちょっかいを出されて複雑なのは甘城さんなんだから。

 付き合っていると分かっていて踏み込もうとするところが悪だ、普通の人間であったのならまず間違いなく嫌われているところだぞ。


「くっそ、捺稀もクソ拓一の味方するのね」

「味方と言うより当然のことを言っているだけ」

「あ、クソ拓一はもう帰ったら?」

「了解……それじゃあふたりとも気をつけて」

「キモ拓一に言われなくてもそうするわよー」


 可愛くない子だなあ!

 昇降口で靴に履き替え外に出ると、扉の横に座っているいたるさんを発見した。

 話しかけるべき――ではないよなあ、結局僕はなにもできなかったわけだし。


「遅いですよ丹波さん」

「え、ま、まだ、なんかお願いがあるとか?」

「いえ……先程はお見苦しいところを見せてしまってすみませんでした」

「いや……僕こそなにもできなくてごめん」


 結菜さんと違って真面目で律儀な感じで好印象だ。

 間違ってもこちらをディスってくるようなことはない天使みたいな感じ。

 もちろん、天使だからこそ踏み込むこともできないわけだが、踏み込めず悪口を言ってくる相手よりは百万倍マシというものだろう。


「丹波さんは無理だと思いますか?」

「僕個人として言わせてもらえるなら、変な遠慮をしなければ可能性はあるんじゃないかな。自分を下げたり、敬語を使ったりとか、そういうのやめたら全然違うと思う。本人が言っていたでしょ、それで君にとっては僕なんかの言葉よりも信じられるよね?」

「私……変わってみせます! 誰かに言われたからじゃなくて、自分の力で! それで堂々と捺稀ちゃんの側でいられるように頑張ります!」

「うん、頑張ってね」


 こうして恋関連の話をしていると興味が出てくる。

 とはいえ、自分と関わってくれた女の子は全員他の人が好き、と。

 これほど虚しいことってあるだろうか、他の非モテの方達も似たような思いでいるんだろうか。

 そうありたいって考えても相手がいてくれるわけじゃないという現実。

 辛いな、本当に上手くいかないな、現実ってやつは。


「ドーンッ」

「いっだぁ!?」


 ぐぇ……な、なんだ、なにが起きたと振り返ってみたら甘城さんの登場。

 悪いことをしていないというのに物理的攻撃を仕掛けられるとはよほど嫌われているようにも見える。


「あはは……ごめん、柊志くんならこうはならないからさ」

「相手が佐藤君であったとしても、死角外からの攻撃はやめた方がいいよ……」


 下手をすれば背骨がやられる。

 だが、こんな貧弱だからこそクソガリキモ男なんて言われるんだろうな。

 筋肉をつけたら少し違うのか?

 いや、それでモテるならみんな筋肉ムキムキになっているだろうよって話か。


「で、今日も佐藤君とは別行動?」

「うん、というか丹波くんを待ってた」

「また巻き込まれるのか……もういいよ、ハッキリ言っちゃってくれれば」


 結菜さんより扱い辛いよな甘城さんって。

 佐藤君とは何気にそこそこ話す仲ではあるし、その彼女を困らせたら殺されかねない。

 自分の彼女に迷惑をかける人間を許す人なんていないんだから。


「丹波くんと会いたいって子がいるんだけどー、どうかなー?」


 なにそれ罠? それで馬鹿みたいに約束の場所に行ったら『ドッキリでしたー、ぷふふ、これだから童貞非モテ野郎はー』って言うんでしょこれ。

 実際に似たようなことを仕掛けられたことあるんだよな。

 その時は確かキモいとかって連呼してくれたんだっけ。

 過去にイジメとかしてそうな雰囲気出してるもんなあ……まんまと罠にハマりに行くのは違うよなあ。


「ごめん、断っておいてくれないかな」

「えー、なんでー?」

「だって実際問題として、僕と会いたがる人なんていないでしょ。で、その子は男子? 女子?」

「あははー、女の子だったら飛びついちゃう?」

「女の子だったら余計に行かないかな。そんなこと隕石が降るより可能性ないから」


 だからこそ非モテなんだと言われても構わない。

 寧ろここで飛びつく人間よりかはマシだとすら思っている。

 

「そっかー、じゃあ仕方ないねー」

「うん、せっかく言ってくれたのにごめんって言っておいて。それじゃあね、今度は誰にも邪魔されないように佐藤君のことちゃんと見ておきなよ」


 僕はなにも面倒くさいことのない人生が1番なんだ。

 というか、結菜さんだけで精一杯なんだから、いまはやめてほしかった。




「丹波先輩っ」


 あー、また結菜さんの無理なキャラ作りか。

 昼休みを使って寝ていたけど、面倒くさい絡み方をされても嫌だし起きなきゃな。


「もう、その無理やりなキャラ作りやめた方がいいよ、結菜さん」

「へ? ゆうなって誰ですか?」

「ああ、結菜さんっていうのは僕を馬鹿にしてくれる……」


 だ、誰だこの子。

 髪の毛が長い点は結菜さんによく似ている。

 黒髪、黒目、身長だけが大体8センチほど低いというところか。


「あ、その子だよー」


 断っておいてって言ったのに……やはり遊びたいだけなのかこれは。


「ずっと夕姉から聞いてて会いたかったんですよっ」

「はぁ」

「え……いきなりため息をつくことないじゃないですかー!」


 こういう子が1番苦手なんですわ。

 明るくニコニコ元気、けれど中身もそうだとは限らない。

 昔にハメてくれた連中もこんなんで、その時は馬鹿みたいに信じて行動したんだ。

 その結果、そういう可能性は微塵もないんだって早くに知ることになった。

 情けない話だ、いまみたいに判断していれば痛い目に遭うこともなかったのに。


「悪いけど戻ってくれないかな」

「ちょ、ちょっとー、いつもウザ絡みしても付き合ってくれた丹波くんらしくないじゃんかー」

「こういう子無理なんだ。ちょっと歩いてくる」


 グイグイ来るところも気持ちが悪い。

 目的はないがひたすら歩いていると気づけば結菜さんが側にいた。

 一応壁抜けとかはできるみたいなので、一切驚きはしない。


「夕七の言う通りよ、あんたらしくないじゃない」


 もうやめてくれと言われてからは大人しくなった。

 佐藤君もそれなら構わないのか、邪険に扱わずに普通な対応をしているわけだが。

 先程だって会話していたというのに、どうしてこっちに来たんだろう。

 そういうところの繋がりもあって、気持ちの変化とかに敏感だってこと?

 僕が気持ち悪く感じると彼女的にも困るというわけか。


「基本的にこんな感じだよ」

「基本的にと言われても最近のことしか分からないわよ」

「ま、色々あるんだよ、氷室さん達にあるようにさ」


 結菜さんを生み出すほど現実逃避をしているということだし。

 常になにかに逃げていないとやっていられない。


「しょうがないでしょ、クソガリキモ男なんだから関わるべきなんかじゃない」

「それって自分で言うことじゃないわよ」

「君が言ってくれたんでしょ。とにかく、純粋な意味で近づきたいなんて人間はいない、これは神様に誓っても~ってレベルで言えるよ」


 結菜さんにってことならもう少しくらいは優しく対応できたんだけどなあ。


「……クソガリキモ男って言うのはやめるわよ。だからまあ……普通に対応してあげなさいよ」

「別にそれが理由じゃないからね。気にしなくていいよ、結菜さんは適当に楽しく過ごしてくれれば」


 いつ消えるのかも分からないし楽しめる内に楽しんでおかないと損だ。

 そういう点で言えば自分も同じだ、だからこそ変なことに巻き込まれたくない。


「私にすら言えないってこと?」

「いや、大したことないんだよ。多分、結菜さんが聞いたらそれこそ『クソガリキモ男』って言うと思うんだ。でも、心の奥底にずっと残ってる……どうしても引っかかるんだよ」


 ドッキリを仕掛けられ恥ずかしい思いをしたからなんてださすぎる。

 でも、もう2度とそんなださい思いはしたくない。


「言いなさいよ、別に馬鹿にしたりしないから。そういうのってほら、言えば少しは楽になるってものなんでしょ? あんたを少しでも楽にさせるために私はいるんじゃないの?」

「いいって、もうこっちのこと気にしないで気ままに生活してくれればいいから。ま、彼女持ちの男子を狙うとかはやめてほしいけどね」

「ふぅん、あっそっ」


 彼女にしてはらしくないな。

 こういう時なら「相談になんて乗ってやらないわよ?」なんて言うのが普通でしょ。

 気を遣われたりするのは大嫌いだから絶対に言わない。


「丹波くん、あの子戻っちゃったよ」

「寧ろありがたいよ」


 僕はずっと甘城さんにからかわれてきた。

 その話を聞いていて会いたくなったとかおかしいでしょって話。

 ああいう子は佐藤君とかそういう明るい人達と一緒にいればいいんだ。

 こちらには来ないでほしかった。




「丹波君、結菜は?」

「あー……なんか消えちゃったみたいでね」

「あ、そうなの?」


 話しかけても反応がないし、もう1週間くらい顔を見ていない。

 これはもう本格的に現実世界から消えたというか、僕が必要としなくなったのかもしれない。

 1番そうだと思っている理由は佐藤君達から彼女の記憶が消えたことだ。

 なんかアニメでもそういうのあるし、これはもうそうとしか考えられない。


「最後があんなので良かったの?」

「最後? ああ……元々2~3日しか一緒にいなかったし、仲良くなかったしね」

「あっさりしているのね、薄情とも言えるかしら」

「いや、あれは正にキモ男らしい発想からくる想像上の存在だし」


 他者と普通に会話できる存在を生み出せたのは才能と捉えてもいいかもしれないけども。


「あれ、ねえ」

「気をつけた方がいいって言ったの、氷室さんでしょ。というかそっちはどうなの?」

「いたるが頑張っていることは伝わってくるわ。毎晩、『あなたの隣に堂々といられるように頑張るから!』ってメッセージが送られてくるから」


 自分が出会う少女ってみんな積極的だ。

 そこだけは素晴らしいとしか言えない、そんなの無駄じゃんとかって強がったら恥なだけだろう。


「認めてあげればいいのに、ちょっと冷たくない? 堂々としていれば認める的なこと言ってたよね?」

「薄情な人間には言われたくないわね」

「薄情だなんてことは全然思わないけど」


 そもそもなんで近づいて来たのか分からない人間とまともに対応なんてできるわけがない。

 なにも持っていないからこそ身くらいは自分で守らなければならない。

 あの子と関わっていたら恐らくそれはできなかった。

 結菜さんに相談したところでなんにも変わらなかっただろうから、僕は無駄を省いただけなんだが。


「丹波さんっ、結菜さんってどこに行きましたか!?」

「あー……消えたみたい」

「丹波君が彼女を怒らせたせいでね」

「ちょっ」

「間違ったこと言った?」


 氷室さん好きーであると同時に結菜さん好きーでもあるためこれはもしかしたら……。


「仲直りしてくださいって言いましたよね!?」


 ああやっぱり……氷室さん余計なことを言ってくれなければこのまま関係ないフリをしていられたというのに。


「まあまあ、君は氷室さんにだけ集中していればいいでしょ?」

「ふざけてるんですか? いますぐ結菜さんを戻してください!」

「知らないよ、僕は関係ないし」

「……見損ないましたっ、もう勝手にしていてください!」


 好きなんだな、その言葉。

 氷室さんじゃないけど、小さく「じゃあ勝手させてもらうよ」って呟いておいた。

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