03
幽奈さん――結菜さんは近づいてくる他の男子には一切興味を示さなかった。
先生のおかげで隣を陣取ることができた彼女は、頻繁にどころか放課後まで付きまとっている。
が、結局それで彼女である夕七さんも負けじと近づくおかげで、そういうところが崩れるということはなさそうなのが救いだろうか。
「丹波君、あれはどういうこと?」
今日になったら実体化していたということを説明する。
というかそこはわざわざ説明するまでもなく皆に見えているわけだから、言わなくてもいいだろうが。
「なるほどね。ま、問題は大したことじゃないわね」
「でもさ、佐藤君にちょっかい出すのは困るんだよね」
また甘城さんに適当言われても困るし、できればそっとしておいてもらいたいものだが。
「じゃああなたは夕七といればいいじゃない」
「結菜さん? 夕七さん?」
「佐藤君の彼女なんでしょ?」
「いや、僕は彼氏でもないんだからいられるわけないでしょ」
それにそういう形で求められるのって虚しい。
それならまだ非モテの男子生徒として存在しておいた方がマシだ。
「あ、あれ、もしかしてみんなに見えてますか?」
急に現れた女の子。
って、あの時の子だとすぐに気づいた。
「こんにちは。あの人、みんなに見えていますよね?」
「そうだね。なにか不都合でもある?」
「特にないです。ちょっと行ってきますね」
どうやら向こうは気づいていないみたいだが、まあ無理もないと割り切る。
「知り合いなの?」
「本屋でぶつかった子なんだ。幽奈……結菜さんと会話してて前見てなくてさ」
「なるほどね。でも良かったわね、実体化したことで余所見することも失くなったってことじゃない」
「そうだね、そのことについては僕もそう思うよ」
こちらを巻き込みつつ暴れないのであれば、いまのところは止める必要もない。
感情がしっかりあるんだし、自分の意思でやりたいことをやっているのを邪魔はできないだろう。
「丹波くんっ」
「うん?」
「あの子止めてよっ。氷室さんから聞いたけどさ、あの子って丹波くんのせいなんでしょ!」
氷室さんの方を見てみたら我関せずとばかりに読書をしていた。
あぁ……こうして佐藤君の彼女さんから頼まれたら動くしかない。
だってそうしないとリア充ってなにをしてくるのか分からないからだ。
「できるか分からないけどやってみるよ」
「できるか分からないじゃ困るのっ、絶対止めてよね!」
いつもこちらをからかうような笑みを浮かべている彼女にしては意外な表情だった。
「悪いが、もうやめてくれないか」
ふたりを探していたらちょうどその現場に出くわした。
「俺が好きなのは夕七だ、邪魔をするのはやめてほしい。じゃあな」
佐藤君はこっちに向かって歩いてきていたが、こちらに話しかけることなく教室の方へと歩いていく。
暴言を吐くわけでもなく固まったままだった結菜さんがこちらに気づき曖昧な笑みを浮かべた。
「ふぅ、ま、どうせ無理だって分かっていたけどね」
「なんで佐藤君に拘ったの?」
「そりゃ、幸せだからでしょ。そういうのってさ、壊したくならない?」
首を振って否定をする。
そんなの本人達の自由だ。
僕らが邪魔をする権利はない。
「言っておくけどね、あんたの願望でもあるのよ」
「え、佐藤君と付き合いたいって?」
「違うわよ。そういうのを全部ぶっ壊したいって、程度はどうであれ思っているってこと」
それは違う。
やるにしても、僕とは全く関係のないところでやってほしいだけなんだ。
こちらも見えるところでイチャイチャとかは勘弁してほしいだけ。
「恋することが全てではないでしょ」
「そうねー……まあ、どうせ生徒になったのなら適当に楽しんでみせるわ」
「そういえば自己紹介の時のあのキャラはなに? 僕、驚いちゃったよ」
完全に佐藤君に気に入ってもらうためだけのキャラ設定。
名前も彼女と一緒のゆうなというものにして(元々僕が幽奈って決めてたけど)、頑張っていたようだったがあっさり終了。
「そういえばあいつが来たわね」
「ああ、本屋の子でしょ」
「そう。残念ね、あんたにではなく私に興味があるようで」
「別にいいよ。どんなに頑張ったって特別にはならないんだから」
年齢=彼女いたことない歴というわけだし、いまさら期待してなんかいない。
そもそも、そういうことを意識して行動しようとするのがおかしいだろう。
だってなにもしていなくても認められる人間がいる時点で話にならない。
「でもなあ、僕は巨乳派なのになんで結菜さんは貧乳なんだろう」
「現実を冷静に見ているからじゃない。現実にはアニメキャラクターみたいな巨乳は全然いないでしょ」
「あーなるほど」
「あとはこの現実的な背丈もそれが影響しているんでしょうね」
黒髪ロングストレート、身長は大体158センチくらい、目も普通の黒色。
元が浮遊霊みたいなものでなかったのなら、僕も可愛い転校生がやって来たって喜ぶんだが。
「あの」
「また来たのね。今度はなんの用?」
「写真、撮らせてもらってもいいですか?」
「別にいいわよ。減るもんじゃないし」
ついでに僕も撮らせてもらったら普通に写った。
少しだけでも癒やされるために一応壁紙にしておく。
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
「あれ、あなたってもしかしてぶつかった人ですか?」
彼女はそこで初めて僕の方を見た。
改めて謝罪をしたら、「気にしないでください。私も結菜さんに気を取られていてろくに見ていませんでしたから」と彼女は言ってくれた。
が、それが結菜さんにとっては面白かったらしく、お腹を抱えて笑っていた。
「丹波さん、結菜さんのお友達にならせてもらってもいいですか?」
「うん、結菜さんがいいならいいんじゃない。というかいちいち確認とかいらないよ」
「ありがとうございます。それでは今日はこれで失礼します」
礼儀正しいというか堅っ苦しいというか、結菜さん的にはどうなんだろう。
ああいう子よりハッキリ言ってくれる氷室さん系を好みそうな気がするが。
「教室に戻るわよ」
「うん」
戻るとまだ10人くらいは教室に残っていた。
当然、佐藤君と甘城さんは仲良くしていて、結菜さんはつまらなそうにそれを見ていた。
実体化するデメリットってこれだよなってなんとなく思う。
周りに見えなければこんな後でも自由に振る舞えるのにって。
「丹波くんありがとー」
「僕はなにもしてないよ」
「丹波くんの言う通りだった、柊志くんをもっと信じるべきだったなって」
「これから気をつけていけば大丈夫だよ」
結菜さんの側でこれを話すのは少し気まずい。
だって甘城さんを応援するということは彼女が上手くいかないことを望むのと同列だからだ。
「先に帰っているわね」
「分かった。気をつけて」
あれ、気をつけてはいいけど実体化したいまどこに帰るんだ?
と思っていたら教室を出た途端に彼女の雰囲気が変わり、僕や氷室さん以外には見えない状態へと戻っていた。
自由に変えられるんだなってぼけっと眺めて、やることない僕も荷物を持ち追うことに。
「結菜さーん」
「あんた良かったの?」
「うん、だって氷室さんもいなかったしね」
残念ながら積極的に会話できる存在はゼロだったんだよ。
「こう言っちゃなんだけどさ、僕なんてずっとモテてこなかったんだし、1度の失敗くらいでへこたれないでね」
「そのことなんだけど」
「うん」
「……なんか凄く悔しいのよっ」
学校に来たその日に本人からやめてくれと言われた彼女。
だけど僕からすれば、そんなに泣くことか? と思ってしまう。
そもそも甘城さんの彼氏だったんだ、可能性は微塵もなかった。
仮に彼氏がいる女の子に一目惚れしたとしても、僕なら近づこうともしないだろう。
「僕になんか言われたくないかもしれないけどさ、無理だと分かっていても動こうとできたのは素晴らしいことなんじゃないの」
「……無理だと思ってなかったしっ」
先程と言っていることが矛盾している。
僕の理想の存在だから積極的なんかね。
「本気だったんだね。取りたいとかっていうのは建前で、結菜さん的には佐藤君しか見ていなかったってことなんでしょ?」
「……そうよ、夕七なんか正直どうでも良かったわ」
逆張りっていうか弱い立場にある人間を応援したくなるがこればかりは駄目だ。
なによりこれ以上巻き込まれたくない。
ひとりぼっちならぼっちなりに平穏に過ごしたいんだ。
可能性はこれまでもこれからも微塵もない。
「はぁ……私の側にいるのはこんなクソガリキモ男か」
「そんなこと言っても変わらないよ。もう諦めて、普通に過ごした方がいい」
「分かっているわよっ、そんなことをグチグチ言うからキモ男なのよあんたは!」
走って行った方向を考えるに、普通に僕の家に帰るつもりなんだろう。
このまま年中イライラ人間になってしまうのであれば、消えてもらうことも考えなければならない。
「あの」
「あ、君か」
後ろから来たり、前から来たりと忙しい子だ。
「はい。結菜さんは走って行ってしまいましたよ」
「そうだね、失恋中だから面倒くさいんだ」
珍しいな、そっちを追うことはせずにこちらに来るなんて。
ってまあ、今日まともに話をしたばかりだし、珍しいのかどうかも分からないんだけども。
「失恋……ですか?」
「ああほら、佐藤君っていたでしょ? その人のことが好きだったんだよ。でも、佐藤君は甘城さん付き合っていたし、そもそも可能性はなかったんだけどね」
「あ、丹波さんとではなかったんですね」
「ないない、あるわけないじゃん」
そんなことが起きたら教室内でわーいわいって盛り上がっているところだぞ。
だが、それは起きないからひとりでいる上に平穏でいられているというわけで。
甘城さんを見ているとなんてことはないことで怒られそうだなってマイナスな面を意識してしまう。
もっとも、できないのだから悪い部分を見たって意味はないが。
「どちらにしても仲直りはしておいた方がいいですよ。喧嘩してずっとそのままでは寂しいですから」
「体験したことあるの?」
「はい。現在進行系で喧嘩してそのままの子がいます。同じ学校なので接近することはあるのですが、まあ言わずもがなって感じですよ」
「男子?」
対異性よりも対同性の方が大変な気がする。
とはいえ、対同性の方がやりやすいこともある気がする。
――つまりまあ、なんでもかんでも想像でしかないわけだ。
彼女は「いえ、女の子です」と答えてくれた。
ずっと継続中ということは大変なんだろう。
「ちなみに、捺稀ちゃんですよ」
「えっ、今日話しかけていた時に側にいたじゃん」
「恐らく、向こうは喧嘩したとすら思っていないのではないかと」
「あー、確かに微妙そうな雰囲気は出してなかったね」
隠すのが単純に上手い子なだけなのかもしれないけど。
にしても意外なところに繋がりがあるものだな。
「仲直りしたいの?」
「それはまあ……大切な友達ですから」
「言ってみようか? なんか僕らの教室に入ってきたし」
あと何故か普通に話しかけてきてくれる。
冷静に考えるとそれっておかしいよな、なんたって結菜さんにではなくこちらにもなんだろうか。
「お願いします」
「うん。それじゃあ気をつけて」
「はい、さようなら」
とりあえず頼むくらいなら余裕だ。
なんとか自力で友達になってもらおう。
「そもそもいたると喧嘩なんかしていないわよ?」
「あー、そういう……」
ずばり正解だったということか。
あの子が氷室さんに対して変な遠慮をしてしまっているだけという状態。
「あのさ、話しかけてあげてくれないかな」
「別にいいけれど。でも、その代わりに頼みがあるわ」
「なんでも言って」
「あの子を逃げないようにしておいてくれる? 結菜でもなんでも使って」
「わ、分かった」
――彼女が興味あるのは結菜さんということで教室で待ってもらっておくことに。
「いたると捺稀は友達だったのね」
「うん、昨日知ったんだけど」
ふたりだけで解決できないのであれば他人を頼るしかない。
氷室さん的には話しかけたくても、相手に逃げられていては話にならないだろう。
「その……昨日は悪かったわね」
「謝らなくてもいいよ。あのタイミングで言うことではなかったと思うし」
「それでいたるは?」
「多分もうすぐ来る――あ、来たね」
どうやら急いで来てくれたようだった。
お詫びに500円を渡そうとしたら断られてしまったが。
「いたる」
「捺稀ちゃん……」
「あなた、なにを遠慮しているの?」
氷室さんや結菜さんのド直球さは見習いたい。
彼女が逃げる様子は感じられないため、席に座った。
「だって捺稀ちゃん……私のことを受け入れられないって言ったじゃん!」
どうやらこちらも面倒くさいことのようだった。