【ホラー】短編④
季節はずれの花が咲いていた。
茜にとって春夏秋冬の区別はとても重要なことだった。それは彼女の名前にも由来していた。
「アカネ」とは色を表す漢字の他に、花の名前でもあった。アカネグサには日本茜や西洋茜などの品種があり、根の色が赤く、草木染めの染料として用いられていた。
自分の名前の語源を知って以来、茜は自分になんらかの役割があるのではないかと自問自答して日々を過ごすようになり、茜は生きる意味を常に探していた。
それは周りの目から見て、あまり良いこととは思えなかった。家族と一緒にいても、些細な発言や言葉の意味にとても厳しく、中学生という多感な時期だとしても、幼稚園児の弟に細かい言葉遣いを指導する姿に、両親もどうにかしなければと考えてはいたものの手をこまねいた。
土手に咲いた季節はずれのツツジの花は少し早い春の訪れを告げていたが、茜によって全て毟り取られていた。
学校で茜はいじめられていた。
彼女の強いこだわりは、いじめの対象として格好の餌食だった。同じクラスの人間にからかわれると、茜は強く反発した。彼女は小柄で醜い容姿だったため、誰も彼女を怖れず、哀れむこともなかった。それどころか、反発する態度が滑稽だと、いじめは日に日にエスカレートしていった。
主犯格の椿は、強引な性格で女子グループのリーダー的な存在だった。椿は取り巻き連中がいない自分一人の時でも、茜の靴を隠したり、鞄の中に掃除のゴミを入れたり、と陰湿な嫌がらせを続けていた。
冬休みが明け、2月に入り、椿はツツジの花が茜によって毟りとられた話を知った。
しめたものだと、椿は学校帰りに取り巻きを誘って、遠くの土手までツツジの花を探しに行った。
翌日、茜の机の上にはツツジが花瓶に入って飾られていた。
茜は登校し教室に入ると、自分の席の前に立ち尽くしていた。
「あなたが大好きな花を飾っておいたよ」
椿が離れた席から声をあげると、クラスにドッと笑いが起きた。
生徒たちの期待を裏切り、茜は何も言わずに教室を出た。その日、茜が戻ってくることはなかった。
―翌日
茜が教室に入ると、昨日と同じようにツツジが飾られていた。
クラスメイトは顔を背け、クスクスと声をおさえて笑っていた。
その次の瞬間。クラス全体の時間が止まった。
破裂音がする。茜が花瓶を地面に叩きつけた音だった。
「好きじゃない。ツツジが咲くのは春。4月の頃と決まってるのよ」
近くの男子が、怒ったのそこかよ、と口走るとクラス内は笑いや不安でどよめきが起きた。
混沌とする中で、茜は椿の席に向かって歩いた。そして、立ち止まると左手のひとさし指を椿の顔に向けた。
「2月に咲く花は椿がいいんじゃない?」
茜はスカート中に隠していたサバイバルナイフを椿の首に勢いよく刺しこんだ。
ナイフは頚動脈まで達し、血飛沫があがった。
クラス内に悲鳴があがる。誰もが二人から離れた。
茜は他のことには目もくれずに、椿の首を何度も刺した。
そして、ゴリゴリという音をたてて、骨を断ち、首と体を切り離した。
血塗れになった姿で椿の生首を自分の席に持っていくと、机の上にそれを置いた。
椅子に腰をかけ、椿を見つめながら、ポツリとつぶやいた。
「花瓶、割らなきゃよかった」
(完)