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秘密の物語  作者: 猫なの
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ピアノ少年

美月は一時頑張りすぎていたが、縁に心配させるのはいけないと思い元の生活に戻った。

とはいえ、それでも充分、その努力は並々ならないものである。

それに夏休みということもあり、習い事の時間は増えていた。

しかしいつも通り、着々と、確実に、淡々と日々を過ごすのだった。


そんな日々の中での休息は、縁とティータイムを取ったり、悠人にスイーツを食べに連れて行ってもらったりすることである。


また、駄菓子屋に行くことは一番のストレス解消となっていた。

縁にバレないようにこっそりである。

外に出て、駆けて駄菓子屋まで行って、友人と話をして、甘いものを食べる。

正直、家族と一緒にいるよりも気が抜けるのだった。


ちなみに、美月は知らないが、お守り役の柊が美月の後を付けて見守っているのである。こういうことに縁はうるさいので、悠彦は柊に、これに関しては自身にだけ報告するように言ってあるのだが。



駄菓子屋に行くと、夏休みということもあり、多くの子どもたちで溢れている。


この駄菓子屋には璃子たちの学校の生徒が多くいる。

璃子は学校の友だちと一緒にいることもよくあって、美月も何人かと顔見知りになった。


美月は駄菓子を買うと璃子を探した。

(あ、璃子ちゃん、いましたわ)


その時だった。

「……?」

美月はふと、騒音とも言えるほどの雑多な中、聞こえてきたピアノの音に耳を傾けた。端の方にピアノが置いてあり、時々誰かしらが弾いているのだ。


璃子の元に向かっていた足を、そちらの方に向けた。


美月は綺麗なものが好きであり、その綺麗なものレーダーは素晴らしく高性能だった。綺麗な石、花、刺繍、絵……。それは音楽もしかりである。


ピアノを弾いていたのは美月と同じ歳くらいの少年だった。

ここにはよく来ているので、知っている顔は多いが、もちろん知らない人もいる。

それでも、ここで会ったことはない人だと分かった。

ここに来る子どもたちと空気が違う。

どちらかというと、美月と同じような空気がした。

しかし気品とかそういうものではなく、ここにいる子どもたちとは違う環境下にいると思わせる、何かしらの雰囲気がある。


「こんにちは」

ピアノの曲が1つ終わると、美月はその綺麗なソプラノの声で話しかけた。

「……へ?」

その少年は美月を見ると固まった。


少年の目先には、眼鏡を掛けた美少女がいる。


今日の美月は、涼しげなシンプルな水色のワンピースを着て、髪はポニーテールにしている。

夏は特に縁が抜かりなく肌の手入れをするので焼けることもなく白い肌である。


ほぼ毎日来る美月に、さすがにここの子どもたちは慣れていたので注目を浴びてはいないが、美月の美しい容姿は目を引くほどである。


「あの、聞いていますか?」

「ああ、うん」

「ピアノとてもお上手ですね」


「美月、どうしたの?」

そこに璃子がやって来て、少年を見る。

「えっと、知り合い?」

「いえ、とてもピアノが上手だったので声を掛けたのです。

もしかして、ピアニスト……?」

美月が首を傾げると、璃子は苦笑してツッコミをいれた。

「ピアニストがこんなところでピアノ弾くわけないじゃん?」

「それは分かりませんよ?」

「……ピアニストじゃない。ただ母さんはピアニストで、俺も将来ピアニストになりたいとは思ってる」

少年はそう言った。


「ほらあ、やっぱりそうなのでした!」

「おお、凄い美月」

「いや、ピアニストじゃないって」

美月と璃子に思わず少年はツッコミを入れた。

「でも、ピアニストになるのでしょう?」

「まあ、頑張るけど」

美月の言葉に少年は特に戸惑いも躊躇することもなく答えるのだった。


「私は美月です」

「私は璃子だよ」

「俺は賢斗けんとだけど」

「じゃあ、けんちゃんだね?」

「なるほど」

「は? なんで?」


――――

――


それから、賢斗は度々この駄菓子屋を訪れた。


達美はこの暑い中家から出るのは嫌らしく、最近は滅多に駄菓子屋に行かない。

璃子たちといえば、駄菓子屋の一角を陣取って、学校の友だちと賑やかに夏休みの宿題をしている。


そのため美月は駄菓子屋に行くと大抵、賢斗が弾くピアノを聴いているのである。


賢斗は同い年だった。

母がピアニスト、父がバイオリニストで、現在絶賛夫婦喧嘩中で、祖父母の家に来ているのだとか。


「とても綺麗な音なのです。私の好きな綺麗な音なのです」

美月は賢斗のピアノを聴いて言う。

それは心からただ純粋に言っていると伝わってくる。

賢斗はそんな美月の言葉に答えるようにピアノを奏でた。


「ずっと聴いていて飽きないのか?」

賢斗が聞くと、美月は得意げに言う。

「私は綺麗な音はずっと聴いていても飽きない性質なのです」

「そう」


「そうなのです。けんちゃんこそ、練習大変でしょう? 

音楽家の世界は練習が尋常ではないと聞きますわ」


「まあ、そうだな。ここに来る以外は練習しているからな」


「せっかくの休憩時間、そうですねえ、ゲームとかしていた方が楽しいのではないですか?私の弟は母の目を盗んではゲームをしていますわ。

なんだか、申し訳ないのです」


そう言うと、賢斗は首を横に振る。


「いや、こんなにちゃんと聴いてくれて、恥ずかしげもなく綺麗な音だ、好きな音だって言われるんだから、ピアノを弾くのが楽しい。美月に聴いてもらうのは、自信にも繋がるし、もっと頑張ろうってやる気にもなるから。

それに、人に音楽を聴かせることにおいて、何か、とても大切なことが分かったような気がする。これは俺の音楽人生において重要なことなんだと思う」


賢斗は満足そうに言った。

子どもとは思えない考え深さで、冷静で客観的な自己分析をするのだった。


「そうなのですか。それなら良かったです」


美月は、正直あまりよく分かっていなかったが、賢斗にとっては良いことであることは充分伝わったので嬉しそうに頷いた。

美月は賢斗とは違いあまり考えることをしないのである。

そして続けて言う。


「私はたくさん習い事をしていて毎日とても忙しいのです。

ここでけんちゃんのピアノを聴くのはとても心地が良くて、癒やされて、心に溜まって固まってしまった何かが溶けていく感じがするのです」


美月はあまり考えることをしないが、感性は鋭く、感覚というものを大切にしていた。賢斗はそんな直球な言葉に照れることはなく、ただその言葉の表現が愉しいようだった。


「そう」

「そうなのです」

「何習ってるんだ?」


「家庭教師、英会話、ピアノ、ヴァイオリン、ダンス、テニス、水泳、料理、書道、美術です」

「……は?」

「フフッ」

美月は賢斗の驚きようが可笑しかったので思わず笑った。


「ていうか、その数の習い事、普通に無理だろ。

時間的に、毎日1つずつだとしても」


「だから、毎日2つ、3つ習い事をしているのです。

今日は午前中に家庭教師の先生に勉強を教えてもらって、ここに来る前に、ダンスの習い事がありました。帰ってからはヴァイオリンの習い事があるのですわ」


美月は話す。

「習い事の時間以外も、ちゃんと練習しているのですよ?

朝ご飯を食べた後、習い事が始まる前の時間や、夕食を食べてお風呂にも入ってから、寝るまでの時間。

けんちゃんと同じように、ここに来る以外、休憩時間はほとんどありませんわ。


けんちゃんのピアノを聴くことは私にとって癒やしになっていますが、他に、けんちゃんがひたすらピアノに打ち込んでいることを思うと、今まで私の周りにそういう人はいなかったので、励みにもなりました。

私も、もっともっと頑張ろうって気持ちになったのです」


そんな美月に賢斗は言った。

「俺は音楽家に囲まれて育ってきた。

皆、すごく練習しているよ。

鬼気迫るように、けどなんだか楽しそうに練習している。

美月にそんな人たちを見せてやりたい」


「なるほど」


(私だけではないのです。

私と同じくらい、もしかしたら私よりも、頑張っている人はたくさんいるのです)

美月は唱えるように思った。

賢斗との出会いで、美月の元々不安も何もない心はより安定し、強固なものとなったのだった。



その後、賢斗は確認するように聞いた。

「――ていうか、美月ってやっぱり良いとこのお嬢様だったんだ?」

賢斗は美月の敬語口調や何気ない動作の上品さから、薄々そう思っていたようだったが、これほど習い事をしているということを知って確信したのだった。

「はい、そうですよ」

「フーン?」

「私は高ノ宮学院に通っているのです」

「ああ、聞いたことがある。ここの近くの金持ち学校」



◇◇◇



「今年は私、花火大会に行けるのです!!」

「おお!」

「やったじゃん!」

「へえ、今年は美月も一緒に行けるのかあ」

美月がそう言うと、璃子たちは喜んだ。


(お母様には散々叱られましたが、お父様がお母様にこっそり何かを言った後に、お母様は渋々許してくれたのです。お父様は一体何を言ったのかしら)


「けんちゃんも一緒に行きませんか?」

美月は嬉しそうに聞いた。

「良いのか?」

「おお、いいぜ」

「全然いいよ」

「うん、いいよ」

「じゃあ行く」


「美月、浴衣でよろしく!」

「はい」

「毎年隼人と璃久と一緒に行ってたけど、2人とも私服だったから、1人だけ浮くの嫌だし、浴衣着れなかったんだよねえ」

「そうだったのですか」


「それと……」

璃子が美月に紙袋を渡した。

「漫画だよ。これ絶対面白いから読んでみて!」

美月はチラと中を見ると三冊の漫画が入っていた。

「ありがとうございます。今度プリン作ってきますからね」

「うん、ありがとう」


それを見て隼人は言う。

「あ! 達美にも今度漫画貸してやろう! きっと驚くだろうなあ。クククッ」

「確かに!」

それに璃久も頷いた。

「ええ、きっと大喜びすると思いますわ」


――――

――


帰って美月は達美に自慢げに言った。

「今日、璃子ちゃんに漫画を貸してもらったのです」


「ま、漫画、ですか?! 僕は漫画なるものをずっと読んでみたいと思っていたのですよ! 姉上だけずるいですよ!!」


予想通りの反応に美月はご機嫌になる。


そしてあやすように言った。

「今度隼人くんが達美に漫画を貸してくれるそうですよ? 良かったですね」

「へ? それは本当ですか?! 姉上!」

「ちょっと、達美! 声が大きいですよ。漫画のことがお母様にバレたら叱られますよ」

「そ、そうですね。ああ、楽しみです。明日は必ず駄菓子屋に行かなければなりませんね。隼人さんに会うのが楽しみです。漫画を読むのが楽しみです」


美月は明日もし隼人くんが来なかったら、隼人くんが漫画を持ってくるのを忘れてしまったらどうなるのかしら……、と少し不安に思って、言わなければ良かったかもしれないと後悔するのだった。



◇◇◇



花火大会、美月は璃子と約束した通り浴衣で行った。

水色の落ち着いたデザインの浴衣だ。


黄色の可愛らしい浴衣を着た璃子と璃久が待っていた。

「おお、美月可愛い~!」

「璃子ちゃんもとっても可愛いです!」


全員が揃うと私たちは花火大会の方へ歩き始めた。

賢斗、隼人、璃久は、夏のラフな普段着だ。


「浴衣いいじゃん!」

「そう? 可愛いでしょ?」

「うん、可愛い可愛い」

隼人に褒められてり璃子は「フフン」と満足そうに笑った。


それを見て、美月は賢斗を見た。

(私のこと、褒めてもいいのですよ?)


そんな美月を見て、賢斗は分かりやすい奴だというように苦笑して言った。

「浴衣似合ってるんじゃん?」


「なっ!? そ、そうですか? そうですか!?」

自分で催促したようなものなのに、いざ褒められると美月は顔を赤くして、これ以上ないほど照れた。

「うん! 美月姉ちゃんは美人だからなあ。本当に綺麗だよ!」

「あう……」

璃久が後押しするように言うと、美月は言葉も出ずに悶えた。

「美月って、意外にそういうの言われ慣れていないのか?」

賢斗は呆れたように言った。



花火大会の近くに来るとたくさんの屋台が並んでいた。

「うちらは穴場知ってるからそこで見るつもりなんだけど、その前に屋台で、遊んで、なんか食べ物買って食べて、時間になったらそこに行こ!」

「はい!」


屋台にはずらっと並んでいて、とにかく人が多い。

「すごい賑わいですねえ」

「すごいでしょう!」

そう言う璃子たちは慣れたように、人と人の間をするする抜けて歩いて行った。


(こ、これはまずいですわ)

美月は内心焦って、必死に璃子ちゃん達の後を追いかけていると、賢斗がそんな美月に気づいたようで声を掛けてくれた。


「大丈夫か?」

「大丈夫ですわ!」


「全然大丈夫じゃなさそうだな」

「大丈夫ですわ」

そんな美月に賢斗は呆れたように言った。

「手、繋ぐか?」

これではいつかはぐれてしまうかもしれないと思ってその言葉に甘えることにした。

「ありがとうございます」


その後に璃子の大きな声が前の方から聞こえて来た。

「美月、大丈夫―?!」

「もちろん、大丈夫ですよ!!」

美月もまた大きく声を出して応える。

「いや、大丈夫じゃなかっただろ」

賢斗は小さくツッコミを入れたのだった。


美月も賢斗も、この夏の暑さで手汗をかいていた。

こんな蒸し暑い中で、大音量の祭りの音楽がうるさくて、こんな多くの人の波をかき分けて、歩くので精一杯だった。


(こんなに暑いのも、こんなに騒がしいのも、こんなに歩くのに苦労したのも初めてなのです)


でも、それが美月は楽しく感じられたのだった。


金魚すくいや射撃をして、たこ焼きと焼きそばをみんなで分けて食べると、地元民だけが知るという、穴場に向かった。

向かっている途中、何かアナウンスが流れていて、もうすぐ花火が始まるようだった。


その穴場という場所に着くと、「こっちだよ!」と璃子が駆けていって、時折「こんばんは」と道行く人に挨拶していた。

「ここ、近所の人とか結構多いから」

隼人くんがそんなことを言っていると、ドンッと花火が一つ上がった。

「始まったねえ」と璃子が言って、立て続けて、ドンッ、ドンッと花火が上がった。

確かに、花火が見やすい場所だった。


美月たちは、少しの間黙って花火が上がるのを見ていた。

「あっ、星型の花火だ」

璃久が言うと、今度はハート型やニコニコ顔の形の花火も上がった。

「これ、いっつも微妙な形だよなあ」

「た、確かに、そうですねえ」

璃久の言葉に、美月は思わず小さく笑った。



「あの、手を引いてくださってありがとうございました」

美月は賢斗にお礼を言う。

「別にいいけど」

「正直、あのままでははぐれてしまっていたかもしれません。

私は花火大会を少しばかりなめていたようです」

「そうだな」


璃子と隼人と璃久は、近所の知り合いのおじさんと話している。


「花火、とても綺麗です」

美月はそう言って「暑いですね」と、持っていたうちわを仰いだ。

「暑くて、綺麗です。暑い中で見る夏の花火はとても綺麗です」

美月は花火を見ながら言う。

「足が棒のようです。とても疲れましたけれど、不思議と今まで疲れたことに気がつきませんでした。楽しくて、気がつかなかったのですかねえ?」

美月が不思議そうに首をかしげると、賢斗は少し黙ってから、何でもないように口を開いた。


「俺、もうすぐ日本を発つよ。父さんと母さんのところに帰る」

「え?」

「夫婦喧嘩が終わったらしい。戻ってこいってさ。全く勝手な人たちだ」

賢斗がそう言ってため息をつくと、美月は迫るように聞いた。

「本当に、もうすぐいなくなってしまうのですか!?」

「うん」

「そうなのですか……」

(寂しいのです……。毎日のように会っていたのに)

「手紙、書いてもいいですか?」

「いいよ。俺も書く」

「ずっと友だちでいてくださいね?」

「うん、俺もずっと美月と友だちでいたいから」



最後のアナウンスが流れてから、帰ることになった。

帰り、酷く足が重く、しかし運動での疲れとはまた違うものだった。

なんだか長い夏が終わったような気がして、寂しい気持ちになったのだった。

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